魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~   作:エルン

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第19話 『今日という日この時からは』

 

 

 その日の夕刊一面が『兇災(きょうさい)』という単語で、おそらくどの新聞社も同じような内容が記載されていることは分かりすぎるほど分かっていた。

 カメラクルーが現場に向かい、海に漂うあらゆるもの(・・・・・・)をファインダーには入れないように心掛け、ただ海の上に(わず)かに残るくの字に折れた飛行機の頭部と尾翼を撮り続けた。

 その日ほど自分の職業を恨んだことはないだろうし、誇りが支えたこともなかっただろう。それだけの出来事であった。

 ティーダはティアナに「なんじにむかえにいくの?」と聞かれたところで、思い切り息を吐いて、彼女を膝の上から下ろし目線の高さを揃えた。

 

 

「いいかい、ティア?」

「なーに?」

 

 

 首を傾げる妹に一瞬ためらうが、言わないわけにはいかない。

 彼は意を決して口を開く。

 

 

「パパとママの飛行機は事故にあったんだ」

「じこ?」

 

 

 彼はこくりと頷く。

 

 

「だから、もう、パパとママは帰ってはこないんだよ」

「かえってこない?」

 

 

 もう一度頷く。

 

 

「どれくらいかえってこないの?」

「ずっとさ。いくら寝ても、いくら指を折っても、どれだけ時計を見ても、どれだけカレンダーにバツをつけても、絶対帰ってこない場所に行ってしまったんだよ」

 

 

 いつも話しかけるよりもゆっくりと、一言一言確かめるように、自分に言い聞かせるように、そして入学前までに寝る前に読んであげた絵本のお話のように現実を話した。

 ティアナは兄の言葉をしっかり聞いてから、今までに体験したもので例えてみせた。

 

 

「それって、たかいところ? ティアね、このまえキにのぼったときね、おりられなくなっちゃったの」

 

 

 せんせいにたすけてもらった。とティアナが話したとき、ティーダは危うく微笑んだ目尻から涙が出そうになった。

 

 

「そうだね。降りることのできない高い所へいってしまったんだ」

「そっかぁ」

「でもね、パパたちは大人だから、降りられなくても平気なんだって。ティアはパパとママが帰ってこなくても平気かい?」

「…………」

 

 

 その言葉に彼女は何も答えなかった。幼い子から少女へと成長しはじめている目の前の妹は何か言葉を探しているように見えたので待つことにしたが、ティーダはその間が(つら)かった。

 彼がまた口を開こうとしたとき、

 

 

「……ティアがおにいちゃんの肩に乗ってもだめなの?」

 

 

 その言葉に彼は妹を抱き寄せさめざめと泣き、妹にぽんぽんと背中をやさしくたたかれた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 十分に落ち着いた後、ティアナとともにティーダは引き上げられた両親を迎えに、現場近い安置所に向かうと、外はたくさんのメディアが(ひしめ)きあっていたが、彼等が通る通路は別に用意されていて、とくに掻き分けて行く必要はなかった。

 係員が案内されるなか、聞こえてくるのはカツカツと歩く音以外に、嫌でも人の(むせ)び泣く声が耳に入る。兄の手を握るティアナの手はだんだんと握る力を強め、一定しない震えを兄に伝えた。

 少女は両親が『高い所に行った』という意味を深くまで知りはしないものの、この雰囲気で何かを感じ取ったようだ。離れまいとまた一段と力を込める。

 そして、最後の扉を開いたとき、彼女は彼の背後に回りこみ足に抱きついた。

 どこかの施設を借りているため、安置されている場所は広く、そこに規則正しく棺が整列していた。

 本当ならば遺体の搬送先は近くの病院に運ばれるはずであるが、既に入院している患者の配慮から、それは航空会社、病院の合意のもと、取りやめになり現在に至る。

 ティーダは入り口近くで簡易的な手続き――全乗客が書かれているリストにマルをつけること――を済ませ、棺の場所を教わると、妹を優しく(さと)し、促した。

 案内する係員は1人から2人に増え、兄妹を案内する。

 安置所は大きく2つに区画され、1つは『容姿・証明書等から断定』、もう1つは『判断付かず』といった、認識できるモノとできないモノに分けられていた。

 家で確認したところでは既にランスター夫婦の名前が挙げられていたことから、前者のほうへ案内されることは分かっていたのにもかかわらず、ティーダは棺の上におかれた遺留品には目がいかないで、両親の名前をみて愕然(がくぜん)とした。

 

 

「…………」

 

 

 その間にも案内人の2人は棺の短辺にそれぞれ付き、棺に礼儀正しくお辞儀をする。

 棺の上にぽつんと置かれた銘板(ネームプレート)は『シルフィオ・ランスター ローラ・ランスター』と書かれ、棺が1つ(・・)しかなかった。

 一瞬、また足元でしがみついている妹を忘れた。

 1人の案内人は遺留品をティーダに一度預け、棺はそのような力では決して壊れることなどないのに、ゆっくり、ゆっくり棺の(ふた)を持ち上げる。

 その両親の息子はその間、顎を引いて目を閉じながら妹の髪を指の腹でなで、案内人が「どうぞ」といってから、やおらに目を開いた。

 

 

(……ぁぁ)

 

 

 間違いなく、自分たちの両親だと彼は確信する。

 顔は配慮がなされ布が被せていあり、ティーダは遺留品を胸に抱えながらこれもまたゆっくりと布を持ち上げて再確認した。

 

 

「現在も尽力していますが……」

 

 

 1人の体をもう1人の体が守るように抱きかかえており、守るほうは四肢のうち二肢しかなく、肩から上は何もなかったが、守られているほうは五体満足そろっていた。

 

 

「いえ、結構です。捜索ありがとうございます」

 

 

 ティーダは何故棺が1つしかない理由に納得すると静かに息を吐き、足元に目を向けると、橙の髪がふるふる震えているのが見えた。

 生きている人間より死んでいる人間のほうがこの場には多いのだ。ティアナも意味は分からずとも何かを感じ取っているようだった。

 

 

「ティア」

「……」

 

 

 手続きはのちほど行ないます。と案内人に棺を閉じてもかまわないと促し、もう一度、今度はしゃがんで妹に呼び掛けた。

 

 

「な……に、おにいちゃん」

「パパとママは起こされたくないんだって、このまま『さよなら』をしようか」

 

 

 疑問形にはせず断定するとティアナは兄から白い棺に視線をうつし、彼の袖をきゅっとつかんで抱きつき、

 

 

 「……うん」とうなずく。

 

 

 ティーダは彼女を抱き上げて、一歩、また一歩と両親から遠ざかる中――ティアナは決して顔を上げなかった――初めて自分の手に持っている遺留品に気が付いた。

 それはランスター家の棚に飾っている1枚の写真と同じもので――後々、それ以外は見つからないと知る――裏に書かれているなぐり書き数々の中から(かろ)うじて読める3単語を見てティーダは固く決心をした。

 

 

 

『ティーダ ティアナ たのむ』

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 それ以降ティーダは妹が『死』というものを知る過程を見守り、幼いながらもそれを懸命に乗り越える過程を見守り、時々夜中に泣きながら自分のベッドに入り、涙を自分の服で(ぬぐ)うのを見守った。

 時々突き放すような言い方をした時もあったが、彼は後悔はしていない。それが妹を強くすると信じて疑わなかったし、彼女はそれに応えた。

 

 

「ほらっ! 兄さん、起きて!」

 

 

 だから今の彼女がいる。

 

 

「私も学校があるんだから~」

 

 

 ティアナは、もう無断でベッドに入り込んだりはして来ない。

 今は寝ているティーダの腰をつかんでごろりごろりとお構いなしに左右に揺らす。

 

 

「あと――」

「ちょうど、私の右手には包丁が握られています」

 

 

 それはまずいとばかりにもぞりと体を伸ばして、伸びをしていると、

 

 

「そして、左手には兄さんの作った銃があります」

「だんだんと、過激になってないかい?」

 

 

 あくび1つといくつもの寝癖(ねぐせ)(たずさ)えて、むくりとティーダは起き上がり、髪をしっかりツインに整えたのティアナに目を向けた。

 

 

「ん。おはよう、ティア」

「おはようございます、兄さん」

 

 

 気づけば今年でティーダは21歳になり、ティアナは10歳になっていた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「今年、執務官試験受けるんでしょ? 大丈夫なの?」

「そのために夜も懸命に勉学に励んでると理解してくれるかな」

 

 

 そういうのは表に出さないようにするものじゃないの? と食後の紅茶を運ぶ彼女に苦笑いするティーダは、今年執務官試験を控えていた。

 本当であれば入局3年目に受けるはずであった執務官試験はもう少し勉学に励まなくてはならないと遅らせたのだ、

 ティーダは自分たち兄妹にも例外なく見えない傷を付けたクロウエアー223型墜落事故のせいには決してせず、妹の教育と時空管理局の務めに(しん)(れい)の全てを費やした。ティアナはごく(まれ)に甘えることはあったが、ローラ(ゆず)りの露草色(つゆくさいろ)の瞳の奥には信念の強さが見え隠れし始めている少女に成長しており、その過程を見てきた彼にとっては妹というよりもむしろ娘にちかい愛情の対象になっていた。

 

 

「そういえば兄さん。今日は早く帰ってくるの?」

「ん~」

 

 

 ティーダは妹に仕事の内容を話していない。それは情報漏れの危険性があることと、現在捜査中の事件には奇妙な点があることだ。

 

 

 

 ことの発端(ほったん)は1つの情報盗難未遂であった。

 ある1つの集団が、管理局が収容している犯罪者の名簿を盗もうと画策し、行動を起こしたのだ。もし成功すれば、その名簿を元に管理局がいまだ捕らえきれていない犯罪者同士で徒党を組まれ、解放行動を起こす危険性があり、世間を揺るがす惨事になりかねない。

 そうならないためにも、その情報は普段管理局が管理している情報群とは違い、セキュリティレベルの高い管理が施されている。実質盗むということ自体困難ともいえた。

 しかし、その集団は各管理世界と、ここミッドチルダの管理局に属さない優秀なエンジニアを雇い、綿密な計画のもと計画を実行に移したのだ。

 だが、前述したとおり、それは未遂というかたちで防がれた。

 逮捕後、ティーダはその計画書に目を通すと、確かに綿密かつ周到といえるに十分なものであり――同期の航空隊の人間はよくわからなかった――正直、実行されればまず間違いなく成功する計画であった。

 3、40人の優秀なエンジニアがセキュリティ、ネットワーク、データベース、運用設計の漏れ、ごく(まれ)に発生するエラーケース、設計するにあたっての予算から割り出した費用軽視部分の調査等と2、3人ずつグループになり、管理局についてよく研究がなされていた。

 なおかつ、優秀な人間が通常より少ない時間帯を狙う手筈(てはず)になっており、それは確実に実行された。

 しかし、もう一度言うが、それは未然に防がれた。つまり、実行に移されたはずなのに、盗まれずに済んだのだ。

 今考えても不思議なことであったとティーダは思う。

 なにせその計画を知ったのは情報盗難が未然に防がれ、十分1日過ぎた後だというのだ。

 ティーダの同期である新婚のトラガホルン夫妻がその事件を見つけ、情報を展開し、首都航空隊が文字通り一網打尽にした。事件発生してからゆうに1日過ぎていたのにも関わらずである。

 しかもその集団はどこの誰であるということまで洗い出し済みで、集団のいるビルは全面閉鎖し、閉じ込めているという。航空隊の人たちは、その情報が陸からのものであること以外、捕まえられたことに満足しているようであったがティーダだけはその詳細が気になった。

 しかし、夫婦に聞いてみても、

 

 

『ネコの目は誤魔化(ごまか)せない』

 

 

 というだけであった。

 彼は不思議に首を傾げるも、それ以上夫妻は何も言わなかった。聞こうとしてもどうやら友人の『デバイス』の設計が佳境のようで『もう少しでこいつを打ちのめせる』とそれ以上取り合ってくれなかったからだ。

 そして、それは3か月前の話である。

 

 

 

 話が逸れたので元に戻すと。何度も言うようにその計画は未然に防がれた。そして現在は、一網打尽にした後でとある魔導師が浮上してきたため、その捜索と確保に全力を注いでいる。

 

 

「いや、今日は帰ってこれるかわからないんだ」

「そう、なんだ」

 

 

 ティアナは座りなおすと、砂糖もミルクも入れていないのにティースプーンをとっては紅茶をかき混ぜた。

 

 

「情報は集まったからね。そろそろ乗り出すよ」

「ふぅん」

 

 

 ティアナは興味なさそうに、棚においてある写真たてに目を向ける。

 現在、その写真たてには4人は写っておらず、兄妹だけである。

 半年くらい前にティーダが入れ替えたのだ。ティアナはそれに気がつくなり、顔をくしゃりと歪ませたものの、『いつも、僕等を後ろから見守ってくれるように』とティーダが後ろに4人の写真を重ねていることを教えると、素直にこくりと頷いた。

 

 

「心配かい?」

「……まさか。兄さんは優秀だもの」

 

 

 ゆっくりカップに口をつけて、一息ついた後、思い出したようにティアナは話題を変える。

 

 

「それと、兄さんのオルゴールはもう修理に出したの?」

「ん、あぁ。まだ、出してない」

「出してきてあげようか?」

 

 

 それはティアナが掃除をしたときにたまたま兄の部屋で見つけたオルゴールで、聞いてみるとティーダが10歳の誕生日にローラから贈られたものらしい。見つけたときには()びついていて、音は(かな)でないに等しかった。ティーダは時間があるときに修理に出そうと思ったがなかなか時間がなく、現在も錆びついたままである。

 ティアナの言葉にそれならと思うが、ふと頭にある解決策が思いつく。

 

 

「いや、大丈夫。今日頼んでくるよ」

「忙しいのに?」

「ふふっ。管理局にはいろんな人がいるのさ」

 

 

 2人は紅茶を飲み終えた後、『いってきます』と誰も居ない玄関に笑顔で呼びかけて、別々の道を歩み始めた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 ティーダは自分より年下であるにもかかわらず、勤務年数が今年で11年になる三等空士(・・)に興味を持ち始めていた。

 

 

 

 それは数日前、3ヶ月集めた情報を1つにまとめかたに悩んでいたときのことだ。

 本来なら現場部隊であるティーダはメカニックの下につく雑務要員のその人とは直接知り合う機会はなかったのだが、ふと自分の目の前を通り過ぎる男が40ほどのデバイスを抱えてメンテナンスルームへ消えていくのをみて、興味本位から少し間を空けて入ったとき、

 

 

「グーナルド二等空尉は左ききに杖の重心を12ミリメートル上部。砲撃時に杖を4分の3回転させ……」

「…………」

 

 

 その男の行動に目を見開いた。

 帽子を目深に被った小柄な男は、左手でキーをタッチしながら、右手で杖に対しメンテナンスを施していたのだ。そして彼の見ている正面画面には、首都航空隊全隊員の実践映像を並列で映し、その1人1人の映像の下には各隊員能力値を表示させていた。

 

 

「う、わ」

 

 

 それは30分くらいのものであったのにもかかわらず、他のも合わせ40本以上のデバイスが調整されていく過程はまさにあっという間の出来事に思えた。

 そして、ちょうど調整を終えてモニタを全て閉じきってすぐ、タイミングを見計らったかのように、航空隊正式のメカニックが入ってくる。

 

 

「おい、出向クン。ちゃんと回収した全機の母数はあっているか?」

「はい。こちらが回収分のチェックリストです」

 

 

 メカニックはその小柄な男に「回収後、なんだったらメンテナンスもしておいてもいいんだぞ?」と回収前に冗談交じりで言ったことなどすっかり忘れて、

 

 

「さて、メンテナンスはじめるかね。といってもほとんど使われてないからチェックするだけなんだが」

 

 

 欠伸(あくび)をかみ殺して、席に着く。

 

 

「んで、ティーダ。なんで、お前ここにいるんだ? 書類整理の途中じゃなかったのか?」

「あ、ああ」

 

 

 すこし狼狽してメンテナンスルームから出ようとしたとき、彼は振り向いてそのスタッフに声をかける。

 

 

「そちらの出向の人っていつからきてるの?」

「ん? 今日からだな。臨時で1週間。ウチのスタッフが1人抜けたところに、い~タイミングで全デバイスのメンテナンスがはいった。まぁ、それでだ」

 

 

 へぇ。と関心なさそうにみせて、所属と名前を聞いてみると、相手は覚えておらず、直接本人が特徴的な寝ぼけ目でぴしりと敬礼をして答えた。

 

 

「電磁算気器子部工機課より出向してきました。コタロウ・カギネ三等空士です」

 

 

 

 

 それから数日間、注意深く見ていると、彼は何処にでもいた。

 あるときは清掃員であったり、またあるときは梯子(はしご)をもって電灯を交換する庶務員であったり、またまたあるときはしゃがんで通風孔にごそごそ入っていく一般作業員であったりしていたのだ。そしてその全ては「出向クン、それやっといて」という言葉からであることも知った。

 

 

「あの、カギネ三等空士?」

「はい。なんでしょうか、ランスター一等空尉?」

 

 

 初めはおずおずと話しかけてみると、彼の年齢と勤務年数に驚き、さらに陸士と空士のどちらも保有していることにまた驚いた。

 

 

「私も詳細はわかりませんが、そのほうが円滑に手続きが済むのだそうです」

 

 

 コタロウ・カギネ三等空士は自分の言葉に首を傾げていたが、ティーダはすぐに理解することができた。

 陸と海では確執が消えないところがあり、それぞれ仲が悪いのだ。それはここ首都航空隊もそうである。

 

 

「そうすると、本来はどちらなんですか?」

 

 

 ティーダは勤続年数からか、敬語で聞くと、

 

 

「設立が陸上なので、本来は陸です」

 

 

 無表情に彼は答える。

 それからまた数日、コタロウと会話をしてみると、彼が専門にとらわれない修理屋であることが分かり、今日、もしかしたらと思い、持ってきたオルゴールの修理を依頼してみることにした。

 

 

「カギネさんの仕事が終わった後で構わないんですが……」

「わかりました。それでは貸していただけますか?」

「あ、はい」

 

 

 ごそりとポケットの中から取り出したオルゴールを手渡すと、彼は近くのデスクに座り、

 

 

「外面はそのままにいたしますか? 磨き上げますか?」

 

 

 どうやら、すぐに直してしまうようだ。

 

 

「あ、できれば外面はそのままで。(なか)はお任せします。でも、特に急がないので、仕事の後でも……」

「問題ありません。私の契約は昨日までで、今日は移動なのです」

 

 

 じゃあ、なおさらお願いするわけにはいかないと断ろうとするが、

 

 

「視たところ、それほど時間は掛かりませんので、問題ありません」

「それではお願い……。って、昨日までなんですか!?」

「はい。1週間という契約でしたので」

 

 

 言われると確かに昨日で1週間だ。彼の修理と同じくあっという間であることにすこし驚き、そしてそうしているうちに修理は終わっていた。

 

 

「直りました」

「はや」

 

 

 手にとってキリリとネジを回すと、見た目の古さからは想像もできない軽やかな音が鳴る。

 

 

「あ、ありがとうございます」

「いえ、なによりです」

 

 

 なかば呆然としているティーダに、コタロウはぺこりをお辞儀をして、

 

 

「それでは」

 

 

 彼に背を向けて出口へ歩いていく。

 

 

「あ、っと、カギネさん」

「はい」

「……また、会えますか?」

 

 

 ティーダはこの機械のような人間のプライベートに多少なり興味があった。

 

 

「工機課へ連絡していただければ、時間調節は可能です」

「え、あ、いや。プライベートで」

「構いません。何時(いつ)にいたしますか?」

「お礼もしたいので、近いうちにでも」

 

 

 コタロウとアドレスを交換して、ティーダのほうから連絡すると告げると彼はまた一定の足取りで出口へ向かった。

 彼の次の出向先はヘリ等の航空機を扱う工場というのも聞いていた。

 工場爆発はその日の夜、轟音とともに訪れて、沈んだばかりの太陽のように1つの区画を紅く染めた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 ガガル・トイカが初めて道を踏み外したのは10代の頃であるが、明確な年は覚えていなかった。

 多感な時期だった彼は、もともと自分が魔力を保有している自覚もないまま、とある大人からの(いじ)められたときに魔力が暴走し、人を(あや)めたのだ。

 しかし、あまりにも悲惨な虐めだったのか、殺めても罪悪感というものには()られることはなく、残ったのは飲み物をこぼした後くらいの「あ~あ」という後悔だけであった。当時、彼の里は内紛中で、1人死んでも彼の知る世の中は関心を示さなかった。

 金銭的に困窮していたガガルは自らその能力を金銭なしには使用することを禁じ、金銭を稼ぐ方法を模索した。両親が自分に対して関心を示さなかったこともあり、ほぼ自由に行動することができた。

 そして彼はデバイスを自ら作成して、自分の魔力を評価することのできる人間を探しに里を出る。その時も両親は関心を示さなかった。

 不思議なことに管理局へは入局しようとは思わず、自らの力で仕事をこなそうとミッドチルダへ訪れたガガルは仕事を探してみると、どんなに選んでみても合法的なものはなく――もともと、自分でもこの能力で合法的なことは思いつかなかった――金品の強奪やその時の逃げる手伝いや、よからぬことを企てる人物の用心棒が主な仕事であった。

 

 

「今回は完全に失敗だ」

 

 

 ガガルは3ヶ月前に依頼を受けた1つの集団の護衛に失敗したことで初めて自分の年齢がすでに40(しじゅう)近いことを自覚した。

 依頼者が30届かない人物であることに疑問を持つべきだったと、さらに後悔を強める。

 なんとか3ヶ月逃げ切ってみたが、精神的には既に限界であった。

 ガガルはじりじりと管理局員に追い詰められ、何人か致命傷を与えては見たものの、逃げることは難しそうである。

 

 

「管理局です。ガガル・トイカ、大人しく投降してください」

「…………」

 

 

 1人の青年が自分の前に立ちはだかった。

 

 

「貴方ご自身が許可もなく飛行している時点でご理解いただいているかと思います」

「…………」

 

(俺は相当前後不覚らしい。自ら目立つ行動を取るまでになっているとは。おそらく、この作戦も悪手だが、隙は生まれそうだ)

 

 

 自分が冷静を()いているのを自覚済みであるのにも関わらず、次の作戦を実行に移そうとする。

 ガガルは内紛中に身に着けた自衛手段を1つの油断生成に使用するのだ。

 外套(がいとう)に右手を突っ込み、

 

 

「動かず、デバイスを解除してください」

「……悪いが、逃げられると思っている」

 

 

 思い切り、奥歯を噛み締める。

 

 

「投降の意思なしと判断し――」

 

 

 それと同時にガガルの右手、相手の左手の方向の彼方から小さな赤い炎が噴きあがり、ガガルは相手が一瞬そちらのほうを向いたのを見逃さなかった。

 

 

(動作は(フェイク)だ)

 

 

 管理局で支給されている杖型のデバイスとは違い、身の(たけ)半分くらい細いデバイスを相手に向け、

 

 

「爆ぜろ」

「しまっ――」

 

 

 局員の目の前で酸素と魔力が混ざり合い、爆発した。

 彼は質量兵器の扱いに長け、魔力操作、制御も爆発を得意としている。

 ガガルの耳には2つの爆発音が音速差で同時に届いた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 コタロウは移動した当日からの作業を終わらせて工場からでると、親友2人が無言で立っており、1人は『傘』を持っていた。

 

 

「お疲れ様、ネコ」

「次はココか。1年間で10以上も出向先が変わるなんてお前の課ぐらいだぞ?」

「お疲れ様、ロビン。ジャン、正確には13箇所。今年は多いほうだよ。1年間異動しないときもあるしね」

 

 

 ジャニカ・トラガホルンとロビン・ロマノワの2人が結婚する前にルームシェアをやめたコタロウは、ここ1ヶ月2人とかなりの頻度で会っていた。

 

 

「さて、今日は何故ネコに会いに来たのでしょうか?」

「う~ん」

 

 

 彼はジャニカが時々自分のために疑問を投げかけるので素直に考え込んだ。

 

 

(いつもなら、必ず事前に連絡をするけど、今回はしていない。というと何か僕に対して緊急の要求というのが妥当かな。ロビンは『傘』を持ってるし……)

 

 

 一度頷き、彼を見上げ首を傾げる。

 

 

「『傘』に不備?」

「残念、その逆」

「……完備?」

「『傘』が完備。言われると違和感があるな」

 

 

 今度はジャニカが不思議と傾げるなか、ロビンが1歩前に出た。

 

 

「『傘』が完成したのよ」

 

 

 コタロウの手を取り、笑顔で大事そうに手渡してきゅっと握らせる。

 貰った彼は途中何度も握った『傘』にすとんと目を落とす。

 

 

「ジャン、ロビン、おめでとう」

『……違う。そこはありがとうだろ(でしょう)?』

「ジャン、ロビン、ありがとう」

『どういたしまして』

 

 

 帽子の隙間から相変わらずの寝ぼけ目、無表情で2人を見上げると、対照的ににっこり笑っていた。

 それから製作過程を思い出話に一緒に夕食をとろうと、ジャニカが提案したまさにその時、

 

 

(かちり? 時限音だ)

 

「2人とも、伏せて」

『……?』

 

 

 コタロウは感情表現が苦手であり、このときも焦りを感じさせない無表情で2人に危険を伝えると、回答を待たずに両腕を広げて2人の鳩尾部分を抱え込み、押し倒す。

 ぐわんという爆発音とともに、真っ赤な炎が噴きあがった。

 

 

「なっ!」

「こ、これは」

「誰かが時限式の爆弾を仕掛けたみたい」

 

 

 爆発の時間差でやってくる空気の戻りを感じた後、むくりとコタロウは起き上がり、2人を起こす。

 

 

「陸士部隊と救急隊にすぐに連絡を」

「すでにやってる」

 

 

 ロビンの指示が下されるのと同時にジャニカは動いていた。

 すぐに消火と救助の要求を出し、通信を常時接続にしておく。

 

 

「ネコ、工場内に人は何人くらいいるの?」

「28人」

 

 

 3人は燃え盛る工場と対峙して、ぐっぐっと足と腕を伸ばす。

 

 

「ネコはここにいろ」

「ううん。行くよ。この状況を見れば、僕だって中の人たちが困っているのはわかるから」

 

 

 2人は『傘』の動作確認でコタロウの運動神経を知ったことから、無理に止めようとはしなかった。先の時限音を聞き取ったころからも明らかである。

 

 

「では、今は上官である私の指示にしたがって」

「分かりましたよ、ロマノワ一尉」

「了解しました、ロマノワ一等陸尉」

 

 

 互いの時計を合わせてすぐに、3人は工場内に駆け込んで行った。

 ジャニカとロビンの能力では火力を抑えることはできず、純粋に制御のみで立ち向かうしか方法はなかった。そして、コタロウは2人を押し倒したときから分かるよう、咄嗟(とっさ)の時に傘を使うということがまだできてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「私が先導します。無事な方はけが人を補助してください」

 

 

 工場内28人全員の安否を確認できたところで、後方をジャニカとコタロウに任せ、ゆっくりだが確実に出口へ足を進める。このときにはロビンの能力は役に立った。

 幸い、けが人はいたが、死者はいないようである。重症でも骨折ぐらいだ。

 

 

[そちらは目視できないけど、大丈夫?]

[あぁ、問題ない]

 

 

 ジャニカは噴煙で見えない先導者の呼びかけに答えると、最後尾の影が動くのが見えた。

 

 

[ネコ、行くぞ]

[うん。ちょ、っと、先行ってて]

[何言ってんだ? 早く行くぞ]

 

 

 少しはなれたところにいるコタロウに目を向けるとしゃがんで何かごそごそと工具を使っていた。

 

 

[爆発でここだけ消火装置が動いてないみたいだから……これでよし]

 

 

 ばたんと床を閉めると、上から消火液が散布される。

 これで火の手が大きくなることはある程度防ぐことができる。床には炎を助長させる液体が流れているのだ。引火すればひとたまりもないだろう。

 

 

(ん、そうだ。傘を使えば、ここ一帯の炎を……)

 

 

 気を抜いてはいないが、傘を使用すればこの状況をひっくり返せることを思い出し、こちらに向かってくるコタロウに近づいていった。

 

 

[おい、ネコ。その傘な――]

 

 

 妻であるロビンがジャニカに抱きついた数と、コタロウに抱きついた数は数えるまでもない。

 そして、親友であるコタロウがジャニカに抱きついた数はおそらく片手で足りるほどだ。また、押し倒されたことなんて先刻(さっき)と今をあわせて2回しかない。

 

 

[……コホッ。ジャン、大丈夫?]

 

 

 だが、自分の上にのしかかっている親友が口からぼたりと血を自分の頬にたらしたところなんて見たことがなかった。

 

 

(なにが、起きた? 俺は何に寄りかかっている?)

 

 

 ジャニカはまだ状況をうまく飲み込めずにいた。スンと何か焼けるような匂いが鼻に入る。工場内に入ったときとはまた違う匂いである。

 

 

[今、助けるから]

 

 

 寝ぼけ目の男はもう一度小さく(せき)をしてから、相手の(えり)を噛み、思い切り首を動かして彼を脱出させる。床に流れている液体が手助けしてくれたので、摩擦力は少なかった。

 彼はそこで自分の見えているものが天井であることを知る、消火液が黒い点になって数滴僅かに開いた口に入った。

 

 

「おい、ネコ!」

 

 

 がばっとジャニカは起き上がってコタロウを見ると、数本の鉄骨が彼の上に覆いかぶさってるのが目に入る。思わず煙を吸い込むのも忘れて、彼に近寄った。

 

 

「すぐ、どかしてやるから」

 

 

 熱された鉄骨に触れることで火傷(やけど)は免れないが、そんなことを気にしている余裕はない。先程の焼けた匂いはコタロウの身体からだった。

 彼にのしかかっている鉄骨を退()かしたところでジャニカは彼の左腕に太い鉄骨が縦に突き刺さり、床にめり込み、どうしようもないくらい折れ曲がっていることに気がついた。

 

 

(……ぅ、ぁ)

 

 

 彼の焼け(ただ)れた背中など(かす)んでしまうほどだ。

 

 

[ジャン、悪いんだけど、左腕、切り落としてくれない?]

 

 

 念話の彼はとても落ち着いたいつもの口調だった。

 親友の頼み事には彼の能力が役に立った。

 ジャニカは2度、3度躊躇(ためら)った後、一思いに綺麗に腕を分断し、彼を助けた。コタロウはむくりと立ち上がり、

 

 

「助けてくれてありがとう、ジャン」

 

 

 転がった帽子を被りなおす。

 固まっているジャニカはその瞬間、我を忘れて、相手の胸倉を掴んだ。

 

 

「なんで、だよ!」

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「皆、無事でよかった」

 

 

 結局、傘を使うことはなかった。

 ロビンはコタロウの姿を見て、首を横に振って「嘘でしょう?」と自失し、彼の言葉に膝から落ちて、腕ごと彼の腰に抱きついた。腕ごとといっても右腕だけだが。

 

 

「えーと、ロビン? あまり感情的になりすぎると、お腹の子によくないよ?」

 

 

 今の彼女にとっては自分の体調のことなど、どうでもよかった。

 

 

「……悪い」

 

 

 この時、ジャニカはロビンに生まれて初めて謝った。

 彼女は立ち上がり、自分の制服の上着を抜いでシャツ1枚になると、上着をコタロウの肩にかけた。

 

 

「ジャンが謝っても、ネコの腕は返ってこないわ。それに、ネコ自ら動いたのでしょう?」

「ミスを誘ったのは俺だ」

「疑う余地がないわ。ネコが1人ならミスなんて犯さないもの」

 

 

 本当に貴方は私の感情を揺さぶるのが上手なのね。と救急隊を呼び寄せた後の彼女は燃え盛る火炎を横に、彼を見る。

 (うる)んだ碧空(チェレステ)色の瞳が、頬を(つたう)(なみだ)が赤く染まり、今の感情を表現していた。それでもジャニカに対する愛は変わらなかったし、彼もまたロビンのそれに気付いていた。

 周りの人たちが騒ぐなか、3人の間は無言が続く。

 だが、それは通信によって打ち切られた。同時に救急隊も到着する。

 

 

「首都航空隊より要請だ。苦渋の選択らしいが、陸士部隊に応援を頼みたいらしい」

「応援?」

 

 

 通信相手の上官は陸と海の確執なんてくそくらえと言葉を漏らす。

 

 

「ガガル・トイカの逮捕だ」

「バースト・ガガー。か」

 

 

 感情を押し殺し、冷静にジャニカは応対する。

 

 

「あぁ。手傷は負わせたが、どうも取り逃がしたらしい」

 

 

 取り逃がした局員は瀕死の重症だと続ける。

 

 

「それを追えと?」

「そうだ。情報は送る」

「お前たちのことだ。生ける人間は全員救助済みだろう?」

 

 

 上官は部下の功績をよく知っていた。あと数年もせずに抜かれてしまうこともだ。

 だが、次の発言で彼等の瞳がぐぐっと小さくなるのには驚いた。

 

 

「そこの工場爆破は逃げるためだけの、単なる遮蔽(カモフラージュ)だ」

「……今、なんと(おっしゃ)いましたか、ダヴェンポート三佐?」

「単なる遮蔽?」

「あ、あぁ。ガガルが――」

「情報をすぐ送ってください。すぐに、追いかけます」

「飛行許可は下りていますか?」

 

 

 それからすぐに情報を受け取り確認をし、通信をきると、救急隊に運ばれるコタロウに気がついた。

 

 

「俺はお前の腕を奪った」

「……うん。ジャンにあげたんだ」

 

 

 痛み止めを打たれ、もう少しで目が閉じそうである。

 

 

(なんで、普通なんだよ)

 

 

 それでも、コタロウはいつもと変わらなかった。初めて出会ったときより、十分感情表現はうまくなったのにも関わらず、自分の今の状況によって彼は左右されない。

 腕がなくなっても彼は変わらないのだ。

 

 

「追跡任務?」

「あ、あぁ」

 

 

 彼は救急隊員の制止を振り切ってよろよろと手を振り、

 

 

「いってらっしゃい」

 

 

 ジャニカがはじめて教えた『送り出しは笑顔で』を実行し、彼は眠りについた。

 

 

「……ちょっと、傘、借りるわ」

 

 

 相手の承諾を得ず、ジャニカはするりと担架にねている彼から傘を抜き取る。

 

 

「今の俺だと相手を殺しかねない」

「……そう」

 

 

 ロビンは彼が責任をガガルに転嫁していないことなど、考えずともよく分かった。

 今、彼のなかでは自責の念が押し寄せている。

 

 

「行くぞ、ロビン」

「上官は私なんだけど、トラガホルン二等陸尉?」

 

 

 2人はコタロウに振り返ることなく、飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「兄さん、今日は帰ってこないのかな?」

 

 

 臨時ニュースの工場爆発に兄が絡んでいるとは思いもよらなかった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 ティーダ・ランスターは自分が爆発で堕ちていくのを自覚していても、相手からは目を逸らさなかった。

 逃げていく彼に狙いを定め、一撃を見舞う。

 

 

「……今までの航空隊とは違うみたいだな」

 

 

 ガガルは自分のデバイスを振りかざし、それを弾く。

 体勢を立て直したティーダは先の爆撃で、片目をやられていた。

 

 

(ひる)まない、のか」

「はい。貴方がたとえ、魔力量が私の3倍以上あっても怯むわけにはいかないのです」

 

 

 技術はともかく、魔力だけとると武装隊トップクラスの保有量を持つ彼はそれで今まで仕事を行い、管理局から逃げおおせてきた。

 

 

「今回は俺も必死なんでな。追手が来る前に逃げなければならない」

 

 

 ずん。と魔力を内包する。

 

 

「悪いが――」

 

 

 自分の足元を小さく爆発させ、一気に距離を詰める。

 

 

「殺していく」

 

 

 ガガルはデバイスを相手の喉元に突きつけるが、弾かれた。

 

 

「20年ほどそのデバイスを使用していたせいか、対象物に杖を向けるみたいですね」

 

 

 一定の大きさの爆発を使用するとき、ガガルがそれに向けてデバイスを向けることを良く知っていた。

 ティーダは杖を振るい、相手の鳩尾(みぞおち)に突きつけると予想通り、相手はそれを先程の自分のように弾く。それを確認してから、

 

 

「――っぐが!」

 

 

 相手の左こめかみに蹴りを見舞う。

 それから、相手が距離をとらないよう腕ごとバインドを仕掛けると、もう一度鳩尾に杖を当てて突き込んだ。

 

 

「距離を、詰めたのが敗因、ですね。そのまま大人し、くしていてください」

「……しっかりと、聞いていなかったのか?」

 

 

 息切れをしているティーダに打ち据えるだけの攻撃を受けたガガルは、飲み物をこぼした後くらいの「あ~あ」というため息を吐いた後、

 

 

「俺は『必死』と言ったんだ」

 

 

 自分がシールドを張る時間でさえ惜しいとばかりに、目と鼻の先の相手に向かって、そして自分に向かって、爆発を仕掛けた。

 縛られたガガルは腕の自由が効かなかったが、別に、デバイス持ち手部分を向けての近距離爆発も可能である。

 爆ぜる音で2人とも鼓膜が破れても、それを覚悟しているものとしていないものとでは建て直し時間が違う。

 爆破によって距離が取れたガガルは体勢のみを変えて、デバイスの矛先(ほこさき)を向け、

 

 

「さすがに、これ以上手負いはしたくない……」

 

 

 一瞬の間。

 

 

「爆燃しろ」

 

 

 ティーダの周りで相手の魔力が収縮していくのを感じる。

 

 

(僕は、怯まない!)

 

 

 (ふところ)に肌身離さず持っている『ティーダ ティアナ たのむ』と書かれた写真はその後でも、まだ残っていた。

 

 

 

 

「……まさか、あの連爆のなか両肩両脚に二度撃ち(ダブルタップ)を仕掛けてくるとは、片目であの技術、末恐ろしい逸材だな」

 

(いや、過去形か)

 

 

 地面に叩き落とした管理局員を一瞥し、見事に全弾命中させられた四肢の痛みを(こら)えながら、なんとか自分のデバイスを握り締め、逃げる方向を見定める。

 また、こちらは初めから殺す気で襲い掛かったのにもかかわらず、最後まで相手は自分の行動を鈍らせるためだけに執着し、わざと急所をはずしたことに尚のことその正確さと信念に感服する。

 逃げる間、何度か同じ航空隊に囲まれたが、爆発で目を(おお)った時点で先程の局員より格下(かくした)なのはすぐに分かり、簡単に退けた。

 だが、次にやって来た1人の男にはそれが通用しなかった。

 

 

「ガガル・トイカだな」

「…………」

 

 

 ガガルは答えない。背中に翼が生え、傘をもっている男が奇異に見えたからだ。

 

 

「バースト・ガガー。アンタはどの『季節』のどの『気象』で捕まりたい?」

 

 

 自分が素直に降伏すればよかったと後悔したのはそれから、1ヶ月先の目が覚めたときであった。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 仰向けに寝ているティーダは薄れていく意識のなか、何とか右腕右手だけが動くのを確認した。

 手探りで近くにデバイスがあること確認し、引き寄せ、口でくわえた後、

 

 

(あと、もう少し)

 

 

 ぐるりとうつ伏せになる。地面の冷たさを頬に感じた。

 ずる、ずる、と自分の近くに一緒に堕ちた写真に向かって這いずる。

 

 

(もう、ちょっと)

 

 

 腕が届くまで頭1つとなかったのに、いやに遠くに感じた。

 何とか写真を手にして、

 

 

(ふ、ふ。これはティアに見せるわけにはいかないからねぇ)

 

 

 自分の身体の何処を触っても血が流れていたため、何処でも構わなかったが、あえて涙を拭くように、もう見えない左目下を拭って指先に血をつける。

 そして、写真を裏返して、『ティーダ ティアナ たのむ』の最後の行に、『父さん 母さん ごめん』と付け加えた。

 写真を表に戻して4人写った写真に目を細め、

 

 

(ティア、も、ごめん)

 

 

 残りの魔力を使って、その写真を燃やした。ゆらゆらと煙が天に向かう。

 

 

 

 

 

 その後、1人の女性が駆けつけて「ティーダ・ランスター一等空尉!」と呼びかけたが、

 

 

「…………」

 

 

 既に、彼はこときれていた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 それから数日たったある日とある日を跨ぐ時刻、彼女は今、雨の中2枚の墓標に書かれた人の名前に目を落としている。

 周りには誰も居ない。

 

 

「…………」

 

 

 そこには

 

 

 

『シルフィオ・ランスター

ローラ・ランスター ここに眠る』

 

『ティーダ・ランスター ここに眠る』

 

 

 

 と書かれていた。

 まだここには来たばかりで、明日は休日、そしてその次の日は学校が待っている。

 だが、家で待っている人は誰一人としていない。

 そう、誰一人としていないのだ。

 このような夜更けに10歳になろうとしている彼女が独りでいるのに、心配する人間は居ない。もちろん、学校に行かなければ心配する人間はいるかもしれないが。

 

 

「…………」

 

 

 彼女は無言を耐えるところまで貫いた。

 

 

(…………)

 

 

 それは思考も同様である。

 日は跨いだ。

 しかし、時計なんてものは持ってはおらず、彼女の手に握り締められているのは見た目は(すす)けても軽やかになるオルゴールのみ。

 そして、力無くそのオルゴールを手放したとき、

 

 

「……ぃ、ゃ」

 

 

 彼女は胸の奥でじわりと熱くなるのを感じた。

 

 

「な、んで……」

 

 

 答えるものはいない。

 

 

「……ぃゃ、ょぉ」

 

 

 歯を食いしばろうとも思わなかった。

 

 

「いや、だよぉ」

 

 

 声が一段を大きくなる。

 

 

「いやだ、いやだ、いやだよぉ! なんで、なんでなのぉ」

 

 

 (かぶり)を振っても、人は訪れない。

 ここには彼女1人しかいないのだ。

 人目を気にせず、膝をつけて四つん這いになって、土にごちんと打ち付けても、人目がそもそも無い。

 

 

「……ょぉ」

 

 

 墓標に抱きついても止めるものもいない。

 

 

「会いたいよぉ。会いたい、会いたいよぉ」

 

 

 死んだ人間は生き返りはしない。

 

 

「う、う、うわぁーーーん!」

 

 

 『死』を知っている彼女は大声で泣き叫んだ。

 声が()れるまで何度も何度も同じことを繰り返し、彼女はここで新しいことを学ぶ。

 

 

 

 

 ごろりと泣き疲れ、寝転んだころには既に明け方になっており、ほんのりと明かりが差していた。雨もやんでいる。

 

 

(そっか。言葉に出しても、何も変わらないんだ)

 

 

 彼女は知る。

 

 

(自分が何かをしようとしない限り、何も変わらない)

 

 

 口をぱくぱく動かしても、嗄れた声しか出ない。

 

 

(自分から動かない限り、何も変わらないんだ!)

 

 

 彼女はびしょびしょに濡れた服など気にもせず、ごしごしと顔を拭うと思い切り立ち上がった。

 手放したオルゴールを手にとって、空を見上げる。

 ぎゅっとオルゴールを握り締め、嗄れた声で決意する。

 

 

「兄さんの夢、私の夢にしてもいい?」

 

 

 墓標は何も答えない。

 それを確認した後、彼女は墓標を振り向くことなく、歩き出し、気付けば走り出していた。

 振り返るわけにはいかない。

 ティアナ・ランスターは何せこれからは血縁なく、1人で生きていかなくてはいかないからだ。

 

 

(1人で生きていかなくちゃいけないんだ、『今日という日この時からは』!)

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

「私ね、スバル・ナカジマ。スバルでいいよ。……でね、ティアって呼んでもいい?」

 

 

 彼女は出会う。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「空隊入隊試験、不合格、か」

 

 

 彼女は打ちひしがれる。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

――『あぁ、手傷を負わせるのにやっとだったランスターの妹か』

 

 

 彼女は極稀に夢にうなされる。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

「錆びついちゃった、なぁ」

 

 

 気付けばオルゴールはあの日のせいで錆びついていた。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

「主席・ティアナ・ランスター前へ!」

 

 

 彼女はすこしの自信を手に入れる。

 

 

 

 

 

 

△▽△▽△▽△▽△▽

 

 

 

 

 

 

 そして、幾年月が過ぎ、

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第19話 『今日という日この時からは』

 

 

 

 

 

 

 ティアナ・ランスターは16歳になった。

 

 

 

 

 

 

 

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