魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~   作:エルン

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第29話 『季天鋏』

 

 

 

 

 

 現在、コタロウの手を離れている傘『(にわたずみ)』の形状は柄は感嘆符のように真っ直ぐだが、何処の角度からも握りやすいようきりもみ状の流線型をしている。そこから生える中棒は研磨されたばかりの光を放つ金属素材で形成され、これは他の骨の部分も統一されている。黒鳶色の生地を張る親骨は12本あり、開いたときは計算された様に美しいカーヴを描き、石突は片手で握れるくらいの長さである。

 一般の人から見れば地味な傘にしか見えない。しかし、見る人が見れば、形の整った綺麗なものであった。

 

 

「ひとまず、これが標準形状(デフォルト)で、『形式(スタイル)』と『形態(モード)』が幾つかあり、これはスタイルは『雨傘(アンブレラ)形式』、モードは『お散歩(ワンダー)形態』になります」

 

 

 シャリオは傘を取り、テーブル上から床に移して「日傘(パラソル)形式」と命令すると、カチンと自転し形状が変わる。

 

 

「このように、形式が変わります。因みにこれは『ちょっと一息(ブリーズ)形態』となります」

 

 

 傘の形状が先程前とは違い、柄と中棒はほぼ一体化して重厚感ある黒色。親骨は36本になり、開いてもカーヴはせず、直線である。生地の色は藍鉄(あいてつ)、先端の石突は無くなり、被り物をして紐で結わえられている。柄の長さは使用者の身長ほどに伸び、被さるかたちになっている。

 

 

「唐傘、番傘みたいな和傘になるんか!」

『からかさ、ばんがさ?』

 

 

 地球の日本出身であるはやてやなのはには馴染みは薄くとも見たことのあるかたちであり、昔の人が使っていた――現在でも稀に使用されている――傘であると説明する。それはシャリオも知らない知識だ。

 

 

「今、他の形式もありますが、私がわかっている形式はこの2つです。形態はもう1つあります」

 

 

 傘を握り、「折りたたみ(フォールディング)形態」と命令する。

 

 

「フォールディング……折りたたみ傘か」

「はい」

 

 

 これは銭湯に行ったときに見た形態だ。あの時は手動でこの形態にしていたが、今回は自動で形状が変化している。

 

 

「雨傘、日傘とどちらも対応します」

『…………』

 

 

 驚きというより、形状形態変化の楽しさに息を呑んでいるようだった。シャリオも段々と落ち着きを取り戻し、血色もよくなっている。

 

 

「……あ、すいません。形式でいうならもう1つ、これは『その他』という括りですね」

 

 

 そう言って、傘の先端を持ち「傘、張り扇(ハリセン)」と命令すると、まさしくその形になった。

 

 

「それは見たことあるな」

「他にも、滑空機(グライダー)空飛ぶ絨毯(マジックカーペット)、トランポリン等、魔力を使用して『金属』と『布』を駆使した『何か』に形状変化できます」

『そんなものまで!?』

 

 

 布みたいなもので、薄いものならと彼女は付け足した。

 

 

「これを暇の持て余しとして『寝そべり(リカンベント)形式』と位置づけています」

 

 

 設計書に箇条書きで書かれている部分をスライドさせて、簡単に説明し、その他という番外形式があると言葉を残す。

 

 

「これ、くらいですかね。今わかるところの形式と形態は」

 

 

 形式を標準の傘に戻し、テーブルの上に置く。

 

 

「傘の形式を外れる寝そべり形式を除外すれば、本当にただの傘なんですが、皆さんのデバイスと連想すると、少し怖いですね」

「怖い?」

 

 

 シャリオは一度カップに口をつけた後、眼鏡を掛けなおし、傘を撫でた。

 

 

「この『お散歩形態』で剣と小銃(ライフル)、『ちょっと一息形態』で槍、『折りたたみ形態』で短剣と(ガン)、開けば盾……に見えません?」

「……いやいやいや! それは見ようによっては見えるかも知れへんけどそんな――」

 

 

 シャリオは傘を生地ごと両手で握り、少し捻る。

 

 

「これ、銃口が付いてるんです。ティアナのクロスミラージュも形は少し変わりますけど、魔力結合でダガーを出せますから、おそらくやりようによっては可能です」

 

 

 傘の先端に穴が開き、それをはやてに見せる。

 どうやら、これは偶然見つけたようであった。設計書を読み解く上で、武器搭載を匂わせる記載はあったが、核心を得る解読までは行き届かなかったようである。

 

 

「それと弾式魔力供給機能(カートリッジシステム)も搭載されています」

「カートリッジシステムが?」

「弾数は54発、連続供給が可能です。魔力容量は優れ、弾の大きさは現在皆が使用している弾の5分の1程でロード時間も格段に早いです」

 

 

 この詳細が設計書に書かれているが、複雑すぎて読みきれないという。A級デバイスマイスターであるシャリオは開発はできても理論部分は深くまで学習しておらず、装填方法、効率の理論式までは追いきれなかった。

 分かるのはこの傘がそのような機能を持っているということだけだ。

 

 

「な、何でそれをジャニカ二佐たちは公開しないんや? それがあれば局のデバイス全部向上できるやんか!」

 

 

 勢いをつけるはやてに対し、シャリオは息をついた。

 

 

「公開しているかどうかは分かりません。ただ、現行のままで充分要件を満たしていれば採用はされません。安全性を土台として、要件定義を充分満たす2つの設計書を比較したとき、現行規格採用で大量生産しやすいデバイス設計書と、要件以上の高性能を発揮しますが、構造が複雑且つ今までの規格を外れ、大量生産するまでに時間のかかるデバイス設計書、どちらを採用すると思います?」

「…………」

 

 

 近年やっと安全性を確保できた現行のカートリッジシステムであるが、コタロウの傘が安全性があるとは限らないし、安全性を確保できたのであれば大量生産しやすいほうが、思い思いではあるが、採用されるのは前者であろう。

 そのような人間がこの世に多くいることははやてでなくても知っていた。

 

 

「もし、論文を公開していたとしても更なる研究と実用化までは最低でも20年はかかります。世に出てくるのは多分10数年後です。時代を先取りしすぎた研究が、歴史に埋もれてしまうことを、おそらくあの御二方は知っていたのだと思います」

 

 

 もちろん、コタロウさんのため、という名目が一番最初にくるとは思いますが、研究開発のみの視点から見れば、一般的なことです。とシャリオは言い切った。

 

 

「この傘が採用しているカートリッジシステムは6年前――開発当初であれば8年前――に搭載されているので、現行のカートリッジシステムと同様、当初は安全性は無かったでしょう。6年掛けて安全性を確保したのだと思います」

 

 

 直接本人から聞いたわけではないため――関与する人間は近くにいる――予測の域を出ないが、おおよそそんな感じだろうと彼女は決定付けた。

 はやてたちよりは機械に従事しているため、1つのものを作り上げるのに研究開始から実用化まで多くの時間を費やすことをシャリオは良く知っていた。そして、需要が無ければ開発途中で消えていくことも良く知っている。

 

 

「このデバイスは古代、近代、現代のどれにも当てはまらない未来のデバイスと言ってもいいかもしれません」

『…………』

 

 

 そういわれると、言葉が詰まるのは当然だった。子どもの頃の自分が今の自分を想像できたろうかという感覚に似ており、それが今、目の前にあるのだ。

 

 

「アイツのデバイスは未来のデバイス、か」

「この生地も、現行のバリアジャケットに採用すれば全ての性能をおよそ10倍に跳ね上げます」

「……あかん、納得できるが理解できなくなってきたわ」

「私も理解できていないので大丈夫です。素材は現行のバリアジャケットと同じなんですが、編み方が違うんです。全て手編みで柔軟且つ魔力を受け流す独自の編み方になっています」

「それもやっぱり――」

「はい。大量生産は、現時点では不可能です。工芸の領域で普通の人が編めば少なくとも半年はかかります」

 

 

 フェイトは唸る。簡単に言えば六課の前線メンバーに採用するのには1年以上の月日を費やすという意味だ。

 

 

「コタロウさん」

「んくっ。はい」

 

 

 口に入れたサラダを飲みこむ。

 

 

「この生地は誰が作ったんですか?」

「私です。設計自体はトラガホルン両二等陸佐が、製作、調整は私です。最終調整はあちらが行なうと言ってました」

「因みに、時間はどれくらいで?」

「 336時間です」

『さんびゃッ――!』

 

 

 丸2週間だ。とスバルは声を漏らす。不眠不休で製作したのかは聞かなかったが、それだけの時間がかかったことに嘘は無いだろう。

 改めてこの生地を見る。単純に1日8時間作業に従事したとして42日かかる計算だ。新人4人を優先的に作ったとして6ヶ月弱、手の空いている人が複数人いればもっと短縮できるが、それに時間を割ける人間は六課には居ない。それにそれが出来たとして手編みなのだ、いくつものテストをしなければならない関係もあり、試用期間1年のこの六課にその余裕は無い。

 考えてみれば、彼が普段使用してるデバイスは不安定極まりないもので、実用化には向いていないことがよく分かる。彼が所持するこのデバイスのみが、6年という長い期間テストを行い、実用できる水準に近いものなのだ。

 そこまで考えてはやては疑問に思う。

 

 

「せやけど、そんな危ないもの、完成当時は局が許さないとちゃうんか? 説明聞いたけど、全部研究段階で危険性の高いものばかりやん。所謂(いわゆる)このデバイス、試作品みたいなものやろ?」

 

 

 その疑問はもっともだと思うはやてたちに対し、シャリオは用意していたかのように頷いた。

 

 

「はい。ですので、この傘、局登録がなされていません」

「……は? じゃあ、コタロウさん違法所持や」

 

 

 管理局では民間でもデバイス所持は認められているが、局員は局員で所持する場合は申請が必要で、民間とは違う手順を踏まなければならない。局員では誰でも知っていることである。

 

 

「いいえ。登録されていなくても試作品であれば、試験運転および動作確認、またある程度の一般使用を許可される資格があります」

「……限定付武装局員資格」

 

 

 気付いたようになのはがぽつりと言う。

 

 

「はい。一般のデバイスであれば作成した後、局から認可が降り、正規の局員に使用されます。スバルたちのも出来たばかりだけど、安全性は私だけでなく局もお墨付き。そのあと、上官の許可が降りたところで使用が許可され、調整して、一般許可がおります」

 

 

 マッハキャリバーたちの使用はいきなり本番になったが、それは上司からの使用許可が有り、それ以前に局登録のなされたものであるという。

 

 

「でも、コタロウさんの持つ限定付武装局員資格は、動作確認という名目上で認可の下りていないデバイスの所持と限定使用が許可されているんです。しかも試作品扱いなので、デバイスリミッターも関係ありません。コタロウさんにしか出来ない裏技中の裏技です」

「そ、そんなん、もし、使用して事故が起こったらどないするんや」

「ですから、試験運転、動作確認という模擬戦でしか傘のフルの機能を使用できないんです。おそらく、もし普段使うことがあったのであれば、その機能だけ局で認められたものだろうと思います。局から認可が降りた機能にどんなものがあるか分かりませんけど、2年位前にハリセンという機能を見たことがあります。模擬戦というのはあくまで試験運転の範囲内、スバルたちに言わせれば訓練と同義なんです」

 

 

 さらに例外が存在します。とシャリオは付け加えるが、この会話に何人か付いていけない人間が出てきた。

 

 

「緊急時はコタロウさんも一般武装局員と同様に召集がかかりますから、その時は存分に傘の機能を使用できるんです」

「緊急時って?」

「ん~、分かりませんが、例えば、管理局システムが崩壊するようなときが来たとき、とかじゃないですかね?」

「――ぶふっ!」

「八神部隊長?」

「い、いや、なんでもあらへん」

「まぁ、確かに管理局システムが崩壊するなんてありえないですよね」

 

 

 咳をして頭を振るはやてを見るシャリオにとっては、そんなことはあり得るはずもなく、はやてが吹き出すのも理解できた。

 

 

「せ、整理させると……なんや、コタロウさんの傘は完全独自規格でトラガホルン両二等陸佐とコタロウさんによる独自のチェックをクリアした試作品で、複数武器搭載の可能性を秘め、管理局認可が降りていないデバイス。なおかつ、コタロウさんだけある一定の条件下でフルに使用できるということ。で、ええんかな?」

 

 

 シャリオは頷き、他は悩みながらも顎を引く。

 そして、錆びた人形のように首を動かして、この傘の所持者である男のほうを向くと、彼は既に席を立とうとしていた。食事を終え、そろそろ業務に移らなければいけない時間だ。

 

 

「……機能の説明も、聞きます?」

 

 

 まだシャリオは外装と機能の可能性しか話していない。本来の機能はまだ一言も出てはいなかった。

 

 

 

 

 

 

魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

第29話 『季天鋏』

 

 

 

 

 

 

 コタロウの模擬戦――彼に言わせれば試験運転――が始まる十数分前にシャリオが現れ、興味本位からはやてたちも姿を見せる。

 今は訓練場上空で、フェイトがエリオとキャロと模擬戦を繰り広げ、とあるビル群の屋上では、なのはとヴィータ、スバルとティアナがそれを観察している。

 

 

「あ、八神部隊長、シグナム副隊長とみんな」

『お疲れ様です、八神部隊長、シグナム副隊長』

「お疲れ様です、八神二等陸佐、シグナム二等空尉」

 

 

 はやてはスバルたちの敬礼を解かし、気を使わなくてよいことを告げる。

 そろそろ、フェイトたちの模擬戦も終わりそうな雰囲気であった。キャロが支援するなか、エリオが力を込め、彼女に突き込んでいくところだ。

 フェイトは愛機で受け止め、電光が2人の間にほどばしる。頬の横で、膝もとで、身体の脇で光を放ち、轟音と共に一方が弾きとんだ。

 

 

「――ハッ、ハッ!」

「ふぅ。うん! もう少し、弾を避けるときは余裕をもってね? あとはいいかな」

「ありがとうございました!」

「あ、ありが、とう、ございました」

 

 

 キャロはもう少し、エリオを支援して余計な疲労を与えないようにと注意し、3人と1匹は一緒になのはたちのいる地点に着地する。

 彼らの模擬戦のデータをコタロウは編集し、レイジングハートに転送すると、彼もすたんと着地した。

 

 

「テスタロッサ・ハラオウン執務官。それでは10分後にお願いします」

「はい」

 

 

 彼は傘を置き、準備運動を開始する。基本的な腱を伸ばしたり、捻ったり、屈伸をしたりなどして、身体を整えていた。

 特に顔を歪ませることもなく、足を 180度縦に開いたり、横に開いたりしているのを見て、スバルが口を開く。

 

 

「コタロウさん、身体柔らかいですねぇ」

「十数年前、は、カートリッジシ、ステムは身体への負、担が大きかったんです。知らない間に蓄積して、あるとき身体、が動かなくなるこ、とは若い人ほどよくありました」

 

 

 ぴくりとなのはが反応する。つい数日前シャリオから聞いた話だ。

 

 

「成人で、あれば身体が出来上がり、そのシステムに耐えら、れるのですが、子どもの場合そ、れは負荷となり身体を軋ませます。その時、必要なの、が身体の柔らかさなのです。デバイスにかかる負荷を抑え込むか、身体全体で吸収して負荷を逃がすかですね」

 

 

 彼は座り込んでべったりと体を折り曲げる。

 

 

「もちろん大人の場合でも高い負荷、そうですね、もし人体への負担を無視した高出力な砲撃を撃てば、身体が出来上がっても無理でしょう。その場合の柔軟さでもあります。かといって完全に雲散できるかというと、そうではありませんが、柔軟なことで損することはありません」

 

 

 よし。と最後に首をじっくり回し、大きく深呼吸をして体操を終わらせた。

 

 

「え、あの、それは誰に教えてもらったんですか?」

「ふむ。誰に教わったというより、ジャニカ・トラガホルン二等陸佐から貰った訓練学校の教本に書かれていましたね。『身体とデバイスの相互関係』という節に書かれています」

 

 

 聞いたことある節ではあるが、思い出せない。そもそも、デバイスとの相性は学科というより実際に見て、体験しただけな気がすると訓練校出の人間は首を傾げた。

 

 

「……ム」

 

 

 疑問に思うのも束の間、コタロウの魔力制御を感じ取った。

 普段の修理精密性から予想した通り、彼の魔力制御は揺らぎなく安定し、そして堅固だった。

 彼の手のひらの上を凝視すると、何か透明で球体状の物体が浮かび上がっている。彼は手を返すと、それは重力に逆らうことなく緩やか落下し、地面に触れた瞬間にゼリーのように形が歪む。そしてそのままゆっくりと跳ね返り、また彼の手のひらに落ち着いた。

 

 

「何ですか、それ?」

「エアロゲルです。99.9%が空気で残りの0.1%が水の物質です」

 

 

 スバルは手にとってみると、なんとも柔らかいゴムのようでスライムのようでもある不思議な感触だ。ティアナたちも手に取ってみると何とも形容しがたい感触であった。

 興味本位から他の人にも回され同じ感想をもつ。

 

 

「まどろっこしいのなしだ。これ、稀有技術(レアスキル)なのか?」

「いいえ? ただ単に空気中の水蒸気に魔力制御で空気を送り込んで密度を減らしただけです」

「だけですって、お前……」

 

 

 ヴィータが試しに空気中の水蒸気を魔力で収集し、そこに空気を送り込もうとするが安定はしないし、目に見える状態で出現しない。魔力制御に(さと)い、なのはたちがやってみても結果は同じだった。

 

 

「いや、無理だろ。できねェよ」

「訓練次第だと思います。『水分子』と『水分子』の間に自分の『魔力分子』を――」

「ちょっと待て」

 

 

 途端に、エアロゲルは制御を失いシャマルの手の中で雲散した。

 

 

「水分子と魔力分子ィ? お前、魔力素子を制御できるのか?」

「皆さんも魔力素子を使用してバリアを展開しています」

 

 

 物質を扱うとき、例外に漏れることはなく、これ以上分割することのできない素子を使用する。例えば鉄板をつくりたいのであれば、鉄の素子を集めて生成する。魔力によるバリアの場合は、魔力素子を集め、結合して堅固な防御壁をつくりだす。

 この魔力素子の量こそが、その人本人の魔力量となるのだ。

 管理世界はこの魔力素子の利用と、人体にある魔力の源であるリンカーコアの発見により、今まで感覚的に使用していた魔法をほぼ科学に近い形で確立させた。質量保存の法則を無視したように錯覚するのはこの魔力素子を取り扱うからである。

 

 

「んなもん、感覚と意思で作れるだろ」

「はい。なので、魔力素子で分子を制御する感覚です」

「ちょっと待ってくれるか? ということは、コタロウさんは魔力で分子間結合制御ができるということか?」

 

 

 それに近いことであるとコタロウは頷いた。

 ジャニカとロビンはこのことを知っているのだろうかと思うはやてはその疑問を即座に打ち消した。知っている知らないという問題ではない。はやてたちがほぼ感覚と想像、意思によって生成しているバリアの類を粒子単位で完全に制御下において操作している事実のほうが問題である。

 

 

「まさか、デバイスを酸化させたりもできたり?」

 

 

 ぞくりと全員デバイスを隠す。

 

 

「それはできません。あくまで分子同士を近づけたり、離したりすることだけです」

 

 

 コタロウは誓いに近い強さで否定する。

 彼にしては珍しく言葉に力の入ったものだ。

 はやてがぎこちなく頷くのを見て、コタロウは傘を手に取り、和傘に変えて上下に数回振り抜く。そして、そのまま右足を前に出しながら、上から斜めに傘を振り、左足を移動させながら真半身をとる。そこでは既に傘は形状を変え槍のような野点傘に変わり、中心を持って2回転、3回転。さらに腕を内側に巻き込み身体を回転させ、傘を握る手が口元まで来る時には、傘は折りたたまれ小型化されていた。

 進行方向は常に変わらず一直線であったが、彼の身体は独楽(コマ)のように回転し、その間傘は、例えるならば剣、槍、短刀へと形状を変えていく。彼の発言による命令がなかったことから、どうやら口に出さなくても傘の形状は自由に変更することができるようだ。

 傘の形状変化のパターンをいくつか変えながら、歩みを進退する足捌きをスバルたちはみたことがなかった。

 なのはたちのみが、

 

 

『(武道の動き?)』

 

 

 と、親近者である人や学生時代の部活風景で出てきた人、またはテレビでも機会があれば見たことのある動きによく似ていると感じた。

 コタロウがその動きを終えると、ぽつりと声を漏らす。

 

 

「命中力の確認もしておこう」

 

 

 傘を自分の身長の3、4倍高く放り投げると位置は動かずに、先ほどとは比較できない速度で、また独楽のように回り始めた。

 彼の周りの粉塵が僅かに回転にあわせて舞い上がる。

 そして、傘もまた回転しながらコタロウと同じ位置まで落下すると、彼は柄を掴み、

 

 

「――ンッ!」

『……え?』

 

 

 方角としては隊舎に向かって突き抜く。

 以前みたことのある動きを傘はする。遠心力と彼本来の力によって弾きだされた傘は主人の手元を離れずに中棒が伸び、隊舎の屋上に向かって真っすぐ突き進んでいく。

 音はそう、カートリッジロードしたときのような音だ。

 そして、遠目で見るとあれはおそらく避雷針だろうか。それと交わったのを確認してから、彼は傘が自重で(しな)る前に逆の動作を行ない、傘を引き込んだ。

 傘が戻るときの音はまた違い、金属のタガが外れ収納される音である。最後に「かち、ん」という音を漏らし、通常の大きさに戻る。

 

 

「ふむ。問題なし」

 

 

 お待たせしました。とコタロウはフェイトのほうを向き、丁寧にお辞儀をする。

 

 

「それでは、試験運転及び動作確認の条件をお話させていただきます」

「……え、あ、はい」

 

 

 フェイトを含む周りの、特になのはやスバルたちは半ば、何かを諦めたように息を吐いた。

 

 

[あのね、ティア。私、ネコさんについて考えるの止めようと思う]

[奇遇ね。でも多分、また考えるわよ。人間ってそういうものだから。今日のところは考えるのをやめるってことでいいんじゃない?]

[あの地球での夕食の時も、結局考えないと決めたのに、考えてますよね、現在]

[うん]

 

 

 スバルたちが念話をしている間に、コタロウはフェイトにルールを説明していた。

 それは特に難しいことはなく、傘の耐久性と防護性、および操作性の確認のため、攻撃するのはフェイトだけで、コタロウ自身は防衛のみであるというものだ。

 彼は一切攻撃を行なわない。

 

 

「わかりました」

「それではよろしくお願いします。空戦、陸戦もそちらに合わせます」

 

 

 再度彼女は頷き、先ほどのバリアジャケットのままふわりと空を飛ぼうしたとき、ふと、彼の服装がつなぎのままであることに気が付いた。

 

 

「コタロウさんはバリアジャケット、着ないんですか?」

「…………」

「あ、いえ、無ければそれでいいんですが……」

 

 

 コタロウはフェイトに目を合わせ、数回瞬きをした後、

 

 

「――ッ!!」

 

 

 2歩、3歩と引き下がった。顔も幾分か上気している。

 

 

「き、着なければなりませんか?」

『(動揺してる!?)』

 

 

 六課にいる面々が初めて見る光景だ。瞳も僅かだが震えていた。

 しかし、それは幻覚であるかのようにすぐに元の無表情に戻る。

 

 

「は、はい。安全の為、着たほうがいいと思います。その、どうかしたんですか?」

 

 

 全員の代表として、フェイトが先ほどの表情の理由を聞く。

 対する彼は、いつもの表情ではあるものの、淀みのない口調ではなく、

 

 

「わ、私のバリアジャケットは恥ずかしいのです」

 

 

 おずおずとぎこちがなかった。

 それでもフェイトに着用を要求されていたので、彼は傘の先端を地面につけ、

 

 

「セットアップ」

 

 

 彼の周囲が光りだした。

 

 

 

 

 

 

『…………』

 

 

 靴に類するものであれば、(かかと)から接地する歩き方をすると、カツカツと固い音がする。しかし彼の足音は少し違い、

 

 

――カラコロン

 

 

 小気味良い音が鳴り響いた。

 スバルたちにとっては見たことのない姿で、なのはたちにとっては和傘と同様に見たことのある姿であった。

 知る人の表現を借りるのであれば、彼の履いている履物は足の2本生えた『下駄』と呼ばれるもので、『足袋(たび)』も履いている。『仁・義・礼・智・信』を意味する五つの折り目を付けた黒い『馬上袴』を履き、上半身は紅緋(べにひ)の『羽織』をはおり、中も同じ色の織物を着ている。袖口等の端部分は無患子(むくろじ)の種の色をしており、その後ろからは白地が見え、三色が上半身を彩っていた。胸元には蛇の目に六角形の装飾があしらわれている。そして、激しい運動にも耐えられるよう、黒い(たすき)が隻腕でも器用に交差していた。

 

 

『…………』

 

 

 和傘によく似合っている。

 確かに、このようなバリアジャケットはここミッドチルダではみない服装であるが、特に彼が恥ずかしがるような格好ではない。

 

 

「別に、ねぇ」

「珍しい格好ですけど……」

「よく似合ってますよ?」

 

 

 スバルたちは口々に感想を述べ、周りも同意を示す。

 セットアップを完了した時点で、彼は鼻筋より上を覆う黒曜石のような鈍い光を放つ顔の輪郭を取った一見仮面ともとれるバイザーをしており、目は完全に隠れてしまっていた。おそらく、彼からは見えるが自分たちからは見えない作りになっているのだろう。

 それのみが、少し異質を放っていた。

 

 

「いえ、格好ではなく……」

 

 

 彼は背中を向けるとそこには、

 

 

 

 

『困った時の機械ネコ

 

 ネコは尻尾に語りかけ

 

 尻尾はネコにのみ命を告げる

 

 そして運命はネコに微笑む

 

 常にかわらぬ貴方の親友より……』

 

 

 

 

 という言葉がミッドチルダの言語で円を描いて書かれていた。中心部には横を向いた黒ネコが振り返りながら自分の尻尾斜め上を見つめているマークが大きく貼り付けられ、円の外側にはドライバー、スパナが左右に平行で添えられている。

 かなり人によって感想が分かれるデザインであり、どうやらコタロウにとっては恥ずかしいほうに傾く代物(しろもの)であるらしい。

 

 

『(……答えにくい)』

 

 

 フェイトも感想は控え、「それでは始めましょうか」と地上を離れた。

 コタロウは、またカラコロンと音を出しながら建物から飛び降りると、途中足元に格子状のエアロゲルをつくりだし、弾性力をふんだんに使って高く飛び上がっていった。彼女と同じ高さになって1人分の地面を作り、カラコロンと着地する。

 ここで初めてシグナムが口を開いた。

 

 

「主、カギネ三士の実力をご存じで?」

「ううん。知らん。けど、『Quad(クアッド)(エス)天魔使(てんまし)』のトラガホルン夫妻がいるわけやし、弱くは無い、と思う」

『Quad・Sの天魔使!?』

 

 

 周りも初めて聞く情報である。話題としてはなのはと同様に有名であり、姿は見たことはないが、その異名だけは局内でも知らぬ人がいないくらいである。唯一知らない若いエリオとキャロだけはティアナから局内の有名人であることを教えてもらう。

 

 

「あのお二方が? 異名名高い……」

「2人ともな、SS(ダブルエス)なんよ。アコース査察官から直接な」

「確か、入局当初話題になった人だよね?」

「せやね、その後2年くらいでぱたりと噂を聞かんようになったなぁ」

「私が怪我をした時だから……8年前、だね」

 

 

 スバルたちが入局当初は既に活躍の話しは聞かなくても、時々話題に出てくる人たちである。これほど近くにいるとは思わなかったと内心驚いた。

 そのなか、シャリオはふと頭に1つの共通点を見出す。

 

 

「……傘の制作開始年、ですね」

『…………』

 

 

 気付けばまた、彼に対して思考を巡らせている彼らがいた。

 はやてはこれはまずいと思ってか、シャリオにフェイトとコタロウがよく見えるようにモニターを展開させる。展開したのは複数で、見た目だけでなく、体内の魔力分布や体温、気圧など色々な角度から見ることのできる特徴ある画面だ。これで、魔力の動きなどを観察することができる。

 そこでシャリオは、コタロウの周辺気圧だけが違う事に気が付いた。

 

 

「……嘘」

「どないしたんや?」

「コタロウさんの周囲約1㎝の気圧が異常に低いです。高度およそ3500m級」

「今やったんか?」

「わかりません。ただ、あの地点に着いた時の魔力差分を見ても反応差が見られないという事は、普段から常時使用していると考えるのが普通かと……うわっ、下がりだした!」

 

 

 その気圧を一定にしていたのかと思いきや、急激に10000m級まで下がり、そこで彼の周辺気圧は安定した。その間、はやてたちも魔力反応を察知できた。

 バリアジャケットには本来、空気圧の防護も備えられているが、おそらく彼の場合は機能を一時的に解除しているのだろうとはやてたちは決定づける。

 そろそろとティアナたちもシャリオに近づいてモニターを見た。

 

 

「……そういえば、想定される限りのあらゆる『季』節と『天』気を操作できる機能が付いとるって言うてたな」

「『季天鋏(きてんばさみ)』機能ですね」

 

 

 『季天鋏 (seather(シザー) scissor(シザー)) 』という機能があると食堂でシャリオが話していた。はやてが言った通りの機能で、別名『気象布の裁ち鋏』と名を打ってあった。

 名前と概要以外は、魔力操作の独自理論が展開されており、修正に次ぐ修正が幾重にも張り巡らされていたため、彼女では理解できなかった部分である。

 今、空中にいるフェイトは彼の魔力反応は察知できたが、彼に対して一見どこにも変化が見られずにいた。

 

 

「それでは、使用者(わたくし)コタロウ・カギネの高度約10000mの超高高度を想定した酸素欠乏状態における、傘『潦《にわたずみ》』の試験運転兼動作確認試験を実施します」

「……え?」

 

 

 彼は相手の動揺を無視し、発言を続ける。

 

 

「試験協力者であるフェイト・テスタロッサ・ハラオウン執務官は、先ほどの御説明の繰り返しとなってしまいますが、戦略は自由とします。ですが、戦略立案の極端な長考はできるだけ控えるよう御願いいたします。その場合、適当な攻撃を行なってください。また、(わたくし)は衝撃で移動をすることはあっても、基本的に移動は致しません。もちろん、自身の危険性を考慮したうえで回避行動をしてしまうことは、事前に御了承願います。そしてもし、間合いの間隔に御要望がございましたら仰ってください。適宜設定いたします。以上、なにかご質問がございましたら、気にすることなく仰ってください。特に質問が無い場合は頷くか、そのまま5秒間お待ちください……」

 

 

 すかさず、彼女は質問した。

 

 

「酸素欠乏状態とはどういう事ですか?」

「言葉の通り、現在、私たちがいる空気濃度を気圧変化によって減少させ、酸素を欠乏状態にしたということです」

「コタロウさんの人体の影響は?」

(わたくし)はこの傘を所持し、且つ他者に対してある一定の距離がある場合、常に高度約3500mの酸素欠乏状態を維持しているため、特に問題はありません。私の現時点での最高高度耐性は高度約15000mで、耐久時間は72時間ジャストです」

 

 

 相手は普段以上に感情に抑揚が無くなっていた。

 相手を納得させようと、彼は答えに付加情報を発言するが、フェイトは彼の状態が納得ができない。

 

 

「何でそんな状態で試験を行うんですか!?」

「私たち工機課の人間は場所を選びません。飛行する艦船をも迅速に修理をしなければならない場合が存在します。それを想定しての訓練です」

 

 

 他の機械士も例にもれないことを告げる。

 そこでコタロウはトラガホルン夫妻に言われたことを思い出し、付け足した。

 

 

「トラガホルン両二等陸佐から、もし協力者が3つ以上の質問があった場合、この言葉を伝えよと伝言があったため、お伝えします」

 

 

 彼は再び口を開く。

 

 

 

 

『協力者になってしまった以上、何もかもが遅すぎる。分かっていることは、ただ1つ。ネコにとってはそれが日常で、普通であること。これ以上の質問がネコ本人に依存するものであれば、質問は別の機会に致しなさい。それはとても嬉しいことだけれど、頭の良いあなたなら御理解できるでしょう? 試験中、ネコに対する感情は排除することをお勧めする。そうそう、試験に関する質問であれば、どうぞ御自由に』

 

 

 

 

 彼の言葉以降、フェイトは一度深呼吸して相手を見据えた。

 両者間に無言の時間が流れる。

 

 

「5秒の無言、質問無しと判断いたしました。試験運転兼動作確認試験カウントダウン開始……」

 

 

 彼女は呼吸静かに、目を閉じる。

 

 

「5」

 

 

 彼の傘は開いてはおらず、右手に握られ、特に構えてはいない。

 

 

「4」

 

 

 彼のカウントダウンに動揺することなくやおら眼を開き、愛機(バルディッシュ)を構えた。

 

 

「3」

 

 

 モニターを見ている人、空を直接見上げている人たちを意識することは、今までの新人たちの模擬戦と同様にない。

 

 

「2」

 

 

 相手の表情はバイザーによって窺えず、カウントダウンは彼女の緊張を少し押し上げた。

 

 

「1」

 

 

 風が吹き、僅かにフェイトのツインテイルが揺れ、初撃の戦略を立てる。まずはそれで彼の実力を把握しなければならない。全力ではなくコタロウの力を測るのだ。相手の抱えている負荷は考慮しなくてよいと言い聞かせる。

 次の想定される言葉で、ゆっくりとフェイトは間合いを詰めていった。

 

 

「0」

 

 

 

 

 

 

 

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