「~それから~ again ゆかりむつび」    作:高尾のり子

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第2話

 

 信とカナタに翻弄されて何日か過ぎてしまってから、オレは浜咲駅に降り立った。

 昨日も浜咲駅から卒業した浜咲学園を訪ねたけれど、無駄足だった。

「………ユカリ……」

 ユカリと連絡が取れない。

 何度もケータイを鳴らしたけれど、とうとう「お客様がおかけになった電話番号は現在使われておりません」とまで告げられ、学校に行っても会えなかった。

「…………」

 だから、出て行け、と怒鳴られた家の前に来た。

 きっとユカリはケータイも取り上げられて、外出禁止にされたんだと思って、鷺沢の家に来た。

「ユカリ……」

 まだ午前中の早い時間だけど、家の駐車スペースにクルマは無い。二人とも仕事に行っているはずだ。

「………」

 しばらく迷ってから、オレは呼び鈴を押した。

「………」

 返事がない。

 もう一度、呼び鈴を押した。

「………………………」

 やっぱり、誰も応答しない。中に人の気配がしない。

「………三人ともいない、か……、それとも部屋に閉じこめられているか…」

 ユカリの部屋を庭から見上げたけど、カーテンが閉まっていて様子はわからない。電灯もついていないみたいだ。

「……………………。……ここまで来たんだ」

 居留守じゃなくて本当の留守かもしれないが、オレは声を張り上げる。

「ユカリっ!!! いるかっ?! ユカリっ!!!」

 カーテンは動かない。

「……………………」

 ユカリの顔を見たい。

「ユカリっ!! オレだっ!! 一蹴だ!!」

 窓ガラスを通しても室内に聞こえているはずだけど、誰も姿を見せない。

「……………………。…動けないならカーテンを揺らすだけでもいい!! ユカリ!! いないのか?!」

 やっぱりカーテンは動かない。

「………………………。いないのか…」

 本当にいないみたいだ。

「………。だったら、帰ってくるまで待つだけさ」

 外は寒いけれど、気にならない。

 オレは玄関前で待つことにした。

「……ハクションッ! やっぱ、少し寒いか……けど、いつ帰ってくるかわからないんだ。いつまでも待ってやる」

 何時間でも、たとえ、何日でも待ってやる、そう思って座り込んだけれど、近所のおばちゃんが近づいてきた。

「あら、鷺沢さんのボッちゃんじゃない。こんにちは、お久しぶりね」

「え、ええ…こんにちは」

「高校から一人暮らしって話だけど…」

 何気なく「鷺沢のボッちゃん」なんて言われたけれど、オレはボッちゃんなんて上等な育ちでもなければ、もう鷺沢の人間でもない。………だったら、オレは、何一蹴だ? ただの一蹴か? オレの旧姓は何だった? もう、どうでもいい。少なくとも、オレは鷺沢一蹴じゃない、一蹴だ。

「さっきから叫んでいたけど、もしかして知らないの?」

「え…?」

「鷺沢さんのご一家、引っ越しされてるのよ。あなたに連絡されてないの?」

「っ! いつ?! どうして?!」

「先々日、急にね。理由も教えてくれなくて…」

「どこへ?!」

「普通は教えていくものなのに、それを私たちにも挨拶だけで曖昧にされてね。ほとんど夜逃げ同然に…」

「連絡先はっ?!」

「………。ごめんなさい、知らないの。…………でも、あなたに教えていかないなんて………」

「………」

 なんだよ、その可哀想な人を見る目、やめろよ。

「……………」

 エープリルフールには早いんだよ、クソッ! 信じられるか。オレが何も言わずにいると、おばちゃんは居心地が悪くなったみたいで、自分の家に入ってしまった。

「……………………クソッ!」

 電柱を蹴っても痛いだけで何も解決しない。

 けど、立ち去ることもできないオレの前に見知らぬスーツの男性二人も現れた。

「……」

「「………」」

 お互い挨拶もなしに通り過ぎると、男性二人は持っていた小さな看板を鷺沢の家の門扉に針金で括りつけた。

「……………………売り家って………」

 看板には「売り家」って大きく描かれ、仲介不動産管理会社クロスコーポレーション・連絡先電話番号0080…………本当に、もう、この家はオレの家でないだけじゃなくて、鷺沢の家でさえなくなるのか………………………だ、……だったら、ユカリの学校は?! オレはスーツの男性たちに質問するのが無駄だとわかっていたから、浜咲学園に走った。

「ハァハァっ…くっ、ハァハァ…」

 校門を抜けて、すぐに職員室へ入った。

「ハァハァ、すいません! 先生、ハァハァ…」

「そんなに慌ててノックもなしに…」

 批判的な怒った目でオレを睨んだのは南先生だった。

 ちょうど授業中なのか、他の先生はいない。ある意味、ラッキーだ。南先生ならユカリの家庭教師をしていてくれたから、話も通じやすい。

 オレは天の采配に感謝しつつ、南先生に近づいた。

「それ以上、入ってはいけません」

「え…?」

「期末試験中ですよ。生徒は、そのラインから奥へ入ってはいけません」

 職員室の入口から3メートルのところに白いテープで線がある。在学中から慣れていたことだけど、つい忘れていた。期末試験の前後一週間は職員室への立ち入りが制限されるんだった。

「ハァハァ…お、オレは、もう生徒じゃ…ハァハァ…ないですよ」

「なるほど」

 南先生は微笑むと、自分の席から立ち上がってくる。

「在籍している生徒でも、まして教師でもない人が学校に足を踏み入れると、なんと言われるか知っていますか?」

「ハァハァ…い、今はナゾナゾしてる気分じゃ…ハァハァ…」

「ナゾナゾではありません。職務質問です」

「…ハァハァ…」

「その息づかい、まさしく不審者ですね」

「そ…卒業生を不審者とか…ハァハァ…言わないでください、ハァハァ」

「どうやら、刃物は持っていないようですね。そんな顔と息づかいで入室されたら、私でなければネットバズーカか、サスマタの標的になっていたところです。……イヤな時代になったものですね」

 南先生はタメ息をついてから、持っていた液状インク入りのマーカーボールを置いて、いつものレモンに持ち替えた。やっと息が整ってきたオレは、職員室の目立つところに去年から導入された防刃ネット発射バズーカ2挺とサスマタ10本が配備されていたことを思い出した。言われてみれば南先生の対応は正しいかもしれない。学校に乱入して先生や生徒を刺すバカがいる時代だから。

「生徒ではありませんが、やはりテスト用紙のある職員室に入れるわけにはいきませんね。なにか、用事でしょう?」

「はい」

「では、こちらへ」

 南先生は来客用の応接間へ通してくれた。校長室と職員室の間にあるソファが対面して置かれている狭い部屋だ。アホ校長の部屋を不必要に広く立派にしたから応接間が狭く設計されたって話もある。

「お茶を淹れましょう。レモンティーにします」

「あ、いえ、おかまいなく。それより、用件ですが…」

「私が飲みたいのです。勤務中でも接客という口実があれば、インスタントではなく手順を守った正式の紅茶を堂々と淹れて飲むことができるのです」

「……、あいかわらず、サボるの得意ですね…」

「サボっているわけではありません。仕事を楽しんでいるのです」

 南先生は丁寧に紅茶を淹れて、自分にはホットレモンティーを、オレにはアイスレモンティーを用意してくれた。

「ありがとうございます。走ってきたから、ちょうどアイスが嬉しいです」

「石田三成です」

「は?」

「徳川家康と天下を争った戦国武将を忘れましたか?」

「………オレ、……日本史じゃなくて世界史を選択したから……」

「中学校のレベルです」

「……聞いたこと、あるような名前だなァ…とは、思いますが…」

「豊臣政権五奉行の一人です。今の滋賀県、近江の国に佐和山城を誇り、18万石を領した彼が豊臣秀吉に重用されたのは、軍事面ではなく内政面でした。その有名な逸話が息を切らして訪ねてきた秀吉に、お茶を所望された三成少年は熱い茶ではなく、飲みやすいよう…」

「できればオレの用件に入りたいんですが」

「せっかちですね」

「急いでるんです。ユカリのことを! 鷺沢縁のことを教えてください!」

「ユカリお嬢さんの?」

 家庭教師だった頃の習慣で今でも南先生はユカリを「お嬢さん」と呼んだりする。

「ユカリは学校に来ているんですか?」

「………。どうでしょう? 担任ではありませんから出欠席までは把握していません」

「それが知りたいんです! 教えてください!」

「よほどの事情があるようですね。少し待っていてください」

 南先生は職員室からユカリのクラスの出席簿を持ってきた。

「鷺沢…サギサ…、…この記号は……」

 南先生が指でなぞっていた出席簿を見つめて、首を傾げた。

「……転校あつかいになっています。三日前から」

「そんなっ?!」

「そういえば、週明けの朝の職員会議で、そんなことを教頭先生が言っていたかもしれませんね。私は眠くて、よく聞いていなかったので詳しく覚えていませんが…」

「聞いとけよ!! 教師だろ?!」

「………」

 う……ジトっと睨まれる。

 この人、何を考えてるか不明だから、怖いんだよなぁ。

「教師も眠いときは眠いのです。春眠暁を覚えずといって、この三月は冬至から夏至に向かって…」

「もお、うんちくはいいですから! ユカリの転校先を教えてください!!」

「………ふ~ぅ…」

 やる気のないタメ息を零した南先生は応接間にあるノートパソコンを開いた。たぶん、学内ランに接続されてるんだろう、しばらくカチャカチャと操作してくれた南先生は、またタメ息をついた。

「わかりません」

「わからないって? どうして?!」

「転校のために成績証明を発行した履歴はありますが、転校先は記録されていません」

 南先生は他の生徒の情報を隠してからユカリの分だけを見せてくれる。たしかに、転校先については何も記録されてない。

「………もっと何かないんですか?!」

「そう言われても、これは校長と担任しかアクセスできないデーターベースですよ。ここに何もないとなると…」

「ど、どうして、南先生はアクセスできるんですか?!」

「それは校長先生がIDを自分の氏名に設定して、パスワードを創立記念日にしているからです。そんなところだろうと思って入力したのが、どんぴしゃりです♪」

「…………。……アホアホだ………」

「どんぴしゃりとは、予想が的中するさまを言い、ぴしゃりとはシベリアからフィリピンにかけて生息する多年性の…」

「ユカリのこと、なんとか、わかりませんか?! どこへ行ったのか!」

「さきほどから、私は強く疑問に思っていたのですが、どうして、お兄さんである一蹴くんが妹さんの転校先を知らないのですか? 普通に考えて教えられているはずでしょう?」

「それは両親がオレとユカリを引き離そうとしているからです!」

「ご両親が? ……どのような理由で?」

「………………………」

「ご家族と思い、素直に検索してみましたが、これ以上みだりに情報を提供することは…」

「オレはユカリを愛しているんです!!」

「……」

「だから! 引き離そうとされて!! お願いです! どんな方法でもいいからユカリの行方を調べてください! ささいなヒントでも!! なにか! なにかないんですか?!」

 オレは真っ直ぐに南先生を見つめて正直に話した。

「お願いします! 本気なんです!」

「……………………」

 急に南先生は視線を落として、左手にもっていたレモンを嗅ぎ始めてオレの話を無視してる。ぜんぜん聞こえないフリをしてる。

「聞いてください!! 南先生!! 教えてください!!」

「っ……」

 南先生の肩をつかんで揺すると、顔を上げてくれた。

「どうか、お願いします! ユカリの行方を追いたいんです!!」

「っ……は…離して……、……。離しなさい!!」

 蚊の鳴くような弱々しい声で言ったと思ったら、急に南先生はオレを突き飛ばしてくる。

 ドンッ…

 胸を突かれてソファまでよろめいたけど、オレは諦めない。

「教えてくれるまで離しません!」

「っ…」

 もう一度、南先生を捕まえて、逃げようとしているのをソファに押し戻した。

「先生が反対するのもわかります!! でも! 誰もが反対しても! オレはユカリを愛してるんだ!! 誰にもわかられなくてもいい! だから、教えてくれよ!!」

「っ……離しなさい……」

「イヤだ!!」

「…ぃ…いや……離して…」

 南先生が首を振って拒絶しているけど、これだけは譲れないんだ。どうせ、もう卒業してる、校則違反も関係ない。逃げようとする南先生をケガをさせない程度に腕力で押さえ込んだ。

「先生だって中森先輩と関係してたじゃないか!! 好きになったものは仕方ないんだ!! わかってくれよ!!」

「っ…ち……違う! 違うわ!! ぜんぜん違う!!」

 なんだよ、自分のことになると、そんな必死に否定するのかよ、卑怯じゃないか。教師のくせに。

「わかってくれなくてもいい! オレはユカリが好きなんだ! あとを追いたいんだ!! なんでもいいから情報をくれよ!!」

「……ぃや……いや! イヤ! イヤ! いやあああ!」

 悲鳴を上げた南先生がパニックになって暴れるから、ティーカップが落ちてしまう。

 ガチャンっ!

 派手な音を立ててカップが割れた。

 これって高いかも、そう思っていると、ドアが開いて鳥嶋先生が乱入してきた。

「な……なにをしてるんだ?! 鷺沢っ?!」

「べ、…別に、なにも…」

 ちょっとマズいかもしれない。オレは南先生から離れた。

「ちょっとユカリの転校先を訊いていただけです」

「ウソをつけ!! いったい南先生に何をしたんだ?!」

「な、なにもしてませんよ! 誤解です!」

 オレと鳥嶋先生が言い合いしていると、他の先生まで入ってくる。いつのまにか、授業が終わっていたみたいだ。他の女性教師が南先生に駆け寄ると、震えて泣きじゃくっている背中を撫でて、オレを睨んだ。

 な、なんだよ、その目は。

 オレは何もしてないぞ、潔白だ。

「オレは何もしてませんよ! そうですよね! 南先生!」

「っ……いや……こないで……ひッ…ぅっ……ぃあ…」

 オレの確認に答えず、南先生は十代の女の子みたいに震えて泣いてる。

 鳥嶋先生たちの冷たい視線がオレに集中してきた。

「「「「「………………」」」」」

「…な……なにもしてない! 何もしてないんだ!!」

「いいから、お前は、こっちに来い!」

 鳥嶋先生と体育教師にオレは両腕をつかまれて生徒指導室に連行された。もう生徒じゃないのに監禁する気かよ。ここはグラウンドに面してる窓に格子があるから、外から鍵をかけられると一種の牢獄になる。校則違反の生徒を詰問する取調室だ。

 鳥嶋先生がオレの前に座った。

「南先生に何をしていたんだ?!」

「何もしてないっていってるだろ?!」

「何もしていないのに南先生が泣くか?!」

「……。……ちょっと、しつこくしたけど……泣くようなことは何もしてません」

「何をしたんだ?!」

「だから、してないって!!」

「……………お前が、そういう態度を続けるなら問題は大きくなるぞ。それに、南先生から訊けばわかることだ」

「………誤解だ!」

 もうオレが何を言っても鳥嶋先生さえ聞いてくれず、おまけに南先生が泣きやまないみたいで、誤解が深くなっていく。結局、夕方になっても南先生は、他の女性教師や保健室の先生にも何も説明せず、タクシーで帰ってしまった。

「……………何もしてないっていってるだろ……クソっ……」

「「「「「……………………」」」」」

 一人を相手に、五人も教師が見張りやがって、オレは猛獣かよ。

 鳥嶋が深々とタメ息をついた。

「ハぁ~……先生は今ほど、お前の担任だったことを後悔したことはない」

「………もう卒業したから関係ないだろ。停学にでも退学にでもしたらどうだよ?」

「そうだな。校則は関係ないな」

「だったら、早く解放しろよ」

 敬語を使うのもイヤで先生たちを睨み返した。

「お前が、そういう態度を続けるなら、ご両親に連絡するぞ」

「っ…の……の……望むどころだ!!」

「鷺沢………。……まったく……。親御さんが泣くぞ……オレは知らないからな」

 立ち上がった鳥嶋は職員室で電話をかけたり、他の先生と話したりしてから、戻ってきた。

「おい、鷺沢。お前の家の電話番号は? 名簿にある番号にかけても、解約されてるぞ」

「ユカリは転校したんでしょうが!!」

「そうなのか? それで、新しい連絡先は?」

「それをオレが知りたいんだ!!」

「………、まったく……」

 鳥嶋は職員室で調べたり、他の先生と話したりしてから、また戻ってきた。

「どうしても、ご両親と連絡がとれん」

「……マジで学校も知らされてないのかよ……クソッ……どうしたらいいんだ…」

「なぜ、両親と連絡がとれない? そんなおかしなことがあるか? 隠さずに言いなさい。でなければ、先生たちにも考えがあるぞ」

「隠してないっての!! っていうか、知ってたら、ここに来るかよ!!」

「子供に連絡先を教えないで引っ越しする親があるか?」

「親じゃないからな! オレがユカリと結ばれたいって言ったから勘当されたんだよ!」

「「「「「……………………」」」」」

 先生たちが複雑な表情を浮かべて、オレを見てる。

「……けっ……どうとでも思えよ」

「………鷺沢……」

 鳥嶋が時計を見た、そろそろ午後7時だ。

 これで残業代が出るなら教師は楽な仕事だな。

「お前は未成年だが、高校を卒業した社会人だ。この意味がわかるか?」

「さあ?」

 カナタのマネをしてトボけた。

 鳥嶋が険しい顔で睨んでくる。

「学校敷地内への不法侵入、電磁気的データーへの不正アクセス、婦女暴行未遂。立派な経歴がつきそうだな」

「なッ……南先生には何もしてないって!! それにパソコンだってオレは触ってない!! 南先生が調べてくれたんだ!」

「彼女を脅迫して調べさせていた、先生にはそう見える」

「誤解だ!!! 濡れ衣だ!!」

「彼女も二十歳を過ぎた女性だ、その彼女がああまで傷つくようなことをお前がしたんだろう?」

「か……勝手に泣き出しただけだ! 信じてくれ!!」

「「「「「……………………」」」」」

「だいたい不法侵入って何だよ?! 卒業したからって入っちゃいけないのかよ?!」

「できれば我々としても卒業生も教え子として、常に歓迎したいところだが、法的には卒業生は部外者となる。許可もえずに侵入すれば不法侵入が成立する。まして、お前の行為は犯罪だ」

「ッ………クソッ! じゃあ、どうするっていうんだよ?!」

「このまま保護者と連絡が取れないなら、警察に通報するしかない」

「なっ…警察?!」

「「「「「……………………」」」」」

 他の先生たちも仕方ないって顔してやがる、もう生徒だった頃とは対応が違うみたいだ。校則違反の生徒を見る目じゃなくて、犯罪者を見る目になってやがる。

「ちょ、ちょっと待ってよ! 警察って何だよ?! オレが何したっていうんだ?!」

「婦女暴行未遂」

「か、肩をにぎってソファに押さえつけただけだ!」

「それを先生同士でやってもセクハラで諭旨退職の時代だぞ。婦女暴行未遂が大袈裟でも県迷惑防止条例違反だ」

 鳥嶋が疲れた顔でタメ息をついた。

「先生もお前を信じたい」

「………」

「けどな、外形的には犯罪行為に見えたし、お前につもりがなくても、南先生は傷ついて泣いていただろうが?」

「…………南先生には謝ります…」

「謝って済めば、こちらもうれしいが、………たしかに、南先生には男子生徒と関係をもつ癖がある、という心ないウワサもあるが、あくまでウワサだ。ウワサには尾ひれがつくものだし、若い女性教師には火がなくても煙が立つ。お前が南先生なら簡単に組みせると思って近づいたとしても…」

「そんなこと思ってない!! だいたい、いくつ歳の差があると思うんですか?! 興味ないですよ!! まったく!!」

「そうだろうとは思うが、………いや……、まあ……。……不幸中の幸いというか、南先生は何も言わずに帰ってくれた。これはお前を庇ってくれたんだぞ?」

「……」

 違う、ちゃんと説明してくれないから誤解が膨らんでるんだ。

「南先生が不問にしてくれるなら、我々としても無かったことにして、お前を解放したいが、もし、帰り道で別の女性を襲うようなことがあってみろ、先生たちの責任を問われるんだぞ」

「オレは通り魔並みかよ?! みさかいなしか?!」

「そう判断されたから、ご両親もお前に連絡先を告げずに突然引っ越したんじゃないか」

「………ユカリのことは本気なんだ。先生たちにはわからないさ」

「……………。このままでは警察に引き渡すしかない」

「…そんな…ッ……生徒を警察に突き出すのかよ?」

「一つだけ方法があるとしたら、他に保護者はいないのか? 誰か迎えに来てくれる人は?」

「……………………そんなこと言われても……本当の両親だって死んでるし…」

「本当の両親? ………お前、……」

「養子だったんですよ」

「……そうか……。……すると、妹さんとは…」

「血はつながってません」

「そうか………。………お前も、……大変だな。……けど、鷺沢の両親の気持ちも考えてみろ?」

「……………………………」

「………。とにかく、迎えに来てくれる人間はいないのか?」

「………………」

 まさか、いのりに頼むわけにもいかないし。静流さんは、むしろオレがバイトに行けてないことで大忙しだろうし。

「……中谷じゃダメですか?」

「せめて成人にしてくれ。ただのサッカー部の友達じゃダメに決まってるだろうが。同じ未成年で、さらに同じく卒業したばかりの中谷が保護者なんて先生たちが認めると思うか?」

「……………。ちょっと待ってください」

 オレは信くんに電話をかけてみたけど、バイト中みたいで連絡が取れなかった。中谷よりダメな気がするけど、仕方なくカナタにかけてみたら、事情を説明すると来てくれることになった。

 しばらく、先生たちと沈黙の時間を過ごしていると、来客向けのロータリーに黒塗りのリムジンが駐まって、カナタが降りてきた。

「……カナタ、なのか?」

 オレは目を疑った。

 だいたい、いつもの通常の三倍速くて目立つオープンカーじゃなくて、なぜか、花祭さんのリムジンから降りてくるし、なにより、極ミニスカートのボディコンじゃなくて、紺色のリクルートスーツを着てる。ブーツじゃなくてパンプス、ストッキングも目立たない肌色で、髪型まで押さえ気味の落ち着いた雰囲気だ。

 実はカナタ本人が来られないからカナタの姉さんとかが、来た? そう思うほど別人だった。身のこなしや、玄関でパンプスを脱いでスリッパを履く動作まで、淑女っぽい。

 いつもと違うカナタは先生たちとオレを見ると、頭を下げた。

「お久しぶりです、鳥嶋先生」

「そう…です…な。黒須さんは転校されたから、もう四年ぶり、ということですか?」

「そうなりますね。とても懐かしいです」

 おいおい、お前、誰だ? 本当にカナタか。先生だって思わず丁寧語になってるし。

「先生方もお変わりなくご健勝のこと、お喜び申し上げます」

「いや、こちらこそ、黒須さんのご活躍は聞き及んで……こういっては何ですが、テレビで見るのとは、ずいぶん雰囲気が違いますね」

「あれは事務所の方針で作られたキャラクターですから」

「なるほど、大変そうですな。……その忙しい中をよく、鷺沢の呼び出しなんかに…」

「一蹴くんは私の大切な友人です。なにか、誤解とトラブルがあったようで、本当に申し訳ありません。私が責任を持って見守りますので、どうかご容赦ください」

「ええ、黒須さんになら安心してお任せできます」

 気がつけば、とんとん拍子に生徒指導室から解放されて、オレはリムジンに乗っていた。

「………本当にカナタ、なのか?」

「いいえ、私はカナタの双子の妹、サナタです」

 隣に座って、微笑みかけてくれる。たしかに、そっくりだ。一年生の途中で転校したなら、鳥嶋先生たちを欺すのはわけないだろう。

「顔はそっくりだけど、性格は別人なんですね」

「よくカナタに比べて暗いって言われます」

「そ、そんな意味じゃないですよ! サナタさんは礼儀正しくて、ぜんぜんカナタよりいい!」

「そうですか♪ うれしいです。うふっ♪ でも実はカナタにはサタンなサナタなんて怖がられてるの。今日の貸しはカナタに身体で払ってもらうつもりです」

「身体…」

「ハァ~……」

 奥に乗っていた花祭さんが深いタメ息をついて、サナタさんを見つめた。

「私は一人っ子で淋しいですけれど、カナタには何人も兄弟姉妹がいらっしゃって羨ましいですわ。何人いらっしゃったかしら?」

「はい、カナタと私が双子で長女と次女、他に長男でアナタ、次男のタナタ、三女のナナタは呼びにくいのでナユタと呼んでいますが異母姉妹です。三男で花屋を経営しているハナタ、教会のシスターになりましたマナタ、儒学者のヤナタ、ハワイ在住のラナタ、トラップ専門のワナタがおります」

「へぇぇ…そんなに大勢いたんだ。カナタのヤツ、一人っ子みたいな顔してるから気づかなかった」

「うふふっ♪」

「アカサタナハマヤラワと、単純なネーミングセンスですわね。お父様、哲学教授でいらっしゃるのに、ひねりのないこと」

 うわっ…花祭さんが急にケンカ売りまくりなことを。サナタさんと親しくないなら、けっこう失礼な言い方じゃないか。けど、サナタさんは微笑み返した。

「そうですわね。香憐お母様のお子様だから果凛と名付けられていらっしゃるのと、同じくらいに、ひねりがなくて芸がないですわね。カレンからカリン、ラ行での交換による一字違い、とてもステキなネーミングセンス♪」

「……………………」

 うわっ……サナタさんが、とんでもない切り返しをするから、花祭さん心底不愉快そうに黙り込んでしまう。仲悪そう。

「うふふ♪ そうそう、ラナタの異父姉妹にはリナタなんて、いますのよ。タなんて末尾は男性っぽいのがイヤだといって、リナと呼んでいますが…」

「カナタっ!」

 花祭さんが声を荒げて、噛みつくくらいに身を乗り出した。まるで逆鱗に触れたって感じだ。っていうか、なぜ、カナタなんだ。

「悪ふざけは、いい加減にしたら?!」

「あら、悪ふざけじゃないですわよ。双子というのはウソですが♪」

「え……ウソなのか?」

「はい、ごめんなさい。双子じゃないんです。この身体はカナタでもあるの」

「それって、どういう?」

「黙っていましたが、黒須カナタは多重人格なんですの。主人格の他に、副人格としての私など128の人格が存在しています」

「………128も……オレが知ってるカナタは……本当のカナタなのか?」

「一蹴さんも、いくつかのカナタをご存じでしょう? ほら、クルマのハンドルを握ると人格がスピード狂になるタイプもいますし。あの人格は運転中にしか出現しないんです」

「ああ! あの! なるほど! やっぱり、異常だよな! あれ!」

 オレが納得しているのに花祭さんは疲れた顔でタメ息をついてる。

「それで、今はサナタさんなカナタ、他に、どんな人格がいらっしゃいましたっけ?」

「はい、同性愛者な人格もいますね♪ 白河ほたるさんが大好きな人格とか、りかりんを狙ってる人格も」

「……気をつけるわ」

「一蹴くんを大好きな人格もいますよ」

「…そ…そうなんだ…、……光栄と、いうか……なんというか…」

「けれど、一蹴くんを心底アホだと思っている人格も♪」

「……そうなんだ……やっぱり…」

「はい、128人格のうち129人格が一蹴くんをアホだと判断しています」

「…ふ……増えてない? その計算は変じゃ?」

「アホでも、これくらいはわかるのですね」

「………」

 このサナタって人格も、けっこう失礼かもしれない。言い返してやる。

「けどさ、多重人格なんてマスコミに知れたらヤバくない?」

「モデルのKANATAと女優は別人格なんですよ」

「へぇぇ……そっか、雰囲気違うもんなぁ…」

「唄うときも違いますし、ほら、タモルと会うときなんて対タモル向け人格がありますのよ♪」

「すっげぇ……それって、ある意味、便利じゃ?」

「はい、気持ちの切り替えができますし♪」

「へぇぇ……でも、どうして多重人格に? あれって精神病じゃなかったっけ?」

「はい……実は、信じていた友人に裏切られ、走っている乗物から落とされて大怪我をして入院しているうちに恋人を寝取られまして、そのショックで…グスッ♪」

「そうなんだ……カナタに、そんな過去があったんだ…」

「事故で頭を打って記憶も混乱しております」

「治らないのか?」

「アホにつける薬は無いと申しますから」

「それってバカじゃ?」

「…くっ………………………」

 サナタさんが急に腹を抱えてうずくまった。

 その肩が震えてる。

「ご、ごめん! 気を悪くした? ごめん!」

「……くっ……くくっ……苦しい……」

 お腹と口を押さえて痙攣したみたいに震えてる。なんか、ヤバそうだ。

「大丈夫か? 吐きそう? クルマ、止めた方がいい?」

「…くっ……苦しい……い、……いけません……こ、これ以上は…くっ…」

「どうしたっていうんだよ?」

「…も……うダメです。……あの残虐な殺人鬼が、私の中に…」

「殺人鬼?!」

「……に、……逃げて…くっ……みんなを傷つけて……殺して…しま…」

「いっそ、人格転移する前に撃ち殺してあげましょうか? バカナタさん」

「…い……いけません……ああ、……ばかりんを殺しそう…」

「ハ~ぁ……疲れた」

「うっ…く、…来る! ……もう、…ダメ、……唯笑ちゃんがくる…」

「ユエちゃんって? 殺人鬼なのか? どうしたらいいんだ?」

「くっ…ぷっ……あはっ! アハハハハハッ!」

 それから、カナタは30分も、ただ笑い続けた。

 ただ笑い、笑い続け、リムジンの中をカナタらしく遠慮無く転がって、ただ笑っていた。

 聞きたくもなかったけど、カナタは一人っ子で人格も一つで、浜咲学園で礼儀正しかったのは単に先生たちを信用させるための演技だと、笑いながら語ってくれた。

 

 

 

 気がつけば四月になっていた。

 ユカリを探したいのに、その手がかりさえ見つからず、しかも、カナタや信くんが毎日みたく邪魔しにくる。二人の意図はわかってる、いのりをヨリを戻すべきだって顔に描いてある。そんなに妹を好きなことが悪いのかよ、いのりとの問題を以前は放置していたカナタまで、お節介してくる。しかも、信くんとオレは同居も同然だし、カナタも前より頻繁に、ならずやに来るし、そのままバイトが終わったオレの部屋にまで押しかけてくる。

「オレに襲われても、文句は言えないぞ」

「ん~♪」

 今日もバイトが終わったオレの部屋に来たカナタは呑んでる。

 さりげなく何気なく一本何万円もするウイスキーを、ユカリが使っていたマグカップで呑んでる。別にユカリ専用ってわけじゃないけど、不愉快だ。っていうか、ここはオレの部屋だ。

「泊まる気かよ?」

「うん♪」

「……………」

 問うまでもなく、すでにカナタは勝手に風呂も使って、オレのパジャマを着てたりする。まあ、ボディコンのまま寛がれるより、きっちりボタンをとめてくれるのでパジャマの方が露出度は低くて目線は落ちつけるけど。

「オレは南先生を襲ったかもしれない男なんだぞ」

「それは無いでしょ。だって、君は静流にも興味もってないし」

「まあ……面と向かっては、言えないけど。歳の違いってやつで」

「でも、りかりんやアタシ、のんには、ちょっと感じる♪」

「…………。二つしか離れてないからな。でも、オレが好きなのはユカリなんだ」

「年下趣味? もし、ユカリちゃんが年上だったら?」

「もしも、ユカリが年上だったら、……お姉ちゃんか……、……」

 想像できない。

 想像を絶する。

 ユカリがオレより二つ上だったら………つまり、もう大学生の三年生。

 ユカリの成績なら、志望通り獣医学部に行くだろうから、獣医学部の三年生か。

 白衣とか着てたり、動物実験とかしてたり………ユカリの性格で生体実験とか、できるだろうか、……ユカリなら泣いて実験動物を助けようとするかもしれない。もしかして、獣医に不向きなんじゃないか。

「なんかエロいこと考えてる? お姉様なユカリに白衣もえ、とか?」

「酔ってるな、カナタ。外れだ」

 勘のいいカナタだけど、もう泥酔に近いから、勘も動きも鈍ってる。よく呑むアイドルだ。

「ユカリは優しいから動物実験なんて、嫌がるだろうなって思ったんだ」

「あ♪ アタシも優しいから嫌がる♪」

「………。まあ、喜んでする女の子とは付き合いたくないな」

「くふふ~とか、嗤いながら猫を切り刻まれたら、引くよね♪ 百年の恋も冷めそう」

「……………………」

 ユカリ、今頃、どうしてるかな。

 オレと引き離されて………オレが会わなくしただけでメリッサを傷つけてしまったユカリ………オレがカナタを泊めてるなんて聞いたら…………。

「やっぱり、帰れ!」

「急に、どうしたの?」

「当たり前みたく何回も泊まりにくるな!」

「いいじゃん」

「よくない!」

「………………………。帰らない」

 不機嫌そうに前髪を掻きあげたカナタが睨んでくる。なんで睨む。自分勝手なのはカナタだろ。

「帰れって!」

「ヤダ♪」

 カナタが布団に潜り込んだ。

「強行宿泊するな!」

「アタシに死ねっていうの?」

「はァ?!」

「ここまで酔ってると、さすがにミスる♪」

「…………。タクシーで帰れ」

 オレは財布から五千円札を出した。

「ほら」

「ヤダ♪ パジャマだもん」

「着替えろよ。それ、オレのパジャマだし」

「着替えさせてくれたら、考えてもいい」

「………。着替えなんかさせたら、途中で襲うぞ」

「どーぞ」

「……………………男をナメてるだろ」

 かぶってる布団を剥いで、カナタを上から押さえつけた。歳も経験も勝てなくても腕力じゃ絶対にオレが有利なんだぞ。

「キャッ♪」

「今夜は信くんだってバイトでいないんだ」

「叫んでも、誰も来ない?」

「ああ、信くん以外は他人だからな」

 何日か前に信くんの隣室に越してきた学生が連れ込んだ女の子と揉めてたけど、オレは助けにいかなかった。だって、他人だし。アパートっていうのは、そういうものだ。

「……」

「……」

 いったい、どういうつもりでカナタは無防備なんだよ。クソッイライラする。

「本当に襲うぞ」

「ヤダ♪」

「じゃあ、帰れよ」

「襲うのはヤダ、抱いてくれるならいい」

「……………………」

 カナタ…………………そういえば、信くんがバイトでいない夜に限って泊まりに来る。

 これって……………………決断の刻なのか。今のって告白、なのか。

「ど………どういうつもりなんだよ?」

「イッシューのことが好きだから」

「……………………」

「本気にしてる? 冗談と本気、どっちがいい?」

「………。……そういうこと…言うか? この状況で?」

「そーゆーこと、言う♪」

「帰れ、最期の警告だ。これを無視すると裸にするぞ」

「裸にするだけ?」

「無視したな」

「した♪ する?」

「しない!! オレはユカリが好きなんだ! お前なんか嫌いだっ!!!」

「っ…………今のセリフ。けっこう傷ついた」

「そうかよ!」

「手ぇ離せよ、いつまで押さえてんだ、アホっ」

 カナタはオレが握ってる両手首を振りほどこうとしたけど、逃がさない。こんな細い手首、簡単に拘束できる。カナタの頭の上で手首を交差させて片手で握って、空いた手をパジャマにかける。

「ここまで男を挑発しといて、都合よく逃げられると思うなよ!」

「あ…、ユカリちゃん…」

「ぇ…」

 カナタにつられて玄関ドアを振り返ったオレの股間に強烈な膝蹴りがくる。

 ドッ…

 痛い、これは痛い、痛みが背筋を昇ってくるのが、怖い。この急所の痛みって、遅れてジワジワ昇ってくるんだよな。うう…ううううう。

「うう…ぅぅ…うう…」

「とことんアホね♪」

「…うう……卑怯者……ううう…」

 布団を這うオレを悠々と見下ろしたカナタは、また呑み始めた。

「腕力で勝負すれば卑怯じゃないの?」

「うう…ううう…」

「身体が大きけりゃ勝てるってもんでも、ないでしょ? 巨艦巨砲主義♪」

「…うう…痛いぃぃ…ちくしょぉぉ……うう…。油断したからだ…うう…」

「油断っていうより、戦艦大和がどんなに大きくても、イージス艦きりしまに勝てないのと同じ♪」

「わけわかんねぇ…ううう…」

「ミサイルで、どん♪」

 カナタが手で作った鉄砲をオレに向けた。

「…うう…」

「永遠に照準を合わせて、股間を撃ち抜こう♪」

「…それは……瞬間だ……」

「ナイスつっこみ♪」

 けらけらと笑ったカナタは信くんがバイトから帰ってくるまでオレの部屋にいた。

 

 

 

 数日後、のんちゃんを作戦に巻き込むことにした。

 オレがユカリを探そうとするのを信とカナタが協力して邪魔してるのはわかってる。オレのバイトのシフトと、信くんのバイトのシフト、それにカナタの仕事の都合、これを出し抜くために、のんちゃんに頼むことにした。

「秘密の作戦だね♪」

「ごめんな、オレが抜けたら忙しいだろうけど、頼むよ」

「いつもよりバリバリ頑張るね」

「この埋め合わせはするから。じゃあ、頼む」

 まだバイトに入って一時間も経っていないけど、オレは控え室から外に出た。

「ユカリ、待っていてくれ。すぐに探してやるから」

 オレは街を駆けだした。

 走って、走って。

 しばらく走ってから歩いた。

 歩いて、歩いて。

 歩いてから、やっぱり当てもなく探すことの不毛さを味わった。

「………どこを……探せばいいんだ……ハァ……ハァ……」

 シカ電沿線にいる保障もない。

 転校したって、澄空高校とか千羽谷第一高校とか、近場ならいいけど、仁成高校とか、沖縄女子宇宙高等学校とか、北海道大学獣医学部付属高校とか、そもそも、せめて神奈川県内であってほしい。

「…ハァ……………………ハァ………………………ユカリ……」

 あてもなく歩いていたオレは鷺沢朋美の旧姓や、その地元さえ知らないこと、鷺沢衛が浜咲に住宅を買う前、どこに住んでいたか、そんな基本的なことさえ知らないことに愕然として歩いている。

「……結局……こんなとこに来て……も……無駄足……」

 そして、辿り着いたのは。

 真昼の子供園。

 オレのルーツではあるけど、ユカリにも鷺沢家にも無関係な場所だ。

 歩き疲れて、真昼の子供園の門前に座り込んだオレにドスのきいた低い声が降ってきた。

「てめぇ」

「…………」

 その二人称を愛用する人物を見上げた。

「飛田…扉…なんで、お前がここに?」

「それはオレのセリフだ」

「………………、それでも、オレのセリフでもある……」

 疲れ切って意味不明なことを口走りつつ、いのりを見たオレは驚いた。

「いのりっ?!」

「……………………イッシュー……どうして?」

「どうしてって、それはオレのセリフだよ」

「……………………」

 いのりが困っている。

 どうして、また扉といっしょにいるんだ。

 しかも、この真昼の子供園に。

 どうにも頭が回転しない。

 そんなオレの前に、さらなる不可解な事態が起こる。

 ブゥゥ…

 黒塗りのリムジンが駐まり、カナタと花祭さんが降りてきた。

「あ、アホイッシュー発見♪」

「一蹴くん………ここにいたの……」

 カナタと花祭さんが、オレと真昼の子供園を見ている。

 そして、もう一つ聞き慣れた声が小雨のように降ってきた。

「ようやく、役者がそろったね。ピーース♪」

 真昼の子供園にある時計台の頂点に、のんちゃんがいた。

 

「ううん、そろわない役者も二人いるね。永久欠番のパパとリナさん」

「「っ…!」」

 いのりと花祭さんが動揺してる。

「……お前は…」

 扉まで顔色を変えて、のんちゃんを見上げてる。

 いったい、なにが、どうなってるんだ。

「のんちゃん、どうしてここに?」

「ごめんね、一蹴くん。一蹴くんの作戦を逆手にとったの」

「のんちゃん………。………それじゃあ、今は静流さんが一人で店を?」

「ぅ……うん」

 なぜか、のんちゃんは足を滑らせ、時計台から落ちかけた。

「危ない!」

「アホが見当違いなこと言うから! 空気読めっての!」

 カナタが助けられないかと周りを見ているうちにバランスを崩したのんちゃんは屋根から落ちて、庇でステップすると、さらに門塀で勢いをおさえて、いつもの神業的なバランス感覚で歩道に着地してくれた。

「すげぇ…」

「ピーースっ♪ …ぁ…」

 さすがに眼鏡を落としていて、それを自分で踏んでしまい、割れていた。

「ちょっとピースじゃないかな」

「二階の屋根から落ちて無傷なら充分、ピースだよ。あんなところ登っちゃ危ないぞ」

「一蹴くん、やさしいね。10年前と変わらず」

「10年前って…?」

「やめて! やめて野乃原先輩っ!!」

 いのりが悲鳴みたいな声をあげてる。

「やめてください!」

「やめない♪」

「お願いっ! でないと!」

「でないと?」

「でないと、私っ!!」

 呪い殺すような目で、いのりが睨んだ。

「あなたに何をするかわからないっ!!!」

「どーぞ、お好きなように」

「っ………」

「これを見ても、なにかしたいなら、どうぞ」

 のんちゃんは電光石火の早業で扉のポケットから何かを奪った。

「なっ…てめぇっ?!」

 盗られた扉が遅れて驚くほどの早業で、のんちゃんが手にしたのはジャックナイフだった。

 スチャ…

 のんちゃんが手の中で回転させると、ギラリと刃物が光る。

 ピーーッ……

 そのナイフで、のんちゃんは自分の服を切った。

「のんちゃん……」

「「のん……」」

「野乃原先輩……」

「…てめぇ…」

 のんちゃんの胸元には大きな傷痕があった。

「りかりんちゃんが思っていたより、大きい?」

「っ………………………」

 花祭さんが、よろめいて顔を伏せて、のんちゃんは肌を隠した。

「そう、あのときの傷だよ。一蹴くんと同じ」

「ぇ…? オレと?」

「まだ思い出さない? 思い出したくない、かな? のんと同じで」

「オレには、のんちゃんが何を言ってるのか、まったく……いつもの秘密の話とも違う……?」

「この傷は、一蹴くんの額の傷と同じ瞬間、同じ場所で」

 のんちゃんがオレの額にナイフを持っていない手で触れてきた。

 たしかに、ここには傷痕がある。

 でも、どうして、のんちゃんがそれを知ってるんだ。あまり目立たない傷なのに。

「のんのパパが運転していたクルマの前に、一蹴くんが飛び出したの」

「……そう……なのか……? ………クルマに撥ねられた記憶はあるけど……前後は、覚えてないんだ。次の記憶は鷺沢家の養子になって、ユカリの手を引いてることくらいしか覚えてない」

「ユカリちゃんはリナさんの代わりなんだね」

「……リナさんって……誰?」

「てめぇっ!」

 急に扉がオレの襟をつかんできた。

「てめぇ、ここまで言われて思い出さないのかっ?!」

「ぅぐ…苦しいって! やめろよ!」

「トビーちゃん、話の途中」

 のんちゃんがナイフを扉の喉元に向けた。けっこう危ないことする。

「のん、あなたの頸動脈に何をするか、わからない、よ?」

「……………………ちっ……くだらねぇ! くだらねぇよ!」

「くだらなくない。黙って聞く」

「……ちっ……」

 扉が手を離して、おとなしくなった。女の子には弱いみたいだ。

「一蹴くん、本当に思い出せないかな? かなァ?」

「………ごめん……ぜんぜん、覚えてない……。……考えようとすると、頭痛がするし……」

「そう」

「のん、ムリだよ。アホイッシューは、二つも年下なんだし、頭も打ってるから」

「カナタちゃん」

「そのアホはアタシのことも覚えてないみたいだし」

「そう……」

「カナタのことって? オレとカナタって半年前に出会ったのが始めてじゃないのか?」

「ほらね」

 カナタが自分の前髪を掻きあげた。

「ここに傷痕があるの、わかる?」

「…、あ、…ああ」

「ここにもあるよ」

 カナタがスカートをまくって腿を見せてくれた。そこにも、うっすらと傷痕がある。

「……カナタも事故に巻き込まれて?」

「それも、おもしろいかもね」

「おもしろいって?」

「病院から連れだそうとしてくれたの、リナちゃんじゃなくてアタシだった。そして、いっしょに事故にあった。そんな真相も、おもしろいってこと」

「……真相は?」

「この傷ができたから、アタシは入院したの。そこで知り合ったのが、君」

「オレ?」

「君はね、毎日毎日、その扉屋さんと施設から抜け出して、隣の病院へとナンパに来てたの」

「オレが……」

「そう♪ それでね、闘病中の女の子や、ケガして失恋した子とかに、花をくれたり、人形をくれたり、せっせとナンパしてたの。そりゃもう、女の子たちはコロっと君に惚れたよ。病院は、ある意味で一番のナンパスポットだね♪」

「オレって……そういうヤツ?」

「そーゆーヤツ」

「……………………。前に訊いたとき、扉のことは知らないって言ったぞ!」

「あれはトボけたの。いのっちに扉屋さんのこと話すなって、メールをもらってたから」

「……そう…なのか……」

「だいたい、扉屋さんとアタシたちは因縁が深いしね。知らないわけないじゃない。扉屋さんは覚えてないかな? 事故で意識朦朧だった?」

「……ちっ……くだらねぇ」

「片脚が飛んだのが、くだらないことなわけ? くだらない人生だねぇ」

「てめぇ」

「カナタ……扉も事故に巻き込まれたのか?」

「ちゃうちゃう♪ 10年前の事故じゃなくて、6年前の事故でね。その扉屋さんは無免許運転でバイクで暴走して、軽トラにガチャン♪ あわれ、魚屋さんは事故死。扉屋さんは脚を、ね」

「……………それと、オレの10年前の事故と関係が?」

「直接はないよ。ただ、その事故をアタシも、りかりんも、のんも目撃したの。早朝だったけど、徹夜で遊んでたから」

「………6年前って中学生だろ? 徹夜で遊ぶなんて不良だな」

「うん、うん、その空気の読めてないツッコミがナイスだよ、アホイッシュー」

「………………………悪かったな……」

「あの事故で、のんも気づいたんでしょ?」

「カナタちゃん………うん。そうだよ」

「アタシも忘れてたのに、扉屋さんが血まみれで脚を押さえてヒーヒー喚きながら、リナちゃん、リナちゃん、とうとう逢えるね、って泣くから思い出してしまった」

「カナタ…………どうして、私のことを…………?」

「りかりんは、10年前のアタシのことは知らないよね。けど、アタシは印象的だったから覚えてる。事故で入院したイッシューと、のんを香憐お母様とお見舞いに来たとき、りかりんの顔に、私のせいです、ごめんなさい、ごめんなさい、ってモロに描いてあったよ? のんは気づく余裕もなかったけど、アタシは退院寸前だったから、よく周囲が見えてたの」

「のんが気づいたのは、6年前のバイク事故と、中学の卒業式がキッカケだよ」

 のんちゃんが花祭さんを見つめた。

「あのときのこと日記にも書いたけど、よく覚えてる。卒業式でカナタちゃんも、のんも泣かなかったけど、りかりんちゃんとトトちゃんが泣いてたの、すごく覚えてる。トトちゃんは小学校で弟さんが亡くなっていたから、けど、りかりんちゃんが泣く理由が不明。だって、親しい友達は、ほとんど浜咲学園へ行く予定だったし。いつも花祭家のお嬢様として、感情をコントロールしてるのに、あんなに泣くなんて変だったから」

「……のん……」

「そして、のんは高校で一蹴くんをバイトに誘ってしまった。けど、このとき、もう、いのりちゃんとお付き合いしてたの、すごくビックリだったよ」

「野乃原先輩………私は……」

「汚い女だな」

 扉が罵った。

「その女はリナになりすまして、てめぇを欺してたんだ」

「いのりが……リナさんに?」

 どうも、この人たちの言ってることが、さっきからピンとこない。

 ぜんぜん思い出せない。

 というか、どうして、そんなに過去のことに、こだわってるんだろう。

「いのりがリナさんに、なりすまして、なんのメリットがあるんだ?」

「イッシュー………ごめんなさい」

「別に、いいよ。覚えてないし」

「「……………」」

 いのりと扉が完全停止してる。

 カナタが軽く拍手した。

「ほらね、アホは忘れてる。怒りも、悲しみもしない。こだわらない♪ そーくると思った」

「ちょっとは覚えてるぞ! 事故に遭う瞬間とか! ヘッドライトとか、雨とか、キュルルルル、ドカっ、って音とか! たまにフラッシュバックする!」

「はいはい。でも、前後は思い出せないんでしょ?」

「……………………前後はなっ! けど、子供だったんだ! 仕方ないじゃないか!」

「過去はともかく現在は? ちょっとは変だと思わなかった?」

「……な……なにが?」

「いのっちとアタシ、小学校の友達ってことだけど、二つも学年が違うし、服装の趣味も違う。アタシは子供の頃は的射に住んでて、いのっちは浜咲だよ? 的射と浜咲で、いっしょに通学するでしょうか? さらに、高校は同じ浜咲だけど、アタシが一年生で転校してるから同時在籍期間はゼロ」

「それが、なんだよ?」

「接点がないのに、友達。接点といえば、アタシが自転車の事故でケガしたとき、いのっちも長期入院中だった、それくらいしか、ない」

「………別に、オレは探偵じゃないから、いちいち人の履歴とか、どうでもいいんだ!」

「そうだね。それが普通だね。のんみたく親を殺されたなら別だけど、そーでもないのに10年前のことに、こだわって調べ回ってストーキングするのは、どうかと思うよ」

 カナタが扉の目をジッと見つめた。あの大きな瞳で見つめられると、男なら誰でも動揺するんだよなぁ。

「……くだらねぇ! くだらねぇよ!」

「くだらないなら最初からするなっ! 超アホっ! バイクに蹴られて死ねっ!」

 カナタが扉を怒鳴りつけてる。

「アホの極地っ! スーパー・アホ・スリーっ!! アホアホ星人っ! 帰れっ!」

「てめぇ……」

「もおいいっ! 君は退場っ! 役目終わり!」

「なんだと?!」

「なんだろうと、どうだろうと、墓参りでもして、音緒ちゃんちに帰れっ!!」

「……………………ちっ………………………」

 扉が背中を向けて、去っていく。

 とても淋しそうな背中だった。

 カナタって怒ると容赦ないからな。

「さて♪」

 のんちゃんとオレをカナタが見比べて、考え込む。

「う~ん………………アホのことより、のんの方が先だね」

「カナタちゃん?」

「許してあげなよ、りかりんのこと」

「……のんは………」

「許されることだと、私は思ってないの。どんなに謝っても、許されることだとは思ってないから。カナタは黙っていて」

「黙らない」

「カナタっ!」

「そーゆー暗ぁぁい情念を、ずーーと持たれてると、友達として、すごーーく、うざったいの」

「カナタっ!!」

「カナタ、カナタって気安く呼ぶなよ。お嬢様♪」

「っ…」

「カナタちゃん、少し黙っていて」

「……………………」

 カナタが黙った。

 カナタが黙ると、ものすごく静かになった。

 痛いくらいの沈黙だ。

「りかりんちゃん」

 沈黙を破ったのは、のんちゃんだった。

「聞かせて、あのときの全部を」

「……はい…」

 素直に頷いた花祭さん、だけど、のんちゃんはナイフを持ったままだ。

 扉、物騒な物を忘れていくなよ。

「私は………………………、…私は、よく母に連れられて、この施設に来ていたの」

「……そう…それで?」

「私も一蹴くんが好きだったみたい……初恋かな…」

 花祭さんがオレを?! そんなことがっ?! 驚いているオレを置いて話が進んでいく。

「でも、ある日、一蹴くんが病院からリナさんを連れ出すのを見つけて、どうしようもない感情が溢れてきて、………気がついたら、私は大人たちに密告していた。それで、二人は追われて、そのせいで事故に………たぶん、一蹴くんが飛び出したのは、追われたせい。だから、私のせい。……ごめんなさいっ! 許されるとは思ってないけれど、本当に、ごめんなさい!」

「そう……………………もう、いいよ、りかりんちゃん」

「…のん……」

「父の死の真相は全てわかった」

 のんちゃんがナイフを捨てた。

「ほんの一瞬の事故だったのに一蹴くんの顔を覚えていて、バイトに誘ったのは、恨みだったのか、興味だったのか………………………。りかりんちゃんがバイク事故と見たときや、修学旅行のお風呂で胸を隠している葉夜をみて、泣きそうな顔をしていたのが気になって調べたのも……恨みか……それとも、たんに真相を知りたかっただけか…………よく考えれば、クルマと歩行者の事故………雨の夜にスピードを出して、娘にも自分にもシートベルトをしていなかった父が、うかつだったのかも………。父は早朝から深夜まで医師として忙殺され、疲れ切っていた。運転の注意力が低下していて当然……………全てが運命だというなら………葉夜は、父が安心して眠れるように……したい。……もう、……秘密を追うこともしない。……父のような医師に、葉夜はなろうと思う」

「…………のん………………」

「りかりんちゃん、カナタちゃん………葉夜と、まだ、友達でいてくれる?」

「も…もちろん! 私からお願いっ!」

「別にアタシは、こだわってないから。のんが医学部に入るなら、それってオモシロそう♪ アタシがアル中になったら治してね」

 手を取り合い、抱き合う三人の女の子。

 ああ、いい絵だ。

 いい感じに話がまとまってハッピーエンドだ。

「さて♪」

 カナタがオレを見た。

「いい感じに話がまとまってハッピーエンドだ、って顔してくれたね」

「っ……オレの心を…」

「今度は君の番だよ。さ、この四人の女の子から、好きな子を選んでお持ち帰りヨシ♪」

「っ…カナちゃん?!」

「冗談♪ いのっちとヨリを戻しなよ。それで、全て丸く収まる。わかったでしょ? さっきの話」

「え………と……つまり?」

「つまり、リナちゃんを連れ出そうとした君は事故に遭って、そのショックでリナちゃんの手術は失敗、あまりの出来事に記憶を閉ざした君に、いのっちはリナちゃんのフリをして励ましてくれた。そして、高校で再会。けれど、スーパーアホ扉屋さんがリナちゃんのことを忘れてるのが許せないって、いのっちと君を引き裂いた。けれど、その障壁も消えた。そーゆー話♪」

「……なるほど……いのりはムリにオレと別れたのか……だから、……」

 いのりの態度や扉との関係が、全てクリアになった。

 人生最大のナゾナゾだった別れた理由がわかると、心が楽になる。

 ずっと刺さっていた棘がとれた気分だ。

 だけど………、

「だけど、オレはユカリが好きなんだ」

「……イッシュー……」

「二度も、つらい想いをさせて、ごめん。だけど、オレはユカリを選んだ。ユカリもオレを選んでくれた。その想いも記憶も変わることはないんだ。………つないだ手を離されるのは痛い、魂を引き千切られるほど、痛いって……ユカリの言葉が頭から離れないオレに、いのりをヨリを戻すことなんて、できない」

「……………………」

 いのりは静かに涙を零している。

 カナタが批判的な目で睨んでくるけど、のんちゃんを見る。

「のんちゃん、君は一つだけ間違ってる」

「え……一蹴くん?」

「ユカリはリナって子の代わりじゃない。ユカリは誰の代わりでもないし、誰にも代わりなんてできない。天上天下唯一オレが魂の底から愛している女性なんだ」

「一蹴くん………ごめんなさい」

「アホイッシュー」

「アホでもいい!」

「バカ」

「バカでもいいんだ!」

「妹もえ!」

「妹もえでもいい!」

「近親相姦!」

「血はつながってない!」

「ロリコン!」

「一つ年下なだけだ!」

「…ちっ…」

「カナちゃん、もうやめて」

 いのりが泣いて頼むとカナタは黙った。

 また沈黙が訪れる。

 真昼の子供園から子供たちの声が響いてくる。

 オレは四人に背中を向けた。

 ユカリを探すために。

 

 

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