ここはどこなのだろうか?暗い、なにも見えない。ただ冷たくて硬い感触を感じる。痛い。自分は寝転んでいるのだろうか?目を開けてみても、自分の目が開いているのか閉じているのかわからないほどの完璧な闇。ここに居ると自分がわからなくなる。ここから出たい。光を見たい。立ち上がる。体がふらつく。うまく立てない。そもそもこの空間に出口などあるのだろうか。私はなぜここから出ることができると考えたのだろうか。なにもわからない。暗いのは嫌だ。一人は嫌だ。寂しい。誰か助けて。ここから出して。出して。出して。出して…
目がさめる。光が入ってくる。あまりの眩しさに、思わず目を閉じてしまった。すけしずつ目を開いて徐々に目を慣らしていく。ようやく、色の戻ったはっきりとした世界が眼に映る。見慣れた天井。見慣れた景色。悪夢からの解放に安堵して、体を起こす。うまく力が入らない。しばらく寝ていたからだろうか。立ち上がろうと体制を変え、脚に力を入れようとすると…
「んー?あ、起きた?起きたね!」
扉の開く音と共に、女性の声が聞こえる。髪は赤色で修道女のような服だが、スカートの丈は短く、服の一部は破けており、黒い先の破けた所々赤黒いシミのあるコートを羽織っている。
彼女は、ミレイア。私の友人だ。
「ん?どしたの?呆けた顔して。大丈夫?」
彼女はふらふらと近づいてきて、私に顔を寄せながら、私の喉に短剣を突きつける。
「…大丈夫」
寝起きであまり声が出ないがこのままだと殺されてしまう。仕方なく…声を出した。
「そっかーよかったー。うん!今日は生きてるね!」
初めてやられた時は、死を覚悟したものだが、これは彼女なりの心配なのだ。だから、いつも彼女は虚ろな私に短剣を突きつけて生存確認をする。
「じゃあ、あらためまして!おはよ!」
満面の笑みでこちらを見る。彼女の笑顔に安心する。私は一人じゃないという事実を感じさせてくれる彼女に、安心する。
「おは…よう…」
私も少し微笑む。すると彼女は少し照れたようにえへへと笑い、ドアに向かう。
「行こう?神父様、待ってるよー?」
「うん…わかった」
私は返事をすると壁に立てかけてある大きな斧を持ち、自分の部屋を出た。
私達がいるのは3階。神父様は1階の会議室で待っているらしい。私達は階段を駆け足で降りて会議室に向かう。
会議室の扉は大きく、金属でできており、私たちが中に入るのを拒んでいるかのような錯覚を覚えさせる。だが、それに気づいていないのか、それとも、この感覚を味わっているのは私だけなのだろうか。ミレイアが扉を開く。
「…来たか…席に座りなさい」
会議席の奥の方には壮年の髭を生やした右目に傷のある筋肉質な男性が座っていて、側には鞘に収められた大剣がある。
この男性はオウグ。私のことを引き取ってくれた恩人であり、この教会を仕切っている神父だ。
ミレイアは先に椅子に座り、私もそれに続けてミレイアの隣に座る。
ちなみに部屋にはミレイアとオウグ神父…あと私。それ以外は誰もいない。
「…では話をしようか。最近、屍人やグールが多く出現している…のは知っているね」
屍人とグール…魔力を持ち、魔術を使う怪物。屍人は死体が魔術により動いているモノ。グールは魔術によって怪物とかした元人間のことだ。この街にはよく出現する。
「屍人やグールも集団となれば我々でも危険だ。それ以上に、一般人への被害も大きい」
「はいーはーい!わかってまーす!」
ミレイアが割り込む。オウグ神父は溜息をつくと
「ミレイア…君はもう少し落ち着けないのか…人の話は最後まで聞くものだぞ…」
少し呆れ気味にミレイアを叱る。ミレイアは口を尖らせる
「だって神父様の話長いんだもん。要点だけ話して」
ミレイアが同意を求めるようにこちらを見る。
小さく頷いておくと、ミレイアは嬉しそうに笑う。
「はぁ…まぁいい…」
オウグ神父が腕を組み直す。
「…今日の夜、これを殲滅したいと思う」
教会の人間は基本は神へ祈りを捧げ、迷える民を救済し、主の教えを説くのが仕事だ。だが、裏では怪物の駆除も行なっている。私達が武装しているのもそういう理由だ。
「へぇ…今日の夜ねー…」
ミレイアが口元に笑みを浮かべる。さっきまでのものとは違う、悪戯を考えているときのような、すこし悪い笑みだ。
「あぁ…殲滅作戦のメンバーだが…私とミレイア、ロウル、そして…君だ」
オウグ神父が私を見る。ミレイアは少し驚いた表情で神父を見つめている。
「…私…ですか…?」
驚くのは当然だ。普通はあり得ないことなのだから。本来戦闘に参加することができるのは、訓練を積んだ神官戦士か、特殊な力を持つ者だけだ。私も武器こそ与えられたものの、今まで戦闘に参加したことはない。それは他ならぬオウグ神父から戦闘に参加させることはできないと何度も言われて来たからだ。ならば、なぜ急に私なのだろうか。
「…君を戦闘に参加させるのは私も反対だ…だが…今この教会で強力な洗礼ができるのは君を含めて我々4人しかいない。今回の殲滅作戦にはとにかく人員が必要だ…」
オウグ神父は苦しそうな表情をしている。ミレイアもそれをわかっているようで目を伏せている。
「君の意思を尊重する。断っても構わない」
オウグ神父は真っ直ぐに私を見つめる。私はどうすれば良いのだろうか。ここで断れば、戦いとは無縁のいつもの日常に戻れる。でも…ここで行かないと、みんながいなくなってしまう気がした。…1人になるのは嫌だ。それだけで私は返事を決めた。
「…参加…します」
オウグ神父は苦しそうな表情のままそうかと言った。そして
「なら、日が出ている間にミレイアと一緒に準備をして来なさい。作戦中も基本はミレイアと行動してもらう。ミレイアも…いいね?」
ミレイアと見つめ合う。ミレイアが頷く。
「わかりました。神父様」
私とミレイアは二人で返事をした。
「では、日の入りに間に合うように準備をするように。日が完全に落ちたら街には戒厳令を敷く。そうしたら各々決められた地区を中心に行動してくれ…君たちは街の西門側だ」
オウグ神父が私達に命令を下す。すると急にオウグ神父はいつもの優しい表情に戻り
「まぁなにはともあれ…朝食を摂ってきなさい。あまり重く受け止めても、なるようにしかならないのですから」
オウグ神父の話を最後まで聞いた私達は会議室を後にして、大食堂へと向かった。
大食堂はいつもは賑やかだ。この教会で一番人が集まる。教会に勤めている修道女、神父、神官戦士、祈りに来た人々などなど…ともかく様々な人達いる。オウグ神父の意向で、ここは昨年から一般の人達にも開放しているからだろう。だが今日は一般の人は見当たらず、代わりに沢山の神官戦士や戦闘に参加する神父や修道女達が集まっていた。
戦の前の景気付けに酒を飲み交わすもの。黙々と食事を摂るもの。各々が殲滅作戦に向けて心の準備をしていた。
「ねぇねぇ!私達も早く朝ごはん食べよう?お腹が空いたら戦えないよ!」
そう言ってミレイアが私の手を引き、朝ごはんを注文しようと台所に向かう。
「料理長ー!ホットサンド1つ!あと水!」
ミレイアは料理長を見つけるなり、料理を注文する。料理長はやや呆れ顔でメモを取る。
「私はウェイトレスじゃ無いんですがね……」
料理長の愚痴が聞こえたが、いつもの事だ。私もあまり気にせず料理を注文する。
「…私は…パンとスープを…お願いします」
料理長はハイハイと言って台所の奥へ向かうと、ホットサンドとパンとスープを持って出て来た。
「お待ちどうさま。ミレイアはともかく貴女は初陣でしょう?帰って来たら美味い飯を用意してるんで!頑張って下さい」
料理長は笑顔で私達に料理を差し出す。私達はそれを受け取り、近くの席で料理を食べ始めた。
食事をしながらふと考える。私が戦闘に参加することに、なぜ神父様が否定的なのか。そして人数が足りないほどの魔物の出現。
全ては偶然の重なり、そう思っていた。
あの魔術師と私たち。まだ互いに何も知らなかったのに。この時から、結末まで。全部決まっていた…
これは、どこにでもある。不思議な世界の物語。誰もが夢見る遠い世界の物語。