薄暗いどこかの部屋。机と一本の蝋燭しかないこの部屋で少女はペンを走らせる。時々動きを止めたり、伸びをしてみたり、ペンを回し始めてみたり…でもまた机に向かって一冊の本にペンを走らせ続ける。ひと段落ついたのか、それとも飽きてしまったのか。少女はペンを置き、書いた文章を読み始める。
「思ったより面白くないなぁ…」
少女はそのページを破き、丸めて投げ捨てた。
「なんだ。捨てちまうのか?ソレ」
いつの間に入ってきたのだろうか。少女の背後に長身の痩せ男が立っていた。少女は振り返り、頬を膨らませた。
「あのさー…ノックもなしに女の子の部屋に勝手に入るのはどうなの?」
男は笑いながら言った
「いやいやノックはしたぜ?」
少女は目を丸くして少し申し訳なさそうな顔になった。
「…気づかなかったのは…ゴメン」
「いやアレ嘘」
男は笑いだす。少女は一気に機嫌の悪そうな顔になり、また机の方を向いてしまう。
男はそんな少女など気にもせず、丸められた紙を拾う。広げて中身を読むと
「なぁ…ホントに捨てちまうのか?よくできてんじゃねーか」
少女はまだ不機嫌だ
「いーの!失敗作なんだから勝手に読まないでよね!」
「あー悪い悪い。んじゃコレ貰っていいか?」
「べつにいーけど…何に使うの?」
男は部屋の扉を開けた。
「俺の創作活動の足しにってな。んじゃ行ってくるぜ?留守番ヨロシクな」
男が出ていくと、部屋にはまた暗闇と少女だけの世界が戻ってきた。
「…さて、続き続き」
少女は机に向かい、白紙の本を開く。そしてペンを走らせ始める。
まるでこの世界から孤立したかのように、薄暗い一室で少女は1人笑みを浮かべ物語を綴る。
壁に囲まれた街。その街の真ん中には遠くから見ても分かるほど大きい教会が建っている。この教会は街の政治や経済の中枢であり、他の村や街から孤立したこの街を支えているのである。
太陽が沈み始めた頃。そんな街の西門近くの砦にその男は立っていた。
男は砦の屋上で、夕日に照らされる街をキャンバスに収めていた。
「ん〜…イイねぇ…夕闇の中にある街!少しずつ灯っていく街灯!墓場から這い出す屍人!」
男は笑いながら、キャンバスに絵を描く。先程まで静かだった街に、屍人が発生しはじめる。男が何をしたという訳ではない。もとからこの街は霊脈が強く、日が沈むと屍人が発生するのだ。
「ん〜…イイ景色だ…。ケド…やっぱり何か足んないんだよなァ…」
男はポケットからボロボロの一切れの紙を取り出す。
「俺のいつもの悪戯じゃ、そろそろ限界があるしなァ。…イイ絵…見せてくれよ?」
男は取り出した紙に詠唱する。
男のいる場所と紙が薄く光りだし、あたりの空気の流れが変わる。男が紙を手放すと、紙はひとりでに浮き上がり、紫色の炎を上げながら消えていく。紙が消えたと同時に街は何かに覆われた。それは肉眼で見ることはできなかったがなんとなく感じ取ることはできた。だが、その気配すらも急速に増え出した屍人の魔力によってかき消されてしまった。
男は嗤う。
「死屍累々たぁよく言ったものだねェ…」
男はまた描き始める。完全に日が落ち、大量の屍人で溢れかえった街を。遠くからやってくる教会の人々を。嗤いながら、見下しながら描いていく。まるで自分自身がこの世界の創造主だとでもいうように。
男が街を屍人が溢れ出る世界に変えてからどのくらいの時間が経ったのだろうか。男が作り出した世界は徐々に崩壊を迎え始めていた。
この世界が一晩中に破壊されることを男は予想していた。だが、その崩壊は男の予想より明らかに早かった。
「ちと早すぎるナァ…」
男は苦虫を噛み潰したような表情でキャンバスの絵睨みつける。
「あんまりにも早すぎんだろ…?教会の奴らがくんのが早くても…今回は関係ねぇハズだ…」
男は自らの絵を覗き込む。
「なんだ…コレ」
男はいつの間にそれを描いていたのだろうか。本人も気づかないうちに、ソレは男の世界に入り込んできていた。イレギュラー。男の普段描くこの街には…この夜の街にはソレは存在しなかった。
「…1人増えるだけでこんなにも変わっちまうモンなのかねェ…」
男はキャンバスに少し絵を書き足した後、立ち上がる。屋上から自分の目で夜の街を見下ろす。
「イレギュラーちゃん…発見」
男は飛び降りる。イレギュラーの前に。もっと近くで見るために。自分の絵に新たな色彩を求めて。イイ絵を描くためなら死んでも構わない。死んででもイイ絵を描いてみせる。
イイ絵を描くのが自分の存在意義なのだから。
彼はたとえ自身の惨い結末を知っていたとしても、それで絵が描けるのなら満足して死ぬだろう。ソレがオレの存在意義。
これは、どこにでもある。不思議な世界の物語。誰もが夢見る遠い世界の物語。