魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第九十二話 私は彼を知らな過ぎた

~ほむら視点~

 

 

 

 

 

「……まー君は昔と変わらず、誰も必要としてないままだったのね」

 

 前を歩いている美国織莉子のぽつりと呟いたその一言に、(うつむ)いていた私は無言で彼女を見つめた。

 今、まどかを含めた私たち魔法少女は見滝原市を魔女退治を兼ねてパトロールしていた。

 ちょうど、昨日グリーフシードのリサイクル法を使い、孵化させた魔女を倒してソウルジェムを浄化し終えて間もないから魔力には余力があったからだ。

 とは言え、流石に大人数で動き回るのは目立つ上に、使い魔や魔女の討伐の効率が悪いため、二グループに別れている。

 私が居るグループは、私、さやか、美国織莉子、そして今回だけ付いてきているまどかの四人。残りのマミ、杏子、呉キリカは私たちとは他の場所を見回っている。

 私たちは街の西側の工業地帯がある場所を転々と見回していた。

 美国織莉子の言葉に、どういう意味かと問いかけようとしたが私よりも先にまどかが尋ねた。

 

「……政夫くんは昔から、あんな風に人を遠ざけていたんですか?」

 

 美国織莉子はまどかを一瞥すると、一旦足を止め、悲しそうな横顔で話し出した。

 

「ええ。でも、今よりもずっと酷かったわ。この世の全てに裏切られて、何も信じられない……そんな顔をしていた。初めて会った時は、一つ年下とは思えないほど疲れ果てた目をしていた」

 

「そうだったんですか……」

 

 まどかはそう言って小さく相槌を打って受け入れたが、私には政夫にそんな過去があったとは到底信じられなかった。

 常に笑顔を浮かべて、誰にでも近付いて行き、そして、当たり前のように問題を解決してしまう彼に弱い部分があるとは思えなかった。

 政夫が私にしたあの告白でさえ、私の方に落ち度があったのではないかと思ってしまうほど、彼は強い心を持っている。とても暗い一面がある人間には見えない。

 

「そんな風には見えないですけど。政夫って明るいし、社交性あるから」

 

 私の心の声を代弁するかのようにさやかがそう言う。私も彼女の意見に追随した。

 

「私もそう思うわ」

 

「今のまー君しか知らない貴女たちには想像しにくいでしょうね。あの頃と比べたら、もう別人と言っても過言じゃないほどあの子は変わったわ。事実私もそう思えるもの」

 

 再び、前を向いて美国織莉子はアスファルトで舗装された道路を歩き出した。

 けれど、会話自体は止める気がないようで私たちに聞かせるように静かだけどはっきりとした声音で話す。

 

「あの頃の弱々しく、(もろ)そうなまー君は居なくなった。確かに昔よりも明るくなったし、話術も巧みになった。積極的に人と付き合い、周囲の人を大事にするようになっていた」

 

 少しだけ嬉しそうな声を出した後、勢いが()げるように硬質化していく。

 

「……でも違ったようね。あの子の本質はあの頃とまったく変わっていなかった。むしろ、昔よりも自分を偽る事が上手になった分、今の方がずっと痛ましい」

 

「政夫の、本質?」

 

 彼は秘密主義なところがあって、必要な局面になるまでは情報を秘匿する事はままあるけれど、普段から自分を偽っているようには見えない。隠し事があっても、それは周りの人間を気遣ってのものばかりだ。

 ……だからこそ、そんな彼に拒絶された事が私の心を締め付けている。

 しかし、美国織莉子は私を見透かし、まるで哀れむように目を細めた。

 

「暁美さん……。貴女はまー君に好意を向けていたのに、あの子の事をまるで理解してないのね」

 

 それは軽蔑ではなく、本当に心の底から出たような憐憫(れんびん)の台詞だった。

 けれど、私にはどんな(あざけ)りの言葉よりも許せなかった。

 心の中に怒りの炎が(とも)る。その炎は瞬く間に私の思考を焼いた。

 

「貴女には政夫の何が分かるというの!? 過去の彼を知っていようが今の彼は私の方がずっとよく知っているわ!!」

 

 気が付いた時には声を荒げ、美国織莉子に掴みかかっていた。

 制服の襟を引っ張り、見上げるように睨みつけるが、そのまま哀れみの視線を一層強くし、表情を変えずに私を見つめたままだった。

 

「ほむらちゃん! 止めて!」

 

「美国さんも煽るような言い方しないであげてくださいよ! ただでさえほむらは今……落ち込んでるんだから」

 

 まどかとさやかが私たちの間に入り、仲裁をする。

 美国織莉子は私からさやかへと視線を移し、言葉の矛先を彼女に向けた。

 

「美樹さんも暁美さんと同じく、まー君の傍に居たようだけれど、あの子の本質を理解してあげられていたの?」

 

「私ですか……私は……、多分政夫の事、何でもできる奴だって勝手に思ってました。困っている時には当たり前に手を貸してくれて、何が起きても余裕そうに解決しちゃうそんな奴だって」

 

 やはり、さやかも私と同様のイメージを政夫に持っているようだった。

 美国織莉子が言うような本質など、きっと彼女の言いがかりだ。さも自分だけが彼を知っているかのような発言をしたかっただけに過ぎない。

 分かっていないのは彼女の方だ。

 

「そう。貴女も暁美さんと一緒な……」

 

 失望したと言外に言うように言葉を投げかけようとした美国織莉子に、間発入れずにさやかは台詞を被せた。

 

「美国さんとの件がなければ」

 

「どういう事?」

 

 私はさやかの言っている意味が分からず二人の会話に入り、さやかに尋ねた。

 彼女の中の政夫へのイメージは私と違わないはずだ。

 私たちがどうにもならないと思っていた事を、飄々とその身一つでどうにかしてしまう男。それは私たちの中で共通の認識だったはずだ。

 さやかは私の目を一瞬だけ見た後、少しだけ申し訳なさそうに話し出す。

 

「あいつはさ。多分、余裕そうに頑張ってただけなんだよ。私たちが心配しないように平気な顔でいただけ。美国さんと敵対してた時の政夫は特別心が強い訳じゃない、普通のどこにでも居る中学生だった。辛い事があったら辛いって思うし、悲しい事があったら悲しいって思う。でも、自分よりも他人を気にするから、表に出さないようにしている。今ではそういう風に思ってる」

 

 私は唖然とした。

 あの時の私はそこまで彼を見ていただろうか。

 政夫は言葉では止めれなかった美国織莉子を最終的には命を奪ってでも止めようと、彼は私に銃を求めた。

 それは彼の強さによるものだと思っていた。

 彼は元から強いのだと、何の根拠もなくそう信じていた。

 例え、過去に大切な人であろうとも、割り切って私たちの事を優先してくれる強さだと。

 何があっても自分の中の正しさを曲げなかった彼が、自分の最も嫌っている殺人を私たちの手を汚させまいとして選ぼうとした時、私は内心で尊敬すらしていた。

 でも、それはさやかにはそれがやせ我慢にしか見えなかったのだろう。

 私と同じ光景を見ながら、私とはまったく違う感想を持っていたなんて……。

 

「及第点ね。それもまー君の一部だけど、本質ではないわ」

 

 心に感じた余韻を断ち切るように美国織莉子の声が耳に届く。

 思考が現実に引き戻され、自分が思った以上に深く意識を回想に割り裂いて事に気付かされた。

 それと同時にさやかの意見を自分から聞いておきながら値踏みする彼女に不快感を持った。

 文句を言おうとしたけれど、私が口を開く前にまどかが喋った。

 

「一人ぼっち、ですよね。政夫くんは」

 

 視線を僅かに下に下げ、悲しそうにそう言ったまどかは美国織莉子に向かって言った。

 

「誰かに頼ろうって気持ちがないのに人の事は助けようとする。他の友達には助け合えって言ってるくせに、自分が甘える事は悪い事みたいに思ってる。だから、政夫くんは一人ぼっちなんです」

 

「え? そんな事は……」

 

 まどかのその意見にはとてもないけれど、肯定できるものではなかった。

 明るく人に囲まれている事の方が多い政夫が一人ぼっちなどという印象は少しも抱けない。むしろ、彼は孤独などという概念から最も遠い人間だ。

 

「正解よ。鹿目さんだけはまー君をちゃんと見ていてくれたようね」

 

 けれど、美国織莉子はまどかの言葉を肯定し、その表情を柔らかく口元を弛めた。

 理解が追いつかない。二人とも嘘を吐いているようには到底見えないが、私には二人の言っている事が正しいなんて思う事ができなかった。

 私の方が政夫と共に過ごした時間は多いのだ。彼女たちよりも彼の事を知っているという自負がある。

 

「そんな事はないわ。政夫はいつだって、そんなところは見せなかったわ。私たちだけじゃなく、学校でもたくさんの友達と一緒に仲良く話したりしていた。決して寂しそうになんてしていない。大体、彼の傍には私がいつも居たわ」

 

「それだから、じゃないかな?」

 

「え……?」

 

 まどかがはっきりと私を見据えて言った。

 口調こそ尋ねるようでありながら、声ははっきりと断言するようだった。

 

「ほむらちゃんは政夫くんの一番近くに居たから、政夫くんのそういうところが逆に見えなかったんだと思うよ」

 

 鋭利な刃物に胸を貫かれたかのような激しい痛みが胸を襲った。

 言葉にならない強烈な悲しさと悔しさが心の中に蔓延(まんえん)する。

 そして、その中心に一つの納得が生まれた。

 どうして私が政夫に好意を拒絶されたのか、その答えを嫌というほど思い知った。

 

 私は政夫の事を何も知らなかった。知ろうともしていなかった。

 

 背筋が寒くなるほど、私の好意は身勝手で、一方的で、どうしようもなく無知だった。

 こんなものを政夫に向けていた事が恥ずかしくて(たま)らない。彼に申し訳ないとすら思えてきた。

 

「だ、大丈夫? ほむら、ちょっと顔色悪いよ」

 

「ほむらちゃん……。少し言い過ぎたよ、ごめんね」

 

 横から聞こえた二人の声が現実感薄く、ぼんやりとして脳に響いた。

 私はそれに答える事はできずにただ無言で頷く事が精一杯だった。

 

「……今日のパトロールはこの辺りで止めて解散しましょう。もう巴さんの方には私から伝えておくわ。美樹さんは鹿目さんを送ってあげて」

 

 美国織莉子のその号令を聞きながら、私は一人家路に着く。

 足取りはいつもと変わらなかったが、思考だけは酷く乱雑にかき混ぜられていた。

 

 私は彼の何を見ていたのだろう。彼に何を求めていたのだろう。

 分からない。

 当てはまる単語が見つからない。

 こんな私は彼を好きでいる資格があるとは思えない。

 きっと、まどかの方が政夫を理解してあげられるのかもしれない。

 

「……それでも私は政夫が好き」

 

 それでもこの胸の浅ましさは政夫を求めて止まない。

 彼に笑いかけてもらえば、心が高鳴る。

 彼と言葉を交わせば、胸の中が満たされる。

 彼が手を繋いでくれれば、勇気が自然と湧き出てくる。

 もう、無理だった。彼の……政夫のいない生活に戻る事は耐えられない。

 人に心を(ゆだ)ねる心地よさを知ってしまった。

 

「彼が自分の隣にいない事を我慢したくない」

 

 自分勝手な物言いだとは分かっている。

 それでも、生き物が酸素を求めるように私は彼を求めている。

 




マミさんサイドは書かなくてもいいですかね?
流石に女の子側ばかりを描いていると話が進みませんので。
ちなみに今回は四人しか出なかったのは、七人全員書いているとテンポが悪くてしょうがないからです。
キャラが多すぎると一人称では処理し切れません!

追記

活動報告にて、アンケート実施しています。

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