魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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今回はリクエストにお答えして97話辺りのほむら視点を回想シーンのようにして入れてみました。


第百三話 紫色の回想

~ほむら視点~

 

 

 

「ほむらさんの身体に何の異常もなかったことも確認できたし、僕はもうそろそろ帰るよ」

 

 私の身体を抱きしめてくれた政夫はそっと身体を離してそう言った。

 服の上から感じ合っていた体温が急に()がされ、触れていた彼の温度が遠ざかる。

 それが無性に寂しさを(あお)り、呟きが漏れた。

 

「え……もっとゆっくりしていけばいいのに」

 

 酷く甘えた幼い声色に自分でも僅かに驚く。しかし、政夫と離れるという事の方が私にとっては遥かに重要だったため、そんな瑣末(さまつ)な事はすぐに意識から外れた。

 政夫の前では冷たい仮面は被る必要はない。普通の歳相応の女の子として居られる。押し潰れそうになる不安から解放される。

 私は、私で居られる。

 

「まあ、僕もそうしたいのはやまやまだけどね。……織莉子姉さんとも話しておかないといけないし」

 

「……それは。確かにそうだけど……」

 

 美国織莉子との件は取りあえずは収束したけれど、何もかも解決した訳じゃない。

 彼女は一時的に諦めたが、根本的なところでは私を許していないだろう。私と彼女の立ち位置が逆ならば、同じ事をしていたかもしれない。

 

「大丈夫。また前のように皆でお昼ご飯を食べられるようにするから」

 

 柔らかく微笑む政夫の顔を見つめながら、私は思った。

 ――別に貴方以外の人なんか要らないのに。

 

 

 彼を玄関まで見送った後、私は寝室にある椅子に背を預け、天井を仰ぐ。

 酷く幼稚で我侭(わがまま)で狭量な考えに自分でも嫌気が差す。それでも、紛れもなく本心からの言葉だった。

 広がらない、狭いコミュニティの中で政夫が私だけに向けて笑ってくれるだけで十分過ぎるほど満たさせる。

 それを口に出して言えば、きっと政夫は悲しむだろう。誰よりも私が友達を作る事を望んでくれた彼は、まどかや美国織莉子たちともっと交流を深めさせようとしている。

 本当に……お節介なくらいに彼は優しい。 

 ベッドの枕元に置いてあったぬいぐるみを視線を向ける。

 どこか表情が固く、むっつりとしたデフォルメ調のジト目の黒猫のぬいぐるみ。

 椅子から降りて私はそれを手に取り、そっと抱き締めた。

 このぬいぐるみは私が政夫とデートした時に彼からもらったものだ。もらってからはずっと枕元に置いて、大事にしている。

 私は政夫が好きだ。彼の事をこの世で一番愛しているのは自分だと胸を張って言える。

 きっと他の誰よりも……そう。まどかよりも私の方が政夫の事を愛している。

 まどかには悪いけれど、私の方が政夫を必要としているのだから仕方がない。

 あの時に諦めないで本当に良かった。もしも、あの夜に私が政夫の部屋に行かなければ、今ある幸せはありえなかったかもしれない。

 まどかが政夫の心を救ったあの時――私は心底まどかに嫉妬していた。

 

 

 

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 何でまどかなの……? 

 どうして私では駄目だったの……?

 胸の中でそんな言葉が何度も何度も湧き上がる。

 まどかへの強烈な羨望と嫉妬が脳裏で嵐のように渦巻き、止まる様子を見せない。

 

「よかったですよね、ホント……」

 

 私の前を歩いていたさやかがそう言った。私にではなく、ここに居るもう一人に向けての言葉だった。

 その「もう一人」。美国織莉子が返事をする。

 

「ええ、そうね。まー君がようやく自分を縛る鎖から解き放たれた。これであの子ももっと幸せに生きられるわ」

 

 私たちは巡回兼魔女退治のためにいつもの三人一組で夕方の街を歩いていた。

 さやかと美国織莉子は互いに少し嬉しそうな顔で私の前で談笑しながら、足を動かしている。

 さやかは安堵した笑みを浮かべ。美国織莉子の方は明るく穏やかに微笑んでいた。

 この二人は何故平気で居られるのか私には理解ができなかった。二人とも、政夫へ好意を抱いていた事を私は知っている。

 彼女たちは思わないのだろうか……政夫が私たちを突き放そうとした時、彼を抱き締めていたのが自分であったらとは。

 その役目をまどかが持っていってしまった事に何の悔しさも抱かないのだろうか。

 そうなのだとしたら、私だけが――――。

 

「ほむら。どうしたの? 急に立ち止まったりして」

 

 ハッとなって、顔を上げるとさやかが振り返って私を見ていた。いつの間にか、さやかたちと私の間には十メートルほどの距離が離れていた。

 思考の海に埋没していた意識を浮上させると、私は表情を固めて答える。

 

「……何でもないわ」

 

「いや、何でもないって事はないでしょ。……それに、ほむらの気持ちも解らない訳じゃないし」

 

 少しだけ目を逸らして、頬を指先で引っかくさやかは小さく言い(よど)んだ。

 そうだ。彼女は私と同じ、いえ、私よりも明確に失恋をしているのだった。今回の事も合わせれば、二度もだ。

 辛くない訳ではないはず。けれど、その痛みに耐えている。

 私にはとても真似できそうにない。

 

「暁美さん」

 

 美国織莉子も私へとゆっくりと近付いてくると、私の数歩前で止まった。

 

「私はまー君に恋愛感情は持っていないから貴女の痛みは解らない。でも、本当にまー君を愛していると言うのなら、自分の気持ちを堪えてあの子を祝福してあげてくれないかしら?」

 

 私の顔を正面から覗き込む美国織莉子はそう言って、真っ直ぐな視線を向ける。

 そこには私への申し訳なさも僅かに混ざっているが、有無を言わさぬ絶対的な圧力があった。決してきつい物言いではなかったが、懇願ではなく命令のように響いた。

 

「祝福……?」

 

「そうよ。あの子がやっと掴んだ自分のための幸せだもの。喜んであげなきゃいけないわ」

 

 まるで自分にも言い聞かせるようなその言葉に違和感を感じたが、それ以上に到底私には受け入れられない事だった。

 さやかや美国織莉子とは私は政夫への想いが違い過ぎる。

 私にはもう政夫は隣居てくれないと満足できない。彼が私以外の誰かへ愛を向けるところなんて想像すらしたくない。

 例え、まどかでもさえも許せそうにない。

 嫌だ。嫌だ。絶対に嫌だ。政夫は私の……私だけの拠り所なのだ。

 

「私は……私は」

 

 胃がきゅっと締められた巾着袋のように縮小して痛む。視線が定まらず、ふらふらと身体の重心が揺らいだ。

 とても冷静では居られそうになかった。今まで自分を支えていた足場が今にも崩れ落ちそうになっているのを感じる。

 

「……ほむら。今日はもう帰った方がいいんじゃない? 顔色悪いよ。パトロールは私と美国さんだけやっておくから」

 

「そうね。私たちの魔法は感情や精神と密接に関わっているから、不安定な時は休んでいた方がいいわ」

 

 同情を含んだ二人の言葉。

 どこかそれが遠くから聞こえてくるような、臨場感のないぼんやりとしたものに響いた。

 私はそれから彼女たちと二三言葉を交わした後に、一人家に帰った。

 二人に何を言ったのかは覚えていなかった。別れの挨拶すら、ちゃんとしたか記憶にない。ただただ湧き上がる言語化できない濁った暗い感情が思考を満たしていた。

 ふらつく足で家の中に入ると、一直線に寝室に向かい、薄暗い暗闇に包まるようにベッドに倒れ込んだ。

 どうして。

 どうして、まどかは政夫を好きになってしまったの?

 いいじゃない。貴女には他にもたくさん大切な人が居るのだから、政夫一人くらい私に譲ってくれたって……。

 私にはもう政夫しか居ないのよ?

 それなのに何でそれすらも持って行こうとするの?

 

 ――貴女なんて私が居なかったら、すぐにキュゥべえに騙されて死んでしまうくせに。

 

 ぞっとした。

 自分の思考のあまりの身勝手さに恐怖した。私はこんな事を心のどこかで考えていたという事に衝撃を覚える。

 

「……違う。そうじゃないでしょう……まどかは悪くない。悪いのは政夫に踏み込めなかった私」

 

 ――放っておけばよかった。こんな風に横から好きな人を奪われるくらいなら。

 

「違う、違う。まどかは私の大事な友達なのよ? 憎むなんて間違ってる」

 

 首を振って否定しようとするが、私の中の汚い部分が囁く。

 

 ――まどかは友達……? それは一体どの『まどか』なの?

 

「それは……」

 

 とっさに反論できなかった。暗く濁った私の思考はなおも私に語りかける。

 

 ――『まどか』は何もなかった私にとっての最後に残った道標だった。それしか縋るものがなかったから。それを追い求める以外に希望を抱く事ができなかったから。

 

 淡々と冷静に述べる私の思考は聞きたくなかった、無意識に目を背けていたものをまざまざと私に見せ付ける。

 

 ――最初とその次、さらにその次の時間軸の『まどか』は確かに私に色んなものをくれた。でも、それ以降(・・)の『まどか』は私に何をしてくれたというの? 

 

「……そ、そうよ。その二人のまどかは私に優しくしてくれた。そして、三つ目の時間軸のまどかは私に騙される前の自分を助けて欲しいと」

 

 ようやく反論の糸口を見つけて、声に出して言う。

 しかし、私の中の身勝手な思考はそれすらもたやすくかわす。

 

 ――それが何になるの?

 

「……え?」

 

 ――騙される前のまどかを助けたところでもう魔女になってしまった『友達だったまどか』は救えない。政夫が前に言ったとおり限りなく近いだけ(・・)の別人でしかない。ずっとそれに気が付いていない振りをしていただけ。私がいう『まどか』は、助けたかった『まどか』はどれ(・・)

 

 やめて。聞きたくない。

 目を瞑り、両耳を塞いで拒絶するが、心の闇は饒舌(じょうぜつ)な語りを止めてくれはしない。

 

 ――結局、私にとって『まどか』は絶望しないための、魔女にならないための、単なる記号でしか過ぎなかった。

 

 決定的な一言を述べる。私の行動指針を根本から否定する残酷な一言を。

 

 ――もう昔ほど『まどか』に(こだわ)っていない。私はもう(・・・・)まどか(・・・)なんて居なくても困らないほどに(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 急激に身体から体温が奪われていくような錯覚に陥った。

 自分自身のずるさに失望のあまり何も考えられない。

 こんなにも醜悪で利己的な性格をしていた事に涙すら滲んでくる。

 そして、それと同時に一つの納得があった。

 私が昔ほどまどかの事を考えなくなった事に対する答え。

 それは元々、心の奥底でまどかの事を都合のいい偶像として見ていたからだった。

 ただ自分に優しくしてくれる『友達』の象徴。

 

「……ふふ」

 

 思わず、自嘲が漏れた。

 それはそうだ。こんな自分の事しか考えていない私があの時、まどかのように政夫を諭せる訳がない。

 自分の事しか考えてこなかった私が政夫の気持ちを理解するなんて無理な話だ。

 なら、政夫の事はまどかに任せるべきだ。

 きっと優しいまどかなら、政夫ともうまく行くはず。

 さやかや美国織莉子のように諦めて……。

 

 ――絶対に嫌だ。やっと普通の女の子のような幸せを掴んだのに手放すなんて嫌。

 

 納得して、諦めてこのまま身を引こうとする私を邪魔するようにまた(ずる)い利己的な思いが顔を出す。

 理性ではどうにもならない本音が頭の中で荒れ狂う。

 

 ――政夫をまどかに譲りたくない。自分のものにしたい。諦めたくない。

 

 駄目だ。どうしてもその自分勝手な思いを抑え込む事はできそうにない。

 目の前に光る希望に手を伸ばしてしまう癖は昔から変わっていないようだった。

 

「最低ね。私は……」

 

 こんなにも私は我慢弱い人間だっただろうか。

 こんなにも私は欲しがりな人間だっただろうか。

 私がこんな風になったのはきっと彼のせいだ。

 

「政夫……貴方が悪いのよ。優しくするから、心地よくするから。だから、好きになってしまった」

 

 外から差し込む光は知らない内に消え失せ、完全に真っ暗な寝室でそう呟くとベッドから降りて、床に足を着ける。

 一人問答を続けている間に体感時間よりも時が経ってしまったようだった。

 私は寝室を出て、廊下を渡り、玄関のドアから外へと出る。

 足取りは先ほどよりもずっと確かなものだったが、私の気分はどこか見えない何かに導かれるような不確かなものだった。

 ただ頭の中にあるのは政夫の顔が見たいという簡潔な欲求だけだった。

 

 彼の家の庭まで着くと、いつもの如く彼の部屋の窓の前に立つ。

 そして、政夫が私に気付いて窓を開けてくれるのを待った。

 

 

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 思い出しても自分の身勝手に辟易(へきえき)する。何故、政夫はこんな私を選んでくれたのか自分でも分からない。

 けれど、自分の行動の結果、今の幸福があるのだから否定する気にはならない。

 まどかの幸せを奪ってしまった事には罪悪感はあるけれど、それでも私は自分の幸せを取った。

 美国織莉子の言うとおり、私は最低の人間だ。もうまどかに友達として顔向けできないかもしれない。

 でも、私は政夫に想いを告げ、彼はそれに応えてくれた。

 ならば、私は迷わない。

 こんな私を好きだと言ってくれた政夫に何か返せるような人間になる。

 自分の事ばかりでいっぱいになりそうな自分勝手な愛はもう止めにしよう。

 抱き締めていた黒猫のぬいぐるみを再び枕元に置き直した。

 

 

 

 *******

 

 

 

「それでまー君は私の家に来たのね……」

 

「はい。あのまま別れてほむらさんとの溝が消えないのも織莉子姉さんの望むところではないでしょう?」

 

 織莉子姉さんの家に訪れた僕は客間で織莉子姉さんと向かい合って対話する。

 透明のサイドテーブルを挟んで、お互いに革張りのソファに腰かけていた。

 織莉子姉さんは呆れの滲んだ笑みを浮かべて僕を見つめる。

 

「あの別れでよく私と顔を合わせる気になれたわね」

 

 あれだけの啖呵を切った後、日も(また)がずに僕の方から訪ねて来るとは思ってもみなかったらしい。

 まあ、無理もない。あの時は僕もかなり気が立っていた。

 

「言い過ぎたとは言いませんよ。あなたはそれだけのことを僕の彼女にしました」

 

「……そうね。私はまた自分の都合で人を(あや)めようとした。釈明の余地もないわ」

 

 俯き、目を伏せる織莉子姉さん。

 その顔には罪悪感と後悔が浮き出ていた。故にそれ以上に責める気は起きなかった。

 何より被害者であるほむらがそれを望んでいない。それに今回の事件の原因の僕だ。

 

「今回の……いえ、前回のことも含めて織莉子姉さんが僕の身を案じての行動だということくらい分かってます。……織莉子姉さんが優しいってことはちゃんと分かってますから」

 

「まー君……」

 

 僕の言葉に弾かれたように顔を上げて、そして、緩やかに微笑を漏らした。

 

「本当に優しくて(さと)い子に育ったわね。泣いてばかりいたあのまー君は見る影もないわ」

 

 昔の自分を引き合いに出されて、少し恥ずかしくなり、ちょっとおどける。

 

「泣いてばかりだと女の子にモテないので努力したんですよ」

 

 それに僕もこの街に来たばかりの頃はもっと斜に構えていた。今のように他人のことを心から大事にしたいと思えるようになったのは、ほむらやまどかさんたちとの交流があったからだ。

 表面上だけでコミュニケーションを取っていればいいと思っていた僕は本当に浅はかな子供だった。

 

「まあ」

 

 口元を手で隠して、織莉子姉さんはクスクスと笑った。

 良かった。川原で別れた時の織莉子姉さんは遠目でも分かるくらいに落ち込んでいたからな。少しでも気分が良くなってくれたなら何よりだ。

 話を再び、元に戻して僕は続ける。

 

「ほむらさんは確かにちょっと……かなり……いや、もの凄く困ったところのある女の子ですけど、それでも僕がずっと傍に居てあげたいと思うのは彼女だけなんです。幸せにしてあげたいと心から思ってます。でも、それには僕だけでは足りません。あの子にはたくさんの仲間が必要なんです」

 

「だから、私も暁美さんと仲良くしてあげて欲しいって言いたいのね。ワルプルギスの夜を倒すための魔法少女としてだけではなく、彼女の友人として」

 

「話が早くて助かります」

 

 織莉子姉さんの頭の回転が早いというのもあるのだろうが、前からほむらに何が必要かを考えてくれたのだろう。

 でなければ、ここまであっさりとこの回答は出ないはずだ。

 この人も本来は無条件で他人に悪意を向けるような人間ではないのだから。

 

「まー君。暁美さんの歪みや心の闇は根深いわよ。いつかそれが貴方に牙を向く事になるかもしれないわ」

 

「分かってます。その時は彼氏として可能な限りどうにかしますよ」

 

 僕がそう言うと、織莉子姉さんは目付きを鋭く変えて再度尋ねる。僕の本心に直接語りかけるような真摯で冷徹な瞳だった。

 

「……どうにもならなかったら?」

 

 その問いに一拍空けて、にっこり笑って答えた。

 

「彼女と一緒に絶望して死んであげます」

 

 他に方法がないのならせめて最期まで彼女に寄り添おう。

 あの孤独に怯えるほむらを僕は絶対に一人にはさせない。

 

「覚悟は固いのね……」

 

「それくらいしか、してあげられませんから」

 

 織莉子姉さんは「ならもう私は口を出さないわ」と諦念の溜め息を吐いた。

 どうやら、僕の意思の固さに折れてくれたようだった。

 

「まー君の言うように私もこれからは友人としても、暁美さんを支えようにするわ」

 

「ありがとうございます」

 

 頭を下げて、お礼を言うと織莉子姉さんは少しだけ寂しそうにぼそりと呟いた。

 

「……もしも。もしも私の方が先に自分の想いに素直になっていたら……」

 

 羨むような、後悔を引きずるようなそんな声音に僕は目を(つむ)る。

 自惚(うぬぼ)れかもしれないが、織莉子姉さんは……『おねえちゃん』は僕のことを異性として思っていてくれたのかもしれない。

 もしそうだとしたら、正直に嬉しいと思う。尊敬していた人に好意を持たれて不快感など湧くはずもない。

 しかし、その好意に応えることはできない。

 だから、代わりにこの言葉を送る。

 

「織莉子姉さんにはきっと僕なんかよりもずっと素晴らしい男性(ひと)に巡り合えますよ。断言してもいいです!」

 

「……未来が視える訳でもないまー君が何でそう断言できるの?」

 

 確かに僕には織莉子姉さんと違い、未来なんて視ることはできない。けれど、織莉子姉さんが素敵な人と出会えることは断言できる。

 

「それは織莉子姉さんが素敵な女の子だからですよ。素敵な人には自然と素敵な人が引き寄せられるものです」

 

 力強く笑顔で僕はそう言う。お世辞でも誤魔化しでもなく、正真正銘本音だった。

 すると、織莉子姉さんは両手で顔を覆い、僕の目から自分の表情を隠すようにした。

 その謎の行動を怪訝(けげん)に思い、尋ねようとするが、その前に彼女のくぐもったような声に(さえぎ)られる。

 

「まー君……貴方はもっと自分の発言に気を付けた方がいいわ……」

 

「言っておきますけど、嘘偽りのない本音ですよ?」

 

「それが分かるから困るよ!」

 

 覆っていた手のひらをサイドテーブルに付けて身を乗り出す織莉子姉さんの顔は朱色に染め上げられていた。

 ひょっとして今照れていたのか? 顔を隠さなければならないほどに?

 気付いた瞬間、胸の内から妙な笑いが込み上げてきた。

 

「織莉子姉さんて、か、可愛いですね……」

 

 僕が噴き出しそうになるのを堪えながら感想を述べると、織莉子姉さんはさらに赤みを増して僕に叫ぶ。

 

「ま……まー君の馬鹿っ!!」

 

 その様子がまた可愛らしくて、とうとう堪えきれずに声を上げて笑い出してしまう。

 そういうところも含めて、ほむらにそっくりだ。

 怒る織莉子姉さんの声を聞きながら、大笑いの中で僕は確信した。

 ほむらと織莉子姉さんは絶対に仲良くなれる。

 なぜなら、彼女たちはこんなにもよく似ているのだから。

 




長らくお待たせしたわりに話が進展していなくてすみません。
本当はもっとシリアスな話を入れようとしていたのですが、最後の方のほのぼのしたシーンの余韻をぶち壊したくないので止めました。
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