魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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前話の回想シーンが面倒でなかなか書けなかったのですが、本来なら先にこちらの話を書く予定でした。ストーリー的には遥かにこちらの話の方が重要ですから。


第百四話 孵卵器交渉

 人通りの少ない裏路地の一角、普段ならあまり近寄りたくない街の暗部とも言える場所に僕は居た。

 ただでさえ、明かりの少ないその場所に夕暮れの薄暗い時間帯、汚れて灰色の壁には何に繋がっているのか分からない大量のパイプがびっしりと植物の(つた)のようにこべり付いている。

 不良の溜まり場、あるいはヤクザが薬の売買に使っていそうなこの路地裏は陰鬱な負の雰囲気が留まっており、そこに立っているだけで呼吸をするのも(はばか)れそうだった。

 そんな場所になぜわざわざ訪れたかというと、それは僕の頭の上に鎮座している頼れる友達の言葉が理由だ。

 

「ここに居るんだね、ニュゥべえ」

 

「そうだよ、政夫。すぐ近くに彼ら(・・)の反応がする」

 

 ぴょんと僕の頭上から飛び降りたニュゥべえは首に巻いたオレンジ色のレースのハンカチを揺らしながら、しなやかに地面に着地してそう言った。

 それに呼応するかのように影で死角となっていた路地の角からニュゥべえに良く似た、けれど致命的に愛嬌の足りない猫ほどの白い四足獣が現れた。

 

『彼ら、なんて随分他人みたいな言い方をするんだね。元はボクらと同じだったのに』

 

 頭に直接響いてくるような声を出すその生き物はかつて僕が支那モンと呼んでいた存在だった。

 今ではニュゥべえと対比させるために「旧べえ」と呼ぶことにしている。

 旧べえはニュゥべえと違い、肉声とは別の頭に響くようなテレパシーのようなもので話しかけてくる。

 

「……ボクをあんなにもあっさり切り捨てておいてよく言うよ」

 

 普段は見せないような拒絶的な冷えた声でニュゥべえは吐き捨てた。

 対する旧べえはまるで珍しいものでも観察するような奇異の視線を投げかけている。

 

『君は本当に感情を手に入れたようだね。精神疾患になって、リンクから切り離された個体は他にも居たけれど、ここまではっきりと感情を持った個体は恐らく君が初めてだよ』

 

「まあまあ、同窓会はその辺にしておいて本題に入ろうじゃないか。君だってそのつもりでわざわざ僕にも見えるように姿を現したんだろう? 臆病な旧べえ君」

 

 ニュゥべえが不快そうにしているため、僕は一歩前に出て割って入り、本題に話を持って行く。

 こいつらは僕には姿が見えないようにして、さらにまどかやさんや魔法少女とも接触を取らずに遠くからこちらを見ていた。ニュゥべえによると、僕を危険視して姿を眩ませていたそうだが、今回はそれにも関わらず僕にも視認できるように現れた。

 向こうとしてもニュゥべえのようになる危険を冒してでも、ニュゥべえ――インキュベーターでありながら魔法少女になった稀有な存在が気になったようだ。

 僕を見上げる旧べえは無表情ながら、一瞬だけ視線に不愉快そうな雰囲気を(ただよ)わせた後、僕に同調した。

 

『そうだね。そのためにまた君にも見えるようにしたんだよ、政夫』

 

「ご配慮痛み入るよ。君らはかくれんぼが上手なようだから」

 

 薄笑いで皮肉を言うと、旧べえは静かに返す。

 

『……その手にはもう乗らないよ、政夫。君の言動はボクらを精神疾患へ導く病原体だ』

 

 病原体とは言葉選びがなかなかに愉快だ。ただの皮肉にここまで言えるのはある意味凄い。

 感情のない振りをしているが、もう既にこいつらは十分過ぎるまでに感情豊かだ。後は、ニュゥべえのようにそれを認めるかどうかの違いでしかないのではないだろうか。

 しかし、この様子からいって認めることは無理だろう。

 

「そう。なら、カルシウムが足りていない旧べえ君の好きそうな話題にしようか。――例えばニュゥべえが独自に獲得した『感情エネルギー変換能力』とか」

 

 僕はニュゥべえに目配せをすると、彼女はそれに応じてこくりと一つ頷いた。

 ニュゥべえの身体からオレンジ色の光が放たれ、次の瞬間には一人の少女の姿に変わっていた。

 先の方に不思議な輪のような装飾品が付けられた真っ白なツインテール髪。その二本の束ねられた髪の根元には猫のような耳が生えている。ファンシーな女の子らしいオレンジ色の衣装の胸元には大きな蝶結びのリボンが目立っていた。極めつけはスカートの腰辺りから顔を覗かせた白く大きな尻尾。

 口元を小動物のように丸めた柔らかい無表情を浮かべるその少女はニュゥべえの人間態だった。

 袖のない衣装からは綺麗な二の腕が剥き出しになっていて、下の方もスカートの(すそ)から見える生足には靴下を纏っていない。

 毎度見る度に思うが、その容姿は何と言うか、非常にあざとく見える。

 人間態になったニュゥべえはその場でくるりと回った後に顔だけをちらりと僕に向けた。

 表情から察するに僕の感想を聞きたいのだろう。

 

「うん。いつ見ても可愛いよ」

 

「政夫にそう言ってもらえるとやっぱり嬉しいね」

 

 両目を細めて本当に嬉しそうに笑う彼女に連れられて僕も顔が(ほころ)んだ。

 普段はマスコットの姿でいるから、あまり感じないがニュゥべえもこの姿を獲得してからは女の子らしくなっていた。容姿を褒めてもらえるのは嬉しいようだ。人前でこちらの姿にさせてあげられなかったのが少し申し訳なくなる。

 

『なるほどね。これが昨日ボクらが感じた異質な反応の正体か。確かにソウルジェムとは大分異なっているようだね』

 

 淡々と分析するようにニュゥべえを眺める旧べえ。その目には抑えてはいるがしっかりと好奇の色が垣間見える。

 当然ながら、一度は見捨てた仲間に対する後悔の念は欠片さえも見て取れない。

 つまらない苛立ちは感じる癖にニュゥべえに後ろめたさも感じていないのか……。

 デリカシーが微塵もない旧べえに僕は侮蔑を覚えた。

 だが、ここでそれを表に出して、ようやくやって来た好機を無駄にするほど愚かではない。

 

「これがニュゥべえが感情に目覚め、身に付けた力だよ。そして、君らも彼女のようになれる可能性を秘めているんだ。この能力に目覚めれば、今まで魔法少女から得るだけだった感情エネルギーが自ら生み出せるようになる。どう? 君らもニュゥべえのようになる気はない?」

 

 これが僕とニュゥべえが旧べえに会いに来た理由であり、そして、『the new base of incubator(インキュベーターの新たなる基盤)計画』の第三段階だ。

 この結果で三日後のワルプルギスの夜での未来が大きく変わるだろう。

 

「ボクには、通常の魔法少女と違って、負の感情エネルギー(けがれ)もエネルギーとして使用できる。ソウルジェムとはシステムの構造が違うみたいだからね。全てのインキュベーター自身がボクのように魔法少女化すれば、今在る『魔法少女システム』は過去のものになるはずだよ」

 

 アピールするようにニュゥべえはオレンジ色のリボンを右手から出現させて、それをマスケット銃へと変化させる。表面の装飾や色こそ違うが、巴さんのリボンの魔法と同じものだ。

 作ったマスケット銃を放ると、この度は反対の左の手から槍を作り出す。色はこれもオレンジ色をしている。僕はあまりじっくりと眺めたことはないが杏子さんの持っていた槍に似ている。

 宙に投げ出されたマスケット銃は重力に従って落ちてきた。解けて、空中で元のオレンジ色のリボンへと戻っていく。

 それをニュゥべえは構えた槍で華麗な手捌きで細かく切り裂いて、散らした。

 最後に両手の甲からカギ爪を生成して、切り裂かれたリボンの無数の欠片が舞う空間にかざす。これは昨日も見た呉先輩の魔法だ。

 重力に従って緩やかに落ちていたリボンの切れ端はさらにその落下速度が遅れ、まるでスロー映像のような様を見せた。

 

「ボクが魔法少女になった後に至近距離で詳しく観察できたマミ、杏子、キリカはもう完全にコピーできるよ。ああ、ちなみに昨日解析した織莉子の水晶も再現可能だよ」

 

 鮮やかなマジックショーのような手捌きで行われた一連の本物の魔法に僕も内心で舌を巻いていた。

 なるほど、ほむらが家に襲撃したあの日に家に帰って来なかったのはその三人の魔法をじっくりと観測するためだったのか。働きもの過ぎて、頭が下がる思いだ。

 

『理解したよ。元インキュベーター、いや、君らに習ってニュゥべえと呼ばせてもらおう』

 

「別に君らに名前を呼んでほしいとは思わないけど」

 

 ニュゥべえのパフォーマンスを見た旧べえは出だしを挫かれながらも、何ごともなかったように話を続ける。

 こいつらは基本的にこちらの話よりも自分の語りを優先するところがあるからなぁ。重要なことは聞くまで絶対に教えない癖に。

 

『つまり、君たちはボクらもニュゥべえのように感情を獲得して、独自に感情エネルギーを生成できるようになってほしいという事なんだね? そして、今ある魔法少女システムを――魔法少女の勧誘を止めてほしい。これであってるかい?』

 

「平たく言えばそういうことだね。これからはいたいけな女の子を化け物にせず、自家発電してくださいってことさ」

 

 こちらからの提示はこれくらいのものだ。今更、道徳的な説得を試みる気は毛頭ない。

 そんなことで揺れるような存在ではないことなどとっくに分かり切っている。

 だから、利益になることをアピールして、理屈でこちら側に就いてもらう。

 本来、『魔法少女システム』は自分たちに使う予定だったようだから、ある意味で原点回帰したと言ってもいいだろう。

 僕とニュゥべえは旧べえが出す結論を耳を澄ませてじっと待つ。

 日も次第に沈んでいき、ただでさえ薄暗い路地裏が一層暗さを増していく。

 その薄暗がりの中で真っ赤に旧べえのビー玉のような目が光る。単三電池で動く安っぽい玩具のような奴だ。

 時間にしておよそ数十秒程度だが、体感時間はその十倍ほどに感じられた。僕にしてみればこれは今後の旧べえとの関わりを大きく変えるほどの大事な懸案なのだ。

 

『政夫』

 

 旧べえが僕の名を呼ぶ。

 僕はそれに答えず、ただ黙って結論を待った。

 

『ボクらは――ニュゥべえのようにはならない』

 

 ニュゥべえの努力も空しく放たれたのは、交渉決裂の言葉だった。

 

『インキュベーターという種全体が精神疾患になるのはリスクが高すぎる。まともなサンプルが一体しかいない現状、危険な賭けに出たくはないからね。何より、今の魔法少女システムを止める理由がない。それに君らのいう新しい魔法少女システムが今よりもエネルギー回収率を上げてくれるという確証もどこにもないよ』

 

 要約すると、「自分たちが感情を得るのは怖い。人間の女の子がこのまま化け物になって死に続けてくれた方が安全で確実だから、これかもずっと死に続けろ」ということらしい。

 どうやら、(はな)から折り合いを付けてくれる気はなかったようだ。

 

『ただ珍しいものを見せてくれた事には感謝するよ。精神疾患になった固体の末路なんて今まで詳しく調べていなかったからね。今まで見落としていたものにも新たな発見がある事が分かったよ。それじゃあね』

 

 好き放題台詞を吐いた後、旧べえは(きびす)を返して路地の角の暗闇へと帰ろうとする。

 そんな奴をみすみす帰すほど僕はお人よしではない。

 旧べえを見つめたまま、後ろに居るニュゥべえにお願いする。

 

「ニュゥべえ。頼むね」

 

「任せて、政夫」

 

 僕の脇を駆け抜けたニュゥべえは帰ろうとしていた旧べえの頭を鷲掴みにして拘束した。

 クレーンキャッチャーに掴まれたぬいぐるみのように無抵抗の旧べえは呆れたようにニュゥべえの肩越しに僕を見つめている。

 

『政夫。もう君のやり方は種が知れている。ボクはもう乗らないよ』

 

「知ってるさ。間抜けな外観のわりに君らは賢いからね。同じ手は効かないだろう」

 

『なら、ボクを殺すのかい? それが何より無意味な事は分かり切っているはずだよ?』

 

 だから、さっさと放せと言外に述べてくる旧べえに僕は告げた。

 

「残念だよ。これからは手を取り合って生きていけると思ったのに」

 

 できるだけお互いを尊重して差し伸べた手が払われたことに怒りはなかった。ただもう完全に決別するしかなくなったことがニュゥべえに悪いと感じていた。

 元とはいえ、同族と決別するはめになってしまったは気分がよくはないはずだ。

 だが、もう仕方がないことだ。

 

「ニュゥべえ。――当初(・・)のプランを実行して」

 

「分かったよ」

 

 僕の言葉にニュゥべえは応じて、旧べえを握った手を背中に回した。

 

『何を……』

 

 旧べえのその台詞は最後まで言い終えることはできなかった。

 ニュゥべえの背中に薄っすらと赤く丸い模様が浮かび上がり、その部分が服ごとハッチのように開いた。破れたのではなく、まるで機械の機構の一部だというかのように開いたのだ。

 開いた先は暗闇が広がっていて、とても人型に付いているとは思えない奥行きを見せている。旧べえはその中に放り込まれた。

 落ちていく闇の中にはもう姿さえ見えなくなっていた。

 そしてニュゥべえの背中のハッチは閉まり、模様ごと消え失せて、まるで最初からなかったように見えなくなった。

 

「ご苦労様。今日はありがとうね。疲れただろう?」

 

 労いの言葉を掛けると、ニュゥべえは軽く首を横に振った。

 

「ボクが政夫の役に立ちたくてやってる事だから、むしろ嬉しいくらいだよ」

 

 頭に付いている猫耳がピコピコと小刻みに動いた。その動作が可愛らしくて僕は小さく笑いながら彼女の頭を撫でた。

 ニュゥべえは心地が良いようで、撫で易いように頭を僕の方に突き出す。

 微笑ましい気持ちになりながら、僕はそっと思考の波に意識を落とした。

 これで『the new base of incubator計画』は最終段階へと移行した。

 後は完全にニュゥべえ頼みで、時を待つしかない。

 

「労った直後で悪いんだけど、これからもお願いね」

 

「任せてよ。ボクは政夫が望むなら何だって叶えてみせるよ」

 

 頼もしい台詞と共にニュゥべえは自分の胸をどんと叩いて見せた。

 最初は利用するだけのつもりだった彼女は、本当にいつの間にか誰よりも頼りになる相棒になっていた。

 




ニュゥべえ回であり、久しぶりのキュゥべえが出てくる話でした。
恋愛で政夫が振り回されているせいで全然この話を書けなくて実は結構困ってました。


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