魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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次の日に更新とは……やればできるものですね。


第百六話 嫉妬の苦しみ

 今日も今日で濃い一日だった。というより、まどかさんの家に行くまでが見滝原市に来て、一番精神的に疲れた。

 夕食を作り、父さんと食べ、入浴して、明日の授業の予習を終わらせて、僕は少しぼうっとしていた。

 普段ならこんな時はニュゥべえと喋ったりしているのだが、今日は彼女は僕の家には居ない。何でもまどかさんと話したいことがあるとのことで今日はまどかさんの家に泊まるらしい。

 ゲームや本を読んで時間を潰すという手もあったが、どうにもそんな気分にはなれなかった。

 少々早めにベッドに入って、目を瞑っていようかと考えたところで、窓が外から小さく叩かれた音が耳に入った。

 多分、ほむらだろう。

 今日は学校を休んで自衛隊の駐屯基地から重火器を盗み出すという、どこに出しても恥ずかしくないテロ行為に勤しんでいたようだが、ようやく帰って来たようだ。

 カーテンを開いて、外を見やると思ったとおり、ほむらだった。

 

「お疲れ様、ほむらさん」

 

 僕は窓の鍵を開けて、彼女を招き入れると、そのままフラフラとした足取りで僕のベッドの上に倒れこんだ。

 僕の枕に顔を(うず)め、うつ伏せの姿勢で微動だすらしない。

 かと思いきや、自分の隣のスペースを無言でバンバン叩いた。どうやら、僕に隣に来いということらしい。

 

「何? 声も出したくないほど疲れてるの?」

 

 返事代わりにほむらはまたベッドを叩く。その勢いはさっきより強い。

 

「はいはい。分かりましたよ」

 

 僕は座っていた椅子から降りて、ベッドに近寄ってほむらの横のスペースに腰掛ける。

 顔だけをほむらの方に回して見つめるが、愛しのテロ姫様はまだお気に召さないようで僕のパジャマの袖を摘まむように引っ張った。

 

「横になれってこと?」

 

「…………」

 

 相変わらず、枕に顔を埋めたままの姿勢で何も喋らなかったが、それは無言の肯定に見えた。

 この行動を面倒くさいと取るか、可愛らしいと取るかは人によるだろう。僕も出会ったばかりの頃なら前者だったが、今では後者だ。そういうところが彼女らしいとさえ思えている。

 微笑ましさにクスっと笑みをこぼし、僕はほむらの隣に寝転がる。

 そうすると、彼女はようやく枕から顔を上げて、僕に抱き付いてきた。今度は僕の胸に縋り付くように顔を押し付ける。

 色々と疲れているのだろう。ほむらを労うために頭を優しく撫でた。

 

「今日一日頑張ったね。そうだ、マッサージでもどう?」

 

「マッサージ? ……それは胸、とかもかしら?」

 

 僕を見上げて、恥らうように胸元を押さえるほむらを笑いたくなるのを我慢した。明らかに揉めるほどない大平原をどうマッサージしろと。『無い袖は振れない』という言葉の類義語で『無い胸は揉めない』とう言葉ができそうだ。

 口に出せば確実に激昂すること間違いないので絶対に言わないが、巴さんや織莉子姉さんと並ぶと格差が如実に現れていて思わず可哀想になるほどだ。

 

「……今、失礼な事を考えたわね」

 

「いや~、僕はこんな可愛い彼女を持てて、なんて幸せなんだろうと思っただけだよ」

 

 睨むような目付きになってきたので唐突に褒めて誤魔化す。

 しかし、あの反応だけで自分に失礼な事を考えていることが察せる辺り、本人も自覚しているのではないだろうか。

 

「でも、お願いしようかしら」

 

 深く追求するつもりはないようで、すぐに目付きを戻すと気を許した猫のようにうつ伏せの姿勢になる。恋人同士になったとはいえ、本当に何もかもされるがままになったな、こいつ。

 僕は彼女に体重を掛けないようにして、腰元を(また)ぎ、膝立ちになった。

 まずは肩甲骨の辺りから筋肉を解すべく、手のひらで円を描くように押していく。背骨の方に一瞬だけぎゅっと体重乗せて押すのがポイントだ。

 一度パキッと軽い骨が同士が擦れ合う音がするくらいが丁度いい。無論、やりすぎには注意だが。

 

「んっ……んっ……あ……」

 

 嬌声のような甘い声がほむらの口から漏れて、少しだけ変な気分に陥りそうになりながらも、マッサージを続ける。

 徐々に下の方に手を移動させて行き、背骨の横と沿うように手のひらで揉む。指先は外を向くようにして手のひらの腹を使い、強すぎず、弱すぎず、ゆっくりと力を入れて押した。

 

「ぅんんっ……んっ……」

 

「君、わざとやってない!?」

 

 押し殺した声があまりにも艶やか過ぎて、『そういうこと』を連想させるためにわざと色っぽい声を上げているようにしか聞こえなかった。

 ベッドでほむらに跨って身体に触れているのも相まって、嫌でも性的なものが頭に浮かんでくる。……血液が下の方に行かないように気を付けないと。

 

「そう、じゃない……んっ……わ。ただ、声が……出てしまうのよ」

 

 途切れ途切れに、甘く上擦るほむらの声を耳に届かせながらも、僕の方から提案したことなので中断することもできず、背中の筋肉を解すように揉み続ける。

 けれど、しなやかで柔らかいほむらの背中を触っているのもあり、どうしても色欲を煽られてしまう。

 これ以上、妙な気分にさせられるのもまずいので早く終わらせるためにマッサージのペースを上げた。

 それに比例するようにほむらの声もまた声の(つや)を上げていく。

 

「んんぅ……こうやって……政夫の手の温かさを感じているとっ……安心、するわ」

 

「そ、そうですか」

 

「何で、急にっ……敬語になっているの?」

 

 恥ずかしいんだよ! 色々と!

 声に出して言ってやりたくなったが、それによりさらに羞恥するはめになるのは僕の方なので止めた。

 思春期の男子の前でそんないやらしい音質の声を出さないでもらいたい。

 ちょっと前までほむらにこんな気持ちにさせられるなんて思ってもみなかったのに。

 

 頬が紅潮する前に取り合えず、背中全体を揉み終わることができ、マッサージを終了させる。

 もう少し長かったら、色々とやばかったかもしれない。内心で安堵の溜め息を漏らし、ベッドの(へり)に腰掛けて首だけ曲げてほむらを見つめる。

 

「もう少し、貴方に触れていてほしかったわ……」

 

 うつ伏せのまま、顔を上げて、流し目で僕を見るほむらにどぎまぎしつつも、何でもないことのように流す。

 

「また今度ね」

 

 正直、変な気持ちになるから、できればあまりやりたくなかったが、リクエストがあればまたやるかもしれない。

 ほむらが僕に心を許しているように、僕もまたほむらに心を許していることに今更ながら気付かされた。

 

「……また今度、ね」

 

 僅かにトーンを落としたその声と不安の浮かぶその瞳に、僕はあえて能天気に返した。

 

「何? まさか、もう失敗した時のことでも考えているの?」

 

 何度も何度も辛酸を()めさせられた『ワルプルギスの夜』という魔女の影に怯えていることは傍から見ても分かっていた。その不安や恐怖は必要なものでもあることも分かる。

 だが、考え過ぎると視界が狭まってドツボに(はま)ってしまうのが暁美ほむらという女の子だ。

 できる限りは前向きな思考にさせてあげた方がいいだろう。

 

「大丈夫だよ。今はもう君は一人じゃない。たくさんの仲間が居る」

 

 そして、今はまだ言えないが飛び切りの『隠し玉』もある。少なくとも最悪の状況にはならないように計画している。

 

「それにまどかさんだって、魔法少女にはもうならないよ」

 

 彼女は僕の想像を遥かに超えて、強い女の子になった。奇跡や魔法の誘惑などには決して負けないだろう。

 あの子がきっと僕が理想とする『優しい世界の住人像』のそのものなんだろう。

 特別なものに縋らず、ただの人間として物事と対峙する姿勢は眩しく思えるくらいだ。

 

「……まどか、ね」

 

 苦虫を潰したような表情でほむらは呟いた。

 意外、いやというより、なぜほむらがそんな顔をするのか意味が分からなかった。

 

「どうしたの? まどかさんのことは君が誰より気にしていただろう?」

 

「そうね。確かに私はまどかを魔法少女にしないために今まで戦ってきたわ」

 

 視線を逸らして喋り続けるほむらに言い知れぬ不安を感じていく。この話を最後まで聞きたくないという思いがふつふつと湧いてきたが、同時に絶対に聞かなくてはいけないものだと悟った。

 

「……ねえ、政夫。私は今日本当はもっと早くに見滝原市に戻って来たの」

 

 急に話題が変わり、ほむらの声のトーンがまた一段下がったような気がした。

 僕は何も言わない。今すぐにほむらの話を遮りたい衝動を抑える。

 

「丁度日が落ちて暗くなる頃、私はまどかの家に向かったわ」

 

 その時間帯は僕がまどかさんの家にお邪魔していた時だ。

 まどかさんの部屋でケジメを着けるために僕は彼女と話をしていた。

 

「謝ろうと思ったの。政夫を横から(かす)め取った事を……」

 

 そこでほむらは自嘲するような口調に変わり、僕の顔に視線を合わせた。紫色のアメジストのような瞳が僕の目を見つめる。

 

「そうしたら、まどかの家の中から政夫の声がしたわ……。窓から覗いたら、まどかと向かい合って話していた……」

 

 今やっと理解した。あの時にニュゥべえが黙って窓の外を見ていた意味を。

 ニュゥべえは外に居たほむらに気付いていた。気付いていて、あえて、僕に言わなかった。

 あの場でそれを知っても意味がないと考えて黙っていた。まどかさんの家に残ったのも、こうしてほむらが向こうから訪ねて来ることを想定してのことだろう。

 野暮ではないが、粋というには少々不親切過ぎる気もしないでもない。

 

「それで僕が浮気でもしていると思ったの?」

 

 誤解をしているのだろうと思い、そう尋ねるが、ほむらは首を横に振った。

 

「それはないわ。貴方はそんな不真面目な事は絶対にしない」

 

 断言するような言い方に僕はむしろ逆に困惑した。

 

「なら、どうしてまどかさんを」

 

 そんなに憎々しげに呼ぶのか、と。そう言おうとした。

 だが、それを言い終わる前にほむらの台詞に飲み込まれた。

 

「政夫がまどかの告白をちゃんと断るために行ったのも話を聞いていて分かったわ。でも、私は政夫の表情を見て、不安になったわ。……私と居る時より、ずっと安らいでいたから」

 

「そんなことは!」

 

「絶対にないって言えるの!?」

 

 鋭い刃のように尖った言葉に僕は口を(つぐ)まされた。反論しようとも、何も言えなかった。

 まどかさんとの会話はきっと他の誰とも違う、穏やかで胸の中の芯がじんと温かくなるようなものだ。それはほむらとの会話とはまったく別の感情を抱かせる。

 

「でも、僕が好きなのは……僕の恋人は君だよ。ほむらさん」

 

「……分かってるわ。政夫が私の事を愛してくれている事ぐらい分かってる。それでも、まどかの方に行ってしまうんじゃないかって不安になるの……」

 

 ほむら自身、理性では理解しているのだろう。

 僕に愛されていることも。まどかさんに向ける嫉妬が筋違いであることも。

 それでも、感情が納得してくれない。その気持ちが痛いほど伝わってくる。

 嫌いになりたいはずがない。まどかさんのことを誰よりも大切に思っていたのは他でもないほむらなのだ。

 自己嫌悪の中、必死に僕に思いを吐露して、助けを求めている。

 僕は傍に寄り、ベッドの上でほむらを抱き締める。

 

「政夫……」

 

 強く、強く、力の限りぎゅっと抱擁した。

 少しでもほむらが安心できるように。少しでもまどかさんへの嫉妬の思いが消えるように。

 

「僕は君の傍にずっと居るよ。離れてなんかやらないから安心して。こう見えて粘着質なんだよ、僕」

 

「でも、私はそれでも……」

 

 パジャマの生地を握り締めるように掴んだほむらに僕は笑いかける。

 

「感情として納得できないならそれでいいよ。まどかさんに嫉妬する必要がないくらい、愛してあげる」

 

 だから、そんなに辛そうな顔はしないでいいから。

 ほむらは何か言おうとして、口を僅かに開いた後、結局何も言わずに僕の胸に顔を埋めた。

 今はそれでいい。『ワルプルギスの夜』を乗り越えたら、二人がまた何の(てら)いもなく友達同士に戻れるように僕がしよう。

 二人の関係に(ひび)を入れてしまったのが僕なら、それを修復するのも僕の役目だ。

 何より、彼氏として彼女の笑顔を守りたい。

 




ほむら編終了です。
次からはワルプルギス編に突入致します。
恐らく、更新速度は落ちると思いますが、取りあえずは完結はさせますのでご安心を。

……あと、四話で終わるだろうか心配ですが。

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