魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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長くなりそうなので前編後編に分けました。それにしても連日投稿するのは思ってませんでした……。


第百十話 私たちの最愛の恋人 前編

~さやか視点~

 

 

 

 頭がぼーっとする。視界では火花が瞬くようにチカチカと光が点いたり、消えたりと忙しい。

 私、どうちゃったんだろう? 何が起きたのかさっぱり分からない。

 頭の中でほむらの声が何度か響いた後、私は朦朧とする意識を手繰り寄せる。 

 確か、いきなりワルプルギスの夜が大きな声で笑ったかと思ったら虹色の炎みたいなものが私に飛んで来て、それで呉さんが私を突き飛ばして……。

 そうだ――呉さんが私を庇ってそれで、あの後私はその後に突風に吹き飛ばされたのだ。

 ようやく視界が回復してくると、自分が顔だけ横に向けてうつ伏せの姿勢で倒れている事に気が付いた。

 

「呉さん! 近くに居ますか!? 呉さん! ……あれ、身体が」

 

 身体を持ち上げようとするが背中にビルの瓦礫かどこかの看板のようなものが()し掛かっているようで起こす事ができない。

 幸い、私は他の魔法少女よりも治癒力が高いらしく、身体的なダメージはそれほどなかった。これはほむらから聞いたのだが、願い事の内容が魔法少女が持つ固有の魔法になると言っていたので今私が平気なのは恭介のおかげであるとも言える。……そう言えば、恭介とは振られてからはあまり話していなかった。無事に避難してるのかな。

 そんな事を考えながら、背中の重しの隙間で身体を捩るがどうにもがっちり(はま)ってしまっているようで抜けられそうもない。

 一旦、落ち着くためにも動きを止めて、一つ溜め息を吐いた。

 何をしてるんだろ、私。あれだけ格好いい自分になるために息巻いていてそれがこの様か。

 ホント――馬鹿みたい。結局、私は何もあの時と変わっていない。

 美国さんのテレパシーが聞こえた時も、逃げる事よりも少しでも自分が何とかしなきゃって気持ちが先走ってしまった。そのせいで呉さんが……。

 不甲斐なさで込み上げて、泣きそうになる。

 こんな事してる場合じゃないのに。今こそ、頑張らなくっちゃいけない時なのに。

 不思議と頭に浮かんだのは、私が恭介に告白できずに泣き出した時に抱きしめてくれた事だった。

 

「政夫……。やっぱり私はあの時と同じ弱くて、情けなくて、格好悪いままだよ……」

 

 自嘲気味の呟いたその言葉。虚勢の皮が剥がれた情けない台詞。

 でも、私のその呟きに思いがけない返事が返ってきた。

 

「そんなことないよ。君はとっても僕が知る中でトップクラスに格好いい女の子だよ、美樹さん」

 

「――え?」

 

 ありえない。だって、政夫はここには居ないんだから。

 幻聴まで聞こえてきたのかと思ったその時、背中が急に軽くなった。

 試しに身体を起こそうとすると、覆い被さっていた瓦礫がなくなったようだった。

 見上げると、手が差し伸べられている。

 

「うそ……何で?」

 

 見慣れた見滝原中の白い男子制服。男子にしては艶のある綺麗な黒い髪と優しげなのにどこか不敵な黒の瞳。

 私が人生で二人目に好きになった男の子、夕田政夫がそこに居た。

 

「助けに来たんだよ。ちょっと遅くなっちゃったけどね」

 

 いつまでも伸ばさない私の手を強引に掴むと、ゆっくりと引き起こしてくれる。

 その感触でやっと政夫のその姿が幻覚ではない事が信じられた。

 

「……ホントどこまで格好付けんのよ、アンタは」

 

 ふらふらの身体が政夫に寄り掛かる。安心感と勇気が補充させるように心に満ちていく。

 諦めを抱いていた数秒前の自分が政夫の温もりに掻き消されていくのが分かった。

 

「……さやか。いつまで政夫に抱きついているつもりなんだい? せっかく助けたのに後悔しそうだよ」

 

「呉さん! と、でっかいニュゥべえ!? ……あとそれ誰?」

 

 恨みがましく目で睨むのは私を庇ってワルプルギスの夜の攻撃を直接受けた呉さん。そして、彼女が寄り掛かっているのはいつもよりも遥かに大きなニュゥべえだった。

 その後ろに白いツインテールの髪の見た事のない魔法少女が何人も立っている。それも格好も顔も皆同じだ。

 大きなニュゥべえは片方の耳から生える毛で呉さんの腰に付いたソウルジェムに押し当てていた。もう片方の耳の毛は瓦礫の塊を器用に掴んでいる。多分、さっきまで私に乗っていた瓦礫を撤去してくれたのはこの大きなニュゥべえなのだろう。

 

「って近く居るなら早く応えてくれてもいいじゃないですか!?」

 

 色々言いたい事はあったが、まずは呉さんへの文句が口から漏れた。

 

「気を失ってたんだよ!! お前を守ったせいで!」

 

 声を張り上げたせいで身体に響いたらしく、僅かに呉さんは(うめ)いた。よくよく注意してみれば魔法少女の衣装もところどころ破けていて、そこから血が滲んでいる。

 

「あ、すみません……」

 

 私が謝ると、呉さんに代わって政夫が説明をしてくれた。

 

「僕らがこの場所に到着した時に傷付いて倒れていた呉先輩を発見したんだ。今、ニュゥべえに治療してもらってるけど最初に見つけた時はいつかの美樹さん並みにボロボロで意識すらなかったんだ。こうやって話せるまで回復したのは本当に今さっきなんだよ」

 

「そうなんだ……っていうか、政夫。そのニュゥべえは何!?」

 

「ああ。ニュゥべえには僕をここまで連れて来られるように大きさを変えてもらったんだ。いつも通りという訳じゃないけど別の存在じゃないから安心して」

 

「へえー……」

 

 呉さんがいつまでも私を睨むものだから、名残惜しいけれど渋々ながら政夫から離れ、ニュゥべえを眺める。

 確かに政夫の言うとおり、首に巻かれているオレンジ色のハンカチが首輪と手綱に変化していること以外は大きさしか違いがないように見えた。

 そして、さっきから気になっていたが言い出すタイミングが掴めなかった白い髪の魔法少女について私はついに尋ねる。

 

「それでその見たことない魔法少女の六つ子さんたちは……?」

 

「僕らの新しい仲間さ」

 

 政夫はそう言って一層不敵な笑みを強めた。

 

 

 

 ******

 

 

 僕らが進軍を始めた時とほぼ同時に、ワルプルギスは周囲一体に大規模な攻撃を仕掛けた。

 距離的にはかなり離れていたのとニュゥべえが僕を乗せて飛ぶ時に僕の身の安全のため、魔力で膜を張っておいてくれたおかげで被害は一切なかったが、近くで戦っていた魔法少女の皆はただでは済まなかった。僕は散り散りに吹き飛ばされて行くのをニュゥべえの背中から黙って見ている他になかった。

 攻撃が止んですぐ、僕らはある程度魔法少女化したニュゥべえを分散させて、ソウルジェムの反応を頼りにそれぞれの魔法少女たちを助けるべく向かうことにした。

 僕とオリジナルのニュゥべえは美樹と呉先輩が瓦礫に埋まっているのを見つけて、助けたと言う訳だ。

 流石に急いでいる今、インキュベーターの顛末などから話す訳にもいかず、ニュゥべえの正体を細かく話している暇もなかったので、取り合えず、僕らの仲間だと美樹と呉さんに言うと二人はそれ以上聞くことはなかった。

 美樹曰く、「政夫が仲間だと言うなら信じる」だそうだ。呉先輩も同様の答えだった。

 

「それにしても……まさかグリーフシードなしでソウルジェムを浄化してくる魔法少女が居るなんて驚いたわ。予備のグリーフシードもなくなっちゃってたからホント助かったよ」

 

 魔法少女のニュゥべえにソウルジェムから穢れを吸い出してもらった美樹が目を丸くさせ、そう言った。

 正確に言うなら、浄化ではなく、穢れを感情エネルギーに分解して吸収しているだけだ。それにニュゥべえは魔法少女でもあり、インキュベーターでもあるイレギュラー中のイレギュラーなので通常の魔法少女の枠で話すのは間違っている。

さらに魔法少女システムを完全に掌握したおかげでソウルジェムについては触れさえすれば大抵のことはできるようになったというのがでかい。もちろん、説明すると非常に時間がかかるので口には出さないが。

 

「政夫。別働隊Bが杏子と魅月ショウを捕捉できたよ。二人ともある程度怪我をしているようだけど、十分治癒可能なレベルだ」

 

「分かった。治療と保護をお願い。引き続き、B以外の別働隊は他の皆を探して」

 

「了解したよ」

 

 別れた他のニュゥべえたちはショウさんと杏子さんを見つけられたようだ。ここに来る前に使い魔が攻撃していたことから、ショウさんの身に危険が起きたと分かっていたから心配していたが、生きていてくれてよかった。恐らくは杏子さんが必死に守ったのだろう。

 先ほどの攻撃のせいか、ワルプルギスの夜が手を休めている間に一刻も早く他の皆も見つければいけない。

 ……特にほむらのことが心配だ。

 

「取り合えず、その魔法少女たちと一緒に居ればソウルジェムが濁っても回復ができるよ」

 

「……政夫はもう行ってしまうのかい?」

 

 呉先輩が寂しげに尋ねてくる。最大戦力で望んだのにも関わらず、大敗しかけたこの状況なら無力感に襲われて、不安になっているのだろう。

 けれど、僕には傍に行ってあげなくてはいけない人が居る。きっと今、一番を僕を必要としている人が。

 

「すいません。でも、行ってあげないといけませんから」

 

 頭を下げて、再びニュゥべえの背に乗ろうとした時、美樹が背中から声を掛けてきた。

 

「政夫!」

 

「どうしたの?」

 

 振り返って美樹の方を向こうしたその瞬間、僕は頬に柔らかい感触を感じた。

 そして、何をされたのか瞬時に察して硬直する。

 

「美樹さん! 今!?」

 

「あはは……キスしちゃった」

 

 僅かに朱に染めた頬を指で掻きながら、美樹は照れながら笑う。

 いきなり、何をしているんだ、こいつは。死地に居るせいで壊れたのか!?

 

「あー! さやかだけずるい。私もする!」

 

「え、ちょっと!?」

 

 対抗心を燃やした呉先輩が僕の反対側の頬にキスをする。少し強引にされたせいで美樹よりも激しかった。

 二人の唐突な接吻に戸惑っていると、美樹は優しい穏やかな大人びた笑みを浮かべる。

 

「私さ、実は政夫の事……好きだったんだ」

 

「ぇ……?」

 

 美樹が好きだったのは上条君だったんじゃなかったのか。いつの間に僕に変わったのか分からない。

 ただ、表情から嘘でも冗談でもないことは読み取れた。

 

「あー、やっと言えたよ。今回も周回遅れだったけど……スッキリした」

 

「美樹さん……」

 

 その告白がもう何もならないと一番知っているのに美樹の顔は晴れやかで格好良かった。

 もしも、ほむらと付き合う前だったら、ころっと落ちていたかもしれない。そう思わせるほど素敵な笑顔だった。

 

「私も政夫の事、変わらず愛してるよ。例え、誰かの恋人になろうとも」

 

「呉先輩……」

 

 堂々と胸を張って自慢げに笑う呉先輩は美樹と対照的に力強い意志が感じられた。

 本当に僕の周りの女の子は揃いも揃って男を見る目がない。

 なのにそのくせ、飛びっきり魅力的だ。

 

「ほむらの事、頑張って」

 

「……うん。任せて」

 

 僕はそう言った後、ニュゥべえの背に跨って手綱を掴む。

 ニュゥべえはそれに合わせて、空へと浮かび上がる。そして、ぼそっと呟く。

 

「……政夫、この事はほむらに話すからね」

 

「やめて! 僕、殺されちゃう!?」

 

 何だかとても不機嫌なニュゥべえの爆弾投下予告に僕は戦慄した。

 しかし、そんな風に怯えるためにも早くそのほむらの元に急がなくてはならない。

 




あともう一話だけ続きます。何と言うか、さやかだけ贔屓してしまったようで申し訳ありません。
実はさやかだけはなく、織莉子の元に行く話も考えていたんですが……ほむらが後回しになりすぎるので止めました。

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