魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第百四話 政夫、死す

「……やってくれるわね、政夫」

 

 暁美はニュゥべえを睨み付けながら、後ろに居る僕へと言葉を放った。

 緊迫した状況に息苦しささえ覚えるが、それを打ち破るようにまどかさんが制服の上着から変化したニュゥべえに話しかける。

 

「え……? あなた、ニュゥべえなの?」

 

「この姿で君の前に姿を現すのは初めてだったね、まどか。そうだよ、ボクはニュゥべえだよ」

 

「でも、その格好、まるで魔法少女みたい……」

 

「みたい、じゃなくて魔法少女なんだよ。まあ、詳しい説明はほむらさんを大人しくさせてからゆっくり話すよ」

 

 まどかさんにそう言ってから、僕はニュゥべえに目配せをする。

 彼女には昨日の夜の家からまどかさんの制服の上着に変身して待機してもらっていた。このことはまどかさんにはもちろん、織莉子姉さんにも秘密にしていた。

 いざと言う時の切り札として配置していたのが、功を奏した結果になった。

 ニュゥべえは僕の意図を汲み取り、小さく頷くと白いリボンを生み出して、暁美の手足を縛り上げる。ちょうど手首と足首を絡め取り、|磔《はりつけ)のように身体を大の字に固定した。

 そして、ニュゥべえは白い刀身の剣を生み出す。暁美に死なない程度に傷を負ってもらうためだ。

 彼女はもうまともではない。それに織莉子姉さんやまどかさんにしたことは許されない。

 ソウルジェムまで破壊する気はないが、ある程度衰弱させて完全に拘束をさせてもらうつもりだ。

 同情はしない。それほど暁美のやったことは責任が重いことだ。人を殺そうとしておいて、おいそれと許すほど僕は甘くはない。

 ニュゥべえの振るい上げた剣が両手を広げた暁美に袈裟懸けに振り下ろさせる。

 

「待って! ニュゥべえ! ほむらちゃんを……!」

 

 まどかさんの制止の声が言い終わる前に部屋には真っ赤な血飛沫(ちしぶき)が舞った。

 刀身は深々と胸に刺さっている。そこから潰れたトマトのように血液が滴っていた。

 物言わぬマネキンのように床に仰向けで横たわる一人の少女。

 ――だが、それは暁美ではなかった。

 身体に剣を付きたてられたのは白い髪の少女……織莉子姉さんだった。

 

「なっ……」

 

「ううっ……!?」

 

 一瞬の間、暁美の腕に付いた楯から織莉子姉さんの身体が飛び出したのだ。暁美以外の全ての人間が今起きている状況を処理することができず目を(みは)って硬直した。僕も思考がフリーズしかけたその時、まるで世界がスローモーションのようにゆっくりと映った。

 恐らくはこの状況下で脳内のアドレナリンが分泌されて思考速度が極限まで速められているのだろう。脳が急激な速度で回転を始める。

 自分のものとは思えないほどクリアになった頭が、ソウルジェムと切り離した織莉子姉さんの肉体のことを思い出す。

 そうだ。彼女は織莉子姉さんのソウルジェムだけでなく、肉体の方も保有していたのだ。その腕に付いた楯の中に。

 本来なら、暁美の身体をほんの少し切り裂くだけに終わっていたニュゥべえの剣は前に飛び出るように現れた織莉子姉さんの身体をとっさに貫いてしまった。

 そして、その織莉子姉さんの胸から飛び散った血はニュゥべえの目にべったりと付着している。

 血の目潰し。さっき僕が暁美にやったことと同じだ。違うのは自分の血ではなく、人の血を使ったこと。

 ニュゥべえが目に血を掛けられた怯み、拘束するリボンが緩んだ隙に暁美はまどかさんを撃つつもりなのだ。

 思考がさらに加速する。検索エンジンに単語を入れてEnterキーを入れたかのように、何をしなければしたらいいのかが分かる。

 僕は急いで入り口から、奥の壁際に居るまどかさんと暁美の射線に躍り出る。

 その際にポケットの中にあるホワイトパールカラーのソウルジェムを倒れている織莉子姉さんの身体の上に放った。これで織莉子姉さんの肉体とソウルジェムが再びリンクして目を覚ますはずだ。

 身体を捻って振り返るといつの間にか、暁美が銃を構えていた。その顔は驚愕の表情を浮かべている。暁美の手元までじっくり見る余裕なんてなかったが、多分織莉子姉さんを取り出した時に一緒に銃を出したのだろう。

 彼女の指は既に引き金を引いていた。

 ……引いていた(・・・・・)? ならば、弾丸はどこに……。

 ふと、自分の胸を見下ろす。見滝原の真っ白い制服はちょうど心臓付近に赤い染みを一つ作っていた。

 ああ、そうか……弾丸はもう僕の胸の中に……。

 気が付いた瞬間から意識が薄れていく。痛みはなかった。ただ耳の音が急速にくぐもり、視界がブラックアウトしていった。

 最後に聞いたのはまどかさんの泣き叫ぶ声だった。

 よかった。泣いているということはまどかさんは生きているということだ。織莉子姉さんの予知を変えることができた。

 必ず護るという約束も守れた。それだけで十分だ。

 その思考を境に、僕の意識は部屋の明かりのスイッチを切るようにあっさりと消えた。

 

 

~ほむら視点~

 

 

 これは嘘だ。何かの間違いだ。

 そうでなければ夢に決まっている。悪い夢だ。早く起きなくては。

 きっと、ベッドから起きたら消えてくれるはずだ。

 だって、だって……そうでなかったら、私が彼を殺してしまったという事が現実になってしまう。

 

「ま、さお……? うそよね? ねぇ……」

 

 胸元に真っ赤な染みを作って床に沈みこんでいる政夫に問いかける。

 自分が何を言っているのかもよく分からない。私が撃とうとしたのは彼ではなく、まどかだったはずだ。

 なのに何故、彼が撃たれているのか理解が追い着かない。

 

「政夫くん! 政夫くん、しっかりしてっ!!」

 

「政夫! 意識は……ない。最悪だ。出血も多い……」

 

 まどかとニュゥべえは私の事など見向きもしないで政夫に縋り付いて呼びかけている。

 私も傍に近付こうとして、足を動かした時、足首を唐突に掴まれた。

 下を見ると美国織莉子が鬼神のような形相で私を睨み付けていた。その手には政夫が持っていたはずの彼女のソウルジェムが握り締められている。

 何故、貴女が目を覚ましているなどと問う間もなく、美国織莉子は私に叫んだ。

 

「どうして! どうして、今あそこでまー君が倒れているの!? 答えなさい! 答えろっ!!」

 

 凝縮された彼女の憎悪と殺意に私に尋ねているのではなく、確信を持って責めているのだと一目で分かった。

 

「私は……ちがう。わたしは……」

 

 政夫を撃ったという事実は理性では分かっていたが、感情では認める事ができなかった。自分が起こしてしまった事実そのものを否定するために首を振る。

 意図せず涙が頬からこぼれ落ちた。情けなくも私は今泣き出していた。

 

「もういいっ! ……っ、ぐっうう!!」

 

 怒りすら向ける価値がないと判断したのか、私から目を離し、美国織莉子は胸に刺さった剣を引き抜く。

 刀身を赤く染めあげた剣を放り捨てて、未だ血の滴る傷口を押さえながら立ち上がって政夫の傍へと歩いて行った。

 私も彼女と一緒に政夫の傍に行こうとしたが、視界の端から現れた白い小動物に気が付いて動きを止めた。

 

「インキュベーター……」

 

『やあ。暁美ほむら。君のおかげで最高のタイミングで現れる事ができた。御礼を言うよ』

 

「何を、言って……」

 

『もう少し早く登場する事もできたんだけど、機を待って正解だったよ』

 

 そう言うとインキュベーターはするりと私の前を通りすぎて、まどかの方ににじり寄る。

 政夫の手を握り締めて泣いていたまどかはそれに気が付いて、顔をインキュベーターに向けた。

 

「……キュゥ、べえ」

 

『やあ、まどか。久しぶりだね。そっちの元同胞には改めて会うのはこれが初めてだね』

 

「……向こうへ行っててくれるかい。生憎と今は取り込み中なんだ」

 

 政夫を魔法で止血しようとしているニュゥべえは横目で不愉快そうにインキュベーターを追い払おうとする。

 しかし、インキュベーターはそれを小馬鹿にするかのように聞いてくる。

 

『いいのかい? このままじゃ政夫は助からないよ。この致命傷は魔法じゃ、どうにもならない。君だって元はインキュベーターなら分かるはずだ。今必要なのは奇跡だって事が』

 

 ニュゥべえは唇を噛み締めて何も言わなかったが、それこそがなにより肯定の証だった。

 

「鹿目さんが起こす軌跡なら、まー君を確実に救える……そう言いたいのね」

 

 インキュベーターに尋ねたのはまどかではなく、美国織莉子だった。

 

『もちろんだよ、織莉子。まどかの起こす奇跡なら何だって叶えられる。政夫の命を救う事くらい、簡単な事だよ』

 

 私と同じく、いや、私以上にまどかの契約を恐れていた美国織莉子はそれを聞くと口を(つぐ)んだ。そして、まどかに縋るような目を向ける。

 私もまどかを見つめた。

 彼女ならきっと政夫を救うために魔法少女になってくれるはずだ。

 あれほど拒絶して、まどかの契約を願う日が来るなんて思いもよらなかったが、今はそれ以外に頼りはなかった。

 

「まどか……お願い」

 

 どれだけ恥知らずだと言われようとも、私はまどかに頼るしかない。

 まどかは思い切ったようにインキュベーターに向かって頷いた。

 

「わかったよ。私はあなたと契約して、魔法少女に……」

 

「――駄目だ!」

 

 声を上げて否定したのはニュゥべえだった。

 まどかはニュゥべえに抗議するように名前を呼んだ。

 

「でも、ニュゥべえ……」

 

「それを認めたら、これまで政夫がやってきた事が全部無駄になる。それだけはさせられない」

 

『なら、どうするんだい? このまま政夫を見殺しにするのかい?』

 

 無表情と平坦な声で嫌らしく、ニュゥべえを追い詰めるようにインキュベーターは聞く。

 すると、ニュゥべえはそれに首を振って答えた。

 

「そんな事はいないよ。……ボクだってインキュベーターだったんだ。一か八か、やって見せる」

 

 ニュゥべえは白いツインテールの穂先を横たわる政夫の胸の中にゆっくりと沈めていく。

 その光景に私は見覚えがあった。インキュベーターが魔法少女の胸からソウルジェムを作り出す製造工程。

 

『無理だよ。精神的に成熟しかけている政夫には魔力はほとんどない。それに何より、意識のない政夫には願い事を言う事ができない』

 

 ニュゥべえはそれに対して何も言わない。きっと、インキュベーターの言い分は間違いではないからだ。

 彼女は額に汗を浮かび上がらせて、集中して政夫のソウルジェムを作り出そうとしている。

 

『可能性はゼロに近いね。仮に魂を肉体から分離させる事ができたとしてもソウルジェムを形成できるかは天文学的数字だよ。まどか、いいのかい? 政夫がこのまま死ぬ確立の方がずっと高いんだよ?』

 

「それは……」

 

「まどか。ボクを信じて……。必ず、政夫を助けてみせるから……」

 

 皮肉な光景だった。あれほどまどかを魔法少女にする事を阻止していた私が今ではそれを肯定し、まどかを魔法少女にしようとしていた元インキュベーターがそれを否定する。

 まるで立場が逆転してしまった。

 けれど、それに対してもう何も感じる事もできない。

 今の私に大切なのは……目を覚ましてくれない政夫だけ。それ以外はどうでもよかった。

 もしも、ニュゥべえが政夫を助けられなかったら、まどかを攫ってでもインキュベターと契約させて政夫を救ってみせる。

 私は無言で手の中の拳銃のグリップを強く握り締めた。

 




ふう。無事宣言通り、政夫を殺害できて安心しております。
やはり政夫は不幸系な感じが気に入ってるので、ほむらルートで死ななかったのが心残りですが、こうやって機会が回ってきてよかったです。
政夫に毎回爆発しろと言っていた方も、これを見て溜飲が下げて頂けたのなら嬉しいです。

次回、ショウさん、上条君、スターリン君の視点を予想しています。
ちなみにスターリン君を主役にした『インフィニット・スターリン?』が特別コラボでnavahoさんが書いてくれているので興味がある方は一読どうぞ!

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