魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第百五話 儚い人

~上条恭介視点~

 

 

 

 僕は発表会に出るために課題曲の『アヴェ・マリア』を奏でていた手を止める。

 瞑っていた目を開けると窓から見える景色は夕暮れになっていた。学校から帰ってからずっと休みなしでバイオリンを弾いていたせいで時間の感覚がずれてしまったようだ。

 一度集中を切ると急激に疲れが出てきて机の上にバイオリンと弓を置いて、椅子に腰掛けた。

 左腕に怪我をして入院以来体力が落ちてしまったのを感じる。リハビリこそしていたが、やはり一日の大半をベッドで過ごしているとどうしてもそうなってしまうのだろう。

 部屋の窓から見える沈み行く夕日をぼうっと見つめていると、ふと一人の友人の事を思い出した。

 夕田政夫。彼と出合った時もこんな夕暮れ時だった。

 社交的で話しやすい感じがしたが、どこか大人びていて落ち着いた物腰のクラスメイト。

 左手が動かなくなった事について思い切り弱音を吐いたのは家族以外では彼だけだった。さやかの持ってくるバイオリンのCDが苦痛になっていた事を話したのも彼だけ。

 不思議と夕田君の前では溜め込んでいたものが自然と吐き出す事ができた。同い年とは思えないほど思慮深く、そして誰よりも優しい人間だと思う。

 だから、暁美さんが好きになったのも納得できた。

 暁美さんに振られた時、それほど悔しいとは思わなかったのは多分相手が彼だからだろう。

 僕がカフェでさやかの告白を断った時も、僕が罪悪感に苛まれないようにわざわざ店の前で待って元気付けてくれた。

 

『君が本気で美樹さんを大事にしていたから振ったことに関しては、むしろ、男として君を尊敬するよ』

 

 ちょっとお節介のように感じたが、あの時の僕は間違いなく救われた気分になれた。

 それと同時に、やっぱりこの人には敵わないなと思い知らされた。

 親しくなって間もない相手に僕はこんな風に言葉を伝える事はできない。男として尊敬するのはこちらの方だ。

 きっと彼ならば、僕よりもずっと暁美さんを幸せにしてくれる。負け惜しみではなく、本当に心からそう思える。

 今の僕には女の子よりもバイオリンだ。そう思って、自分の左手をきゅっと再び握り締め、拳を作った。

 

「……そうだ!」

 

 退院前にバイオリンを弾いた時には政夫には来てもらえなかったから、今度彼にも僕の演奏を聞いてもらおう。暁美さんも一緒に来てくれたら、なおの事いい。

 二人のために演奏しよう。何がいいかな?

 途切れていた集中力がまた、ふつふつ湧き上がってくる。

 自分が好きだから弾いていたバイオリンを、誰か個人に聞かせたいと思ったのはこれが始めてだ。

 きっと今までは自分の事しか見えていなかったのだと思う。だから、さやかの好意にも気付かないで傷付けてしまった。

 この事が分かるようになったのももしかしたら彼のおかげかもしれないな。

 そんな事を考えながら、僕はまたバイオリンを机から取ろうとして、その隣に置いてあった花瓶に肘が当たった。

 

「あ……」

 

 花瓶は机から落ちて床へと転がった。

 差してあった花が水と一緒に床に撒かれる。

 幸い、花瓶は割れる事はなかったが、花の方は落下の衝撃で花弁がほとんど散ってしまっていた。

 床に散った、夕日のような綺麗なオレンジ色の花弁がまるで何かを暗示させているようで、僕はそれに言い知れない不安を感じた。

 

 

星凛太郎(スターリン)視点~

 

 

「う~む……。物語も佳境だからな。ここは主人公が全てを解決する前にちょっと苦戦シーンなんか入れてみるか。前に夕田に見せたら『主人公がチートすぎて何のカタルシスもない作業みたいな戦闘シーンだね』って言われたし……」

 

 つい最近親に買ってもらったノートパソコンに俺は二次創作小説の文章を打ち込んでいく。

 内容は、本来死ぬはずがなかったが神によって殺され、お詫びにとある異世界に転生を果たすという今まで誰も考えつかなかったような斬新なストーリーだ。

 銀髪オッドアイの超絶イケメンの転生者・リンタロウが『fate/stay night』の英霊・ギルガメッシュの王の財宝を駆使して戦うヒーローもの。

 リンタロウは最強で、天才で、格好いいからいつも女の子に囲まれてしまうという、ハーレム設定完備で非の打ち所がない。

 まだ小説サイトアップするのは怖いから、夕田の奴に見てもらったところ、設定を見ただけで頭を抱えていた。

 どうやら、奴にはこの設定は斬新すぎたらしい。

 もうちょっと普通の物語にしないかと再三聞かれたが、そこだけは譲れなかったから突っぱねた。小説家は自分の考えた物語に妥協しないのだ!

 何だかんだで面倒見のいいあいつは物語を読んで率直に意見したり、誤字脱字の修正なんかをやってくれている。突っ込みはしてくるが俺が小説を書く事は馬鹿にしたりはしなかった。 恥ずかしいから面と向かってお礼なんて言った事はなかったが、夕田には内心凄く感謝している。今度、オススメのエロゲーを貸してやろう。

 今は『事件の収拾に来た“卑劣で傲慢な巨大組織”』との全面戦争をしているシーンなのだが、ここで戦っているのは最強に格好いい主人公・リンタロウではなく、その親友のサマオだ。

 サマオは文句を言いながらもリンタロウと協力してくれるキャラで、リンタロウの次の次の次くらいに気に入っている。

 ちなみにモデルは夕田だったりする。

 

「えーと、サマオはリンタロウが駆けつけるまでの時間を稼いでて……。で、その時、敵の攻撃のモロに食らって……食らって……」

 

 ――死亡してしまう。

 

 その一文を打って、手が止まった。

 

「おっかしいな。鬱展開とか嫌だから、俺の作品の中では味方キャラは絶対に死なないようにしてるのに」

 

 書いた一文をデリートキーで消して、俺はまた書き直しを始める。

 今度はサマオは敵の攻撃を避けて、そして……。

 ――巻き込まれた少女を庇って死亡してしまう。

 

「お、おいおい。何でそうなるんだよ……だから、味方が死ぬ展開とかなしだから」

 

 また一文を消してやり直しをする。

 でも、何度も、何度も書き直そうとしてもサマオが死ぬシーンが頭に浮かんでくる。

 まるでそうなる事が正しいみたいに展開を変えても、また別の死に方をするサマオが脳裏から消えてくれない。

 とても。

 とても嫌な予感がした。

 俺はその予感を無視するようにシャットダウンもせずにノートパソコンの電源を無理やり落とす。

 保存していなかったデータが消えてしまったがそんな事はどうでもよかった。

 

「大丈夫、だよな……夕田の奴」

 

 嫌な事なんて起きるはずがない。これはあれだ。エロゲーのやりすぎのせいでちょっと頭が変になってるだけだ。

 明日になれば、クラスに何事もなく夕田は居るはずだ。

 そこで俺がまた原稿データを見せて、超展開が満載だの、心情描写がおかしいだの文句を付けてくるに決まってる。

 

「あー。エロ漫画でも読むかー。うん。そうだな。そうしよう」

 

 自分に言い聞かせるように俺はそう言って、俺はノートパソコンを机に置いてベッドの中に潜り込む。

 さっきまでキーボードを叩いていた指先が震えているのも、きっと指が疲れているからだ。

 

 

~魅月ショウ視点~

 

 

 大きな欠伸をして、俺は軽く首を回す。時計を見るともう午後五時を過ぎていた。

 いつもよりもずっと寝ていたみたいだ。寝すぎて身体がダルい。

 俺はベッドから起きて、キッチンの冷蔵庫からリンゴジュースを出して、パックに直接口を付けて飲む。

 喉の潤いが取れたら、リビングのソファに腰を掛けて天井を仰いだ。

 こんなにだらけていると普段なら杏子が蹴りでも入れてくるんだが、まだあいつは帰ってきてない様子だ。

 あいつは女の癖に乱暴なところがあるから、マジで困る。

 男の政夫の方がずっと大人しくて、淑やかだ。

 でも、あいつは少しばかり大人ぶり過ぎてるから、杏子くらいの方がちょうどいいのかもしねぇな。

 目を瞑って、最近出来た年下のダチを思い浮かべる。

 それに必要以上に優しすぎる。他人に思いやりがあるのはいい事かもしれねぇが、度が過ぎてるように思う。

 ほむらの事で俺に相談に来たのだってそうだ。

 向かうが勝手に惚れてるだけなら、こっちがわざわざ気にしてやる必要なんてない。

 面と向かって、コクって来たならまだしも、相手の気持ちまで汲み取って悩むなんてアホらしい。

 いくら親しかろうが、コクる覚悟もないような女にそこまでしてやる義理なんてある訳がねぇ。

 政夫は何ていうか、馬鹿が突くほど誠実な奴だ。

 好きでもない女のために平気で命懸けようとするくらい馬鹿だ。自分の命なんて顧みない。

 それを俺なんかよりもよっぽどよく分かってんのに止めようともしない。

 危なっかしい……いや、違うな。『儚い』って表現するのが近いな。

 その内、本当に誰かのために死んじまうような、そんな風に感じる。

 前に来た時、『下半身で考えろ』ってのは半分は冗談だが、もう半分は政夫に自分勝手に生きろっていう想いを込めて言った言葉だ。

 あいつが誰かのためにばっか行動するのは自分の事を大事に思ってないせいだ。

 恋の一つでもすりゃ、自分の事を考えるようになんのかもしれねぇが、政夫の性格じゃそれでも変わらないかもしれねぇな。

 そこまで考えて、俺は首を傾げる。

 何で急にそこまで政夫の事を思い浮かべたのか分からない。

 今のじゃ、まるで故人を(しの)んでるみたいじゃねぇか。縁起でもねぇ。

 止めだ。止め。頭が寝惚けてるからこんな事を考えちまう。

 さっさと着替えて、仕事場に行く仕度でもしよう。

 

 

~ニュゥべえ視点~

 

 

 駄目だ。政夫はこのままでは助からない。

 因果が足りない。感情値も不足している。何より願い事がない。

 これでは魂を固定できず、ソウルジェムが作れない。

 

「政夫! 起きて、願い事を言うんだ! 一言でいい! 『生きたい』とたった一言呟いてくれればそれでいいんだ!!」

 

 傷口を魔力で押さえて、ボクの二本の髪を政夫の胸の中に沈めて叫ぶが、政夫からの返事はない。

 心臓の動脈が切れているせいで出血が酷すぎる。呼吸ももう止まっている。ほとんど死んでいるようなものだ。

 今、ボクの二本の髪が触れている胸の中の魂も少しずつ、端の方から削れているのが分かった。

 

「政夫くん……お願い、目を覚まして」

 

 まどかが政夫の手を握って呼びかけているが、効果は現れていない。

 状況は最悪だ。せめて、マミと契約したように朦朧とした意識でも残っていてくれれば違ったのだろうが、ないものねだりでしかなかった。

 

『ほら。ボクの言った通りだっただろう? まどかがボクと契約してくれれば政夫は今すぐにでも助かるのに。こんなにも非効率な事をするなんて訳がわからないよ』

 

 元同胞(インキュベター)がボクに無表情で侮蔑するように言葉を投げ掛けるが、そんなものは気にもならなかった。

 凄まじい焦燥感と、常軌を逸するような不快感。脳髄が焼けそうなほど熱を持ち、眼球には何の異常もないのに目が眩む。

 ああ。そうか。絶望という感情なのか。

 もしも、これがボクがインキュベーターだった頃に魔法少女に契約をしていた報いだというのなら十分過ぎるほど味わった。

 だから、政夫を救わせてくれ。彼には何の落ち度もないのだから。

 それどころか、会って数週間しか経っていない女の子のために今まで頑張って来たのだから、報いというのなら彼を幸せにするべきだ。

 神に願う人間の気持ちが嫌と言うほど理解できた。そして、自分の無力感も。

 どうか、お願いだから、政夫を救わせてくれ。

 触れている政夫の魂は刻々とその質量を減らし続けている。

 絶望で涙がこぼれて来た。

 

『まどか、もう数秒で政夫の魂は消滅してしまうよ。だから、ボクと契約……』

 

「……このまま、魂を引きずり出すよ」

 

 ボクはそう元同胞(インキュベーター)に宣言した。

 彼はボクの顔を覗きこむと、奇妙なものを見るように尋ねてくる。

 

『正気かい? そんな事をすれば、政夫の魂は大気に霧散するかもしれないんだよ?』

 

「それでもやるよ。ボクは政夫の願いを叶えるために魔法少女になったんだ」

 

 確率などもう気にしない。政夫が無事に助かる事だけを考えて、ボクは彼の魂を肉体から引き剥がす。

 

「教えてあげるよ、元同胞(インキュベーター)。エントロピーを超えた力がどこからやってくるのかを……」

 

 少しずつ、精密に、自分の政夫の魂を自分の魔力でコーティングしながら、肉体の外へと引っ張っていく。

 肉体から分離させ、魔力で外側を丹念に固めた政夫の魂をボクは引きずり出した。

 

「誰かのために何かをしたいという気持ちが時には大きな力になるって事を!」

 




地味に今回は話が進んでおりません。
いつもの女の子たち以外で政夫の事を大切に思ってくれている人を出したかったので書きました。
中沢君も書きたかったのですが、あまりにも政夫との接点が少ないために諦めました。
流石に「どっちでもいいよ」宣言されても困るので……。

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