かなりギャグなので本編のノリとは全然違いますのでご注意ください。
次の日、暁美は何ごともなかったように林道沿いの待ち合わせの場所へ現れた。
小さな微笑みすら浮かべて、志筑さんや美樹と
もしも、織莉子姉さんが昨夜電話がなければ、素直に安心できた光景だったのだが、今の僕にはそこからは不気味さしか感じられなかった。
まどかさんの家に迎えに行き、彼女と共に来た僕に暁美が気付くと、にこりとこちらに笑顔を向けて近付いてくる。
「おはよう。政夫、まどか。いい天気ね」
「……おはよう。ほむらさん」
暁美をまどかさんに近付けないようにさり気なく二人の直線上に立った。背にまどかさんを庇うようにして挨拶を返す。
まどかさんはそれに怪訝そうに見つめるが、彼女も暁美があまりにも穏やかにしているのが不自然に感じられたようで、僕の後ろから出ることはなかった。
「おはよう。ほむらちゃん。……昨日は学校に来なかったけど、どうしたの?」
「昨日は体調不良で休んだだけよ。少し具合が悪かったの。心配させてごめんなさいね」
心配していたまどかさんに暁美は眉を下げて申し訳なさそうに謝る。
それにほっと安堵したまどかさんは表情を明るくさせて、僕の脇から暁美に駆け寄ろうとした。
暁美がふっと笑った。今までに見てきた彼女の笑みとは本質的に何かが違う、不穏な表情だった。
いつもの紫色の瞳が、ほの暗く濁って映って見えた。背筋に冷たいものが走る。
その顔を見た僕はまどかさんの手を思わず、握って引き止めてしまった。
「政夫くん?」
きょとんとして振り向くまどかさんに僕は説明することもできず、彼女の手を握り締め、少しの間黙る。自分の表情筋がいつになく強張っているのを感じた。
暁美の後ろに居る志筑さんと美樹も僕の反応がおかしいことに気付き、視線だけでどうしたのかと尋ねてくる。
「……早く登校しようよ。昨日は遅刻ぎりぎりになっちゃったし」
「政夫くん、ちょっと私、ほむらちゃんと話してもいいかな?」
有無を言わせない真剣な表情でそう言うが、まどかさんは何故かそれを無視し、ほむらと話をさせてくるように頼んできた。
「え? ……うん。分かったよ」
釈然としない思いを抱きつつも、暁美を警戒しながら、僕はまどかさんの手を握っていた手を離す。
まどかさんは暁美の目の前まで来ると、真剣な表情で口を開く。
「ほむらちゃん」
不穏なものを感じさせるほどに優しげな笑みを
「何かしら?」
「私、政夫くんと付き合う事になったんだ」
「そう……それはおめでとう」
僕とまどかさんを交互に見比べて、より一層笑みを強くする。僕にはそれが爆発寸前の爆弾を表しているように思えて胃の
暁美に対して鞭を打つかの如き行為に、僕は流石に止めさせようとまどかさんの肩に手を伸ばす。
だが、次にまどかさんはこう言った。
「それでね。よかったら、ほむらちゃんも政夫くんの彼女にならない?」
「はいぃ!?」
凄まじい提案がまどかさんの口から飛び出す。
あまりの驚きに僕は素っ頓狂な声を上げざるを得なかった。
直接言われた暁美はもちろん、その後ろに居る美樹も志筑さんも絶句している。
どうか、復帰した暁美は既にあの不気味なくらいに穏やかな笑みは完膚なきまでに粉砕され、僕と同じくらい戸惑いの色が隠せていない。
「……ど、どういう事?」
「言葉通りの意味だよ。ほむらちゃんも私と同じように政夫君の恋人になって、一緒に政夫くんを支えてほしいなって」
意味を尋ねる暁美にまどかさんは嬉しそうに微笑みながらそう述べる。
突如、自分の彼氏を友達にシェアしようとにこやかに持ちかける僕の彼女に、言葉を失い、ただただ唖然とする。
何を言っているんだ、この子は……。とてもではないが、理解ができない。
「『ほしいなって』……ってまどか、それ本気で言ってるの!?」
突っ込みの役目を見事果たしてくれたのは暁美の後ろに居た美樹だった。
第三者的立ち位置に居たおかげで、当事者の僕よりも早めに立ち直ったようだ。
「そ、そうですわ! まどかさん、いくら何でもそれは男女交際として不純すぎます!」
さらにその隣の志筑さんまでが言葉の援護射撃を行い、どうにか僕も言葉を発せられるくらいには思考が回復した。
「二人の言う通りだよ。まどかさん、それは正気の発言じゃないよ?」
「でも、私は本気だよ」
僕らの言葉を振り払うようにはっきりとした口調でまどかさんは言葉を紡ぐ。
「私ね、昨日から一人で考えてみたの。どうしたら、これからもほむらちゃんとも仲良くしながら政夫くんと付き合っていけるのか……。そしたら、ほむらちゃんも政夫くんの彼女になれば皆上手く纏まるって思ったんだよ!」
……何その超とんでも理論。いくら何でもムチャクチャ過ぎる。第一そんな提案、暁美に対する侮辱だ。
暁美だって、了解する訳が――。
「……いいの? まどか……私も、私も貴女たちの間に入っていいの?」
ええ!? 意外に乗り気だ、この人!
泣き出しそうなほど瞳を濡らして、震える声でまどかさんに尋ねている。
「うん。二人より、三人の方がずっと楽しいよ」
よくないよくない全然よくない。
二人の女の子と同時に付き合うなんて、馬鹿げている。普通じゃない。性質の悪い冗談か何かだ。
僕としてはそんな不誠実極まりない関係なんて、絶対に受け入れられない。
「あのさ、二人とも」
僕がそれは駄目だと言おうとするが、それを遮って志筑さんが喋り出す。
「素晴らしい友情ですわ。愛する殿方を友達同士で共有する……そんな考え方もあったのですね」
ない! そんな考え方は少なくても現代日本には存在しない!
だが、言葉に出す前に感動したように語り出した志筑さんのテンションに負けて言葉がでなかった。
止めてくれるように美樹に期待して視線を向けるが、彼女は目を
「そうか。そうなんだ。それが一番正しい道だったんだ」
何を納得しているんだ、お前は。人としてのまともな判断力さえ失ったのか。
まさかの外野の裏切りに合い、愕然とした僕にまどかさんが顔を向ける。
「政夫くんもそれでいいよね!」
自信満々の有無を言わせない表情だった。真っ直ぐな澄んだピンク色の瞳が僕を射抜く。
……駄目だ。とても嫌だとは言い出し難い。
だが、それでも僕は首を横に振らなければいけない。これは間違ったことだと声に出して説得しなればならない。
覚悟を決めるために息を吸い込み、拒否の旨をは答えようとする。
すると、暁美までもが僕の方に目を向ける。
「政夫……私も、私も貴方の恋人になっていいかしら?」
「…………」
雨の日に捨てられた子猫のような、庇護を求めて縋り付く目で僕を見つめる。
やめろ。そんな目で見るな。大体、お前はちゃんとあの時振ったはずだろう?
暁美の潤んだ瞳は頼りなさげに揺れる。
「駄目、かしら……?」
「…………いい、よ」
僕の中の正常な恋愛観が敗北した瞬間だった。
自分の背中に自分で『最低な男』のレッテルを心の中で貼り付ける。
父さんにも亡くなった母さんにも、もう顔向けできない人間になってしまった。
けれど――。
「やった。まどか! 私もまどかと同じ彼女になれたわ!」
「おめでとう、ほむらちゃん!」
目の前で嬉しそうに手を握り合う暁美とまどかさんを見ていると、これもこれでよかったのかなと思えてしまう。
そんな惰弱で不埒な自分が困ったことに嫌ではなかった。
そうした経緯があり、本日僕、夕田政夫は二人目の彼女を作った。
*
「てな訳で、まどかとほむらに頼んで私も政夫の彼女になったから」
一時限目の後の五分休憩の時にそっと僕の席に近付いてきた美樹が僕にそう耳打ちした。
「ちょっと待てぇぇぇえええい!?」
椅子から勢いをつけて立ち上がり、喉がおかしくなりそうな声を僕は上げた。
教室に居たクラスメイトは一斉に僕へ視線を突き刺したが、今はそんな些細なことはどうだってよかった。
「え? え!? どういうこと?」
「おっきな声出さないでよ。びっくりするでしょ?」
びっくりしたのはこちらの方だと返してやりたかったが、とにかく、美樹の発言の真意を聞く方が重要だったので無視した。
流石に教室内でせきららに話していい内容ではなかったので、美樹の手を掴んで廊下の端まで連れて行く。
その際に「もう急に手を握るなんて……」と照れた声で美樹が呟いたが、これも同じく無視した。
「冗談だよね? 今なら笑って許すよ? かなり笑えなかったけど、それでも許すよ?」
頬肉が痙攣しているのを感じながらも、どうにか笑顔を作り、美樹に詰め寄る。
頼むから冗談だったと言ってほしかった。冗談でも悪質極まりないが、それはこの際問わないから嘘だと答えてほしかった。
しかし、無常にも美樹の答えは僕が求めたものとは対極にあるものだった。
「いや、本当だよ。私も政夫と付き合いたいってまどかに言ったら、許可してもらえた」
「許可もらえたって……というか、そもそも君は上条君のことが好きだったんじゃないの?」
美樹は上条君のことが昔からずっと好きだったから、彼の手を『願いごと』で治したのではなかったのか。
だからこそ、上条君が暁美に好意を抱いた時にあれだけ苦しんだのではなかったのか。
僕はその思いを込めて、美樹に尋ねるが彼女はそれに呆れた風に返した。
「あのさ、政夫。私結構前からアンタの事好きだったよ? 恭介の事はとっくに諦めてるって」
「……ええー!? そんな簡単に振り切れるものじゃないだろう、恋心って」
「まあ、政夫が居なかったらもうちょっと引きずってたかもね。でも、今は政夫の事が好きなの。弱いとこ見ても、私の事元気付けて背中押してくれたアンタの事、好きになっちゃったの!」
言いながら、恥ずかしくなって来たらしい美樹は僕の鼻先に指を突き付ける。
僕もまた真っ直ぐ過ぎる彼女の告白に頬が熱くなってきた。今日は本当に何なんだ。
そして、こほんと小さく咳払いして改まったように美樹は僕に言い放つ。
「順番が逆になっちゃったけど、あなたの事が好きです。私と付き合ってください」
「……でも、既に拒否権ないんだろう、それ」
「雰囲気壊さないでよ。政夫だって、何だかんだ言っても私の事嫌いじゃないでしょ?」
「それはまあ嫌いじゃないけどさ。もう僕には彼女居るし……二人も」
自分で言っておいて二人彼女が居るって状況の異常さに戦慄する。ここは本当に平成時代なのか。
「二人も居るなら、三人に増えても変わんないよ。……それともほむらとは付き合えるのに、私とは付き合えない?」
「それを言われると何も言い返せないね……。けど、いいの? 僕なんかよりもずっといい男なんて、それこそ星の数だけ居るんだよ」
すると美樹は僕に顔を寄せて、そして、柔らかい唇を僕の頬に当てた。
バッとその場を一メートルほど飛び退いて、唇の触れた頬を押さえ、硬直する。
その様子を見て、小さな声で笑うと美樹は言った。
「私にとっては、政夫以上の奴なんて居ないわ」
「……あのヘタレだった君がこんな大胆なことするなんて」
「私をこういう女にしたのは政夫だよ?」
「誤解を呼ぶような言い回しをするな!」
大きな声で突っ込むと美樹はまたも楽しげに笑い声を上げる。
それを見て、僕は顔を片手で覆って溜め息を吐いた。
こうして、僕に三人目の彼女ができた。……彼女とは連鎖するようなものだっただろうか。知らなかった。そして、できれば知りたくなかった。
**
午後の授業が終わり、昼食のために僕はまどかさん、美樹、暁美、志筑さん、杏子さんを連れて屋上に向かった。この五人の女の子の内、三人が僕の彼女と言うあり得ない状況に眩暈を禁じえない。
屋上には既に巴さん、織莉子姉さん、呉先輩の三年勢が待っていた。
正直、もうある意味お腹の中はいっぱいなので昼御飯は入りそうになかった。ただ、急激に痛くなった頭を何とかするための頭痛薬がほしい。
屋上の中心にあるベンチに座るとすぐさま、僕の隣をまどかさんと暁美が陣取る。まどかさんの隣は美樹だ。
まるで美少女ゲームの主人公になった気分だ。それも飛び切り開発者の頭の緩んだ感じの奴だ。
「今日は随分と夕田君に密着するのね、三人とも」
巴さんがなぜか少し棘のある口調で言うと、その隣に居た志筑さんが嬉々として言った。
「巴さん、実はですね、あのお三方は皆、政夫さんの恋人になりましたの!」
志筑さんには美樹が追加されたことも知っているのは仕方ないし、それに隠し通せることとは思っていなかったが、ゴシップ記事を語るように話すのは勘弁してほしかった。
「え? それってどういう……」
「最初はまどかさんだけが政夫さんとお付き合いしていたのですが、ほむらさんやさやかさんとも仲のよい関係を築きたいと
「うぇっ……マジかよ、それ」
巴さんの反対隣に座っていた杏子さんが嫌悪の混じった声を上げた。
ようやくまともな感性を持っている人物が登場してくれたことに軽く涙が出そうになる。
杏子さんに引き続き、反応したのは呉先輩だった。
「何それ、ずるい! 私も入れてよ! ……ねえ、まどか、いいよね?」
「いいですよ」
「軽っ!?」
呉先輩のこの反応は予想していたが、それに対するまどかさんの応えの軽さは想像を超えていた。
小学校のドッヂボールだって、人を交ぜる際はもっと悩むのではないだろうか……。
「やった。じゃあ、これで私も政夫の彼女だね?」
嬉しそうにする呉先輩を見て、一人だけ仲間に外れにするという訳にもいかず、僕は頷くしかない。
膝上に置いてあったまどかさんが作ってきてくれたお弁当箱をそっと退かして、呉先輩は僕の膝の上に座った。
「えへへー。彼女彼女ー」
子犬のようにじゃれ付いてくる呉先輩の頭を撫でながら、僕は脳内のメモに『彼女+1』と書き込む。これで僕の彼女は合計四人になった。ぷよぷよなら四つくっ付けると消えるのだが、これはぷよぷよなので彼女たちは消えない。
素で変なことを考えている僕はもう大分正常ではないようだ。
「政夫くん。お弁当、私が食べさせてあげるね」
右隣に居るまどかさんが呉先輩が退かしたお弁当を自分の箸で摘まんで食べさせてくれる。
普通なら嬉し恥かしのワンシーンだったのだが、今は普通じゃないため、口の中に運ばれた料理の味すら分からなかった。
「美味しい?」と聞いてくるので取りあえず、「まどかさんの愛情の味がするよ」と答えたら、素直に喜んでくれた。
その後、膝に乗っている呉先輩にも料理を食べさせてあげている光景を見て、「何だこれ」と素直に疑問を漏らした。
「おかしいわ。鹿目さん!」
僕の謎ハーレムに織莉子姉さんがそう叫ぶ。
流石は織莉子姉さんだ。この崩壊した男女間に物申してくれるのは貴女だけだ。
そう思って、次の言葉を待っていると織莉子姉さんは真剣な眼差しと共に語った。
「それならそうと、まー君の血の繋がらない姉である私に一言連絡してくれないの? 当然、私もまー君の恋人になるわ」
あはははははは。この人、頭おかしい。
一瞬日本語に聞こえる発音のポルトガル語か何かなのかとも考えたが、無理があるので諦めた。
この人はもう駄目だ。駄目なお姉ちゃんだ。昔の方が知的に見えたなぁ……。
頼りにならない織莉子姉さんに早々に見切りをつけて、巴さんを見つめる。
頼りない部分も歳相応にあるが、一番しっかりしているのは他のでもない巴さんなのだ。
「鹿目さん……私も加えてもらっていいかしら?」
「ぴゃああああああああああああああぁぁぁぁ!!」
どこからか奇声が聞こえた。見滝原市近隣に生息する未確認生物の雄叫びかと思ったが、それは僕自身の喉から発せられたものだった。
「二人ももちろん、いいですよ」
「ぴゃあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!」
「政夫、煩いわ。食事の時は静かに食べなさい。彼女として恥ずかしいわ」
さも常識人然として非難してくる暁美に、言いようのない不条理を感じたが、黙って引き下がる。
これで僕の彼女はまどかさん、暁美、美樹、呉先輩、織莉子姉さん、巴さんの六人になった。ポケモンの最大手持ちメンバーと同数だ。これで彼女たちを連れて、ジムリーダーに挑戦に行けばいいのだろうか。
若干、心が病み始めてきたせいか、楽しくなってきてしまった。脳内ではポケモンのライバルが登場する時のテーマが流れ出す。
「これから宜しくね。(まー)(夕田)君!」
「あ、はい」
最後の希望として、僕たちの関係に嫌悪を表してくれた杏子さんに頼る眼差しを向ける。
視線が合致した杏子さんは五秒ほど、同情の目で見つめ返してくれた後――静かに十字を切った。
「無言で十字を切るなぁ! ほら、元・教会の子として何か言うことがあるだろう!?」
「……アーメン」
「違う! そうじゃない!!」
杏子さんはそれだけ言うと、そそくさと自分の弁当箱片付け、屋上から逃げるように去って行く。
それを見た志筑さんも要らない気を遣い、全て分かっていると言わんばかりの笑顔で返って行った。
僕の右隣のまどかさんはそれを見送った後、僕の目を見て、優しくはにかんだ。
「政夫くん、恋人に囲まれてとっても嬉しそうだね!」
屋上で自分に好意を持つ女の子たちに囲まれた僕は大きな声で慟哭を上げた。
「こんなの絶対おかしいよぉっ!!」
「「「「「「おかしくない(わ)(よ)(って)」」」」」」
こうして、その日から僕は六人の彼女を持つようになった。
ちなみにこの選択を選んでおけば、政夫は死ぬ事はなかったでしょう。
その代わり、政夫の精神はズタボロボンボンになります。
これが読者さんの期待していた「優しい世界」です。
政夫「ぴゃああああああああああああああああぁぁぁぁ!!」