魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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しばらく、期間が空いてしまいましたが取りあえず、続きです。
特別編はもう少し待ってください。それよりも本編を書いておかないと物語忘れてしまうので……。


第百十二話 静かに燃える瞳

「それじゃ、父さん。……行って来ます」

 

 支度を済ませ、制服から私服に着替えた僕はリュックを背負って玄関で父さんに別れを言う。

 

「うん。行ってきなさい、政夫。それからまどかさん、ニュゥべえさん。僕の息子をよろしくお願いします」

 

 父さんは今まで見たことのないほど朗らかな顔を浮かべ、僕たちを見つめた。

 どこか寂しげでいて、肩の力が抜けたような安堵しているように僕の目には映った。

 

「ありがとうございます。それから……政夫くんの事、任せてください」

 

 真剣な表情で厳かにそう父さんに返答するまどかさんとニュゥべえ。まるで嫁を貰いに来た婿のような物言いに僕は苦笑した。

 そして、心が軽くなった感覚を自覚する。どうやら僕も父さんと同じでずっと親子間のわだかまりを持っていたようだ。

 初めて本当の家族として、僕は父さんの笑顔に見送られ、まどかさんたちと玄関を出て行く。

 後ろ髪を引かれる思いはなかった。もう二度とこの場所には戻って来れないというのに、僕の胸の内は凪いだ海のように静かだった。

 きっと、隣に彼女が居るからだろう。僕はまどかさんの顔をそっと横目で一瞥した。

 

 

 

 駅前まで辿り着くと僕はまどかさんの見滝原中の制服姿を見て、一つ思い付いた。

 

「ねえ。まどかさん、服買ってあげるよ。平日の昼間から制服でうろうろしてると目立つし」

 

 父さんから餞別(せんべつ)として、到底三日では使い切れない額のお金をもらっている。

 せっかくなので旅費として使うだけではなく、お礼も兼ねてまどかさんに洋服でもプレゼントしようと思い、彼女にそう言った。

 

「ええ、でも……」

 

「まあ、親からのお金じゃ格好付かないけど、プレゼントさせてよ。それにどこに行くにしても制服一着って訳にもいかないだろう?」

 

「そう、だね。じゃあ、お願いしようかな。ありがとうね、政夫くん」

 

 最初は渋っていたまどかさんも僕の言葉に納得して、少し申し訳なさそうにしながらも洋服を買うことに了承してくれた。

 駅前にあるデパートの洋服売り場のフロアに場所を移すと、まだ僅かに申し訳なさそうにしていたまどかさんも普通の女の子らしく楽しそうに可愛らしい洋服を選び出す。

 それが微笑ましくて、つい笑みが零れた。僕の右肩に乗っているニュゥべえも少し羨ましげに彼女を見ている。

 

「ニュゥべえも服買っていいよ」

 

「いや、ボクはその気になれば服装なんて魔力でいくらでも変えられるから構わないよ。それに人の姿を取る必要もないから……」

 

「うーん……中学生の男女だけじゃ、お金があってもどこも泊めてくれない。『保護者』として大人の女性が居てくれると助かるなぁー」

 

 強情なニュゥべえに白々しく僕が困った風に言うと、彼女はその真意を理解したらしく、ぴょんと僕の肩から飛び降りた。

 

「……政夫がそこまで言うならしょうがないな。ちょっと待っててよ」

 

 声色に微かな喜色を混ぜた彼女は一旦、僕の傍を離れた後に二十歳くらいの女性の姿となって戻って来た。

 白いツインテールを少女姿の時よりも短くして、可愛らしいながら大人びた風貌となっている。しかし、オレンジ色のレース刺繍の魔法少女姿は浮いて見える。

 ニュゥべえは仕方ない風を装いながら、僕に尋ねてきた。

 

「この姿なら洋服が必要かな?」

 

「そうだね。普通の服が必要だね」

 

「じゃあ、ボクも政夫の好意に甘えるとするよ」

 

 人型に変身できるようになってから特に女の子らしくなった彼女はやはり女物の服が欲しかったのか、レディース服売り場へと速足で行ってしまう。

 今まであまり考えていなかったが、ニュゥべえもおめかしや着替えが好きだったのだろう。そちらの方に気が行かなかったことに少し罪悪感を覚えた。

 しかし、意外と乙女チックなニュゥべえの一面に口角が弛んだ。

 

「政夫くん、政夫くん」

 

 そんな僕に近くで服を選んでいるまどかさんが声を掛けてきた。

 振り向くとピンク色のフェミニンなワンピースと白い落ち着いたシックな感じのワンピースを両手に持った彼女が映った。

 

「こっちのピンクの方とこっちの白い方、どっちがいいかな?」

 

 予算としては両方買ってもいいくらいなのだが、まどかさんが聞いているのはそう言うことではないのだろう。

 どちらが自分に似合うか、ひいては僕が好みの方を尋ねていると考えるのが妥当だ。

 しばらく、二着を見比べた結果、僕はピンク色のワンピースを選んだ。

 理由は素直にそちらの方が彼女らしいと思ったからだ。別に彼女が子供っぽいというつもりはないが、無理に背伸びをしたようなシックな服は彼女らしさに欠けている気がした。

 

「ピンク色の方かな。そっちの方がまどかさんに似合うよ」

 

「本当? じゃあ、着て来るね」

 

 顔を綻ばせてピンク色のワンピースを持った彼女は試着室へと向かって行く。

 つい目でそちらを追うと、まどかさんが「見ちゃだめだよ」と恥ずかしそうに試着室のカーテンを閉じた。

 考えてみれば距離は多少あるとしても、布一枚向こう側にはまどかさんがあられもない姿になっているということだ。

 一瞬だけ不埒な想像が脳裏を過り、無意味だとは知りつつも反対側を向いて試着室に目が行かないようにする。

 そう言えば今までまどかさんの私服を見る機会はなかった。いつも制服ばかりの印象があるので、今日は貴重な彼女の私服姿が見られる。

 少しだけ胸の中がそわそわとして落ち着かなくなってきた。ニュゥべえもまだ帰って来ていないので手持無沙汰になり、ポケットにしまっておいた携帯電話を取り出して弄る。

 皆に僕の異常を知られないために朝から電源を切っていたが、もうあまりその必要性を感じなくなったのでオンにする。

 起動すると、一通のメールが届いた。電源を切っている間に誰が送っていたようだ。

 僕はそのメールを開く。差出人は見覚えがなかったが、本文に名前が書いてあった。

 上条恭介――上条君からのメールだ。アドレスは教えていなかったから、恐らく美樹か、暁美に聞いたのだろう。

 僕はメール本文に目を落とし、文章を追った。そして、その文章の内容に不穏な印象を覚えた。

 『暁美さんを止める事は僕にはできなかった。彼女はきっと今、君の方に向かってると思う。――――彼女の瞳に映っているのは夕田君、君だけだ』

 ……この文は何のことを書いている? 『君の方に向かっている』? 今の時刻は昼の一時を少し過ぎたくらいだ。まだ授業は残っている。

 これを送ったのはそれより前なのだから、なおさらおかしい。

 嫌な感覚が電流のように身体に走り、僕は急いで試着室の方へと近付いた。

 

「まどかさん。何かさ、ほむらさんが僕を探しているらしいんだ……あんなことがあって。まだ……僕に執着してるみたいで、こっちに来るかもしれない」

 

 カーテン越しに静かな声で僕はそう言った。あんなことがあった後だ、まどかさんは暁美に恐怖心を抱いているだろう。すぐに会計を済ませ、彼女を連れてこの街から出て行った方が良さそうだ。

 

「だから、早く……」

 

 そこまで言ってから僕は違和感に気が付いた。

 まどかさんが何の反応も返してこない。いや、それどころか、彼女が入っていったこの試着室から人の気配がない。

 さあーっと自分の血の気が引く音を僕は幻聴した。

 

「まどかさんっ……!」

 

 声を荒げてカーテンを剥がすが、そこには想像したまどかさんの姿は影も形も残っていなかった。

 自分が如何に気を抜いていたのか、改めて認識させられた。

 ……まどかさんは暁美に連れ去られたのだ。

 先ほどまでの浮ついた感覚が、冷や水を浴びせかけられたように急激に失せていく。

 呆然とした僕の後ろから洋服を抱えたまま、歩いてくるニュゥべえに気が付いても反応できなかった。

 僕の血の気の引いた横顔を見て、驚いた様子でニュゥべえは聞いてくる。

 

「どうしたんだい、政夫!?」

 

「……連れ去れた」

 

 ぽつりと吐いた呟きと僕の表情から何が起きたのか察したニュゥべえは声を上げた。

 

「そんな、あり得ない。魔法少女が魔法を使えばボクが気付かない訳が……」

 

『その通りだよ。ボクたちがジャミングを掛けなれば、元インキュベーターである君は暁美ほむらが時間停止の魔法を使った事に気が付いていただろうね』

 

 ニュゥべえに限りなく似た、そして限りなく遠い声が頭に直接響くように聞こえた。

 もはや、振り向くまでもなく、そこに居る奴が何者なのか分かる。

 

「旧べえ……」

 

『やあ、夕田政夫。欠陥ソウルジェムの調子はどうだい?』

 

 不愉快極まりないその声の持ち主は僕に何気ない口調でそう聞いてきた。

 

 

~まどか視点~

 

 

 薄暗くて埃っぽいどこかに私は身体の自由を奪われ、座らされていた。

 周囲には積み上げられた段ボールや布で覆われた家具などが置いてあるところから、デパートの倉庫か何かなのかもしれない。

 手錠で両手と両足を縛られ、身動き一つ取ることができなかったけれど、目の前にいる彼女がそんなことをする必要がないくらいの存在だと私は知っていた。

 口には何も詰められてはいなかったが、彼女が持つ黒い銃はきっと私が叫ぶ暇さえ与えない。

 

「……ほむらちゃん」

 

「手荒に連れてきてしまって御免なさい、まどか」

 

 暗がりの中でも妖しく光るアメジストのような瞳を細めて、ほむらちゃんは微笑んだ。

 口調は穏やかで静かだったけれど、前よりも激しい感情は渦巻いていることはその目を見ればよく分かる。

 

「なんで、って顔をすると思ったのだけれど、まどかは私の言いたいことを分かっているみたいね」

 

 ほむらちゃんがまた私の目の前に現れたその理由……それはたった一つ。私も一度は考えた事。

 

「政夫くんのソウルジェムの事だよね……」

 

「話が早くて助かるわ。でも、分かっているなら、どうして早くしてくれないの?」

 

 政夫くんのソウルジェムを直して、彼を助ける事。ほむらちゃんの狙いはそれだけだ。

 少しも楽しそうじゃない笑顔でほむらちゃんは私に聞く。

 

「貴女が魔法少女の契約をして願ってくれさえすれば、政夫は助かるのよ? それとも自分が犠牲になる事が嫌になってしまったの?」

 

「違うよ!? そうじゃないよ、そうじゃない……」

 

 ほむらちゃんは分かっていてわざとそう言う。私が魔法少女になる事に躊躇(ためら)いがない事を分かっているからこそ、私をそこに誘導して行こうとする。

 

「政夫くんが、そんな事絶対に望まないから。だから……」

 

「だから、何?」

 

 私の声を遮って、微笑みを止めた彼女は責めるように私を睨み付ける。

 ほむらちゃんは怒っている。私に。そして多分、自分にも。

 

「望んでいないから? だから、政夫を見殺しにするの? 私なら……私なら躊躇わないわ」

 

 静かだけど、燃え上がるような感情が込められた声。

 

「私なら例え、魔女になっても政夫を救うわ」

 

 ほむらちゃんの目は彼女の中で燃える紫色の炎の灯りのように映る。

 紛れもなく本心から出た、強い意志を感じさせる言葉。きっと、私の立場にほむらちゃんが居たら、本当にそうしていたんだと思う。

 でも、その言葉を聞いた私は改めて確信した。

 

「私ね、本当はほむらちゃんが政夫くんの恋人になってもいいって思ってたよ」

 

 話題を替えて、誤魔化したと思ったのかほむらちゃんは何かを言おうと口を開く。

 けれど、それよりも早く、私は言葉の先を紡いだ。

 

「でも、間違ってた! やっぱり、ほむらちゃんは政夫くんの事、何も分かってないよ!?」

 

「な……何を根拠に」

 

「ほむらちゃんは自分の事しか考えてない! 政夫くんの事を少しも考えてないよ!」

 

 ずっと言いたかった台詞が私の中から出て行く。想いを溜め込んでいたのはほむらちゃんだけじゃない。

 私だって同じだ。

 

「救う、とか……助ける、とか……そんな事言いながら結局自分の都合しか考えてない! 政夫くんの事が本当に好きだったら、何をすれば一番悲しむかくらい分かってよ!?」

 

 叩き付けるような私の言葉に一瞬だけ、ほむらちゃんは言葉を失ってから、怒りを隠そうともせずに言い返してくる。

 

「言わせておけば……まどかはいつだって守られるお姫様の癖に、自分で戦った事もない癖に偉そうな事ばかり言わないで! 私は貴女よりもずっと前から彼と一緒に居たの! ずっと前から想っていたよ! それを横から奪って行って……!」

 

「ずっと前から好きだったなら、何で政夫くんの事を分かってあげようとしないの!? それに私だって何も知らずにお姫様なんてしたくなかったよ!」

 

 大きな声でそうやって叫んで、私は気が付いた。

 初めてだ。出会って初めて、ほむらちゃんと喧嘩をしている。

 今までは友達って言いながら、一度も喧嘩なんてした事なかった。お互いにどこか遠慮をして付き合っていたんだ。

 意見が合わなくなっても、それを彼女に突き付けようとした事がなかった。

 でも、こうやって私たちは喧嘩をしている。無遠慮にお互いに思った事をそのまま相手にぶつけている。

 ほむらちゃんも、今まで取り繕った笑顔も無表情も捨てて、普通の同い年の子みたいに怒っている。

 

「まどかは優しい家族や友達が居る! どの時間軸でもそう! だから、政夫の事は私にくれても……!」

 

「あげない! 絶対にほむらちゃんだけには政夫くんは渡せない! 欲しがるだけで分かろうとしないほむらちゃんだけには!!」

 

 そこまで吐き出すと、叫び過ぎて息が途切れた私は呼吸を整える。ほむらちゃんも私ほどではなかったけれど、取り乱した心を再び冷静にするために大きく息を吐いた。

 

「どうしても……キュゥべえと契約してくれないの?」

 

「絶対にしないよ。契約して助けたとしても政夫くんは絶対に喜ばないから……」

 

『強情だね、まどか』

 

 ほむらちゃんの後ろに置いてある段ボールの小山からすっとキュゥべえが降りて来る。

 私はそれをキッと睨んだ。ほむらちゃんを焚き付けたのは間違いなくキュゥべえだ。

 

「キュゥべえ、私は絶対に魔法少女にはならないよ」

 

 きっぱりとそう告げるとキュゥべえは首を振って、呆れたような声を出した。

 

『やれやれ、仕方ないね。じゃあ、最後の手段だ。……暁美ほむら』

 

 キュゥべえはほむらちゃんに何かを命令するように視線を向けた。彼女はそれを見て、手に持った銃を私のお腹に突き付けた。

 びくりと私の身体が硬直する。

 

「まどか。これから貴女の身体に銃弾を撃ち込むわ……すぐには死なないようにするから、その間に政夫の寿命を延ばすように願って」

 

「え……?」

 

 一瞬何を言われたのかうまく呑み込めず、聞き返してしまう。

 すると、彼女の代わりにキュゥべえが答えた。

 

『つまりね、まどか。暁美ほむらに撃たれた後、出血死したくなかったらボクと契約して魔法少女になる必要があるって事だよ』

 

 私は無言でほむらちゃんの顔を見返す。

 彼女の瞳には有無を言わせない、紫色の炎が静かに燃えていた。

 




取りあえず、ラストシーンは決めていますが、途中の話はあまり固まっていなかったりします。

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