魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第百十三話 最後の決別

 ……自分の迂闊さに苛立ちが隠せない。

 完全に気を抜いていた。僕がもっとしっかりしていれば事前に防げたはずだ。

 ちゃんとまどかさんの傍に居たら守れたはずだ。

 自責と後悔で思考が取り乱れ、今まで感じたことのないほどの絶望が心の底から噴き上がる。

 駄目だ。こうしている間にも事態は悪くなるだけだ。

 僕は頭を振って、冷静さを取り戻す。

 この最悪な状況だからこそ、思考を乱している場合ではない。

 目の前に居る旧べえのことに意識を戻す。

 こいつがここにいてなおかつ、暁美の手助けをしたということは両者は手を組んでいると見て間違いない。

 まどかさんを魔法少女にすることに尽力しているこいつが、まどかさんをそのまま死なせるとは考えられない以上、暁美による彼女の殺害に手を貸しているという線はないだろう。

 ならば、逆に暁美がこいつらに協力して、まどかさんを魔法少女にしようと画策していると考えるのが妥当だ。

 だとするなら、こいつや暁美は僕たちを少しでも時間稼ぎをするのが目的。

 逃げるためではないだろう。もしそうなら、わざわざ姿を現す必要まではない。十中八九、まどかさんが契約をするための時間稼ぎだ。

 暁美の時間停止の魔法も万能ではない。時間を止めていられるのはそれほど長くはないことを僕は知っている。

 ――近くだ。まだ近く……恐らくはこのデパート内にまどかさんは居る。

 デパート内で、かつ人目に付かず、まどかさんが騒いでも気付かれない場所。

 そこまで限定すれば、大体察しは付く。

 倉庫。在庫を置いておくための倉庫だ。

 

「ニュゥべえ。着いて来て!

 

「ま、政夫、どこに行く気なんだい⁉」

 

 僕はニュゥべえに一声かけた後に急いで近くのエスカレーターを駆け下りて、一階にある倉庫へと走っていく。

 

『この数秒にも満たない時間でまどかの居場所を推理したのか……でも』

 

 視界の端で旧べえが僕を見つめながら呟いたが、それをすべて無視して駆けた。

 すぐさま隣まで追いついて来たニュゥべえが尋ねてくる。

 

「どこに向かってるんだい?」

 

「一階に在庫を置いておくための大きめの倉庫フロアがあった。そこだよ」

 

「なら、ボクに任せて」

 

 走りながらニュゥべえは僕の手を握ってきた。それの行為の意味に理解できず、怪訝な顔で見返すと彼女は笑った。

 その瞬間、見覚えのある感覚と共に白い『(たて)』がニュゥべえの左手に生み出される。

 楯の形状を見て僕はニュゥべえのやろうとしていることを理解した。

 

「……できるの?」

 

「模倣再現するのに時間がかかったけどね」

 

 世界の色がモノクロに変わる。

 僕とニュゥべえ以外を除くすべてのものが動きを止め、完全に静止した。

 暁美の時間停止の魔法とほぼ同じ魔法が僕らに掛かっている。今までは使えなかったはずだから、きっとこの前のあのまどかさんが攫われた一件から暁美の魔法を解析して身に着けていたのだろう。……ニュゥべえのことだから、あの時僕を死なせたことを後悔して、そのために僕を守る術を研究していたのかもしれない。

 そんな思考を滲ませながらも、僕らは止まった時間の中を駆け抜けた。

 

 

 目的の倉庫の扉をニュゥべえが蹴破る。

 扉を開けた数メートル先には手足を手錠で縛られたまどかさん、そして、彼女に銃口を向けて立っている暁美が居た。

 暁美は驚いた顔でこちらを見つめている。その近くに旧べえも居る。先ほど置いて来た奴とは別個体だろう。

 

「どうして、政夫たちが……まだ時間を止めているはずなのに」

 

 ニュゥべえは白のマスケット銃を作り出し、引き金を引いた。

 弾丸は暁美の握っていた拳銃を弾き、それを手から零させる。地面に落ちる数センチ手前で拳銃は宙に固定された。

 

「っう……」

 

「生憎とその魔法のせいで後手に回る事が多かったからね。君のそれも解析して、模倣させてもらったんだよ」

 

 新たなマスケット銃を生み出しながら、静かにニュゥべえはそう告げた。

 モノクロで静寂だった世界は、再び色と音のある世界へと戻る。宙に留まっていた暁美の拳銃がカツンと鈍い音を立てて、倉庫の床に転がった。

 僕は黙って、彼女たちへと近付いた。

 

「政夫くん⁉」

 

 時の止まっていた時間を知覚できなかったまどかさんには突然、僕とニュゥべえが出現したように見えただろう。

 僕はそっと彼女に微笑みかけた後、落ちていた拳銃を拾い上げる。

 そして、その銃を片手を押えている暁美へと向けた。

 

「政夫……」

 

「ここで時間を止めても無駄だよ。ニュゥべえも君と同じ魔法が使えるようになった以上、お前は逃げられないし、僕やまどかさんを人質取る前に彼女がお前は仕留められる」

 

 暁美を前にしても僕の心には燃え上がる怒りはなかった。あるのは凍てついた氷のような殺意だけ。

 もう目の前の少女が人間には見えなかった。

 人の形をした、ただの魔女。異形の姿をしていないだけで、中身は救いようのない化け物だ。

 話し合いの段階は既に通り過ぎていた。もはや殺す以外にない。

 

「お前は終わりだ、暁美」

 

 冷たく吐き捨てるように言うと、暁美は悔しそうだった表情を次第に弛め、笑みを浮かべた。

 

「……ふふ、あの時とは逆ね」

 

「何を言って……ああ」

 

 暁美の言うあの時とはきっと転校してきたあの日のことを言っているのだと理解した。

 銃口を向けていたのは彼女で、銃口を向けられていたのは僕だった。

 冷たい目で睨んでいたのは彼女で、笑みを浮かべていたのは僕だった。

 一か月前なのに遠い昔のように感じる。

 

「『君のこと、もっと教えてくれないかな。君と友達になりたいんだ。君に何があって、なぜこんなことをしたのかは知らない。でも僕達は友達だ。辛いことが合ったらいつでも頼ってよ』……政夫はそう言ってくれたわね?」

 

 あの日、僕が暁美に言った言葉を彼女は微笑みながら、口ずさんだ。

 懐かしむような悲し気な瞳でこちらを見つめている。

 それにすら僕の心は揺れ動くことはなかった。

 

「あの時の言葉を私は忘れた事はなかったわ。そして、貴方はそれを守ってくれた」

 

「……それで?」

 

「思えばあの瞬間から、私は貴方に恋をしていたのだと思うわ」

 

 それに僕は殺意の籠った眼差しで返す。

 彼女はその反応を見て、何も言わずに魔法少女の姿を解き、見滝原中の制服姿となった。

 紫色のソウルジェムを手のひらに乗せて、僕に見せびらかすように持つ。

 何のつもりかと僕が聞くよりも早く、彼女が口を開いた。

 

「もう、戻れないのなら、せめて、貴方の手で終わらせてほしいの」

 

「分かったよ」

 

 ソウルジェムへと銃口を向ける。銃を撃つ経験なんてなかったが、この距離なら外す方が難しい。

 安全装置は外れていた。少し前まで暁美が『使う』つもりだったのだから、掛かっている方がおかしいか。

 人の命を奪う、僕のもっとも嫌うこの道具はなぜか今だけはそれほど重くは感じなかった。

 

「駄目ぇ!」

 

 縛られたままのまどかさんが僕に向けて叫ぶ。

 けれど、それは聞けない頼みだった。暁美を殺さなかった僕の選択が今の状況を作ってしまった。

 だから、ここは僕がけじめを付けなくてはいけない。

 

「政夫、貴方は本当にいいの? まどかと逃げてもせいぜい二日の命なのよ?」

 

「それでいいよ。僕は残りの時間を大切な人と過ごすって決めたから。だから、そのために彼女を傷つけるお前の存在を僕は許さない」

 

「そう。……これでよかったのかもしれないわ。私は、もう自分は止まれないから。貴方が助かるなら私は何だってやってしまう」

 

 知ってるよ。ずっと、暁美はそうやって生きてきたのだから。

 結局は自分で何もかも台無しにしてしまうとしても、足を止めて立ち止まることのできない女の子。

 これ以上、放っておいたら、こいつはまどかさんを殺してでも、僕を延命させようとするのだろう。

 

「駄目だよ! 政夫くん! ほむらちゃんを殺しちゃったらきっと政夫くんは残りの時間を幸せに過ごせないよ‼」

 

 静止の声を振り切り、引き金を引いた。思ったよりも引き金を引く指はすんなりと動く。

 だが、弾丸は暁美のソウルジェムを貫くことはなかった。

 僕と暁美の間に立ち塞がったニュゥべえがその手に持った白い剣で弾丸を弾いていたからだ。

 

「……なぜ貴女が……」

 

「ニュゥべえ……」

 

「政夫。まどかの言う通りだよ、君が幸せにならない選択肢ならボクはそれを許容できない」

 

 彼女は僕を見つめて、そう言った。

 まどかさんはほっとしたような顔を浮かべ、暁美は怒りを浮かべて、ニュゥべえに叫ぶ。

 

「余計な事をしないで!」

 

 憎悪に燃える暁美をニュゥべえは一瞥すらしなかった。

 

「……政夫、ほむらは政夫が手を掛けるほどの存在じゃないよ。ボクが君とまどかを何があっても守るから、君はそんなものを使う必要はないんだ」

 

 そう言って、僕の手から拳銃を優しく奪い取った。

 そこまで言われれば僕も言うことはない。ニュゥべえは宣言通り、まどかさんと僕を守り切るだろう。

 

「分かったよ。そこまで言うなら、ちゃんと守ってよ?」

 

「うん。任せてくれていいよ」

 

 ニュゥべえの返答をすると一旦屈み、まどかさんを縛っている手錠を剣で切り裂き、器用にも外していく。

 いつの間にか旧べえは姿を消しており、呆然と暁美はこちらを見つめ、立っていた。

 

「暁美。悪いけど、僕はお前を殺さない。後は好きにすればいい。でも、僕らのボディーガードを出し抜くとはできないと思うけど」

 

 拘束から解放されたまどかさんとニュゥべえが立ち上がると、僕は彼女たちと共に入って来た出口から出て行こうとする。

 

「ま、待って……」

 

「暁美」

 

 振り返らずに彼女へと言葉を放った。

 

「僕たち、出会わなければよかったね」

 

 短い、けれど決定的な決別の言葉を。

 彼女は何も言わない。何も言えないだけかもしれない。

 それでも、僕は暁美に対するそれ以上の言葉を持ち合わせてはいなかった。

 

『だって、運命的じゃない?同じクラスに同じ日に転校してくるなんてさ。普通ないよ』  

 

 あの時に僕はそう言った。確かに運命だったのかもしれない。

 でも、彼女のと出会いは起きなかった方が良かった運命だった。

 まどかさんが何も言わずに僕の手のひらを握ってくれる。その優しさに僕は甘えた。

 人との出会いが幸福な結果をもたらすとは限らない。そんなことは分かっていたつもりだった。

 それでもこうやって、まざまざと見せつけられると思わずにはいられない。

 

 僕らは電車の切符を買い、この街から出て行った。

 色んな思い出を僕にくれた見滝原市は遠ざかっている。隣に居るまどかさんの温もりを感じながら、僕はたくさんの知り合いの居るこの街を捨てた。




これでほむらとの話は一応、終了しました。あっさりでしたが、長引かせると話し終わらないので。
次回は、多分まどかとのイチャイチャな話です。なお、どうあっても政夫に未来はありません。

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