魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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前回の話の分岐バッドエンドです。


特別番外編 if第百十三話 永遠の部屋

~ほむら視点~

 

 

 

 止まった時間の中、私の放った弾丸はまどかの脇腹の数センチ手前で静止する。彼女は怯えた顔を固め、私を見つめていた。

 再び、時が動き出せばきっとその可愛らしい顔は苦悶に歪められる事が容易に読み取れる。けれど、私は躊躇わない。

 留めていた楯に付いた砂時計が動かす。さらさらと止まっていた砂が落ちる。

 その瞬間、予想していた事が前の前で起きた。

 悲鳴はではなかった。潰れたカエルのような声が一つ。それから、むせ込んだような咳が連続で聞こえた。

 

「あぐぁ……づぅ……」

 

 赤い血がまどかの身に着けている制服を汚した。太い動脈が破れたのか、流れ出る血は止まらず、すぐに床に血溜まりを作る。

 口からも唾液の混じった血を吐き出しながら、苦しむ彼女にキュゥべえが語りかける。

 

『まどか、早くしないと死んでしまうよ? そうなる前にボクと契約して魔法少女になってよ』

 

「そうよ。まどか、魔法少女になりなさい。ああ、当然、願い事は『政夫の延命』よ。焦って間違えないでね」

 

 あれだけ、阻止していたまどかの契約をキュゥべえと共に促している私自身に自嘲するが、心は既に痛みはしなかった。

 本当に私の心の中は政夫を救う事しか残っていない。ずっと助けようとしていた親友を手に掛ける事に罪悪感を抱かないほどに。

 激痛で喋れないまま死なれると困るので、まどかにソウルジェムを近付け、魔力で痛みを和らげる。

 

「まどか、これで痛みは和らいだでしょう。早く、キュゥべえと契約して魔法少女になりなさい」

 

『そうだよ、まどか。このままだと君は出血多量で死んでしまうよ?』

 

「……しない、よ。契約なんて、しない」

 

 気丈にもまどかは契約を拒絶する。やはりまどかはこのくらいでは折れる素振りさえ見せない。

 私が政夫の存在によって変わったように、まどかもまた彼の存在で変わった。一番最初の時間軸と同じくらいに、いや、ひょっとしたらあの時間軸のまどか以上に強くなった。

 でも、私はそれを許す訳にはいかない。

 

「そう……なら、もっと必要ね」

 

 また魔法で時間を止め、今度は彼女の太腿(ふともも)に弾丸を放つ。そして、再び魔法を解く。

 数ミリの鉛の塊はまどかの柔らかい足を容易く食い破る。真っ赤な花が咲いて、冷たい床に零れ落ちた。

 

「ひっぐぅ……」

 

 涙を流して耐える彼女に私は諭すように言った。

 

「まどか、このままだと貴女、本当に死んでしまうわ。それでもいいの? もう、政夫と一緒に過ごす事もできなくなるのよ?」

 

 だから、早くキュゥべえと契約をしてと、まどかに詰め寄る。けれど、彼女は首を振る。

 ――絶対に魔法少女にはならない、政夫くんと約束したから。

 想いの籠ったその台詞に政夫との絆を見せつけられたような気がして、私の心は嫉妬の炎が勢いを増して燃え上がる。

 私の方が彼の事を想っているのに……私の方が先に彼に愛していたのに……。

 意図せず、奥歯をぐっと強く噛み締めた。

 

「……このままだと、その政夫が死んでしまうのよ⁉ それでもいいと言うの?」

 

 横たわるまどかに私は再度叫ぶ。しかし、彼女は首を頑として縦に振らない。

 馬乗りになり、彼女の首を締め上げた。

 

「どうして助けられるのに、契約してくれないの? そんなに魔女になるのが怖いっていうの? ねぇ、まどか! 答えてよ!」

 

「がっ、ぐが……」

 

 自然と彼女の首に回した手に力が入る。苦しそうに私の手首に爪を立てて、まどかはもがくが私は力を弛めたりはしなかった。

 

『暁美ほむら、それ以上やると……』

 

 傍でキュゥべえが話しかけたような気がしたが、まるで意識の外側を流れ落ち、頭の中に入って来なかった。

 どうして、この女は私の欲しいものを持っている癖に、それを大切にしないのだろう。

 許せない。悔しい。耐えられない。

 もはや、私の目の前でもがくこの女は友達でも何でもなく、憎らしい妬みの対象でしかなかった。

 じたばたと暴れ続けるまどかを押え付け、衝動のままに白い喉元に指を食い込ませる。

 思考は苛立ちと嫉妬、悔しさを煮詰めたような、ドス黒い感情に支配されていた。

 

『暁美ほむら。暁美ほむら……』

 

「……何よ」

 

 ようやく、隣に居たキュゥべえに私は関心を示し、視線を向ける。

 視界に映り込んだキュゥべえは感情がないはずなのに呆れたような目を向けているように見えた。

 

『君と協力したのは間違いだったようだね。もう、彼女は死んでいるよ?』

 

 言われて下をよく見ると既にまどかはもがき苦しんではいなかった。目蓋を大きく開き、涙が滴り落ちて、口元からは涎が垂れている。

 薄桃色の瞳孔には光彩がなく、キュゥべえ以上に感情のない瞳が私の顔を映していた。

 

「ふ……ふふ、あはっあはははははははははは」

 

 それを見た瞬間、何故だか笑みが溢れ出して止まらなくなった。

 嬉しさも、楽しさもまるで感じないのに笑い声だけが、意志とは関係なく喉から漏れ出た。

 

「あははははははははははははははははははははははははは」

 

 思い付いた。

 そうだ。そうすればいいのだ。

 どうして、もっと早く考え付かなかったのか。私は自分の愚かさを実感する。

 ちょうど、その時に倉庫の扉が壊される音を耳にする。傍に居たはずのキュゥべえは既に姿を消していた。

 笑うのを止め、歩いて来た彼の顔へと眼差しを向ける。凍てつくようなその眼光が私を捉えた。

 私は彼に向けて、大きく両腕を開いて出迎える。

 

「ああ、政夫。ちょうど良かった。今、貴方に会いたかったところだったの」

 

 政夫は私にはまったく反応せず、床に横たわるまどかに視線を落とす。声を掛けようともせずに黙っているのは一瞬でここで何が起きたのか理解したからだろう。

 

「政夫、私ね。貴方を救う方法を……」

 

「……ニュゥべえ……」

 

 俯いている政夫は私の話を遮り、後ろに居る彼のインキュベーターに冷え切った声を掛けた。

 

「……あいつを殺せ(・・)

 

「分かったよ、政夫」

 

 その瞬間、時間が止まった。私は楯をを弄っていないのに、魔法を使った時と同じように世界から色が消えた。

 白いツインテールをなびかせた魔法少女がサーベル状の剣を構え、一切の反応を許さず、私の片手を手首から切り離す。

 菱形に変化していたソウルジェムごと、切り落とされた手首から卵型になったソウルジェムが分離したのが見えた。

 世界が元に戻った。私の姿は見滝原中の制服へと戻り、ソウルジェムとちぎれた私の手首が床に落ちている。

 意外な事に驚きもそれほどなかった。予想していた訳ではないが、薄々とは予感していた事だった。

 そして、白い魔法少女は私の床に転がったソウルジェムへ剣の切っ先を突き刺す。

 ぐらりと私だった身体は力なく、床へと崩れ落ちていく。

 私のソウルジェムは、あっという間に砕け散った。

 

「せっかちね。でも、『遅かったわ』」

 

 濁り切っていた――私の黒いソウルジェムは。

 

「な! このソウルジェムは!」

 

 気が付いた白い魔法少女は自分の犯した過ちを理解し、『私』に吹き飛ばされ、倉庫の奥の壁まで叩き付けられる。衝撃で積んであった大きな段ボールの山が崩れ、彼女はそれに埋まった。

 『私』はすぐに政夫へと近付く。彼は『私』を見上げ、低く声を上げた。

 結界が倉庫を覆い尽くし、周囲は『私』の邪魔なものをすべて遮断する。

 

「……この魔女め」

 

 ――ふふ、可愛いわ。政夫。

 愛する人を奪われ、味方もいない状況にも拘らず、この期に及んでなお屈しない彼の精神には驚嘆する。

 けれど、貴方はもう何もできない。政夫、貴方は私だけのものよ。

 両手を伸ばし、『私』の中へと彼をしまい込む。

 ずっと、欠けていたピースが嵌ったパズルのように、政夫を得た『私』は完成した。

 心地よい充足感が全身を満たす。胸の中が温かく、救われた気持ちになれた。

 

「……待って! 政夫を返して!」

 

 『私』の結界の中に入り込んで来た、白いツインテールの魔法少女は『私』へと飛び掛かる。

 しかし、『私』は彼女の方を振り返らずに、魔女となった己の力を遺憾なく発揮し、この時間軸からさっさと出て行く。

 魔法少女だった時よりも遥かに使い勝手のよくなった魔法は、二日後を待たずに時間遡行可能にしてくれた。

 

「政夫を返……」

 

 邪魔者が『私』の身体に触れるよりも早く、この世界から『私』は姿を消した。

 

 

 ***

 

 

 もう誰も、政夫との時間(・・)を阻害される事はない。

 『私』の中に元の姿の私を作り出し、愛しい彼へと会いに行く。

 彼が居るのは小豆色のカーテンと、それよりも濃い紫色の絨毯(じゅうたん)に彩られた部屋。

 所狭しと大小様々な時計が壁に埋め込まれているが、そのどれもが針を止めている、時間の停止した空間。

 その部屋の一番奥にある柱時計。その柱時計に繋がるように設置されている玉座に政夫は座っている。

 階段を上り、玉座の目の前まで辿り着くと私は彼の頬に手を添えた。

 手のひらから柔らかさと温かさが伝わって来る。

 嬉しさに心が震え、政夫の身体にしな垂れかかった。

 目を瞑り、彼の胸に耳を当てて、心臓の鼓動の音を聞く。とくん、とくんと聞こえる。

 

「ずっと一緒よ、政夫。何があろうと貴方の命は奪わせないわ」

 

 『私』の中なら時間は止まったまま。彼の欠陥があるソウルジェムも、これ以上摩耗する事もない。

 頬擦りをしていても政夫は微動だしない。何も言わずに薄く目を開き、小さな呼吸だけを繰り返している。

 

「誰よりも愛してるわ……まどかよりもずっと、ね」

 

 『私』と政夫は永遠の迷路の中で愛し合う。ずっと、ずっと二人きりで、失われる事のない世界で生き続ける。

 魔法少女に見つかれば、また他の時間軸へと逃げればいい。

 繰り返す。私は何度でも繰り返す。この幸福を守るために。

 ――政夫、私とっても幸せよ。

 彼の唇にそっと口付けをかわす。何故かその時、雫が一滴、彼の頬から流れたような気がした。

 




これで前回、ほむら分が足りなかった人も多少満足できたでしょうか。
次こそ、本当にまどかとの逃避行を描きます。残り、四話くらいです。

まどかの方が政夫を幸せにはできますが、ほむらに追い回されて苦しめられる政夫の方が個人的には好きだったりします。



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