魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

162 / 201
予想よりも長くなった上に、終わりませんでした。すみません。


アンケート特別編 眼鏡の魔法少女の憂鬱 中編

「政夫君、今日暇あるかな?」

 

 すべての授業が終わった放課後、帰り支度をいていた僕に暁美さんがそう尋ねてきた。

 僕の脳はその言葉を認識した瞬間、猛烈に思考速度を上げる。世界の思考が切り離され、まるで世界が停止したように映った。

 これは……これはつまり、デートへ誘われているのではないか!? いや待て、慌てるな、僕。ただの相談事の可能性が高い! ぬか喜びはしてはいけない。油断は禁物だ。

 ここはナチュラルな感じで聞き出すべきだろう。

 

「特に用事はないけど、何か相談事でもあるの?」

 

「そういう訳じゃないんだけど、政夫君にはいつもお世話になってるから、お礼に甘いものでもご馳走できたらって思って……」

 

 少しだけ照れた様子ではにかむ暁美さん。その愛くるしさは人智を超越したと言っても過言ではなかった。

 比喩ではなく、天使が降臨したと見紛うばかりの可愛さに僕の心は熱膨張を起こしかける。

 ああ、宇宙一可愛いよ……暁美さん。

 あまりの可愛らしさに見惚れていていたが、そこでようやく彼女の発言を理解し、筆舌に尽くし難い幸福が僕の芯を駆け抜ける。

 暁美さんと一緒に甘いものを!? 何ということだ! それは……、それは紛れもなくデートの誘い!

 日頃の行いが良かったのだろうか。それとも、今まで悪かった運が一気にここで巡って来たのか。

 そんなことは、この際どちらでもいい。重要なのは今、僕に幸福が舞い降りようとしていることのみ!

 かつてない熱量が体内でうねりを上げている僕に、暁美さんは心配そうに上目遣いで聞いてくる。

 

「駄目、かな?」

 

 いけない。あまりの歓喜を処理できずに、しばし無言になってしまった。

 顔に変なテンションが溢れ出さないように細心の注意を払って、穏やかに僕は答える。

 

「駄目じゃないよ。もちろん、大歓迎さ。でも、暁美さんに奢ってもらうのは気が引けるから、お礼は一緒に甘いものを食べるだけでいいよ」

 

「えっ。でも、それじゃあ、お礼にならないよ」

 

「何言ってるの、暁美さん。君が一緒に居るだけで十分、お礼になってるよ?」

 

 しかし、それだけでは気が済まなそうに暁美さんは眉根を寄せる。ああ、困り顔も愛らしい……。

 こんなにも可憐な女の子と一緒に放課後デートできることは、それだけで十分過ぎるほどのお礼なのだが、彼女には伝わらないようだった。

 

「じゃあ、こうしようよ。暁美さんがあーんして僕に食べさせてくれるとか……なーんて」

 

 自分で言っておいて、少しそれは高望みし過ぎていると思い、途中で冗談の振りをして引っ込めようと笑って誤魔化そうする。

 しかし、意外にも彼女はそれを受け入れてくれた。

 

「いいよ。じゃあ、私が政夫君に食べさせてあげるね!」

 

 むしろ、暁美さんの方が乗り気なように見えるほど、快活にそう述べる。小さく拳を作って意気込む彼女は、非常に魅力的で、見ているだけ心が癒された。間違いなく、暁美さんからはマイナスイオンが出ているはずだ。

 

 先導するように歩く彼女に連れられ、学校を出ると僕の心躍る放課後デートが始まった。

 歩きながら、暁美さんが聞かせてくれた話には、学校の付近にケーキバイキングの店が開店したとのことらしい。

 出会ったばかりの彼女は、それこそ鹿目さんを魔法少女にしないことだけで頭がいっぱいで張り詰めていたが、今はこういう普通の女の子らしい楽しみまで考えられている余裕がある。

 それが堪らなく僕には嬉しかった。

 

「それでね、そのお店が評判良くって一度行ってみたかったの」

 

「へえ、僕も甘いもの好きだから楽しみだな」

 

 仕入れた情報を嬉しそうに話す彼女に、僕も笑顔になって相槌を打つ。

 こんな時間がいつまでも続けばいい。そんな風に穏やかな気持ちで二人で歩いていると、視界の端に見知った色が映り込んだ。

 異彩を放つ、ピンク色の髪。僕の知る限りそのカラーリングの髪の人間は一人しか知らない。

 

「鹿目さん……」

 

 口から漏らした名前に反応して、暁美さんもそちらを視線を向けると驚いた顔をした。 

 

「え。あ、まどか?」

 

 鹿目さんは僕たちの存在に気が付いた様子もなく、表通りから裏路地へと駆けて行く。

 嫌な予感をひしひし感じた。何かよくないことに巻き込まれる予兆のような感覚に突き動かされるようにして、僕は暁美さんを見つめる。

 彼女もまた、僕の同じものを感じているようで、楽しそうにしていた表情を引き締めて僕の名前を呼んだ。

 

「政夫君、申し訳ないけど」

 

「二人でスイーツっていう訳にはいかなそうだね。鹿目さんを追おう」

 

 暁美さんはこくりと頷き、僕たちは鹿目さんが消えていった裏路地の方へ向かう。

 二人きりの楽しいデートは名残惜しいが、そうも言ってはいられない。友達を捨ててまで、遊び呆けるつもりは毛頭なかった。

 

 

~暁美ほむら視点~

 

 

 一体まどかはどうしたのだろう。少なくとも、彼女はこんな路地裏に入り込んで何かをするようなタイプの人間ではない。

 もしかして、またキュゥべえに(そそのか)された……?

 いや、それはないと思う。脳裏に浮かんだ考えをすぐに否定する。

 キュゥべえの目論見も政夫君に暴かれた今、積極的に魔法少女の事に首を突っ込む気は失くしていたはずだ。

 それに魔法少女の秘密を知ったまどかなら、キュゥべえに何かを言われてもまずは政夫君か、私に相談するだろう。

 とにかく、すぐに彼女の元に駆けつけて何があったのか詳しく聞いた方がいい。

 幸い、まどかは足が速い方ではなく、魔法少女の身体能力を持つ私は当然ながら、政夫君もすぐに追いついた。

 

「まどか!? 何があったの?」

 

「ほむらちゃんと政夫くん!? どうして、ここに」

 

 後ろから追いついた私と彼に驚いている様子のまどかだったが、すぐに彼女の一メートルほど先に居たキュゥべえが彼女を急かした。

 

『まどか。急がないと、さやかが危ないよ?』

 

「あ……でも」

 

 その台詞を受けた、まどかは困った表情を浮かべる。私たちに説明はしたいが、時間がなく焦っているのが見て取れた。

 ここで何があったのか聞きたいが、どうもそういう訳にはいかない状況のようだ。私もまた彼女に何から言えばいいのか分からず、言葉を詰まらせる。

 焦燥感のある沈黙を破ったのは、私の隣に居た政夫君だった。

 

「とりあえず、切羽詰まってることは分かったよ。詳しいことは走りながらでも聞かせてもらうとして、今は目的の場所に向かうことを先決にしようか」

 

「う、うん。そうだね」

 

 一言、二言で場をまとめ上げて、会話を終わらせると、無意味な膠着(こうちゃく)がすんなりと消えた。

 彼の冷静さと状況把握能力は才能と言ってもいいと思う。口下手な私では逆立ちしたとしても、こうはならないだろう。

 私たちはキュゥべえの後を追いながらも、走りながら喋るまどかの説明に耳を傾ける。

 慌てている事はこれ以上に伝わって来るが、途中で途切れたり、何度も重複する彼女の話はいまいち要領を掴みづらく、美樹さんに何かあったとしか伝わって来なかった。

 けれど、政夫君は何度か頷いたりしながら、まどかの説明を整然と並べ直して教えてくれる。

 

「つまり、美樹さんが魔女の使い魔と追っていた時に、新たな魔法少女が割り込んで来て、使い魔をわざと逃がした。そこで美樹さんが激昂し、その魔法少女と交戦中……という話をキュゥべえから聞かされて、鹿目さんはその現場に向かおうとしていた。こういうことでいいのかな?」

 

「うん……、そうなの。私、だから急いでキュゥべえにその場所まで案内してもらって……」

 

 あの説明でそこまで完璧に理解できる政夫君に心底私は驚いた。同じ話を聞いたとは思えないほどの理解力だ。

 だが、それを聞いて私はまずまどかの迂闊さに怒りが湧いた。

 

「それなら……どうして私や巴さんに話してくれなかったの? まどかが行っても解決にはならない事くらい」

 

 キュゥべえの企みに乗っているのも同然だ。美樹さんの戦いを止めるために、契約を突き付けられるのは目に見えている。

 俯いて走るまどかはそれに答えようとしなかったが、政夫君が私の言葉を制して代わりに答えてくれた。

 

「鹿目さんは美樹さんの親友だ。できることなら自分で何とかしたかったんだと思うよ」

 

「……うん。でも、ほむらちゃんの言ってる事は正しいよ。やっぱり、私には何もできない……さやかちゃんは私の親友なのに」

 

 彼の言葉にまどかは僅かに頷く。申し訳なさそうに私を見つめる彼女を見て、ようやく気付かされた。

 ……そうか。まどかは自分の力で美樹さんを助けたかったのだ。

 これはきっと理屈ではなく、彼女の意地。美樹さんの親友としての意地だ。

 考えてみれば、まどかは上条君の事で悩む美樹さんに何もしてあげる事ができなかった。その悔しさも少なからず関係しているのだろう。

 まどかに守られる自分から脱却しようと思い、魔法少女になった私にはその気持ちは痛いほど分かる。

 自分の事ばかりで、彼女の事を考えられなかった自分が恥ずかしくなって、足を止めずに謝った。

 

「……ごめんね。まどかの気持ち、考えてなかった」

 

「ううん、いいの。私に何も力がないのは本当だし……」

 

『そろそろだよ。まどか』

 

 キュゥべえのその声に私は気を引き締め直して、前を向いた。

 そこには青色を基準とした肩の大きく広いた衣装の魔法少女と、赤色の基準としたチャイナ服に少し似た衣装の魔法少女がそれぞれの武器をぶつけ合い、火花を散らしていた。

 美樹さんと……それから、佐倉杏子さんだ。

 佐倉さんの方は、この時間軸では初めて会うけれど、別時間軸でなら面識があり、どんな魔法少女なのか知っている。

 彼女はかつて見滝原市に住み、巴さんに師事してもらっていたが、価値観の違いに仲違いをして隣街の風見野市に渡っていた。

 ほとんどの時間軸では、巴さんが死ぬまでは見滝原市には訪れないはずなのだが、今回はどういう考えでこちらへ来たのだろうか。

 いや、考えるのは後だ。まずは彼女たちの戦いを止めなくては……。

 私が一歩踏み込むよりも早く、まどかが美樹さんに叫んだ。

 

「さやかちゃん、止めて! 魔法少女同士で争うなんておかしいよ!」

 

 唐突に横から現れた私たちに気を取られたのか、驚愕した表情で美樹さんがこちらを見る。

 

「ま、まどか? ……ほむらと政夫まで何でここに……?」

 

 僅か一瞬だけ美樹さんの注意が逸れた。だが、その一瞬の油断を佐倉さんは見逃さない。

 

「アタシ相手に余所見してんじゃねーよっ!」

 

 彼女の握っていた槍の柄が突然バラバラに分かれたかと思うと、その隙間から鎖が生まれ、多節棍のような武器になる。

 一気に射程距離の伸びた関節のある赤い槍は、風を切り、美樹さんの身体を弾き飛ばした。

 

「しまっ……!?」

 

 吹き飛ばされた身体は傍にあった路地の壁に大きく叩き付けられて、衝撃の反動で跳ねる。両目を見開き、唾液を吐き出しながら美樹さんは地面に崩れ落ちた。 

 

「さやかちゃん!」

 

「美樹さん!?」

 

 とっさに駆け寄ろうとした私とまどかの前に小さな菱形を繋げたような柵が現れ、行く手を阻む。

 前に一度見た事がある。これは佐倉さんの魔法によるものだ。

 

「誰だか知らねーけど、怪我したくないんなら下がってろ。部外者は黙ってそこで……」

 

 私たちに向かって、そう喋る佐倉さんの隣を立ち上がった美樹さんがサーベルのような剣で斬り付ける。

 美樹さんの願い事は上条君の腕の治癒。魔法少女の願いに対応する、彼女の魔法もまたそれにより、治癒能力だ。

 魔力による自然治癒力を持つ、魔法少女の中でも美樹さんのそれはずば抜けている。

 だが、そんな事を知る由もない佐倉さんには、それが驚異的に映ったようで、経験で培った判断力でその斬撃を受け止めるものの、浮かべていた余裕は消え失せていた。

 

「もろに入ったはずなんだがな……アンタ、頑丈だ、ねぇ!」

 

 即座に反撃の態勢に入り、伸ばしていた槍を元の長さに戻して、身体を捻って前進しながら槍を振るう。

 美樹さんも背中の白いマントをはためかせて、後ろに僅かに後退すると、身体を屈ませて、槍を掻い潜るように剣で刺突をした。

 経験や魔力の使い方は佐倉さんの方が上なのに、それでも美樹さんは負けじと喰らい付いている。

 今までの時間軸でも二人は対立する事はあったが、ここまで拮抗した戦いになったのは始めた。

 恐らくは、美樹さんの方は上条君の一件を完全に吹っ切っているせいで、精神的に余裕があるせいだろう。

 

「二人とも止めて! お願い、キュゥべえ。やめさせて。こんなのってないよ‼」

 

 まどかの悲しげな声で私はハッと我に返る。そうだ、二人を止めなくては。

 あまりにも白熱した戦いに戦いに見入ってしまったが、こうして呆けている暇などない。今、この場で割って入れるのは魔法少女である私だけなのだ。

 

『ボクにはどうしようもない。でも、どうしても力づくでも止めたいのなら、方法がないわけじゃないよ』

 

 キュゥべえがお決まりの台詞を吐く前に、私は魔法少女の姿になり、銃を構える。

 佐倉さんの柵が邪魔で割って入る事はできないが、威嚇射撃を柵の隙間から撃って彼女たちを止めよう。戦いに熱中している二人にどこまで効果があるか分からないけれど、早くしないとキュゥべえがまどかに契約を持ちかけてしまう。

 だが、その行為は行う前に、さっきまで黙っていた彼は私とまどかに話し出した。

 

「僕にいい案がある。二人とも協力してくれる?」

 

「どうする気なの?」

 

「暁美さんは、まずはその銃を僕に貸して。それから鹿目さんは何があっても僕を信じて、じっとしていてほしい」

 

 頭は私よりも上だけど一般人である政夫君にこの状況をどうにかする方法があるのだろうか。ただ、このまま私が横から銃弾を撃つだけで、二人が止まってくれるとは思えない。

 政夫君の言葉を信じ、私は拳銃を手渡した。彼はそれを確認すると、今度はまどかの方に向き直る。

 彼女もまた、私と同じように政夫君を信じた様子で信頼の眼差しを向けていた。

 

「準備はいいかな?」

 

「うん、大丈夫。政夫くんに任せるよ」

 

 ありがとう、と微笑むと彼はまどかの背後に立ち、彼女の首に拳銃を持っていない方の腕を回した。

 そして、私が渡した拳銃を彼女のこめかみにそっと押し当てる。

 

「二人ともこっちを見ろ! この子の命が惜しかったら、両者とも武器を置いて、即座に戦闘を止めるんだ!」

 

「ぶふっ!」

 

 想像もしていなかった凄まじい発言に私は思わず、噴き出した。

 まどかも彼の行動に度肝を抜かれて、呆然と背後の彼を目の端で捉えている。

 だが、私たちよりも、驚愕しているのは戦いを繰り広げていた二人の魔法少女だった。

 

「はぁ!? おま、そいつ、仲間じゃなかったのかよ!?」

 

「政夫、アンタ、しょ、正気……!?」

 

 意味不明過ぎる政夫君の凶行に佐倉さんも美樹さんも揃って目を剥く。

 しかし、彼は不敵な笑みを浮かべて、彼女たちに語りかけた。

 

「正気だとも。さあ、二人とも武器を手から放して地面に置くんだ。それともこの子の脳味噌が飛び散る様が見たい?」

 

 平然と行われる悪役めいた脅迫に先ほどまでのぶつかり合いはどこへ行ったのか分からないほど二人は慌てていた。特に政夫君と初対面である佐倉さんに至っては狂人を見る目で彼を眺めている。

 

「お前、頭おかしいんじゃないのか!? どこの誰とも知らないそいつを人質にしてアタシが素直に従う理由がないだろ!」

 

「そうだよ、政夫! こいつはグリーフシードのために使い魔を逃がして、魔女を増やそうとしているんだよ!? そんな奴がまどかの命なんて気にする訳ないでしょ!?」

 

「いいや、その子は従うね。理由はこの柵」

 

 顎で政夫君は目の前にある魔力でできた柵を指し示した。

 

「本当に他人の命がどうでもいいなら、何でわざわざ魔力を使ってまでこんなものを作ったの?」

 

「そ、それは余計な邪魔が入らないようにするために決まってんだろ!」

 

 佐倉さんの答えに政夫君は薄く笑って否定する。細まった両目はまるで彼女の心を見通しているように向けられていた。

 

「それは違うね。確かに暁美さんは魔法少女だけど、最初は変身もしていなかった。彼女が変身したのは君が柵を張った後だ。とするなら、君はなぜ魔力を無駄にしてまでこんなものを作ったの?」

 

 そこまで聞いて、私は彼の発言の意味を理解する。

 言われてみれば、彼女が柵を作ったのは私が魔法少女の姿になる前だ。ソウルジェムも指輪状にしているため、この距離、まして戦いの僅かな間隙で私が魔法少女だと気付くのは不可能だ。

 ならばどうして、彼女はわざわざ魔力を消費してまで柵を作ったのか。

 

「答えは簡単、僕らが巻き込まれて怪我をするのを避けるためだ。この柵がなければ不用意に突っ込んで来るかもしれないからね」

 

「こいつがそんな事、考えてる訳……」

 

 反論しようとする美樹さんに政夫君は証拠とばかりに僅かに持っている拳銃をちらつかせた。

 

「現にこうして、見知らぬ女の子を人質にしているだけでその子は戦いの手を止めている。本当にどうでもいいと思うなら、いますぐ美樹さんに襲い掛からない理由がない。違うかな?」

 

 思わず、私は息を呑んだ。戦っている二人も、まどかも、キュゥべえさえも政夫君の一挙一動に気圧されている。

 この場を完全に支配しているのは政夫君一人だった。

 まるで、それは舞台の上で行われているショーのようにすら見える。

 路地裏に居る彼以外の存在は誰もが観客でしかない。政夫君という主役の行動に目を奪われ、言葉を失う。

 

「さあ、二人とも武器を捨てるんだ。早く!」

 

「…………」

 

「ああ、そう。そんなにこの子の飛び散った脳漿(のうしょう)が見たいんだ。――いいよ、見せてあげる」

 

 笑みを顔から消し、氷のような冷徹に染まった表情を浮かべ、まどかの頭に拳銃の銃口を強く押し当てた。

 ひっとまどかが青ざめて、怯える顔を見せる。演技ではない、本当に死の恐怖を感じる人間の姿だった。

 焦った様子で美樹さんは剣を手放して、政夫君に叫んだ。

 

「わ、私はちゃんと捨てたよ! だから、まどかから銃を離して!」

 

「駄目だよ。まだそっちの子が武器を捨ててない。僕は言ったよね? 『二人とも』武器を捨てろって」

 

 温度を感じさせない絶対零度の眼差しは美樹さんから、佐倉さんへと横にずらすように向けられる。

 早く武器を捨ててと美樹さんは、身を削るような戦いを繰り広げていた相手に懇願するように頼んだ。

 佐倉さんは、顔から戸惑いを隠せない状態で自分の槍と政夫君を交互に見つめる。数秒間だけ、視線を向けていた政夫君は両目を伏せ、心底残念そうに銃口を押し付けているまどかに言った。

 

「ごめんね、鹿目さん。分からず屋な魔法少女のせいで君の命が失われることになっちゃって」

 

「う、嘘だよね、政夫くん。冗談でそう言ってるんだよね……」

 

「ごめん。僕、嘘は嫌いなんだ」

 

 足の震えが止まらないまどかに政夫君は酷く冷めた調子でこう言った。

 ひたすら冷酷に、何の躊躇もない別れの言葉を。

 

「――じゃあね、鹿目さん」

 

「わ、分かった。分かったから、もう止めろ!」

 

 カランと硬い路地裏の床に何かが落とされる音が響く。

 落ちた反動で少しだけ転がるそれは赤の槍。佐倉さんの魔力が生み出す武器だった。

 呆然とする観客たちに向けて、主役は冷徹な仮面を外し、不敵な笑みを浮かべ直す。

 

「ほらね」

 

 それは即ち、彼の勝利宣言に等しいものだった。

 政夫君がまどかを離すと緊迫していた空間が、緩やかに解きほぐれていく。

 目の前にあった柵も佐倉さんは無意味だと思ったのか、赤い粒子状の魔力に分解されて消えた。

 

「ごめんね、鹿目さん。怖い思いさせちゃって」

 

「本当に殺されるかと思ったよ……」

 

「でもね、君がやろうとしていたことは、本来それくらいの覚悟を持ってやらないといけないことなんだよ?」

 

 まどかはその言葉の意味に気が付き、唇を噛み締めた。

 道理で彼にしては酷すぎる行動だと思っていたが、迂闊だったまどかの危機管理意識に対する矯正も兼ねてのことだったらしく、ようやく納得がいった。

 

「それで二人とも……頭は冷えた?」

 

 少しだけ怒気を織り交ぜた語調で、ゆっくりと二人へと近付いていく政夫君。

 彼の持つ怖さは魔女などよりも、よほど上らしく、引きつった表情で硬直している魔法少女二人。

 

「特に美樹さんは一回、上条君の件で散々鹿目さんに心配かけたよね? 立ち直ったと思ったら、今度は殺し合い?」

 

「えー、あー……これはあっちが仕掛けてきたから、私は悪くない……と……おもったりなんかしちゃったり……」

 

 じわじわとにじり寄る政夫君の圧力に押され、美樹さんの言葉尻がどんどん小さくなっていった。白い手袋に包まれた両の人差し指を突き合わせて、必死に言い逃れようとしていたが最後には「……ごめんなさい」と素直に謝罪した。

 

「それは僕じゃなくて、鹿目さんに言うべき台詞だよ」

 

 しょんぼりする美樹さんを置いて、政夫君は佐倉さんの方にも見つめる。

 初めて見るほどの警戒をした彼女は、彼から逃げるように距離を距離を取った。

 

「政夫とか言ったな……次は覚えてろよ!」

 

 路地裏の壁の方に走って行くと、壁にある突起を足場にして、跳ねて上へと逃げて行く。漫画に出てくるやられ役のような捨て台詞を吐いて敗走する彼女に私は本気で同情した。

 だが、政夫君の一言でさらに同情の色を濃くする事になる。

 

「……悪いけど次はないよ」

 

 逃げようと壁を蹴った彼女の足元から『黄色のリボン』が発生し、即座に彼女に巻き付いて、拘束具となる。

 

「な、このリボン……まさか!?」

 

「さっきの茶番は時間稼ぎの意味もあったんだ。メールで呼んだその人がここに到着するまでの、ね」

 

 私は政夫君への認識を改める必要があると切に感じた。

 さっきの凶行は、戦っていた美樹さんと佐倉さんを止めるためであり、まどかに危機管理能力に警鐘を鳴らすためであり、そして、現状この街最強の魔法少女が来るまでの時間稼ぎでもあったという訳だ。

 一体どこまで計算しての行動なのだろう。たった、数分の間にここまでの策略を考え付くなんて私には到底不可能だ。

 

「久しぶりね。佐倉さん」

 

「マ、マミ……クソッ、完全にやられた」

 

 文字通り、屋上から降って湧いた巴さんはトレードマークのマスケット銃を片手に壁に縫い付けられた佐倉さんに挨拶をする。

 その隣で同じように彼女を見上げる政夫君が頼もしく、そして恐ろしい存在に目に映る。

 頭がいいだけの一般人などとんでもない。彼には特別な力なんて必要ないのだ。

 その知略とそれを実行に移すだけの度胸、人を動かすカリスマ性。それだけで彼は魔法少女を完全に手玉に取っていた。

 




政夫が何故特別な力を持たずに魔法少女と関われるのかを描いた話でした。
これで彼が特別な能力を持ってたら、魔法少女の活躍が必要なくなってしまいます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。