魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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正月なので特別に一話だけ更新しました。ただのギャグ話なので見なくても大丈夫です。


番外編 ゲームは一日一時間

「夕田ー」

 

 授業を終えた僕に珍しくスターリン君が声を掛けてきた。

 いつもは鹿目さんや暁美たちが周りに居るから、あまり近寄っては来ないが時折、こうやって会話をすることもある。内容は主に彼が書いている二次創作小説の小説の相談や編集作業を押し付けられていたりと面倒なことばかりなのだが、今回は様子が少し違った。

 

「どうしたの?」

 

「アレやった? アレ」

 

「アレって?」

 

 聞き返すと、周囲に他の生徒が居ないことを確認した彼は、声を潜めて耳元に囁くように言う。

 

「貸したエロゲーだよ。お前の感想聞かせてほしいんだけど」

 

「……あー」

 

 そう言われて、少し前に無理やり渡された十八禁ゲームのことを思い出す。

 これは本当に面白い奴だからやってみてくれと、押し付けれたそのゲームソフトだが、ベッドの下に隠したまますっかり存在を忘れていた。

 

「ごめん。やってない」

 

「じゃあ、今日やってくれよ。周りにやってる友達居ないから、生の感想が聞きたいんだ」

 

 嫌だなと思ったが、仮にも渡されたのに無下にするのもどうかと思い、仕方なく了承する。

 ちょうど魔法少女の件も一段落して、時間もできたことだし、趣味のゲームに余暇を潰すのも悪くない。

 

「分かったよ。帰ったらやってみる。でも、多分、今日一日では終わらないと思うよ?」

 

「それでいいよ。攻略にも色々口出しできるしな」

 

 にんまりと笑って喜ぶスターリン君に僕は少し同情をする。

 よほど共通の話題を持つ相手に飢えていたのだろうか。ここまで待ち望まれていたなら、応えてやるのが情けというもの。

 家に帰ったら、すぐにやってみよう。確かいくつかルートがあったと思うが、その内一つくらいならギリギリクリアできるだろう。

 そう意気込んで帰宅した僕だったが、ベッドの下から取り出したゲームソフトのパッケージを見て、意欲を減退させる。

 『魔法少女まゆみラディカル』と銘打たれたタイトルと一緒にヒロインらしき少女のイラストが描かれているのだが、何というか……非常に知り合いにそっくりだったからだ。

 ピンク色の髪のツインテールの少女、水色の髪のショートカットの少女、黄色の髪の縦ロールの少女、赤色のポニーテールの少女……そして、黒髪のロングヘアでクールな表情を浮かべた少女。

 どのヒロインも知っている女の子たちに似ていて、思わずパッケージごと窓から投げ捨てたくなった。さらに魔法少女物というのも相まって、否が応でも彼女たちを想起させてくる。

 

「……どうしよう。プレイするの嫌だなぁ……」

 

「何をプレイするの?」

 

「うわっ……!?」

 

 さも当然のように開いていた窓から侵入してくる犯罪者こと暁美に僕は声を上げて驚く。

 その拍子に手からゲームソフトのパッケージがころりと落ちた。

 

「それは……」

 

「何でもないよ、君には関係のないもの。っていうか勝手に他人の部屋に侵入してくるな!」

 

 落としたそれを背中に隠して、正当な怒りを露わにするが彼女はそれを聞いている様子はなく、僕が背中に回したものに興味津々だった。

 窓枠に足を掛けてするりと入って来た暁美は、一歩一歩僕に忍び寄って来ると背中に方を覗き込んでくる。

 

「今、何を隠したの? 見せなさい」

 

「嫌だよ。帰れってよ。ゴー・ホーム」

 

「私に隠すほどのものなのね。いいから見せなさい」

 

 お前、僕の何なんだよ。色々あったけど単なる女友達の一人だろうが。

 背中に隠した十八禁ゲームを絶対に見せまいと、必死に足掻くが身体能力で遥かに勝る彼女にフェイントを掛けられて、まんまと出し抜かれてしまう。

 僕から十八禁ゲームのパッケージを奪い取った暁美はそれを眺めると、頬を朱に染めた。

 こんな奴でも女性としての恥じらいがあるだろうから、見せないように配慮していたのにそれを無にするとは愚かな奴だ。

 数秒ほどじっと見つめていた彼女は、視線を僕へと移す。紅潮した顔で上目遣いをして、戸惑うように問いかけてきた。

 

「……このゲーム。貴方のものなの?」

 

「いや、友達に借りたというか、押し付けられたものだけど」

 

「そう。……このイラストの子、私に似ていないかしら……?」

 

 だから嫌だったんだよ。女友達に似たキャラクターが登場する十八禁ゲームをプレイしようかと悩んでいた僕が変態みたいじゃないか……。

 好きでやろうとした訳ではないし、それが理由でこのゲームのプレイを止めようとしていたのだが、当の本人から言われると精神的ダメージは計り知れない。

 軽く死にたくなってくるレベルだ。

 

「……そうだね」

 

「これをやろうとしていたのね、政夫は……」

 

 止めろ。これ以上僕を追い詰めるな……死んでしまう。自己嫌悪で死んでしまう~!

 倒れ込みたくなる苦痛の中で、苦悶の表情を浮かべていた僕の真横を通り、暁美は部屋に置いてあるノートパソコンを起動させる。

 滑らかな動作でパッケージを開くと、中に入っていたディスクを取り出して、ノートパソコンの内部に入れた。

 あまりのもスムーズな一連の流れに言葉を失っていたが、どうにか回復して彼女に尋ねた。

 

「……あなたは何をしているんですか?」

 

「見ての通り、ゲームを起動しているのよ」

 

 いや、それは見て分かる。聞いているのはそこではない。その所業の理由だ。

 まさか、これ以上を僕を貶めて悦に浸ろうというのだろか……悪魔かこの女。

 ゲームのスタート画面がノートパソコンに液晶に映る。椅子を引いた暁美はそこに座るように促した。

 

「さあ、政夫。ここに」

 

「ここに、じゃないよ! 何が目的なの!? 怖いよ、今の君」

 

「いいから座りなさい」

 

 暁美に無理やり椅子に座らされ、なし崩し的に十八禁ゲームと向かい合うこととなる。

 こいつは何がしたいのだ。というより、僕になぜこんな酷い仕打ちをするのだろう。

 

「暁美さんは僕を虐めているのかい?」

 

「何を言っているの? とにかく、始めるわよ」

 

 半分心が死にかけていたが、横に立つ彼女は勝手にマウスを動かして、ゲームを開始させた。

 ゲームが始まった後も、僕の心はボロボロでかつてないほどに精神が摩耗していた。だが、暁美はそんな僕に鞭を打つように容赦なく、マウスを握らせる。

 泣きそうになりつつも、逃げる場所もなく、仕方なくクリックしてゲームを進めた。

 序盤から結構な量の情報が流れたが、整理すると主人公の『夕日マサト』は平凡な高校生だったが、転校してきた高校で魔法少女と呼ばれる存在と出会い、魔獣と呼ばれる人類の敵と戦う彼女たちに協力していくというストーリーのようだ。

 物語まで僕を取り巻く状況に似ていて、吐きそうになったが、一緒に画面を見ている暁美はふんふんと小さく何度も頷いていた。物語に興味が出たのか、完全に没頭しているのが傍からでも分かる。

 ……もう、お前が自分でやれよ。

 内心でそう思ったが、口出すとややこしいことになると感じたので、無言でクリックを繰り返す。

 さらに物語が進むと、五人のヒロインの誰かと一緒に帰るという選択肢が出てきた。恐らくはルート分岐のための選択肢の一つだろう。

 よし。この選択肢は――。

 

「『彼方(かなた)まゆみ』にするかな。この子が一番メインヒロインっぽい立ち位置だし」

 

 ピンク色のツインテールの少女の彼方まゆみという少女と一緒に帰るという選択肢にマウスポインターを乗せる。

 彼女はタイトルに名前を冠しているし、この子のルートが一番安定していると思い、選んだのだが暁美はそれに難色を示した。

 

「何を言っているの、政夫。ここは『朱乃(あけの)ほのか』一択でしょう?」

 

 朱乃ほのかというのは黒髪ロングヘアのクールな顔の少女だ。最初出会いでは主人公のマサトに銃口を向けて襲って来たヒロインで、僕の中の好感度はすこぶる低かった。

 正直、このヒロインを選ぶくらいなら、さっき出会ったばかりの『冴木(さえき)清子(きよこ)』の方がまだいい。

 

「えー……ほのかは絶対、初プレイ向きじゃないよ。何か印象も悪いし……」

 

「そんな事は関係ないわ。ほのかは辛い過去のせいで心が傷付いているから、周りに冷たく接してしまうだけよ。誰よりも愛を求めているのは彼女のなのよ!」

 

 まるで我がことのように力説する暁美に僕は辟易した。

 何一つ好感度の上がるシーンのない段階で、ここまで感情移入するとは製作者も思っていなかっただろう。

 嫌だなと思いつつも、彼女の気迫に気圧され、『朱乃ぼのか』と一緒に帰る選択肢をクリックする。

 ほのかは主人公の提案を断ろうとしたものの、主人公の説得により、渋々といった様子で共に下校することを承諾した。

 ……やっぱり好きになれそうにないキャラだな、ほのか。

 

「良かったわね、ほのか……」

 

 隣で意味不明なレベルで入れ込んでいる人のせいで、さらにほのかや主人公への感情移入がし辛くなっているせいもあるが。

 そのまま、目に見えてルート分岐に関わりそうな選択肢はほのかに絞っていくと、次第に他のヒロインの出番が減っていく。

 ゲーマーの勘では明らかに、ほのかルートに入ったのが分かった。

 進めていけば行くほど主人公とほのかの仲が深まり、序盤では「あなたには頼らない」と拒絶の意志を向けていた彼女は「あなたが居てくれて良かった」と好意を隠さなくなっていた。

 暁美が言っていた通り、過去に別のヒロインのまゆみと出会いと別れにより、人を信じることができなくなっていたという背景が明かされ、暁美はますます感情移入している。代わりに僕は現実の類似点に微妙な気分にされていた。

 出現する選択肢もどんどん恋愛色を強めたものになっていき、新たに出たのが『キスをする』、『冷たくあしらう』、『今は止めておく』という三つの選択肢だった。

 

「政夫、分かっているわね?」

 

「うん。今は魔獣に憑依された人を探すのが先決だから、無難に『今は止めておく』を……」

 

「違うわ! 貴方は何も分かってない。ほのかは心細いのよ! ここは『キスをする』を選びなさい!」

 

 凄い剣幕で怒る暁美だったが、下手にそういう選択肢ばかり選んでいると、死亡する可能性もあるのだ。あまり、恋愛部分ばかりを重視し過ぎるのは如何なものだろうか。

 もっとも、本音を言わせてもらえば、暁美に似ているキャラに自分が操るキャラでそういうことをしたくなかったというのがでかい。

 

「早く、キスしなさいよ。私に」

 

「ほのかに、でしょう!? 何言ってんの!?」

 

 やばい。この人。ゲームのヒロインを自分と完全に重ねている。

 現実とゲームを混同している様子の暁美に僕はドン引きしていた。

 だが、ゲームをクリアするためにも、どれかの選択肢を選ばなければいけない訳で……。

 悩んでいる僕を余所にマウスを握っている僕の手を上から掴み、勝手に選択肢を押させた。

 ゲーム画面では一枚絵が展開されて、ほのかと主人公の濃厚なキスシーンが液晶に広がる。

 

「いいわ……政夫」

 

「マサトだから! 主人公の名前、夕日マサトだからね!?」

 

 恍惚とした表情で一枚絵を眺める彼女に僕は身の危険をひしひしと感じ始めていた。

 やがてストーリーも中盤まで差し掛かると、選択肢も十八禁ゲームらしく過激なものへと変わっていく。

 出された選択肢は『ほのかを胸を揉む』、『ほのかのスカートの中に手を入れる』、『ほのかの服を脱がす』の三つ。

 どれを選んでも、主人公が暁美似のヒロインにいやらしいことをするのが決まっているという究極の選択肢だった。

 

「さあ、政夫。どれを……選ぶの?」

 

 プレイしている僕以上にこのゲームを楽しんでいる暁美が期待を秘めた瞳を向けてくる。

 最高に嫌な気分にさせられる。これは拷問と呼んでも過言ではないだろう。もしも、僕が何処ぞのスパイで暁美が尋問官だったなら背後関係を喋るから、この羞恥プレイを終わらせてくれと泣いて頼んでいたと思う。

 

「うう……僕は今、拷問に掛けられている……」

 

「ほら、早く政夫は私に何をさせたいの?」

 

 泣きそうな顔でほのかへの選択肢の方へマウスポインターを動かす。あまりにもやる気満々な主人公の心理描写が描かれたテキストに、僕は欠片も感情移入できなかった。

 どれだ……? どれが一番マシな選択肢なんだ……?

 胃が押し潰さるような感覚をしながらマウスを握る。脂汗が背中から滝のように滲んで服を湿らせた。

 画面の光を反射して妖しく艶やかに笑う暁美の横顔がさらに僕を苦しめる。

 おお、神よ。僕になぜこのような罰を与えたもうた……?

 はあはあと荒い暁美の息遣いが僕の鼓膜を汚す。

 目をぎゅっと瞑り、マウスをクリックする。それはもはや僕が自分の意志で選ぶことを放棄したに他ならなかった。

 

「そう、政夫はそれを選ぶのね……」

 

 その声に僕は根源的恐怖を懐きつつも、少しづつ目を開く。

 眼前に広がる画面にはほのかが赤らんだ顔と瞳を向け、下着姿を晒す一枚絵が表示されていた。

 『ほのかの服を脱がす』の選択肢を選んだようだ。直接的ではないが、視界的には一番の悪い手を引いてしまった。

 後悔はないが、暁美に似たヒロインを脱がしてしまったことで精神的なダメージはさらに加速する。

 興奮する暁美を無視して、クリックをして進めると今度は先ほどよりも凶悪な選択肢が飛び込んできた。

 『ほのかを胸をしゃぶる』、『ほのかのスカートの中を舐める』の二択の問い。

 さっきよりも、息遣いが荒くなった暁美は蕩けそうな呆けた顔で画面を認めて聞いてくる。

 

「さあ、政夫はどちらがしたいの……?」

 

「うう……何なんだよ、もう……」

 

 涙がぽろぽろと零れ、机に上に小さな雫を落としていく。

 ここまで精神を凌辱するような行いを受ける謂れなどあっただろうか。これほどまでに人間性を踏みにじる方法に特化した拷問は人類史上初なのではないか。

 身体を捩らせて、一人悦楽に浸る暁美は僕の魂を蝕む如く、再度問いかけてくる。

 

「……どちらを私にしたいのかしら?」

 

 楽園の蛇がアダムたちを唆すように禁断の選択肢を突き付け、僕を苦しめる。

 

「さあ、早く選びなさい」

 

「う……」

 

 マウスを握る手が震えた。画面に映るマウスポインターが選択肢の間をさまよう。

 誰かに助けを求めるように、部屋のドアを見つめるが当然誰も現れることがなく、救いの手は伸びて来ない。

 代わりに悪魔の手が僕の手に伸びてきて、マウスの主導権を奪った。

 耳元に吐息交じりの声が触れる。

 

「そう。選べないのね……じゃあ、私が代わりに」

 

「い、嫌だ……やめて」

 

「選んであげる」

 

「嫌ああああぁー!?」

 

 それからのことは思い出したくない。

 もっと過激な選択肢や一枚絵があったのは覚えている。だが、僕の心は襲い来る羞恥と苦痛に耐えきれず、具体的な映像の記憶を心の奥に封印させてしまったのだ。

 意識がはっきりとした頃にはエンディングが流れ、(えら)く機嫌のいい暁美が僕の手を握っていた。

 

 後日、スターリン君が感想を聞いて来たので「心を蝕まれるようなハードな内容だった」と答えると、とても喜んでくれたのでそれなりに内容の濃いゲームだったようだ。

 それ以来、僕はゲームの一切を断つのだが、それはまた別の話。

 




やっぱり、政夫はほむらに苦しめられている時が一番輝くと思います。

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