魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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長い間、お待たせしました。短いですが、今はこの程度が限界です。


第百十七話 最後の射撃

~マミ視点~

 

 

 

 あのね、夕田君。今だから言えるけど、本当は私ずっと怖かったの。

 ワルプルギスの夜だけじゃない。魔法少女として魔女と戦う事がずっと怖くて仕方がなかったわ。

 でも、お父さんとお母さんを失って独りぼっちになってしまった私には、魔法少女としての使命に務めて寂しさを紛らわすことしかできなかった。

 戦う事で自分を誤魔化して、悲鳴を上げ続ける心から目を逸らしていた。魔女退治の日々が恐ろしくて、夜中一人ベッドに入って声を殺して啜り泣く毎日を繰り返していた。

 名前も知らない人たちのために、何の感謝もなく頑張る事は辛かったわ。高潔な理想を片手に取り繕っていても、時折、無償に寂しさが込み上げて来るの……。

 それが変わったのはあなたと出会ってからだった。

 夕田君。あなたが私の心に命を懸けて何度も踏み込んで、答えをくれた。戦うための理由をくれた。

 見知らぬ誰かのためではなく、大切な人たちのためなら、私は戦う事ができた。魔女になってしまうかもしれない運命と戦う覚悟を与えてくれた。

 成り行きで魔法少女になってしまったけれど、あの時に誓った明確な願いが私を本当の意味で魔法少女にしてくれたのだと思う。

 だから、私は今、戦う。恐怖がなくなった訳じゃないけれど、それでも私を支えてくれる願いがあるから。

 この街にあなたが居なくても、私の胸にはあなたからもらった大切な宝物がある。

 怖くても、魔女と戦える。

 ――だって、私は『魔法少女』なのだから。

 

 暗雲と暴風雨が渦巻く、ビルの屋上で私と美国さんは近距離で戦う他の子たちを援護するべく、遠距離でワルプルギスの夜の注意を引く。

 魔力の消費を抑え、マスケット銃での射撃に専念する。ある程度、杏子さんのお兄さんが使い魔を支配権を奪って戦っているので戦況は優位だけれど油断はできない。

 美国さんの未来予知の魔法を駆使して常に先を読んでいるため、突然な反撃にも対応は可能だったけれど、それでも相手は最強の魔女。これだけ不安要素を排除しても意識は張り詰めておくに越した事はなかった。

 ビルの屋上にある手擦りに乗り、立ってマスケット銃を召喚しつつ撃つ。

 弾丸は一発しか出ないので一発撃つ度に銃を投げ捨て、間髪入れずに新たな銃を生み出さなくてはならない。

 弾幕を絶やせば近距離で戦っている美樹さんたちの危険が増す。けれども大技を使えば彼女たちも巻き込みかねない上に、魔力を使い果たしてしまう可能性もある。

 一先ず、私たち後衛のするべき行動は前衛の援護だ。美国さんも水晶の球を飛ばし、ワルプルギスの夜をじわじわと削り、前で戦う人たちだけに攻撃がしやすいように隙を作らせている。

 ……暁美さんが居れば心強かったんだけど。

 一瞬だけ、そんな思いが脳裏を過りかけた自分を叱咤する。

 余計な事を考える暇があるのなら少しでもワルプルギスの夜を倒す努力をするべきだ。

 そう考えた私は表情を殊更引き締め、前を見据える。

 逆さまに浮かぶ極大の魔女、ワルプルギスの夜。

 

『キャハハハハハ……キャハ……キャハハハハ……!』

 

 楽しげな少女のような笑い声を上げるそれに引き金を引き続ける。

 彼女もまた、元々は魔法少女だった時代があったのかもしれない。誰かのために何かを祈ったのかもしれない。

 希望を振り撒いていたのしかもしれない。

 ――でも。

 

「容赦なんか、しないわよっ……」

 

 黄色い弾丸は螺旋を描き、薄暗い空に亀裂を入れるかのように宙を舞う。

 群れを成した鳥たちのように黄色の連弾は遠く離れたワルプルギスの夜へと着弾。

 直後、明るい光がいくつも上がり、魔女のドレスに焼き跡を付ける。

 逆さまの巨体が揺らぐ。それに乗じて美樹さんの剣が、呉さんの鉤爪が、杏子さんの槍が三方向からワルプルギスの夜を斬り裂く。

 反撃とばかりに魔力で玉虫色の炎を吐き出し、近くに居る三人にぶつけようとしてくるが、それを杏子さんのお兄さんが支配した少女のシルエットのような使い魔たちを操り、四方に散らす。

 攻勢。けれど、まだ優勢とは言い難い。

 並みの魔女相手なら十分過ぎるが、ワルプルギスの夜を相手取るにはやはり火力に欠けている。

 じわじわと避難所に近付いて来ている事からも考えて、持久戦に持ち込まれるのはまずい。早急に倒さないと困るのは私たちの方だ。

 ここは一度皆には下がってもらってから、私がティロ・フィナーレで大きな一撃を与え、一気に距離を詰めて全員で畳み掛けるしかない。

 

『ワルプルギスの夜の近くに居る皆は、一旦下がって……』

 

 黄色のリボンを寄り合わせて巨大な砲台を作りつつ、念話を送って前衛で戦う美樹さんたちに距離を取るように伝えようとした寸前。

 

『巴さんっ、大きな一撃が来る。早くそこから離れて!!』

 

 ソウルジェムを介して、美国さんの声が頭の中に響く。

 前方を見れば、ワルプルギスの夜の前に大きなビル群を持ち上げている光景があった。

 未来予知の魔法が使えない私にすら容易に目に浮かんだ。

 直撃すれば、自分が命を落としてしまう光景が。

 咄嗟に砲台をリボンに戻して、ビルの屋上から離脱しようと考えた後、ふと気が付く。

 もしも、宙に浮かんだあの無数の高層ビルが一斉にこの場所に向けて放たれれば、私の後ろに建つ避難所にどれ程の被害が及ぶのだろうか。

 一応は数キロメートルは距離がある。直撃は免れるだろう。けれど、この周囲一帯の建物と衝突し、衝撃と揺れが避難所を襲うはず。

 何より、砕けた瓦礫が弾け飛べば、想像したくもないほどの被害が出る。

 ……逃げる訳にはいかない。

 解きかけた砲台を再び結び直し、私はこれから放たれる高層ビルの群れを迎え討とうと覚悟を決めた。

 ソウルジェムから美国さんの声が引き続き、頭の中へと雪崩れ込んで来る。

 

『何をしているの!? これからあなたがしようとしている事は』

 

『自殺行為かしら……でも、ここで逃げたら避難している人たちに被害が及ぶわ』

 

 いいえ、この言葉はきっと正確じゃない。本心はもっと単純で、ちっぽけで、でも何にも替え難いもの。

 

『ここで逃げたら、私はもう魔法少女を名乗れなくなる』

 

 成り行きでキュゥべえから言い渡された肩書きじゃなく。

 投げ出しかけた私に夕田君がもう一度名乗らせてくれた『魔法少女』の肩書き。

 私の誇り。私の生き様。今も震えるこの指先に力をくれる魔法の言葉。

 

『美国さん。あなたは離れて他の皆と一緒に戦って』

 

『巴さん、あなた……』

 

 私のやろうとしている事が彼女にも伝わったのだろう。頭に響く美国さんの声は悲しげな思いが込められているように聞こえた。

 嬉しい。こんな私を大切に思ってくれている人が居る事が。死を選ぶ私を悲しんでくれる人が居る事が。

 堪らなく嬉しかった。

 

『美国さん……あなたとはもっと紅茶の事、語り合いたかったわ』

 

 高層ビルの弾頭が一斉に私の居る屋上目掛けて飛んで来る。ミサイルのようなそれらには無機物にも関わらず、私を食べようと泳いでくる巨大な鮫のように見えた。

 

『…………。私もよ、巴さん』

 

 一瞬だけ押し黙ったような間の後、美国さんの声が聞こえた。

 空気をつんざく音を携え、凄まじい質量が私を殺そうと落ちて来る。

 怖い。けれど、震えを抑え込み、私は砲台の銃口に有りっ丈の魔力を流し込んで、弾丸の威力を高める。

 これが私にできる魔法少女としての最後の役目。

 そう。魔法少女、巴マミとしての最期の使命。

 ――最後の射撃。

 

『ティロ……』

 

 視界に広がっていく高層ビルの弾頭を目に収め、私はめいっぱい叫びを上げる。

 

『フィナーレッ‼』

 

 想いと共に噴き出した叫びは巨大な砲台の引き金を動かす。

 覆いかぶさるように視界を遮るビルの群れに黄色の砲弾が射出された。

 今までで一番大きなその黄色の砲弾は落下してくるビルの群れを次々に穿っていく。

 一つ、二つ、三つ、四つ……。標的を粉々に砕いて進む黄色の砲弾。半数以上を打ち砕いたおかげで、避難所への被害はほとんど抑える事ができた。

 しかし、それでも削り切れずにいくつかの高層ビルは私の居る屋上へと辿り着いていた。

 逃れられない死が目の前に迫る。静かに目を瞑ると目蓋の裏に両親の顔が浮かんだ。

 不思議。魔女と戦っていた時には全然思い出さなかったのに。

 ……ねえ、お父さん。お母さん。

 目蓋の裏の浮かぶ両親に私は語り掛ける。

 あの時、私だけ生き延びちゃってごめんね。でもそのおかげで、素敵な友達がたくさんできたわ。

 皆、とっても優しくて、頼りになる子たちでね。

 お喋りしたり、一緒にお弁当食べたり、力を大変な事を乗り越えたりしたの。

 二人が生きてれば、紹介したかったくらいよ。

 それから……それからね。

 好きな人もできたのよ。片思いの挙句、失恋しゃちゃったけど、それでも恋をした事を後悔してないわ。

 年下なのに頼り甲斐があって、しっかりしてて、時々怖いところもあるけれど、とても優しい男の子。

 その人の名前はね……。

 名前は……。

 

「夕田、政夫君」

 

 口から漏れた小さな小さな最期の呟き。

 声に出すつもりはなかった。なのに不思議と口から出てしまった好きな男の子の名前。

 だから、私は考えもしなかった。

 

「何ですか? 巴さん」

 

 まさか、返事が返ってくるなんて。

 目を開くと落ちてきた高層ビルが、時間が止まったように宙に縫い留められていた。

 時が、止まる? 私は知っているこの光景を……いや、この魔法を。

 白と黒のモノトーンに染められた世界。これは暁美さんの時間停止の魔法。

 顔を動かせば、白い巨大な四足の動物が私の後ろで背中を支えるように立っている。

 

「ニュ、ニュゥべえ?」

 

 それは虎ほどの大きさになっているが、間違いなく私の知るニュゥべえの姿だった。

 私を魔法少女にしたキュゥべえと瓜二つの外観をしているが、その顔に浮かぶ明確な感情の色は紛れもなくニュゥべえに相違なかった。

 そして、その背にはさっき私が口にした名前の男の子、夕田君が乗っていた。

 

「おはようございます。巴さん」

 

 まるで学校で出会った時のように平然と、飄々と、僅かに笑みを含んだ彼は私に挨拶を述べた。


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