魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第百十九話 頼れる仲間

「どうか僕を――助けて下さい」

 

 ニュゥべえを通して僕は声を送る。

 自分でもどれだけ都合のいいことを要求しているのは分かっていた。それ以前に彼女たちがワルプルギスの夜との戦いで疲弊している事も知っている。

 下手をすれば戦闘続行不能なほどの重傷を負っているかもしれない。

 現に巴さんは僕らが来なければ確実に死んでいただろう。そんな彼女たちに今更のこのこやって来て、僕は言う。

 僕のために戦え、と。

 一体、どれだけ傲慢なのだろう。拒否されても文句は言えない。

 しかし、それでも彼女たちに頼む他手段はないのだ。

 本来の計画では三日前から旧べえの一個体をニュゥべえが取り込み、インキュベーターの集合思考ネットワークにアクセスし、三日間じっくりとニュゥべえの感情で染め上げ、最終的にインキュベーターという種全体を乗っ取る手筈だった。

 思考を知ら知らずの内に、ハリガネムシに寄生されたカマキリのように動かして、対ワルプルギスの夜用の最終兵器『メーデーの朝陽』のために見滝原市周辺地域からインキュベーターを街中に配置する。それが、『the new base of incubator(インキュベーターの新たなる基盤)計画』。

 当初の予定であれば、ニュゥべえと同等の力を持った特殊な魔法少女が最低でも三百人は戦力として存在していた。

 けれど、アクシデント、及び一時的に計画自体を中断したせいで、インキュベーターの掌握こそ辛うじてできたものの集められた数は十も満たない。

 およそ、予定の三十分の一の戦力。これではワルプルギスの夜を倒すどころか足止めにも不十分だ。

 一度は見滝原を……何もかも捨て、まどかさんと逃げ出した僕だが、これ以上この街の魔法少女たちに負担を掛けるのは心苦しかった。

 だが、もうそんなことを言っていられる余裕はない。彼女たちの助力がなければ何もできないのだ。

 恥も外聞捨て、僕は彼女たちの返答を待つ。

 脳裏に浮かぶのはニュゥべえに意志を塗り潰される前に言った旧べえの末期の台詞。

 

『……君の、時間は……もうないのに……何故こん、な無意味な事、を……する、んだい……? 何もかも見捨てて、逃げ、出した君が……この街の、魔法少女を……見捨てた君、が』

 

 お前には分からないさ。インキュベーターに死後の概念なんかないと思うけど先にあの世で待っててよ。僕もすぐにそっちに行くから――。

 

『訳が……分からない、よ……』

 

 あの時は話を逸らして冷ややかに笑ってやったが、少なくとも僕がこの街で戦う彼女たちを見捨てたのは事実だ。

 曲げようない事実。そして、それは彼女たちへの裏切りに違いない。

 きっと彼女たちはこの見滝原がワルプルギスの夜に滅ぼされるから、僕はまどかさんと二人で安全な場所へ逃げたと思っているはずだ。

 そんな僕に今更力を貸してくれるだろうか。

 

「大丈夫よ、夕田君」

 

 僕の背中に柔らかな身体が触れた。

 びくりとして僅かに首を捻って後ろを見ると、巴さんが僕を後ろから抱きしめていた。

 

「巴さん……」

 

「皆の事、もっと信じなさい。夕田君が考えているよりも皆、夕田君の力になりたいって思っているわ」

 

 その声は穏やかで、年上らしい包容感が含まれていた。まるで小さい幼児を落ち着かせるような優しい口調と巴さんの服越しに伝わる体温がいつの間にか張り詰めていた緊張を解きほぐしてくれる。

 

「ありがとうございます」

 

「先輩だもの。助けられてばかりじゃないのよ?」

 

 自分も体力が回復しきっていないのにも関わらず、悪戯っぽく微笑む巴さんに僕は改めて思う。

 やっぱり頼りになる先輩だと。

 少しだけ心が弛んだのも束の間、ワルプルギスの夜は瓦礫(がれき)飛礫(つぶて)を僕らの居る位置まで投げて寄こす。

 僕と巴さんを乗せて飛ぶニュゥべえは縦にではなく、横に身体を滑らせるようにして避けていった。

 脇を流れるように飛んで行く瓦礫は残っていた建造物やコンクリートの地面に突き刺さる。その衝撃で電柱がへし折れ、こちらへと傾いだ。

 

「っ、ニュゥべえ!」

 

「それには及ばないよ。政夫」

 

 声を出して回避を促す。だが、ニュゥべえはそれをかわそうとする気配はなかった。

 代わりに僕の脳に声が届く。それはニュゥべえのものではなかった。

 

『ようやく、だよ。ホント』

 

『もっと早くそう言ってくれれば良かったのに』

 

 倒れて来る電柱が綺麗な断面図を見せ、切り裂かれた。切れ間からするりと銀色の輝きが顔を覗かせる。一つはサーベル状の剣。もう一つは鉤爪のような三又の刃。

 (すす)けた衣装を身に纏い、得物を振るって笑う黒と青の衣装の少女が二人。僕らの真横に立っていた。

 

「美樹さん! 呉先輩!」

 

「二人だけじゃないわよ、まー君」

 

 彼女たちの頭上から水晶球を数個集めて作った足場に乗っていたのは純白の修道女。

 

「織莉子姉さんも、来てくれたんですか?」

 

「当然でしょう。私はいついかなる時だってまー君の味方のつもりよ?」

 

 ふんと胸を張る織莉子姉さんは珍しく子供っぽい態度で、こんな状況だというのに表情が綻んでしまう。

 これを狙っての行為だろうが、いつもよりもずっと彼女を身近に感じられた。

 

「おいおい。アタシら最後かよ。ショウの野郎が遅いから出遅れちまった」

 

「そりゃねぇだろ、杏子。それに文句はこいつらに言ってくれ」

 

 軽やかな足捌きで崩れた建物の残骸の上を八双跳びで向かって来るのは杏子さん。自分の身長よりも長い槍を担いでいるというのにバランス一つ崩す様子はない。

 彼女に続いてこちらに来るのは……何だろう。珍妙な行列としか形容できないものがぞろぞろと足並みを揃えて近付いてくる。

 デフォルメしたぬいぐるみのようなキリンやロバらしきものはまだしも、何を(かたど)っているのかすら訳の分からない動物がパレードのように行進していた。

 その先頭に立つのは装飾品を身に付けた黄緑色の象。その背にはワインレッドカラーのスーツ姿のショウさんが悠々と腕を組んで(またが)っていた。

 ……え? どちら様ですか、この方? インドの王様か、何かですか?

 

「おう、政夫。重役出勤とは随分な御身分だな」

 

「……そのパレードみたいなのは何ですか?」

 

 僕に気さくに話しかけるショウさんに思わず尋ねた。あまりにシュールレアリズムに満ちた光景を無視するほど、僕には無頓着にはなれなかった。

 

「ああ、こいつらか。こいつらは……」

 

「ワルプルギスの夜の使い魔たちだよ。あれがぽこぽこ上から生み落として来る度にショウが操ってを繰り返してたら、いつの間にかこんなに大量になってたのさ」

 

 ショウさんの代わりに杏子さんがさらりと質問に答えてくれた。

 俺が今説明しようと思ってたのに先に言うなとショウさんは怒ると、杏子さんは悪戯っ子のようにべーっと赤い舌を出した。

 

「とまあ、そんな感じだ。最初の頃は魔法少女のシルエットみたいなのも居たんだが、ワルプルギスの夜の攻撃でほとんどが消えちまった。ま、そのおかげで俺も杏子も大した怪我はしてねぇんだけどな」

 

「そうだったんですか……」

 

 ……何だろう。すごく真面目な経過からの結果なのに、光景だけ見ると冗談みたいだ。

 傍に擦り寄って来たピンク色の大きなプードルがなぜか咥えていた風船を僕に差し出すように首を突き出してくる。どうやら僕にくれるらしい。これはどうもと苦笑いを浮かべて、僕はそれを受け取った。

 

「杏子から聞いたぜ。助けてほしいんだってな」

 

 そのショウさんの言葉を聞いて、僕は表情を引き締める。

 

「……はい」

 

 一度は安全な場所に避難していた僕にどんな言葉を投げられようとも、今彼女たちの協力は必要不可欠。

 見渡せば、ショウさんも含めて魔法少女の皆も擦り傷や切り傷が散見している。前線で戦っていた美樹や呉先輩に至っては額に付いた血を拭った跡が一層顕著だった。

 綺麗だった髪も華やかな衣装も黒っぽく汚れ、(すす)けている。

 それでも、僕は言わなくてはいけない。

 

「僕だけではあれを倒せそうにありません。だから、申し訳ないですけど僕に力を……」

 

「あほか。お前」

 

 台詞を最後まで紡ぎ終わらない内にショウさんは遮って僕に言う。

 

「何で、申し訳ないなんて付けんだよ。てか、お前が自分一人でやらなきゃいけなかったような口振りはなんなんだよ? 政夫……お前、何か勘違いしてないか?」

 

 呆れたように僕を見るショウさん。

 彼の眼差しの理由が分からずに困惑していると、周りに居る魔法少女たちは顔を見合わせて各々溜息を吐いた。

 後ろで僕を抱き締める巴さんが彼女たちを代表したかのように口を開く。

 

「夕田君は何でもできるからって、全部一人で背負い過ぎよ」

 

「そうそう。政夫ったらちっとも私らを頼ろうとしないんだから」

 

 美樹が追随して頷いた。

 呉先輩がずれていた眼帯の位置を弄ってから言う。

 

「私たちはさ、政夫――その言葉をずっと待ってたんだよ」

 

「まー君。困った時にはちゃんと頼りなさい。貴方はもう、一人じゃないでしょう?」

 

 織莉子姉さんの言葉に僕は自分の考えが思い上がりだったことに気付かされた。

 ずっと僕は一人で戦っているつもりになっていた。

 困った時に助けを求めることを放棄していた。

 不思議と今なら実感できる。僕は自分で思っていたよりも周りに好かれていたのだと。

 

「で、アタシらは何をすればいんだ? 何か考えがあるんだろ?」

 

 杏子さんの声に僕は頷いてから、今度は力強く答えた。

 

「これから――僕の言う作戦通りに動いて下さい。いいですか?」

 

 異口同音の答えが皆から返って来る。

 それに僕は再度頷いた。罪悪感はもうなかった。ただ、まっすぐに視線を返してくれるこの人たちに頼ろうとそう素直に思えたからだ。

 さあ、これから反撃の狼煙を上げよう。

 

 ***

 

 

『作戦は至ってシンプルなものだよ。ワルプルギスの夜の頭上に僕が行くのを援護してほしいんだ』

 

 一か所に集まっていると瓦礫の散弾攻撃の餌食となってしまうため、すぐに散開して別れた僕らはまたニュゥべえの念話を通じて連絡を取り合う。

 

『そんなのでいいの?』

 

『さやか、お前、そんな簡単な事みたいに言ってるけど、あいつの注意を引くのがどれだけ大変か分かってんのか?』

 

『つまり、その後に何か秘策があるって事ね』

 

『ここまで来ても秘密主義を押し通すのはある意味、まー君らしいわ』

 

『私はそういうところも政夫の魅力だと思うよ』

 

 一気にそれぞれの声が脳内で響く。ほぼノータイムで意思の疎通ができるものの、一度に複数人の声が入ってくるために頭の中は大変騒がしくなる。

 実際の声とは違って音が重ならないのが救いだが、矢継ぎ早に送られてくる声にそれぞれに反応するのは難しい。

 取りあえず、僕は全員に個々の返答を送るほど時間に余裕もないので、一、二言だけ言葉を返す。

 

『……僕を信じてほしい。皆で生きて帰ろう』

 

 少しの間の後、口々に肯定の返事が頭の中で響いた。

 彼女たちの言葉に自然と口元が綻びかけたが、それを引き締めて僕は正面を見据える。

 視界は狭く、明度も暗い。右目に至っては既に失明していた。時折、耳鳴りもする。指先も感覚が鈍くなっていくのを感じる。

 完全に五感が切れるまでそう時間はないだろう。

 ここからが本番だ。気を引き締めないといけない。

 僕は頼りになる仲間たちに援護を任せ、ニュゥべえに乗って、ワルプルギスの夜の上空に向かう。

 

「ニュゥべえ。僕は後、何分持つ?」

 

「政夫に残された時間は……既に十五分を切ったよ」

 

「ふふ。カップ麺が五個も作れるね」

 

 嵐の中を駆け抜けながら魔力の膜の中で僕は軽口を叩く。

 ニュゥべえはそれには答えず、僕に聞いてきた。

 

「言わないのかい? 彼女たちは君の事を……」

 

「言ってどうするのさ。動揺されて、たださえで少ない時間を減らさちゃ敵わないよ」

 

 それに、と僕は区切って言葉を紡ぐ。

 

「多分、話したら僕自身、冷静で居られるか分からないしね」

 

「政夫……」

 

「お喋りは終わりにしよう。彼女たちには掌握したニュゥべえたちの増援を向かわせて」

 

 最後までこの想いを貫こう。僕の愛するただ一人のために。

 胸を張って、絶望して死ぬために。

 




次回か次々回で多分、まどかルートは完結します。
……執筆時間取れるといいなぁ。

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