魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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完結記念特別編 入れ替わる青と紫 中編

「そら、ほっ、はっ」

 

「甘いわね」

 

「それはどうかな?」

 

 夕食後、僕たちはリビングにあるTVゲームに勤しんでいた。

 やっているのはそこそこ有名なレースゲーム。液晶画面には三名のキャラクターがそれぞれ乗用車に乗って曲がりくねったコースを疾走している。

 暁美(みき)は車体が左右に動かすたび、コントローラーを握った身体も一緒に動いてしまっている。幼い子がよくやる癖の一つだが、やはり暁美の見た目をしているせいで横から見ていてすごく違和感がある。

 一方、美樹(あけみ)の方は淡々とやりつつ、華麗にコース内に設置されているアイテムを取り逃していた。冷静に振る舞っても、厚くなって視界が狭まっている辺り、やっぱり暁美らしかった。

 当然、ゲームの持ち主である僕は彼女たち二人よりも熟知しているため、余裕で一周以上の差を付けて何度も勝利を重ねていた。

 初心者相手に大人げないと言えるが、手加減しなくていいと言ったのは彼女たちなので僕も一切容赦はしない。

 

「バナナ!? 政夫のバナナが私に」

 

「くっ、せっかく赤甲羅が出たのに……政夫のバナナでいってしまうわ……」

 

「……いや、何で二人とも僕のバナナって部分強調するの?」

 

 コースの大幅ショートカットを決めて、僕のキャラクターが一位でゴール。その後、二週ほど遅れて美樹(あけみ)、逆転しようとしてコースアウトを連発した暁美(みき)のキャラクターがNPCにすら抜かれて最下位でようやくゴールイン。

 画面ではマンマミーアとテンションの高いボイスを上げ、僕の操作する赤い帽子の髭おじさんが勝利のポーズを決めていた。

 

「さて、三人の内、一番順位が下だった人が夕食を作るって話だったけど……どうする?」

 

 曲りなりにも、客として来た相手に一人で夕食の支度をさせるのは非常識なので、手伝おうかというニュアンスを込めて暁美(みき)に尋ねたが、彼女はむしろ妙に張り切って答えて見せた。

 

「ふっ、任せて。私、こう見えて料理とか意外にできるから」

 

 自信気な表情を浮かべた暁美(みき)にいつもの五割増しで不安を覚えたが、隣に居た美樹(あけみ)は我関せずとばかりに髪を弄っている。

 本当に大丈夫なのだろうか。自分とは別の肉体で使い勝手も違うだろうに。

 不安を懐いた僕を余所に彼女は意気揚々とキッチンに向かい、調理の準備を行うために冷蔵庫の中身を物色し始めた。

 夕田家はそれなりに食材は備蓄している方だと自負しているが、足りないものがあれば買い物にも付き合う必要があるかもしれない。

 そう思い、僕もキッチンの方へ向かうと立ち上がるが、服の袖を引っ張られた。

 目をやれば美樹(あけみ)が僕の服の袖を座ったまま摘まんでくいくい引いている。

 

「放っておきなさい。自分で言い出した事なのだから。それより、政夫……この恋愛趣味レーションっていうゲームをやってみたいわ。特にこのパッケージに描かれているこの女の子。私に似ているからこの子を攻略していってほしいわね」

 

 やってみたいという割りに僕にプレイさせる気満々なこいつはスターリン君から借りたエロゲーを一緒にやって以来、自分に似た容姿のキャラを攻略させるという謎の遊び方に嵌っていた。

 

「君のギャルゲーの楽しみ方は新し過ぎて着いて行けないよ……」

 

「ほら、早く」

 

 はいはいと大人しく従い、パッケージを受け取り、その中からソフトを取り出してゲーム機に挿入する。

 キッチンの方は心配だが、それはそれとして美樹(あけみ)の方を一人放置するのもどうかと思い、彼女の方とゲームを続けることにした。

 前にやったセーブデータの真下に新たなセーブファイルを作り、ゲームを始める。隣の美樹(あけみ)は正座をしているが、やや身体を前に乗り出して画面を見ていた。

 その少しガサツな仕草が本物の美樹のようで微笑ましくクスっと小さな笑みが漏れる。

 

「何かその仕草、本当に美樹さんみたいだね」

 

「え? そう、かしら……」

 

 自覚がないようで、彼女は首を傾げた。

 それだけなら僕も気にも留めなかっただろう。

 しかし、次の美樹(あけみ)の一言に言い知れぬ危機感を懐いた。

 

「普段の私ってどういう風にしてたんだっけ?」

 

 口調や声のトーンまでも美樹そのもののような台詞に、僕はゲーム画面から目を離し、彼女を凝視する。

 ぼんやりとした瞳で液晶画面からの光を受け止めていた美樹(あけみ)はどこか虚ろに見えた。

 

美樹(ほむら)さん? ……大丈夫?」

 

「………………」

 

 不安を覚え、声を掛けてみるが返答がなく、うわの空で画面を見つめている。

 

美樹(ほむら)さん!」

 

「え……ああ、私? 大丈夫よ、ええ」

 

 再度声を大きくして、ようやく反応を返すが、様子がおかしいのは明白だった。

 聞こえていなかったというよりは、自分のことを呼ばれているのか分からなかったような態度。

 不自然な彼女の様子に理由を尋ねようとした時、キッチンの方で食器が割れるような音が聞こえた。

 

暁美(みき)さん! どうしたの!?」

 

 コントローラーを床に置いて、キッチンに急いで向かうと、そこには割れて散乱した皿らしき食器の破片と呆けたようにしゃがみ込む暁美(みき)の姿があった。

 彼女もまた先ほどの美樹(あけみ)と同じように自分の名前を呼ばれているのか分からないといった表情を貼り付けている。

 これは……まずいな。うまく説明はできないが、非常に嫌な予感をひしひしと感じる。

 とにかく、僕は彼女に手を貸して立たせてあげると、ざっと割れた食器の破片を纏めて適当なビニール袋に詰めた。

 

「怪我はない? 指とか切ったりしてたりは?」

 

「え、ええ。大丈夫よ、政夫」

 

「……!」

 

 今の口調、明らかに暁美が普段使うような少しトーンの低いものだった。

 僕は暁美(みき)の手を引いて彼女をリビングの方に連れて行き、ソファに座らせてから携帯を操作して巴さんに連絡をする。

 だが電話が通話状態になるその直前に頭の中にニュゥべえの声が響き渡る。

 

『聞こえるかい? 政夫』

 

「ニュゥべえ!? そうだ。今、二人の様子が……」

 

『分かってるよ。ちょうどそれを伝えに来たんだ』

 

 ニュゥべえの話によれば、人間の肉体と魂はそれぞれ一括りで活動しているものであり、魔法少女システムは魂をソウルジェムという形に分けることで魔力、即ち感情エネルギーを外部に物質化させている。

 だが、今回はそのソウルジェムが本来の肉体ではなく、別の人間の肉体に入れられている極めてイレギュラーな状況が起きた。その結果、肉体側の脳にある記憶とソウルジェムに記憶の齟齬が発生した。

 そして現在、彼女たちはソウルジェムにある記憶が別の身体の記憶と混線し、ソウルジェム側の自我が徐々に肉体側に引きずられ、自我意識が不安定な状態になっているのだという。

 そこまで話を聞き、僕はなぜニュゥべえがそこまで彼女たちの状況を理解しているのか、疑問に思った。

 そして、すぐ最悪の予想を脳裏に浮かべた。

 

「……ニュゥべえ。巴さんたちは?」

 

『その質問をするって事は政夫にも予想が付いているんじゃないのかい? 彼女たちもほむらたちと同じようにソウルジェムと肉体を入れ替えられてしまったよ。さらに付け加えるなら、こっちの四人の方が進行が速い。……恐らく、入れ替えられた回数が多いせいだろうね』

 

 予想は的中した。四人とも僕の家に居る美樹(あけみ)たちとのようにソウルジェムを入れ替えられ、既に自我が不安定なところまで進行している。

 いつの間にか染み出ていた冷汗が頬を伝って顎まで流れた。

 

「巴さんたちはどうなっているの?」

 

『ソウルジェムを入れ替えられて自我が不安定になってからはボクがどうにか誘導して、魔女の結界からは連れ出したよ。何だがぼんやりしているからマミの家まで送るつもりだよ』

 

 とにかく、魔女の結界から離脱したことを確認できると僕は少しだけほっとした。

 そんな状態なら魔女退治どころの話ではない。現状はこちらの二人と同様に魔法もまともに使えないだろう。

 次に聞くべきは……。

 

「魔女の方は?」

 

『逃げられた、というよりも一旦、どこかへ向かったように思えたよ。急に現れたかと思えば皆のソウルジェムを入れ替えてすぐに姿を消したんだ』

 

 するとその「入れ替えの魔女」には何らかの行動ルーチンがあるのか。

 魔法少女たちのソウルジェムだけ入れ替えて何を企んでいる? ただ逃げるにしては随分と手間を掛けているが、さりとて追い打ちを仕掛ける訳でもない。

 ならば、その意味とは一体――?

 

 

~■■■視点~

 

 

 何だろう? すごく頭がぼうっとする。

 目蓋が重い。意識が緩やかに(とろ)けていくような眠気が私を襲う。

 その内、すとんと落ちるように意識が途切れた。

 

 ふと気が付くと私はどこかに座っていた。

 いや、「どこか」じゃない。ここは……病院だ。

 あれ? 何で病院に居るんだっけ? 疑問を浮かべるがその答えはすぐに『思い出せた』。

 入院していたんだ。生まれつき心臓が弱くて、身体が弱かったら小学校もあまり通えずに中学に上がって、それで――。

 視界に映る景色が急にがらりと変わり、私は見滝原中学校の廊下を歩いていた。

 そうだ。両親の仕事の都合で東京から引っ越しを機に転校する事になって……あれ? じゃあお父さんとお母さんは……確か、そう。東京での仕事の引継ぎが上手くいかなくて、『私』だけ先に群馬の見滝原市に来たんだ。

 友達ができるか不安でそんな時に現れたのが……「まどか」。

 その途端に隣にまどかの姿が現れて、当然のように『私』に楽しそうに話しながら歩いている。

 それから、そう『魔法少女』だ。

 まどかが魔法少女だと知って、でもまどかは見滝原を守るために死んでしまって。だから、キュゥべえと契約して『私』も魔法少女に。

 目の前の映像が映画のカットシーンのように連続で映っては切り替わりを繰り返す。

 辛い。とても辛い嫌な記憶の連続。まどかを助けようとして、失敗して、そして時間を戻してやり直す。

 苦しみと後悔だけを募らせながら、ゴールの見つからない見飽きた迷路を『私』は歩き続ける。

 誰か助けて。そんな言葉も言い出す気持ちも削れて、薄れていって、『私』は誓う。もう誰も信じない、と。

 そこまで『思い出して』、断片的に早回しで見せられる映像はぴたりと止まる。

 映ったのはまた見滝原中の廊下と、黒い髪の男の子。名前は――そうだ、政夫。夕田政夫。

 映像が再び、動き出すが視界に映る景色はさっきまでと違い、楽しくて、安らぎがあって、何より幸せだった。

 政夫と出会って、『私』は誰かを信じる事を知った。誰かに頼ってもいいと教えてもらった。

 誰よりも大切で、頼りになる、『私』を暗闇から救い出してくれた……愛しい人。

 ああ。そっか、『私』は大好きなんだ。政夫の事。だから、誰かに渡したくないんだ。

 だって、彼の差し伸べてくれる手が自分以外に向けられるのが嫌で嫌で仕方ないんだから。

 

 

~●●●視点~

 

 

 思考がどうにも回らない。意識が鈍化して、世界が自分と遠く感じられる。

 何をしていたのかもあいまいになる。何日も徹夜を続けたような、それでいたふわふわとした浮遊感のある気分。

 強烈な睡魔が私の意識を根こそぎ、奪い取る。それに抗おうという気すら起きず、私は睡眠欲に身を委ねた。

 

 何気なく、視線を上げれば『私』はどこかに座っていた。

 隣には着飾った『私』の両親が前方を同じように眺めて腰掛けている。

 『思い出した』。ここはバイオリンの演奏会。

 ちょうど目の前の舞台には小学生くらいの薄い灰色の髪の少年が黒いタキシードを着て、バイオリンを奏でている。名前は恭介。上条恭介。

 『私』の幼馴染で、バイオリンが好きな初恋の人。

 ここでバイオリンの音色を響かせる彼に、『私』は恋をした。

 そこまで『思い出した』ところで、視界の映像が切り替わる。

 今度は病院に向かって、浮かれた『私』が走っている。見滝原中学校指定の鞄には帰り道で買ったバイオリンの楽曲が入ったCD。

 左手を怪我した恭介に聞かせるために。少しでも彼に元気を出してもらうために。

 『私』はほぼ毎日、彼の病室まで通っていた。

 その日も良かれと思って恭介の気に入りそうなCDを聞かせてあげようと訪れ……残酷な失恋の知らせを聞いた。

 いつもよりも明るく浮かれて話す恭介は『私』に言った。好きな人ができたと。

 左手の怪我から塞ぎ込みがちだった彼はまるでそんな事を忘れてしまったように嬉しそうに話すのだ。

 恭介が自分から離れて行く事が耐えられないくらいに苦しかった。やめてと、聞きたくないと叫ぶ事ができたのならどれだけ楽だっただろう。『私』は必至で笑顔を取り繕って、幼馴染の言葉に相槌を打った。

 そうして、奈落の底に突き落とされた気分になった『私』は、奇跡と魔法に飛び付いた。

 『私』はキュゥべえの契約による奇跡によって、恭介の心を手に入れようと思った。 また景色が変わる。今度は病院の屋上。立っているのは『私』とキュゥべえだ。

 けれど、それを否定する人が一人だけ居た。そんな奇跡に頼るべきではないと必死になって止めようとした。

 節介にも、彼は『私』のために息を切らせてまで駆けつけてくれた。

 屋上にある階段の扉から出てきた黒髪の少年、夕田政夫。

 政夫は出会ってまだ日も浅い『私』のために、恭介のために本気で怒ってくれた。

 そんな方法で自分の恋心を成就したところで得るものなどない。罪悪感と後ろめたさに縛られるだけだと彼は叫んだ。

 それでも『私』は契約して魔法少女になった。願ったのは恭介の左腕の完治。

 例え、自分の事を愛してくれなくても、彼には自分が愛した姿でいてほしかったから、そう願った。

 映像が切り替わる。そこはとある喫茶店のすぐ近くの通り。

 政夫は『私』に告白するべきだと言った。その想いが成就するかは否かよりも、その燻った感情を抱え続ける事が君にとって為にならないと。

 でも、もう『私』には恭介を好きだったのか、彼の弾くバイオリンの演奏が好きだったのか分からなくなっていた。

 自分の想いがとても不純で軽薄なものに感じられて、愛や恋と呼べるほど上等には思えなかった。

 そんな『私』に政夫は言ってくれた。

 君の想いは不純なんかではない。君が病院の屋上で叫んだ言葉は紛れもなく、本物だったと背中を押してくれた。

 堪え切れない感情が涙となって零れた。苦しくて、でも、自分でも自信が持てなかった感情に彼は名前を付けてくれた。政夫はどんなに脆い部分を見せても、傍に居てくれた。

 だから、恭介に告白して振られた時、自分の心に整理をつける事ができたのだ。

 それからだろう。『私』が政夫に対して、恭介の時とは少し違う恋心を懐いたのは。

 何故なら『私』は彼に格好が付けたかったからだ。支えてくれた分、こんなに強くなれたと見せつけたいと思うようになれた。

 

 

 *******

 

 

暁美(みき)さん! 美樹(ほむら)さん! 僕の声、聞こえてる!? しっかりして」

 

 ソファに座っていた二人に視線を向けると、二人はいつの間にか眠っていた。

 だが、額に滝の汗を浮かべ、苦悶の表情を浮かべている寝顔はどう見てもうなされているようにしか映らない。

 これも自我が不安定になっているせいなのだろうか。服越しに身体に触れると僅かだが熱っぽい。精神が肉体にも影響している様子だ。

 このまま、寝かせてもいいものかと悩んでいると、二人はうわ言のように何かを呟いた。

 

「まさ、お……」

 

「……ま、さお」

 

 小さくて聞き取りずらいもののすれは僕の名前だった。

 普段よりずっと熱い二人の手を片方ずつ手に取ると、僕は語り掛けるように言葉を掛けた。

 

「そうだよ。政夫だよ。暁美(みき)さん、いつもみたいに元気で明るい、君を見せてよ。美樹(ほむら)さん、僕の部屋の窓を玄関代わりにしても怒らないから早く元に戻ってよ」

 

 僕の言葉にどれくらいの影響力があるのかは分からないが、それでも名前を呼ばれた以上話しかけない訳にはいかない。とにかく、一旦、客間に布団でも引いて寝かせよう。

 そう思って、彼女たちの手を離し、振り返ると異様な雰囲気を感じ取る。

 いつものリビングと同じなのにどこかがおかしいと感じさせる何かがあった。この雰囲気を僕は知っている。

 その時、さっきニュゥべえと話していた時に懐いた疑念に一つの回答を思い付く。

 入れ替えの魔女がソウルジェムだけを取り換えてすぐに逃げる理由。それは己が狩れるレベルまで獲物が弱るのを待っていたのでないだろうか。

 まるで毒が回り切った後のように、弱り果てたその時を狙う、そのためだけに逃げたように思わせていたのではないだろうか。

 最悪の想像を採点するように壁がぐにゃりと歪み、別の空間が塗り替えるように広がっていく。

 何度か見たことのある、魔女の結界が生まれる瞬間だ。

 カラフルな色が点滅を繰り返す。カラオケのライトに似ているが比べものにならない速さで光が切り替わる。

 足元には巨大な積み木のような台座がいくつも置かれ、それぞれ別の色に発光している。

 天井からはぬるりと降りてくるそれは話で聞いたシャム双生児のような腰のあたりでぴったり貼り付きあったキューピー人情のような魔女。

 

『『ljfesjnfrenfrjgjes.fnerasnvlernfn』』

 

二重になったような鳴き声を上げると、入れ替えの魔女は地面に着地した。

 




もう少しだけ長引きそうなのでまた三つに分けました。後編はしばらくかかりそうです。
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