魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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新編・第七話 崩壊の序曲

~ほむら視点~

 

 思い出した。

 私が何者なのか。

 何になってしまったのか。

 

「あはっ」

 

 笑みが。自嘲の笑みがこぼれた。

 

「チェダー、チェダー、エメンタール?」

 

 私をその背に乗せたべべが怪訝そうに上目遣いで、突如噴き出した私の様子を伺う。

 かつて魔女として立ち塞がったこいつが何故魔法少女の仲間として、この偽物の見滝原市に居るのかは知らない。

 だが、この結界を作った魔女ではない事は確かだ。

 

「あははっあははははははは」

 

 何故なら。

 この結界の主は、……私なのだから。

 手のひらを広げて、魔力を集め、欲しいものを想起する。

 その途端に手の上には一丁の拳銃が置かれていた。

 やはり私はこの中なら何だって都合よく変化させられる。

 それもこれも私が魔女だから。

 身に着けていたソウルジェムも、この盾もただの偽物。いや、言ってしまえば、今の私も本体ではない。

 私を乗せて飛行しているべべの背に、銃口を突き付けて乱射する。

 

「パルメザン!?」

 

 明らかに装填できる弾丸よりも多い発砲にも拘らず、弾切れは起こらなかった。

 突然、背中で走った痛みにべべは大きく身動ぎして、私を振り落とす。

 

「ロマーノ リコッタ ゴルゴンゾーラ!?」

 

 落とした私を追って、べべは下を向く。

 私は急速に真下へ落下していく心地に身を委ねながら、べべの開いた口に今し方生み出したそれを投げ込んだ。

 投げ込まれたそれ――破片式の手榴弾はべべの口内で爆発し、口の隙間から無数の破片を飛び散らせる。

 その一片が真下に居た私の額を切り裂いた。

 傷口は片方の目に流れ込む。けれど、傷を負った痛みも、血が目に入った痛みも感じなかった。

 まるで覚醒夢のようだった。意識ははっきりしているのに、本来あるべき感覚が何も感じない。

 ただ、ぼんやりと自分の血が未だ赤いという事が無性に笑えてきた。

 

「あはははっ……あ――――」

 

 地面に激突する瞬間。

 一番自分の叶えたかった願いが響く。

 『まどかを守れる私になりたい』。

 ずっと願い続けて、結局叶わなかった願い。

 まどかはもう届かない。彼女の願いは……自分以外のすべての魔法少女を救うために自らを犠牲にして、希望になる事だった。

 なら、もう私には何も残っていない。

 ――いいえ、まだよ。

 地面に激突し、衝撃が身体を叩く。巨大な金槌で全身を殴打されたような激しい感覚に目眩がした。

 しかし、やはり痛みは生じない。これだけ他の感覚は感じるのに痛覚だけが抜け落ちたような奇妙な違和感があった。

 ひしゃげた身体を起こす事もできず、私は私を俯瞰する。仰向けに倒れた自分の身体を遥か上から眺めている。

 切り替わった俯瞰視点の私は、落ちて潰れた私の思考を継ぐ。

 ――まどかはこの街で思ったはず。もっと生きたいと。幸せを感じていたいと。

 そうでなければ恋などしない。あの男を想って過ごした日々をこれからも続けていきたいに決まっている。

 そうだ。まどかは幸せにならないといけない。奪われた当たり前の日常を、取り返してあげなくてはならない。

 取り返さないと。取り返さないと。取り返さないと。

 私はそうして、目を醒ます。

 自分のあるべき姿に戻るために。

 意識が一度暗転し、水底から上に浮上していくような感覚が意識を包む。次に目を開けるとそこは不思議な空間だった。

 白いシーツを掛けられたベッド。そこは寝室を模している様子だった。だが、部屋というよりは蛾か何かの繭の中と言った方が似つかわしい。

 円形のドーム状に膨らんだ空間は太い繊維状のものが幾本も張り巡らされている。ところどころに深い穴が穿たれているが、その穴からは何の景色も見渡せなかった。

『真実なんて知りたくもないはずなのに、それでも追い求めずにはいられないなんて、つくづく人間の好奇心というものは、理不尽だね』

 

 聞き覚えのある、けれど聞きたくない声。

 それは私が居る寝室へと扉の隙間から侵入して来た。

 

「インキュベーター……やっぱり、何もかも、あなたの仕業だったのね」

 

『まあ、君ならいずれはきっと、答えにたどり着くだろうとは思っていたよ、暁美ほむら。僕らの事も思い出してくれたようで何よりだよ』

 

 白い小動物。耳から長い触腕を生やした猫のようにも見えるそいつはベッドの前までやって来ると、何の感情も映していない赤いガラス玉のような眼球で私を見上げた。

 結界の中に居た紛い物と違い、知性のある仕草で動き、人の言葉を操っている。もっとも口を動かしているのではなく、頭に直接言葉が流れ込んでくる訳だが。

 私は身体に掛かっていた白いシーツを剥がし、両の足をベッドの上から投げ出す。

 身に付けている衣服は見滝原中学指定の制服でもなければ、魔法少女の衣装でもない初めて見るゴシックなドレス。

 

「これも私の身体も……」

 

『君の命と魂が、今どこにあるのか気になっている様子だね。教えてあげるよ』

「それは興味深いね」

 

 インキュベーターではない別の声がした。

 いつの間にか、奴の後ろに黒い何かが置いてあった。音も気配も、予兆すらなかったものの、それは一瞬にしてそこに出現したものだと解った。

 そうでなければインキュベーターの身体よりも一回り大きい上、色も対照的なそれに気が付かない訳がない。

 形は円柱状で上部の縁だけが外側に薄く伸びている。

 逆さまになったシルクハットだと判別するのに僅かな時間が掛かった。

「僕にも聞かせてよ」

 

 シルクハットの中から、ぬっと一本の腕が突き出した。

 逆さまになった帽子の内側から這い出して来たその腕は白い手袋と黒い袖に包まれている。その構図は趣味の悪い絵画か、コラージュされた画像のように映った。

 奴が存在を感知して振り返るよりも早く伸びた腕は、獲物に触れたイソギンチャクのように俊敏な動作でインキュベーターを掴み取る。

 

『君は……』

 

「初めまして。この世界の孵卵器さん」

 

 声と共にシルクハットから腕だけではなく、頭や身体が這い出して来る。

 どう見たって帽子の内側を通れる大きさのものではないが、途中で詰まる様子もなく、するすると出て来る様は格好も相まってマジックショーのように見えた。

 最後に残った片足を抜くと、今しがた入口として使ったシルクハットをインキュベーターを掴んだ方とは逆の手で拾って頭に乗せる。

 

「ゴンべえ……」

 

 どうして、この場所に来られたのか。疑問を言葉にする前に彼は何でもない事のように答えた。

 

「何でここに居るのかって顔してるね。答えはこれさ」

 

 彼は空いている片手を一度握り込み、私に見せるように開く。

 白い手袋の上にあるのは細かな破片。小さく砕けたそれは僅かに紫色に輝いている。

 

「それは、私の」

 

「そう。君の『偽』ソウルジェムの断片だよ」

 

 そうか。何故、彼がソウルジェムを消さずに砕いた理由は私に分かりやすく見せ付けるためだけはなかった。

 砕いたソウルジェムの……私の一部を手に入れて私を追うための材料にするためだったのだ。

 どこまでも抜け目ない男。私はこの男の追跡を避けるためにわざわざ前の身体を捨てたのに、それすらこの手品師の格好をした男には無意味だったらしい。

 

「ある程度街の中で手抜きの場所と異常に作り込んでいる場所の範囲を調べていたけど、出口になりそうな場所が見つからなくてね。君がすべての記憶を思い出せば道が開けるかと思ったんだけど、これはビンゴってことでいいのかな?」

 

 その結果、黒髪さんの使い魔に追い回された訳だけど、と疲れたように彼は呟いた。

 

『イレギュラーな人物。ゴンべえ、だったかな。君はこの宇宙と一切の因果関系がない“二人目”の存在。暁美ほむらですら予測不能だったようだけど、君は一体何なんだい? 僕らの事も知っている様子だけど』

 

 ゴンべえに捕まっているインキュベーターは首だけを辛うじて動かして、彼に問いかける。

 それについては私も聞きたい。だが、それ以上にさっきの話の続きが気になる。

 彼もまた私と同じ気持ちのようで、インキュベーターに催促する。

 

「その質問はそっちが種明かしをしたら答えてあげるよ」

 

『……まあ、いいさ。元々、暁美ほむらには伝えようとしていた事だからね』

 

 前置きをしてからインキュベーターは壁に向けて、一つの映像を映し出した。

 そこにはどこまでも続く広大な砂漠。その一角で幾何学図形のようなものがいくつも空中に浮かび、円形に展開されている。

 中心には台座のようなものと、横たわって眠る――私の姿があった。

 胸の上で組まされた手の上には黒ずんだソウルジェムが無造作に置いてある。

 

『これがこの偽物の見滝原市の外側、現実世界の君の姿だよ』

 

「そんな……」

 

「ふうん」

 

 見せられた現実の私の姿に衝撃を受けた。他人事でしかないゴンべえはさして驚きもせずに眺めている。

 その態度に少し腹が立ったが、そのおかげでショックを必要以上に受けずに済んだ。

 インキュベーターは構わずに説明を続ける。

 

『僕たちの作り出した干渉遮断フィールドが、君のソウルジェムを包んでる。すでに限界まで濁りきっていたソウルジェムを、外からの影響力が一切及ばない環境に閉じ込めた時、何が起こるのか』

 

 あの、現実の私の肉体を覆うように展開されている幾何学図形のようなものはインキュベーターが作り出したものだと言う。

 そのせいで私のソウルジェムは濁り切っても円環の理に導かれる事なく、留まっているのか。

 インキュベーターはこれを実験と称した。

 魔法少女を浄化し、消滅させる力。私たちが“円環の理”と呼んでいる現象から隔離された時、ソウルジェムはどうなるのか。

 それを観測するためにこの大掛かりな事をしたのだと。

 遮断フィールドに保護されたソウルジェムが、まだ砕けていない以上、私は完全な形で、魔女に変化できなかった。

 卵を割ることができなかったヒナが、殻の中で成長してしまったように、自らの内側に結界を作り出すことになった。

 それがこの偽物の見滝原市。

 ここまで教えられれば嫌でも分かる。この偽物の街はソウルジェムの中にある世界なのだ。

 しかし、その説明だけでは説明の付かない点がある。

 

「外部と遮断されているなら、この結界に誰かが迷い込んでいるのはおかしいわ」

 

『そこはボクたちが調整してるのさ』

 

 淡々としているが、どこか得意げにインキュベーターは言った。

 フィールドの遮断力は、あくまで一方通行。

 外からの干渉ははじくけれど、内側からの誘導で、犠牲者を連れ込むことはできる。

 

『魔女としての君が、無意識のうちに求めた標的だけが、この世界に入り込めるんだ。ここまで条件を限定したうえで、なおも“円環の理”なる存在が、あくまで暁美ほむらに接触しようとするならば、その時は、君の結界に招き入れられた、犠牲者という形で、この世界に具現化するしかない』

 

 そうして、僕たちインキュベーターはこれまで謎だった、魔法少女消滅の原因をようやく特定し、観測することができたよ。奴はそう言った。

 

『それが“鹿目まどか”。君が以前から呼んでいた“円環の理”の別名。君のおかげで探す手間が省けたよ、暁美ほむら』

 

「そんな、じゃあ、これは……」

 

 私のせいだ。

 今、この街に私の知り合いが取り込まれているのは皆、私が招いた事……。

 

『過去の記憶にも、未来の可能性にも存在しない、一人の少女。この宇宙と一切の因果関系がない一人目の存在。彼女については暁美ほむらからの情報から推測はできた。でも、ゴンべえ。君は違う』

 

 インキュベーターはゴンべえに視線を向けた。

 私もまたつられて彼を見た。

 

『暁美ほむらとの関係性も見出せなかったにも関わらず、違和感もなくこの世界に紛れ込んできた。その上、神であるまどかさえ掛かった記憶操作を一切受けていなかった。一体、君はどうやってここに入って来たんだい?』

 

「誰もこんな場所に好き好んで来た訳じゃない。巻き込まれたのさ。どこぞの女神様がここに引き擦り込まれる時に消え失せる直前の僕の魂の残滓を掴んだ。意図的かどうかは知らないけど、そのせいで僕も引っ張られてここに落ちた」

 

 いい迷惑だよ、と吐き捨てる。

 概念化した後のまどかを知っている素振りだったが、彼の表情から決して好意的な感情を持ち合わせていない事だけがありありと読み取れた。

 

「まあ、僕のことは別の宇宙から来た魔法を使える少年Aとでも思ってくれればいいよ。それより孵卵器さん。僕なんかに構うよりも彼女にまだ言い足りないことがあるんじゃないの?」

 

『そうだね』

 

 インキュベーターは再び、私の方へ向き直る。

 

『さあ、暁美ほむら。まどかに助けを求めるといい。それで彼女も思い出す。自分が何者なのか、何のためにここに来たのかを』

 

 もはや聞く必要はない事だった。こいつがここまでする目的など一つに決まっている。

 いつだってそうだった。インキュベーターは世界が変わる前から同じ事を繰り返す。

 それでも私は尋ねた。

 

「インキュベーター、貴方たちの狙いは何?」

 

『もちろん、今まで仮説にすぎなかった“円環の理”を、この目で見届ける事。そして、干渉し、制御下に置く事だよ』

 

 こいつは抜け抜けとそう言った。

 

『観測さえできれば干渉できる。干渉できるなら、制御もできる。いずれ僕たちの研究は“円環の理”を完全に克服するだろう。そうなれば、魔法少女は魔女となり、さらなるエネルギーの回収が期待できるようになる』

 

 駄目だ。やっぱりインキュベーターの目的はまどかの支配。

 絶対にそんな事をさせる訳にはいかない。まどかには指一本触れさせる訳には……。

 胸の中で渦巻くどす黒い感情の奔流が周囲に流れ出す。繭状に広がる空間の穴からは眼鏡を掛けていた頃の私を模した使い魔達が這い出て来た。

 ここは私の結界の中。この中なら私は何だってできる。

 インキュベーターを掴んでいるゴンべえごと始末しようとした時。

 

「ああ。それは無理だね。孵卵器さん」

 

 ゴンべえが突如、口を挟んだ。

 

『どうしてだい? 円環の理でも観測できれば、いずれ……』

 

「だって、この偽物の街も、そこの黒髪の彼女も、その円環の理も。皆、僕が壊すから」

 

 使い魔達も、私も、インキュベーターも、彼の言葉を呑み込めず、無言で目を向ける。

 周囲の場が停止した。爆発寸前だった感情が困惑で塗り潰されいく。

 ゴンべえは逆にそんな私たちに対して、冷酷な笑みで返答した。

 

「何を驚いているの? 僕は早くこの場所から出て行きたいんだ。だから壊す。黒髪の魔法少女さんの願いも、孵卵器さんの野望も、円環の理の祈りも全部纏めて叩き壊して、僕はこの吐き気のする世界からさっさと出て行くよ」

 

 握っていたインキュベーターを無造作に握り潰し、その手にステッキを生み出すと頭上に掲げた。途端に現れた使い魔は溶けるように消え去る。

 (うた)うように彼は高らかに宣言する。

 

「それじゃあ、始めようか――魔法と奇跡の崩壊の物語を」

 

 そうだ。彼は最初から言っていたではないか。

 自分は魔法少女の敵なのだと。

 




やはりこのキャラは味方より、敵の方が似合いますね。
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