魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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久しぶりの投稿です。


新編・第十一話 止まらない時間

~ほむら視点~

 

 ……殺す。

 ――殺す!。

 関節に殺意を流す。骨だけで構成された巨大な腕はそれだけで自在に操れた。握り締めた筋肉のない拳は憎い敵へと伸びていく。

 魔女(わたし)の身体を動かす事にもはや何の抵抗もなかった。自分が魔法少女ではなく、魔女になったという感慨もほとんど起きない。

 今はただ、殺さなければならない敵への殺意以外は考えられない。感情を、想いを、呪いをひたすら奴にぶつけ続ける。それだけでいいし、それ以外はもう要らない。

 他のものは見えない。聞こえない。解らない。

 僅かに大切な友達の後ろ姿が脳裏でちらついたが、それすら殺意に塗り潰された。

 こんな汚い私にはもう彼女の傍に居る資格はない。だから、目の前に居る男の事だけに集中する。

 黒いシルクハットのつばを摘んで、ひらひらと舞う紙吹雪のように空中を駆ける手品師姿の少年。魔法少女の……いや、私の敵。

 ……ゴンべえっ!!

 骨身の拳で奴が浮かぶ空間を薙いだ。当たったのか、外れたのかなど気にも留めずに振るったままの勢いで繭の壁に叩きつける。

 繭に表面に映った澱んだ景色に罅が入るが、無視して壁ごと殴りつけた。

 虫を叩き潰すように何度も何度も擦り潰す。何度も何度も執拗なまでに握った拳を擦り上げた。

 死ね……死ね死ね死ねシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ――――ッ!

 ゴリッゴリッと嫌な音を立てて拳を繭の壁に押し付けすぎて、壁の強度の方が限界が来る。割れたテレビの液晶画面のように映像が途切れてブラックアウトして砕け散った。

 壁の破片が落下していく様を眺めながら、殺意で弾けた精神を落ち着かせる。

 ……奴はどうなった?

 砕けた壁の周囲を見回していると、頭上から耳障りな声が流れてくる。

 

「おや? 行き場のないストレス発散のための壁殴りはもう終わったの?」

 

 真っ赤な彼岸花が群生した魔女の私の頭の上。そこに平然とシルクハット片手にステッキを回すゴンべえの姿があった。シルクハットの上部をステッキの腹で擦り、ゴミを払っている。

 何故そこに、という疑問は起きない。こいつにはシルクハットを使って、ワープ移動ができる事を私は一度見て知っているからだ。

 この男はその気になれば好きな場所に転移できる。

 私が腕を薙ぐ瞬間、転移して私の頭部まで退避していた……。それでいて、こいつは私が壁を黙って見ていた。やろうと思えば、いつでも攻撃できる絶好の機会を敢えて見送ったのだ。

 

「気分が晴れたなら、ちょっとお話しようか」

 

 ゴンべえは私の頭の上から軽やかに壁の外にあったビルの屋上まで瓦礫の山に跳躍すると、私の方を仰ぎ見る。

 再び攻撃を放つか。……いや、無意味だ。隙だらけに映るが、この男が一筋縄ではいかない事くらい嫌でも学ばされた。

 衝動のままに動いたところで、ゴンべえは倒せない。それなら今は相手の出方を見るしかない。

 私が攻撃の手を止めたのを見てから、彼は一拍空け、口を開いた。

 今度はどのような侮蔑の言葉が吐き出されるのかと身構えたが、彼の紡いだ言葉は私の予想もしないものだった。

 

「黒髪さん。君は何でこの結界の中でも『魔法少女』なんて厄介な設定をそのままにしたの?」

 

 ――何を言い出すつもりなの?

 魔法少女の設定? そんなものたまたま私の心に刻まれていたものだからに決まっている。

 

「いやね、自分で都合のいい世界を創り出したのなら、化け物と戦う宿命を背負った魔法少女なんて綺麗さっぱり忘れちゃえばよかったんじゃない? それでも『魔女』になった君は『魔法少女』だという設定は残した。ナイトメアとかいう怪物までわざわざ生み出してまで。何でだろうね?」

 

 ――下らない。奴の言葉に耳を貸すな。

 どうせ、私を惑わせ、心を乱そうとしているに違いない。

 ビルの屋上に立つゴンべえに私は構わず、横薙ぎに拳を振り抜いた。鉄塊の如く重さの乗った一撃は大気を切り裂き、凄まじい速さを伴って屋上を削り取る。

 

「それで、僕は気付いた。黒髪さん。君は結局のところ『戦う』という事に拘ってる。没頭するようにしているんじゃないかって。今だって、ほら。戦いにのめり込んで僕の言葉に答えようとしない」

 

 少し離れた別の建物の上に移動していたゴンべえは得意げな顔で、私の内面を勝手に分析して語っていた。

 ――黙れ。黙れ。黙れ。

 苛立つ感情を押し殺し、私はさらにその建物を振り上げた腕で真っ二つに砕き割る。

 けれど、足場を壊す度に奴はまた離れた場所に現れ、訳知り顔で講釈を続けた。

 

「じゃあ、戦いに拘る理由は何だろうね? 闘争心を満たすこと? ままならない現状の憂さを晴らし? ……違う。違うよね、黒髪さん。理由はもっと単純で、矮小で、どうしようもない」

 

 ――気を逸らされるな。あいつを殺す事だけに集中しろ。

 奴の動きだけに注意し、攻撃を続けていけば、いずれは当たる。

 魔法少女の魔法や使い魔が消せてもここまで膨大な魔力の塊である魔女の身体はそう簡単には消せない。

 だから、一撃でも当たりさえすれば奴を殺し切れる。奴が魔法を使って避けているのも、こうやって言葉で私を惑わせようとしているのもその証拠だ。

 ――私は絶対に奴の言葉に耳を貸したりはしない。

 屋上から離れた屋上へと逃げるゴンべえに追い縋り、建物を砕いて回る。

 その際に時間停止の魔法をかけるが、当然のようにそれすら容易く消去し、のらりくらりと逃げて行った。

 別に構わない。奴のワープ移動の魔法の発動がほんの僅かでも遅れてくれればそれでいい。

 奴の魔法の発動が途切れたその瞬間を私は見逃さない。ただただそれだけに全感覚を集中させる。

 魔女の身体にも次第に慣れ、反応速度は上昇していく。

 

「その理由はね……」

 

 シルクハットを使ったワープ移動。だが……!

 今回は、奴の全身が帽子の中に入り込むよりも早く、私の腕は奴を捉えた。

 魔女の片腕が奴の身体をを殴り飛ばす感覚を得る。

 ――やった……私の集中力がゴンべえの魔法の発動に勝ったのだ!

 この機を逃すものか。

 奴に気付かれないように、上空へ浮かべていた魔力で作った飛行船をすかさず投下した。

 表面が激しく燃え、巨大な火球となり、奴が弾き飛ばされた場所を紅蓮の業火で焼き尽くす。

 地上を舐めるような炎の舌が蹂躙していく。油を浸した紙のように炎は一面に広がった。

 ――勝った……。

 如何に魔法を消す力があろうとも面での波状攻撃を防げる訳がない。

 

「今、君が体現していることだよ」

 

 声がした。

 そう思った瞬間には荒れ狂っていた炎の海は中心から渦を描くように消えていく。

 炎が消えた先には瓦礫の山に煤汚(すすよご)れ一つない顔のゴンべえが顔を覗かせる。

 魔女の腕で殴打され、燃え盛る飛行船に激突したはずの彼は、まったくの無傷で私に話しかけてくる。

 

「思考の停止。戦うことに思考を没入させることで君はそれ以外のことから逃げているんだよ。だから、外敵が居ないはずのこの世界でわざわざ倒すための敵を作った」

 

 ――……違う。

 

「僕と戦っているのも、そう。どれだけ相手が強くても、武器を掲げて挑んでいる自分にだけ意識を集めていれば、少なくともその時だけは他のものに思考を割り裂かなくて済む。未来のことを真剣に考えて行動するのは辛いからね」

 

 私の記憶の中で何度も何度もワルプルギスの夜に向かう自分の姿が映し出される。

 あの時の私は何を考えていたのか。次は。次こそはと思いながら、考えることを止めてはいなかったか。

 

「つまるところは現実逃避。誰よりも勤勉な振りをした、どうしようもない怠け者。君は戦うことだけで頭を一杯にして、未来を見ることから逃げたんだ」

 

『ち、違う、私は……』

 

 何とか取り繕うと魔女の声帯を震わせ、か細い声を発した。

 だが、魔女の巨体に比べれば遥かに小さな彼の口から吐き出された声に呑み込まれた。

 

「違わないよ」

 

 決して怒号を挙げた訳でも、声を張り上げた訳でもない。

 平坦な、けれどよく通る彼の声は私の頭の中に直接流れ込んでいるのかと錯覚するほどに明瞭だった。

 

「今。君はこの場所を焦土に変えた。ただ僕を殺すことだけに思考を染め上げてね」

 

『な、にを……?』

 

「まだ気付かないの? ここがどこなのか。この場所にあった建物が何だったかを」

 

 弾かれたように周囲を見渡す。

 喉元から嫌な予感が競り上がってきた。ここを、この場所を知っている。

 意識が点滅する。取り返しのつかない行いをした事に私はようやく理解した。

 忘れるはずがない。何故なら、この場所は……。

 

『まどかの、家……』

 

「ああ。そうだよ。今、お前が我を忘れて一切合切焼き尽くした場所は、鹿目家の家族が住んでいた家だ。お前が連れて来た本物の人間が居た建物だ」

 

 そんな……ではまどかのお父さんは、まどかのお母さんは……まどかの弟は……?

 嘘だ。そんなの嫌……あり得ない。だって、それじゃあ……私が殺したのは……。

 

「それがお前の本性だよ。思考を停止し、手だけを黙々と動かし、挙句の果てには取り返しのつかない事態をばらまく」

 

 冷ややかな言葉には憐れみすらも混じっているように聞こえた。

 呆然と大きな図体を伸ばし、私は焼け野原となったまどかの家を眺めていた。

 

「少しでもこの場所に誘導されていることに気付けば、直前で防げただろうに。お前はそれでも僕を殺すこと以外に思考を裂かなかった。――止めるのが上手なのは時間だけじゃなかったんだね」

 

 吐き捨てられた言葉に消えかけた殺意に灯がつく。

 そうだ……こいつのせいだ! こいつがすべて仕組んだのだ!

 奴の頭部を握り潰そうと腕を伸ばす。

 しかし、その腕は奴の身体に触れることすらなかった。

 

「もういいよ。それ」

 

 ゴンべえは無造作に持っていた杖を投げた。

 放った、という表現の方が適切なその投擲はまるで傘立てに傘でも入れるかのような緩やかな動作だった。

 宙へと放たれた杖は魔女の腕を飴細工のように溶かし、胴体を貫通。

 巨大な魔女の肉体は一秒も経たずに崩れ、すぐに薄れて消えていった。

 その場に残されたのは元の脆弱な私だけだった。足元には彼の投げた杖が無造作に転がっていた。

 ゴンべえはゆっくりとした足取りで近付いてくる。

 両の膝を突き、項垂れる私には後退りをする余力も残ってはいない。

 ――勝てる、勝てないなんて領域じゃなかった。

 最初から彼にとっては戦いですらない。遊ばれていた……。

 私の攻撃を避けていたのは、ただの余興。私の反応を分析していたに過ぎない。

 やろうと思えば最初の時点で私など簡単に消せたのだ。

 その結果、あろうことかまどかの家族をこの手で手に掛けてしまうなんて、ただの道化だ。

 ……ごめんなさい。まどか……。

 ゴンべえは杖を拾って、軽くテールコートを手で払った。

 そして、俯く事しかできない私の顎を摘まみ、無理やり表を上げさせる。

 

「どうしたの? また思考停止? ……ああ。鹿目家の家族が心配なら」

 

 シルクハットの内側を私へ見せた。

 

「当の昔にここから出してる」

 

 帽子の中身は夜の砂漠の情景が映し出されている。

 そこには大きなベッドで目を瞑り、健やかな寝顔を浮かべているまどかの家族の姿があった。

 どうして、と思わず疑問が喉から漏れた。

 

「どうしても何も、彼らは無理やり引き擦り込まれた被害者だ。元の世界に戻すのは当たり前だろう?」

 

 さも当然とばかりに彼は鼻を鳴らした。インキュベーターとは既に話をつけてあるからこの結界のものを送り出す分には問題ないんだよ、と付け加えた。

 心からの安堵が涙となって頬を伝った。彼らはまだ生きている……。燃えてなくなったのは建物だけ。

 

「貴方は……」

 

「うん?」

 

「どうして、まどかを殺そうとするの?」

 

 血も涙もない邪悪の塊に思えた男だと思っていた彼は、まどかの家族を安全な場所に逃がしてくれていた。

 私にはこの男の事が分からない。

 

「さっきから殺すってのは何?」

 

「え?」

 

「円環の理は『物』だろう? あれは感情エネルギーの力場が人型を取っているだけだ。単なる物理現象の一つだ。『物』は壊す、が正しい表現だよ?」

 

 呆れ果てた彼の顔は、出来の悪い生徒に対し、教師が諭すような物言い。

 そこには先ほどまでと違い、何の悪意も籠められてはいなかった。本心からの言葉だということが嫌でもわかった。

 

「『アレ』のせいで僕はこんな場所まで引きずり込まれた。恨みもあるし、また同じことが起きるのは嫌だからね。ここらで早々に消去させてもらうよ」

 

 ゴンべえはそう言って、シルクハットを被り直す。

 杖を片手に軽く、腕を回して空を仰いだ。

 空にはマミたち魔法少女……そして、まどかの姿が見える。

 彼は侮蔑と嘲笑を込めた笑みを私に送った。

 

「お前はいい囮になってくれたね。本当に僕の描いた振り付けどおりに踊ってくれた。ご苦労様」

 

 私が魔女として暴れる事も、まどかの家を壊す事も、すべては奴の手のひらの上だった。

 気付いた時にはもう手遅れ。為す術はない。

 あの時、戦いなど選ばずに結界の奥深くにまどかたちを連れて潜ればよかったのだ。

 ゴンべえのいう通り、私は思考を止めてしまった。

 それが楽だったから。何かをしていれば、先の事なんて考えずに済んだから。

 逃げてしまった。

 違う。逃げ続けて来たのだ。今まで。

 手足に力が入らない。魔女の肉体が消された時にごっそりと感情エネルギーも根こそぎ消失してしまった。

 もう魔法少女の姿になる事もできない。

 

「やめて……。やめて、ください……!」

 

 私には哀れに懇願する以外に何もできなかった。

 

「私はどうなってもいい……だから、まどかを……殺さないで……」

 

 涙を流し、掠れた声で叫ぶがゴンべえは私を視界に入れもしなかった。

 魔法を壊す魔王は振り返りもせず、立ち上がれない私から離れて行く。

 ――また、私は何もできない。

 時は止まってくれない。巻き戻しもない。

 無情にもあの男は進んで行く。

 

「ゴンべえ……」

 

 私は絶望の名を呼んだ。

 


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