魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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新編・第二十一話 魔法少女としての誇り

~マミ視点~

 

 

 私は独り。独りぼっち。

 思えば、魔法少女になった時にはとっくに何もなかった。

 一家で交通事故にあった後、父を失い、母を失い、そうして私は家族を失った。

 死を目前にし、私が願ったのは『死にたくない』だった。朦朧とした意識の中にあったのは生存本能のみ。

 その結果、魔法少女になる事と引き換えに私の命は繋ぎ止められた。

 見滝原市に一人残り魔法少女になって、魔獣と戦うと決めた時、私は付き合っていた友達と離れた。

 魔獣と戦う上で友達を巻き込みかねない。戦闘経験を積むためにも必要最低限の学生生活以外を犠牲にするしかない。

 建前。そんなものは建前だった。

 本当は……もう同じものを見ても共感できないからだった。

 同じ映画を見ても、同じ音楽を聴いても、もう彼女たちとは同じ思いを共感できないと分かった。

 得体の知れない化け物と対峙して、それを討伐する。その行為が私の日常になった瞬間、私の精神はかつての友達とは明らかに違うものへと変容してしまった。

 誰にも話せない孤独、いつ死んでもおかしくない戦闘への恐怖。誰にも理解してもらえない非日常が私の日常。

 どれだけ楽し気に話をしても、この子たちは魔女と戦って明日死ぬかもしれない私とは違う。命の危険と隣り合わせの生活をしている私の疎外感なんて分かる訳がない。

 集団の中に居ても独りだと感じた。いや、集団の中だからこそ、より一層、自分が異物なのだと認識させられた。

 周囲のお喋りが酷く空虚に感じた。日常が絵空事のようにしか見えなくなっていた。

 寂しがり屋な私が考え付いたのは孤高の英雄を演じて、孤独である自分を忘れ去る事だった。

 私は魔獣の脅威から人々を陰から守る戦士。勇気ある強い魔法少女。

 そうあるために私はひたすら魔獣との戦いに明け暮れた。

 リボンを生み出す魔法では火力に欠けると、マスケット銃へと加工する事を思いついた。

 戦闘方法を本で学んだ。戦うための精神の作り方を組み上げた。

 魔獣を効率よく倒せるようになり、魔法少女として強くなるたびに、私は皆からずれていくのを感じた。

 引き金を引く事に怯えていた少女は、いつしか心と体を切り離して動かせるようになっていた。

 そうして、私は「人でなし」になっていた。

 家族のように思っていた相手を脅威になると考えた時には、その首に手をかけるほどに。

 

「……マ……さ……きて、……だ、さい」

 

 声が聞こえる。暗闇の中で誰かが何か言っている。

 女の子の声だろうか。

 

「……さん。マミさん!」

 

 この声は、鹿目さんの声。

 目を開くと、彼女の顔が視界一面に広がる。そこでようやく、自分が目を瞑っていた事に気付いた。

 眠れない夜に目を瞑って眠気が来るまで耐えるように、ひたすら固く目蓋(まぶた)を閉じて、明日になるのを待ち続けるように。

 

 

「鹿目さん……」

 

「マミさん、起きてくれたんですね。よかった。早速ですみません、力を貸してください!」

 

 ホッとして胸を撫で下ろす彼女の姿を見て、私は(おもむ)ろに口を開く。

 

「私には、無理よ……」

 

「どうしてですか?」

 

 期待を裏切る発言をしたつもりだったけれど、鹿目さんは非難一つせずに疑問だけを投げ返した。

 私が意外に感じたのは言葉だけではなかった。その立ち振る舞いや表情からも焦りの色は確認できない。

 差し迫った状況だというのは気が付いたばかりの私でも分かるのに、彼女は穏やかな雰囲気を崩さなかった。

 だから、つい話そうとしていなかった事まで口を突いて出てしまう。

 

「私が、人でなしだから……必要なら仲間でも手に掛けられる非情な人間だからよ」

 

「マミさんは、自分が怖いんですね? 他人を傷付けてしまうかもしれない自分自身の事が」

 

「……そうよ。私は自分が怖くて、嫌いなのよ! 言わせないで……こんな情けない台詞……」

 

 惨めだ。

 こんな脆弱で、矮小で、何より醜悪な内面を他人に吐露してしまう自分がどうしようもなく惨めだった。

 ずっと夢を見ていればよかったのに。そうすれば、何も気付かない振りをしていられた。

 嫌いだ。

 嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだ嫌いだーー。

「私もです」

 

「……え?」

 

 強烈な自己嫌悪に思考が塗り潰される前に鹿目さんが零した言葉で意識が引き戻される。

 彼女は微笑みを崩さずに続けた。

 

「私も自分が嫌いです。自分が嫌いな事についさっき思い知らされました。望んでなったはずなのに、覚悟して背負ったはずなのに、それを重荷だと感じている私が身勝手で、かっこ悪くて、本当に情けない……」

 

 鹿目さんの笑顔は変わらない。それなのに何故かその表情からは深い後悔と羞恥の感情が読み取れた。

 

「それでも。それでも望んでなったからには責任を取らないといけない。だから私はどれだけ自分が嫌いでも、最後までやるべき事をやり通すつもりです」

 

「鹿目さん……それはとても辛い事よ」

 

「そうですね。多分、これから何度も打ちひしがれそうになると思います。逃げ出したいって願ってしまうかもしれません。けど、やっぱり“私が願った私”はそういう存在(もの)だから」

 

 彼女のその一言に――。

 私は過去の自分の姿を思い出した。

 怖くて、辛くて、それでもどうにか魔法少女になろうとする私。

 リボンしか生み出せない、どう考えても戦闘に不向きな魔法で魔女と戦う(すべ)を夜通し考えていた。

 結局、最後に辿り着いたのがリボンを編み込んで別物を作り上げるという結論だった。

 必死で武器や重火器の本を読んで、ようやく決まったのはマスケット銃。

 シンプルな作りで内部構造を覚え、リボンで銃を形作る作業。

 ああ……。願ったのは私だった。

 弱かった私(リボン)を、強い戦士(マスケット銃)にしようと、そう決めたのは私だった。

 

「……鹿目さん。嫌いな自分だとしても、そうなるよう願ったなら責任を取らないといけないのだったわよね?」

 

「はい」

 

「それなら……」

 

 私が最後まで紡ぐ前に、言葉は遮られた。

 

「なぎさは……なりたくてなった訳じゃないのです」

 

 言葉の主は傍で仰向けに倒れている白い髪の少女の乾いた唇から発せられたものだった。

 彼女は上体を起こすことなく、私たちへと言葉を投げかける。

 

「魔女になってしまったなぎさには、もう他に選択する余地はなかったのです……円環の理として戦う。気が付けばそれしかなかったのです。それでもやらないと駄目なのですか? 責任を取らないといけないのですか?」

 

 疲れ果てた問いだった。

 とても小学生くらいの少女の声とは思えない、擦り切れたような声音。

 こちらを見ていない瞳はぼんやりと虚空を眺めている。

 

「魔女じゃなくなる。それだけでなぎさには十分だったのです。呪いを生んで人を食べる化け物の宿命から逃れれられるなら何でもよかったのです。でも、なぎさたちは結局、変わっていない。……まどか。なぎさたちはあとどれくらい頑張ればいいのですか?」

 

 

~なぎさ視点~

 

 

 疲れた。

 終わりにしたい。

 消えたい。消えて綺麗さっぱりなくなりたい。

 なぎさは化け物。醜く、(おぞ)ましい魔女のまま。

 いや、それどこか今は使い魔。円環の理という魔女の使い魔。

 もう願いなんてない。何もしたくない。いっそ、あのまま、ゴンべえが消し去ってくれたなら、どれだけ楽だったか……。

 嫌。何もかも嫌。こう(・・)なってしまった自分が嫌い。こう(・・)し続けるしかなかった自分が嫌い。

 助けてよ……誰か……。

 

「ごめんね。私はずっとあなたたちをわがままに付き合わせてた。それがどれだけ残酷な事かも考えずに」

 

 誰かがなぎさの身体を優しく包み込む。

 桃色の髪が私の横目に移り込む。

 

「まどか……謝ってほしい訳じゃ、ないのです……」

 

 謝罪の台詞が聞きたい訳じゃない。仮にも魔女として人を食べ続ける運命から救ってくれた相手だ。

 何なら感謝さえ感じていた。

 ただ、どうしようもなく、疲れたのだと分かって欲しかった。

 たとえ、人を食べなくなっても、自分が化け物であり続ける事に嫌気が差した。

 本当に、ただのそれだけ。

 

「うん。分かってる。だから、約束するよ」

 

「……約束?」

「必ず。必ず、あなたたちに終わりを与えてあげる。どれだけ時間が掛かっても必ず守るよ」

 

 なぎさの顔をまっすぐに見つめて、まどかはそう力強く宣言した。

 その表情は、なぎさを初めて(・・・)迎えてくれた時よりも大人びて映った。

 

「……なんなのですか、それは」

 

 馬鹿だ、この人……。本当に馬鹿みたいに甘くて……優しい。

 だから。

 だから、なぎさは――。

 

「…………それで、言いたい事はそれだけなのですか?」

 

「ごめんね。ここまで付き合わせておいて言える台詞じゃないんだけど、まだ手伝ってほしいの」

 

 唇を引き結んで、絞り出すように、けれど、はっきりと彼女はなぎさに頼み込んだ。

 誰かを酷使する事を心を(さいな)んでいるのが見て取れた。それでも、ここで自分だけの力ではどうにもならないから葛藤を呑み込んで、協力を要請している。

 まったく、何なのだ。この呆れるくらい優しい神様は。

 

「わがままに付き合わせてた事を謝るくせに、また付き合わせるのですか? 本当にダメダメな神様なのです」

 

「本当にごめん。でも……」

 

「いいのです。仕方ないから、もうちょっとだけ手伝ってあげるのです」

 

 倒れていた身体を起こすと、痛みは残っているものの肉体の損傷はそれほどでもない。

 近くで成り行きを見守っていたマミにもびしっと指を突き付けて、尋ねた。

 

「マミもそれでいいですよね?」

 

「ええ、構わないわ。私も責任を取らないといけないから。魔法少女としてのね……でも、あなたには」

 

「さっき首を絞められたのは忘れてあげるのです。その代わり、あとで美味しいチーズでも食べさせてください」

 

 マミの表情からさっきゴンべえの口車に乗せられた事を咎めているのは分かっていた。

 だから先回りして、許してあげた。

 ここで悩まれたりしても仕方ない。それになぎさ自身拒まなかったのはそれもそれで仕方ないと納得できていたからだ。

 

「なぎさ、さん」

 

「それじゃあ、手品師退治と行くのです」

 

 言うが早いか身体から消えていた魔力をもう一度解き放つ。

 魔法少女の衣装へと姿を変える。

 マミもまだ何か言いたげな顔をしていたが、すぐに同じように魔法少女の衣装へ変身した。

 

「まどかは」

 

 どうするのですか、と聞こうとして自分でもあまりに無粋な質問だったと気付く。

 彼女が今、一番行ってあげないといけない場所はゴンべえの前じゃない。

 

「行ってあげてほしいのです。ほむらの元へ」

 

「うん。ありがとう。なぎさちゃん。マミさん。すぐに私も駆けつけるから」

 

 まどかはそれだけ言うとほむらの元へ駆け出した。

 本当に世話の焼ける神様だ。でも、そんな彼女だからこそ、もう一度手を貸そうと思えた。

 それじゃあ、本命が登場するまでもう一頑張りしないといけない。

 

 

~杏子視点~

 

 

 強い。

 いや、決して侮っていた訳じゃない。

 ゴンべえ(こいつ)が想定していた強さを遥かに上回っているんだ。

 魔女の姿になったさやかが歯車を生み出し、奴目掛けて射出する。避けたり、防いだりするその隙にアタシは槍を突き立てるため、歯車の陰に隠れ飛び掛かった。

 だが、ゴンべえは避けるどころか、その歯車の輪にステッキを刺して掬いあげると、あろうことか“投げ返して”きやがった。

 こいつの強さはスピードだとか腕力だとかじゃない。もちろん、それもなくもないがもっと恐ろしいところは別にある。

 柔軟性だ。

 こっちが一番取ってほしくない行動や思いがけない方法でアタシたちの攻撃を防いでくる。

 だが。

 

「それでもアタシの方が一枚上手(うわて)だ!」

 

 槍を水平に回転させたまま、その勢いを利用して、歯車を弾きながら接近。

 コマ廻しのように回転斬りをお見舞いしてやる。

 アタシの槍と奴のステッキ。その武器の一番の差は間合いの長さ。取り回しが難しい槍だが、距離によっては一方的な得物になる。

 この近さならアタシの一撃が決まる。アタシらの武器も消失させられないのはさっきまでの戦いで確認済み。

 必殺、とは言えなくてもでかいダメージは必須。

 

「リーチが足りないって思ってる? なら、『伸ばそうか』」

 

 すっと、ゴンべえはステッキを“引っ張った”。

 当たるはずだったアタシの斬撃は伸ばされたステッキによって切っ先をずらされる。

 武器が伸びやがった。

 一瞬、その事に気を取られかけたが、アタシの槍だって同じ事。

 槍を節昆(せつこん)状に変え、長くなったステッキを絡め取る。

 これでこいつの攻撃は封じ込めた。

 

「甘ぇよ! さやか!」

 

 アタシの言葉に呼応するように大振りのサーベルが奴の頭上に落とされる。

 ここで即座に武器を手放して後ろに下がるならそれでもいい。

 魔力で武器を生み出す刹那にアタシは十発以上の突きを叩き込める。

 しかし、意外にもゴンべえは得物を放す素振りを見せない。

 奴の頭の数センチ上にさやかの刃が迫る。

 今度こそ、決まった。

 そう思った時、ゴンべえはずるりとステッキを絡んだ節昆から“抜き取った”。

 ステッキは黒い布へと変形していた。

 新たに作り出したんじゃなく、ステッキを布状に変えたのだ。

 抜き取った黒布を迫りくる刃を包んで受け流す。黒布は破れる事なく、巻き付き、最小限の動きをもってさやかの攻撃を()なした。

 

「何!?」

 

 攻撃を避けたついでに、さやかのサーベルに巻き付いていた黒布をもう一度長いステッキへと戻し、アタシを突き飛ばす。

 腹部に重たい一撃を受けて、呻きながら地面を転がった。

 

「ぐほっ……」

 

『杏子!?』

 

 慌てるさやかだったが、それもゴンべえの手の内だったのだろう。

 意識がアタシに移ったさやかの上まで、伸びたステッキを棒高跳びの棒のように使い、跳ね上がる。

 空中で長さを戻したステッキをさやかの頭へと突き立てた。

 

『あぐ!』

 

「大きくなった分、動きが緩慢になったね」

 

 ごりっとステッキを捻じ込むように、突き刺したステッキで抉る。

 黒い血液が噴水のように魔女の姿のさやかから溢れ出す。

 さやかの悲鳴とも絶叫とも付かない声が響いた。

 

「さやかぁぁぁぁ! てんめぇええええ!」

 

 腹部に受けた痛みなど怒りで掻き消えた。地面を蹴って、奴へと怒りの一撃を放つ。

 

「さやかから離れろぉぉ!」

 

「可愛い妹さんを気付けられて激昂……本当に分かりやすいなぁ、赤髪」

 

 侮蔑した目で突き刺したステッキを布状にして引き抜くと、そのまま、アタシに向かって放った。

 黒布が眼前で広がり、視界を遮る。

 

「そんなもん関係ねえ! さやかはアタシの友達だ!」

 

 黒布を切り裂き、視界が開けた先にはゴンべえの姿はなかった。

 

「そう。でも、まあ、冷静さを失ってることに変わりはないんだよね」

 

 後ろに居る。そう気付いた時には背中に衝撃が走り、地面へ叩き落とされた。

 受け身も取れずに地面に激突する。痛みを抑え、腹這いになったアタシの背を奴の脚が踏み付けた。

 

「確かに仲間が居るというのは心強い。一人では超えられない壁も越えられるかもしれない。でも、時として足枷にもなるんだよ」

 

 睨みつけようと上を向いたアタシの目にステッキの先端を突き付ける。

 

「こんな風に」

 

 油断はなかった。致命的な失敗はしていない。

 それでもここまで完敗するなんて。

 口惜しさに歯噛みしたその時、聞きなれた声が耳に届く。

 

「か弱い女の子の背中を踏むなんて、男の子として最低の行為よ」

 

 連続する銃声。どれほどの攻撃をしても決して避けずに、往なしていたあのゴンべえが初めて回避を取った。

 地面に刻まれた銃痕から黄色のリボンが蔦のように生え、宙に跳んだゴンべえの脚を絡め取ろうとする。

 そのまま、空中で横薙ぎにステッキを振るい、リボンを引きちぎるが、その間に声の主はアタシと奴の隙間に割って入っていた。

 颯爽と遅れて来たヒーローのように登場したのは……。

 

「遅ぇよ、マミ」

 

「ごめんなさい。少し見出し身を整えるのに時間が掛かったの。ねえ、なぎささん」

 

「そうなのです。ガサツな杏子と違って立派なレディはお化粧に時間が掛かるものなのです!」

 

 一緒に現れたなぎさと軽快なジョークを飛ばす、かつてアタシが憧れていた魔法少女の先輩だった。

 




大分、遅くなりましたが、投稿です。
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