魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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新編・第二十二話 舞い踊る仕掛け杖

~マミ視点~

 

 

「おやまあ、可愛いお嬢さんがまた二人も増えたね。これは男冥利に尽きるってものだよ」

 

 私たちからやや距離を取ったゴンべえは薄笑いを浮かべて、黒いステッキを握る。

 肌に感じるひりひりとした圧力が私の身体を撫で回す。

 戦場に戻って来てしまったという実感が今更ながら感じられた。

 だけど、もう私の胸に諦念の二文字はない。

 ソウルジェムから伝わる魔力はさっきまでとは比べ物にならないほど確かに流れている。むしろ、ナイトメアと戦っていた時よりも出力が上がっているようにさえ思えた。

 魔法は十全に使える。

 戦力は私となぎささんに佐倉さん、そして美樹さん……でいいのよね? あれは。

 王冠のような頭と大きな剣を二本携えた人魚のような異形。魔獣とは姿かたちは異なるものの、雰囲気だけは同質のように思えた。

 一番近いのはべべだった時のなぎささんかしら?

 あれがきっとゴンべえのいう『魔女』。

 少なくとも佐倉さんと共闘していた以上、美樹さんの意思は残っていると考えていい。

 

「佐倉さん。さっそくだけど先に戦っていて分かった事があれば教えてちょうだい」

 

 視線だけは目の前の敵を見据えたまま、後ろで起き上がりつつある佐倉さんに問いかける。

 

「あいつのステッキ。多分、あれはアンタの銃と同じだよ」

 

「同じ?」

 

「マミがリボンを銃に変形させているように、あいつは黒布を杖に変えてる。じゃねぇとあそこまで一瞬で形を変えられる事に説明が付かない……あいつが魔法で生み出せるものはステッキじゃなく、黒布の方だったんだ」

 

 忌々しそうに語る彼女の言葉にゴンべえは嬉しそうに首肯した。

 

「ご明察! よく気付いたね。正解だよ、僕の生み出せるものは」

 

  黒いステッキの両端を指先で摘んでから、軽く振る。

 パッとステッキが“開いた”。

 棒状だったそれは、一瞬にして黒い布へと変化する。

 

「この通り、『ハンカチ』だけ。形は変えられるって言っても、そこの金髪が使うマスケット銃みたいに複雑な内部構造のものは出来やしない。せいぜい、こんな」

 

 喋りながら片手で広げた黒い布の右端を摘み、もう片方の手で握るように対角線上にするすると伸ばしていく。

 

「単純な形状のものくらいだよ」

 

 黒い布、いや彼の言葉を借りるなら『黒いハンカチ』はあっという間に元のステッキへと戻った。

 その光景は彼の格好と相まって、本当に手品のように映った。

 

「もっとも、短期間で壊れる程度でいいなら、動物とかも作れはするけどね」

 

 おもむろにステッキの端を咥えると、そこから息を吹き入れ始める。すると、細長い風船のように膨らんだ。

 器用にそれをバルーンアートの要領で捻り、デフォルメめいた質感の黒いウサギを創造する。

 完成した黒いウサギは本物のウサギのように彼の手から飛び出し、ぴょんぴょんと辺りを駆け回った後、パチンと破裂音を一つ残し、消え失せた。

 簡単にゴンべえがやってのけた魔法に私は息を呑む。

 私がリボンをマスケット銃に変えられるように相当な時間と労力を要した。 

 それ以上の事を意図も容易く行う様はまるで神様のように思えた。

 種も仕掛けもない手品。まさに魔法という単語が相応しいだろう。

 しかし、ここで気圧されてはいけない。ペースを崩されたらそのまま流れを持っていかれてしまう。

 私と同じように固唾(かたず)を呑んで、圧倒されている佐倉さんに再度質問を投げた。

 

「他には何かないの?」

 

 できれば、戦術に組み込めるレベルの情報が欲しい。

 

「……あいつは近接戦闘しか仕掛けて来なかった。マミみたいな遠距離攻撃ならもしかしたら()があるかもしれねぇ」

 

 これは朗報だ。いくらハンカチから飛び道具を形作れたとしても、遠距離戦に慣れていないとなれば私の方に一日の長がある。

 思い返せば、魔法を無効化されていた時も私や鹿目さんの遠距離からの攻撃には打ち消すだけに留めて、反撃はほとんどしてこなかった。

 それなら私を攻撃の起点として、他の皆にはヒット・アンド・ウェイで攪乱してもらえば、勝算はあるかもしれない。

 

「それじゃあ……」

 

 号令を掛けようとしたその瞬間。

 何でもない事のようにゴンべえは口ずさんだ。

 

「そろそろ、頭数も増えたし、ちょっと本気出そうか」

 

 彼の背景が波打つように歪んだ。

 

「……え?」

 

 巨大な黒い布だ。

 数十メートルにも及ぶ大きな布が現れ、風に揺れるカーテンのように(なび)いている。

 その黒い布から気泡の如く、いくつもの点が浮かぶ。

 

「おい、あれ……まさか」

 

 佐倉さんが呆然とした口調で呟く。

 私は可能な限りの魔力をリボンに変え、私たちを覆う障害物を作り出す。

 

「佐倉さん! あなたも協力して障壁を!」

 

「分かっ……」

 

 彼女へ指示を出したが、もう遅かった。最悪の想像に応えるように、最悪の現実が訪れた。

 『黒い雨』が私たちへと降り注ぐ。

 数えることさえ愚かだと思えるほどの黒色のステッキが一斉に発射された。

 どうにか耐えてみせる……。

 けれど、目の前の光景が私の希望を消し去った。

 弾かれたステッキが巻物のように開いて布に――即ち新たなステッキを生み出す門へと変わっていく。

 射出されたステッキ一本がその何倍もの量を生み出す、悪夢のような総射撃。

 地面に、宙に、黒い色がまた一枚広がる度に攻撃の密度が桁違いに上がっていった。

 瞬時に作ったリボンの障壁は衝撃を受けるごとに隙間を生み、その隙間を抉る様に無数のステッキが穿(うが)っていく。

 杏子さんが同じく、壁を外側に張り巡らせるも、付け焼刃にしかならず、障壁が砕け散るのをほんの少し遅らせる結果だけに留まった。

 消失ではなく、破壊。

 圧倒的な物量から生まれる力によって、私たちを守る壁は崩壊した。

 なおも勢いを増して、空を踊り狂うステッキたちは私たちの身体を串刺しにせんと舞い降りてくる。

 明確な死を覚悟した私だったが、とっさに魔女になった美樹さんがその巨体を盾として庇うように立った。

 

「美樹さん! 駄目!」

 

『ここは私がっ、あっああああああああああああああああああああああ!』

 

 降りしきる黒いステッキが彼女のシルエットを削っていく。

 絶え間なく続く粉砕音だけが鼓膜を叩く。墨汁のような黒い血が流れ、彼女の背に守られた私たちの顔へと滴り落ちた。

 佐倉さんやなぎささんが何か叫んでいるが、もはや何を言っているのか聞き取れない。

 絶望的な状況。その一言だけが相応しい惨状が広がっていた。

 唐突に音が止んだ。

 静寂が訪れる。

 砕けた魔女の残骸から、元の美樹さんが零れるように落下する。

 慌てて、受け取った彼女は黒い血をべったりと纏わせていた。

 良かった。か細いけれど息はしている。

 衰弱しているものの、まだ彼女は生きている。

 

「マミ、……!?」

 

「マミ!」

 

 佐倉さんとなぎささんが強張った表情で私を呼んだ。

 

「大丈夫よ。美樹さんは」

 

 安心させるため、彼女の命に別状がない事を伝えようとして、気付いてしまう。

 二人が私ではなく、私のすぐ後ろ見ている事に。

 

「大丈夫じゃないだろう。この程度で全滅しかけたのに」

 

 ほんの数センチ後ろから声が聞こえた。

 

「お前、どう、して……?」

 

 佐倉さんが狼狽えた表情で私の後ろを見つめている。

 背後に居る彼は何を当たり前の事を聞いているのかといった口ぶりで答えた。

 

「どうしてって……まさか、どうやって近付いたか聞いてる? 前に見せたはずだよ。僕がハンカチを使って空間転移できるって」

 

「さっきまで使わなかったじゃねぇか」

 

「使う必要を見出せなかったからに決まってるだろう?」

 

「そんな……ならまどかを直接追う事だって」

 

「できたよ。やらなかっただけで」

 

 佐倉さんに平然と答えた彼は私の脇を通り過ぎ、少し離れた場所で座れそうな大きさの瓦礫に腰掛けた。

 その瞬間、私たちは理解した。この男は戦っていない。同じ土俵に立ってさえいない。

 本当に。本当にただ遊んでいただけだ。

 その気になればいつでも潰せる虫を指先で弄んでいたようなもの。

 

「それで、まだやる? ああ、忘れっぽいお前らに言っておくと、さっきのでここら一体にハンカチを撒いたから」

 

 激昂した佐倉さんがゴンべえの言葉を遮って、飛び掛かった。

 握り締めた槍を奴の懐に突き入れる。

 鮮血の血が彼女の赤い槍を濡らした。

 

「“こういうこと”もできるんだ」

 

 広げたハンカチに彼女の槍が深々呑み込んでいた。

 代わりに、佐倉さんの足元に落ちていた別のハンカチから槍の切っ先が屹立(きつりつ)している。

 彼女の脇腹を大きく抉りながら。

 

「ク……ソが」

 

 膝を落とし、彼女はずるずると滑るように沈み込む。

 

「佐倉さん!」

 

 今、彼は空間を“捻じ曲げた”。

 そんな事までできるなら、もうこの男は神様と同じように何でもできるんじゃ……。

 絶望と諦念が脳裏を過る。

 いいえ。狼狽えて泣き言を言うために戻って来たんじゃない。

 よく考えなさい。マミ。

 何のための、『ひとでなし』なの?

 ここで状況を冷静に分析できなくて、何のための『戦士』なの?

 感情を冷却しなさい。

 抱いている血塗れの後輩の心配を消しなさい。

 脇腹を切り裂かれた後輩を眺めて、なお考えなさい。

 この状況で必要なのは分析力と洞察力のみ。

 優しさも親切心も凍結しなければ、皆殺しにされるだけ。

 そもそも私たちの魔法は一種類。彼もまたそのルールに乗っ取っているならば。

 魔法の無効化と空間転移に何らかの関連性があるはず。

 魔法を、消す。魔力を、無くす。それがゴンべえの魔法。

 幸い、私たちの魔法を無効化する力は、再度変身した時になくなった。

 魔力で作られたものを消す魔法は私たち自身の武器にはもう効かない。

 

「!」

 

 何かが糸口のようなものを引き当てた感覚する。

 そうだ。私たちの武器以外なら消せる。

 それが魔力で作られたものならば。

 そして、ここは。この場所を満たしているものは――。

 

「魔力で作られた空間を消しているのね。間にある空間を消す事で距離をゼロにしているってところかしら」

 

 それがゴンべえの空間転移のトリック。

 転移能力はこの魔女の結界という、魔力で作れた空間だからこそ使える裏技のようなもの。

 周りが魔力でできているからこそできる、彼の魔法の応用。

 聞いてらしいゴンべえは感心した表情で拍手した。

 

「凄いね。大正解。よくできました。じゃあ、もう攻略方法も分かったんじゃないかな?」

 

「本当なのですか、マミ!?」

 

 私の代わりに佐倉さんを助け起こしにいったなぎささんの言葉に私は頷いた。

 ただ、これは暁美さんの協力が必要不可欠になる。

 私たちの封じられた魔法が再び戻ったように、彼女に掛けられた魔法が解除されれば空間転移は使用不可能になる。

 彼女がこの魔女の結界の支配権を取り戻しさえすれば、勝ち目はある。

 鹿目さんが暁美さんを立ち上がらせてくれたなら、私たちは打ち勝てる。

 

「うーん。その反応。何か考え違いをしているね。ひょっとして、僕が黒髪にお前たちと同じように、魔法を封じたとでも思ってる?」

 

「違うとでも言いたいの?」

 

「うん。僕がやったのは彼女に穢れを放出させた上で、それを消滅させただけ。謂わば、彼女は出涸らしだ。でも、彼女がこの空間の核なのは今でも変わらない」

 

 すっと顔から血の気が引く。

 ならば、ゴンべえが言う攻略方法というのは。

 

「あ、気付いたみたいだね。そうだよ、あの黒髪。魔女の結界の主が居なくなれば、この空間を維持できなくなる。当然、魔力もなくなる。それどころか、ここから出られる。やったね」

 

 この男はこう言っているのだ。

 自分に勝ちたければ、暁美さんを殺してみろと。

 こうしてわざわざ止めを刺さずに、種明かしをしたのも、これが目的だったのだろう。

 この男はやはり魔王だ。血の通わない外道だ。

 ただ滅ぼすのでは飽き足らず、人としての尊厳を剥奪して私たちを滅ぼそうとしている。

 

「誰か一人くらいは急いで彼女を殺しに行けば、僕に勝てるようになるかもしれないね。さて、お喋りも飽きたし、二度目のダンスパーティーと洒落込もうか。さっきよりも激しく踊って見せてよ。お嬢さん方」

 

 魔王は瓦礫から立ち上がるとステッキを大きく振り上げた。

 

 

 

~ほむら視点~

 

 

 酷く既視感があった。

 私は何度も何度もこういう場面を見て来た気がする。

 そう、まどかはいつも私を置いて先へ行ってしまう。こうして置いてきぼりを味わうのはいつだって私だ。

 最初の時間軸でも、次の時間軸でも、次も、その次も……ずっと繰り返してきて、最後の時間軸だって同じだった。

 彼女は私を解ってくれたように見えて、いつだって解ってくれなかった。

 私も。私もまたここまで来ても彼女の事も、自分の本心すら解っていなかった。

 結局、解り合えないまま、こんなところまで来てしまった。

 

「ほむらちゃん」

 

「まどか……」

 

 待ち焦がれた彼女の声につい反応してしまう。

 もうどうにもならないと。もうどうでもいいと。そう思ったのに。

 それでも、やっぱり諦めきれないよ。

 

「私ね。ほむらちゃんに聞いてほしい事が合って来たの。聞いてくれる?」

 

 聞きたくない。聞けば、また別離がやって来る。

 少なくともここで終わるのなら、最期までまどかと一緒に居られる。

 

「嫌……嫌だよ……」

 

「ごめん。それでもほむらちゃんにだけは言わなくちゃいけない事だから」

 

 まどかは私に謝ってから感情を落ち着けるためにか、深呼吸して始めた。

 

「私ね。神様が嫌だった。大切な人たちと離れ離れになった事も、やらなきゃいけないって気持ちに押されて突き動かされるのも全部嫌だった。おかしいよね、自分でやるって決めたのに」

 

 恥かしそうに彼女は笑った。

 全然恥ずかしくないよ。それが普通だよ。そう言いたいのに胸に抱えた想いが大きき過ぎて言葉にならなかった。

 

「でもね、それでも何もかも奪われそうになって初めて気付いたの。私にはそれと同じくらい好きなものがあるって」

 

 しゃがみ込んだまどかは横たわった状態の私を起こすように支えてくれた。

 

「私は魔法少女が好きなの。真摯に願いを想う彼女たちが好き。そのために危険を冒して戦う彼女たちが好きなの。その願いが誰かにとって呪いであっても。叶ってほしいって願う彼女たちの祈りは本物だから」

 

 心臓が高鳴る。恐怖だ。恐怖を感じている。彼女を失う恐怖を。

 私は耳を塞ぎたい気持ちで頭がいっぱいになる。

 それでも私は言わずにはいられなかった。

 

「そ……そんなの関係ないよ。私はまどかが好きだよ。誰よりも大切だよ。まどかは私よりも大多数の方が大事なの!?」

 

 まどかはそれを聞いて、少しだけ悩んでからこう答えた。

 

「同じくらい大事。比べられないよ」

 

「顔も名前も知らない人たちと私は同じなの!?」

 

「顔も名前も、願った事まで分かるから」

 

 ほとんど泣きながら訴える私に、まどかは努めて静かに答える。

 ああ、駄目だ。やっぱりまた同じになる。

 もう繰り返せないのに、聞きたくない言葉だけは繰り返し聞かされる。

 

「……まどかぁ」

 

「ほむらちゃん。私、魔法少女になるよ」

 

 何よりも聞きたくないその台詞を口にした彼女は、その手に桃色のソウルジェムを握り締めていた。

 

 

 




後、四話くらいで終わらせます。

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