魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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新編・第二十四話 ダーティガールズ

~さやか視点~

 

 

 なぎさっ……! 

 目の前で大切な仲間の身体が無数に細切れにされようとしている。

 できる事なら今すぐにでも飛び出して行って助けてあげたい。

 でも、それをしたところで状況は好転しない。それどころか、今よりずっと悪くなる。

 ああ、いつもの考えなしの自分に戻りたい……。

 胸の奥で(ほとば)る衝動を必死で抑え込み、ソウルジェムから流れる魔力の反応を可能な限り弱める。

 ただマミさんからの合図を辛抱強く待つ。

 

『美樹さん。──アマノジャク作戦を開始するわ』

 

 来た!

 私はソウルジェムを通して送られてきた声を聞くや否や、瓦礫の隙間から這い出した。

 彼我距離、およそ三十メートル。ちょうどゴンべえの背後を取る形で陣を構える。

 が、瞬時に射抜くような鋭い目が私の身体に突き刺さった。

 これは、ゴンべえの視線……! 完全に意表を突いたタイミングなのにもう捕捉された!?

 顔だけ振り向いた奴と、視線が絡み合う。

 もうそれだけであいつが何を思っているか伝わってきた。

 私が剣を振り上げ、突撃してくる事を確信している目。

 こいつを助けに来たんだろう? 早く来なよ。

 そう思っているに違いない。

 でもね、ゴンべえ。

 私の目的はそこじゃないんだよ。

 足元に剣を二十本作り出す。そして、深呼吸を一つ。

 震えそうになる指先を一度握り締め、

 ――柄を掴み、奴目掛けて投擲する!

 ゴンべえの目が驚きに染まる。

 何故なら、ゴンべえの周囲には空中に固定されたなぎさの肉体のパーツが浮かんでいる。

 あいつを攻撃するという事は、なぎさの身体ごと傷付けるという事。

 

「うっ……あああ!」

 

 投げた剣の刃が浮かんでいる手足の部位を巻き込み、血飛沫を散らし、なぎさの絶叫が響き渡る。

 くっ、なぎさ……ごめん……。

 私の凶行に一瞬だけ呆けていたゴンべえだったが、弾かれたように動き出す。

 

「……っ」

 

 新たに布を生み出すよりもなぎさの身体を固定している布で身を守った方が早いと判断したようで、彼女の身体を分断している布を剥ぎ取り、それで身を隠した。

 だけど、マミさんの弾丸を封じるために複数になぎさの身体を分けた事が災いし、初撃に対応できず、左手の甲を刃が切り裂く。

 もし、これがマミさんの弾丸だったのなら、密集したなぎさの身体のパーツが盾になっていた。マミさんのティロ・フィナーレなら火力が強すぎてなぎさを殺してしまう。

 そもそも、現れたのが時に容赦のない判断を下せるマミさんであれば、ゴンべえは即座に警戒して、あらかじめ布で自分を覆っていただろう。

 でも、現れたのが私だったら?

 弾丸の『点』でも、大砲の『面』でもなく、私の剣という『線』での攻撃なら?

 私が絶対にやりそうもない“仲間の犠牲を(いと)わない遠距離攻撃”という、予想外の攻撃は防げないでしょ!

 さらに畳みかけるようにマミさんが放った黄色の弾丸が(あられ)の如くゴンべえへ降り注ぐ。

 図らずもなぎさを解放してくれたおかげで、マミさんが手を(こまね)いている理由がなくなったからだ。

 弾丸のほとんどは私の剣と同じようにゴンべえの広げた布へと吸い込まれていくが、その何発かは布の隙間から手足を削る。

 数枚の布を巻き付けるように纏った奴は、すっと姿を消した。

 自分の冷酷な行為に吐き気を感じながらも、私はその光景を目に焼き付けていた。

 直後、私の元へ場所に投げた場所に最初の一本を除き、投擲した剣やマミさんの弾丸が破砕音と共に打ち込まれる。

 

「あ、ぐっ、がはっ……」

 

 ……この街に配置されたあいつの布はすべてがドアになる。遠距離攻撃をすれば、そっくりそのまま送り返される。

 分かってはいたけど、どこにも逃げ場がないなら下手に移動せずに受けた方がダメージはコントロールできる。

 まして、私の魔法が治癒特化。ソウルジェムさえ守りければ、そう簡単にくたばらない。

 あの嵐のような杖の連射に比べたら、この程度通り雨レベルだ。

 背中に刺さった剣を抜きながら、自分の治癒に魔力を回す。

 二十も剣を投擲したのに、なぎさを傷付けてまで、当てられたのは最初の一本だけ。マミさんの弾丸も放たれた内、十分の一も命中しなかっただろう。

 それでも。

 それでも、初めて奴に……ゴンべえに攻撃が入った。

 あれだけ無敵を誇っていたあの魔王が引いたのだ。

 決して、倒せない存在じゃない。

 私はようやく奴に勝てるかもしれないと感じられた。

 ゴンべえの再出現を警戒し、傷を簡単に治療しながら、急いでなぎさの元へ駆け寄る。

 

「痛い思いさせてごめん、なぎさ。傷を見せて。すぐに治すから」

 

「さやか……」

 

 なぎさの様子がおかしい。

 私に対して怒っているのかと思ったが、それにしては声も表情も変だ。

 顔を覗き込むと呆けている、というか、明らかに戸惑った表情を浮かべている。

 そりゃあ、何の情報も与えず、人質ごと攻撃し始めたなら困惑しても仕方ないだろうけど、そういう感じでもない。

 

「ど、どうしたの? なぎさ、私の攻撃が頭とかに当たっちゃった?」

 

「……ゴンべえが、笑ったのです」

 

「は? そんなのいつも事でしょ」

 

 私たちを嘲笑い、冷笑するのは今に始まった事じゃない。こっちの事を見透かして笑うのは飽きるほど見て来た。

 だけど、なぎさは戸惑った顔で私になおも訴える。

 

「そうじゃ、ないのです……あれは、あの笑顔はまどかの弟に向けていたような、優しい顔だったのです……」

 

 

 

~マミ視点~

 

 

 そろそろ彼が来る頃かしらね。

 私は容易しておいたマスケット銃をあらかた撃ち尽くすと、自分から外した『それ』のみを地面に転がして姿を隠す。

 一秒もかからず、『それ』を置いた地点からにほど近い中空にある黒布からゴンべえが現れ、舞い降りた。

 先ほどとは違い、近距離だから彼の姿がよく見える。衣装の袖口や肩の辺りが削り取られたように千切れていた。

 何よりも目を引くのはその左手。

 黒い、タールのように黒い液体が真っ白い手袋に包まれた手の甲から滴り落ちている。

 魔女、と言われる状態になった美樹さんのものよりもさらに濃い血……。

 予想はしていたが、人間ではない。魔王と呼んだのはあながち間違いでもなかったようだ。

 あれだけの連撃を受けてなお、その程度の負傷しか与えられない点でも化け物と呼んで差し支えない。

 だが、そんな化け物が今、目を丸くして(たたず)んでいる。

 解るわ、ゴンべえ。その気持ち。

 だって、あなたの目の前には私のソウルジェムが剥き出しで(・・・・・)転がっているんですもの(・・・・・・・・・・・)

 あなたはきっと今、こう思っている事しょう。

 ――訳が分からないよ、って。

 もしも幻覚なら早々に見破っていたでしょう。ソウルジェムが偽物か分からないならそこまでの混乱はなかったでしょう。

 でも、ソウルジェムの魔力の反応が感知できると言っていたあなたには、『それ』が正真正銘、巴マミのソウルジェムである事を認識せざるを得ない。

 それも、あそこまで生きる事に、魔法少女である事に執着していた巴マミが無意味に弱点を晒している。

 私たちの内面を完璧に分析したあなただからこそ、この状況を呑み込めない。

 教えてあげるわ、ゴンべえ。

 この馬鹿げた自殺行為の理由を。

 私は最後に生み出していたマスケット銃を片手に瓦礫の陰から飛び出した。

 間髪入れずに魔法少女にもなっていない生身の身体で引き金を引く。

 本来であれば、近場に撒かれた黒布の一枚でも手繰り寄せて容易く防いでいたであろう私の弾丸。

 けれど、巴マミがおよそ考え付かないであろう自殺行為を前に、思考と判断が遅れる。

 とっさの思考であれば、近くの空間にある黒布よりも手元に新しく作ってしまう。

 瞬間的に作り出した黒布よりも私のマスケット銃の方が当然早い。

 ゴンべえ、あなたは私に行動と思考を切り離して行動できる人でなしだと言ったわね?

 本当にそうね。私は魔王(あなた)よりもずっと人でなしよ!

 放たれた黄色の弾丸が彼の右腕に風穴を開ける。

 生成途中だった黒布が粒子状に分解されて消えた。

 ……左手を負傷したあなたなら、必ず右手で黒布を作り出すと信じていた。

 後は任せたわよ。佐倉さん。

 私が隠れていた瓦礫が姿を変え、口が悪いけど素直な後輩の姿になる。

 

 

~杏子視点~

 

 

 なぎさ、さやか、マミ。

 ホント、アンタらには感謝するよ。

 こんな大チャンス作ってくれたんだから。

 それなら、期待に応えない訳には、いかないよなぁ!

 マミが言い出したアマノジャク作戦。簡単に言ってしまえば“本来自分では絶対にしない行動をする事”だった。

 『近接戦闘主体で仲間想いのさやか』が『遠距離から仲間ごと攻撃する』。

 『命懸けの博打なんてやりそうもないマミ』が『ソウルジェムを放置して生身で戦う』。

 そして、『直情的でさやかばかり気に掛けるアタシ』が『こそこそ隠れてさやかからまったく別の場所に潜む』。

 ゴンべえ、お前はアタシがさやかの傍に隠れているって思ってたんだろう?

 ああ、悔しいけど今までの佐倉杏子だったらそうしてただろうさ。お前がさやかへ攻撃をそのまま返した時、絶対に助けに行ってたよ。

 頭に血が上りやすいこのアタシがずっとこんな場所で(うずくま)って、石ころの幻影に隠れてたなんて想像もしてなかったよな!?

 だからこそ、この瞬間。

 お前が無防備になるこの瞬間まで待ったんだ!

 魔力で武器を作る暇も、近場の布で逃げる暇も与えない。

 ゴンべえの左手が上に伸びる。素手の殴りかかる気か?

 それでもアタシの方が早い。

 加速した足で距離を一気に詰める。

 握り締めた槍を、奴の首元の蝶ネクタイの中心部に付いたブローチ――黒いソウルジェム目掛けて狙いを付けた。

 左手を顔より上げたゴンべえは、その頭上にあったシルクハットのツバを摘まむ。

 ……野郎!? そいつでこの場から逃げるつもりだ!

 一手欠けていた。奴が持つ、最後の逃走手段がまだ残っていた。

 槍を節昆(せつこん)状に分け、距離をさらに縮める。

 それでもまだ、届かない! もう目と鼻の先なのに、ゴンべえに届かない!

 ここで逃げられたら、終わりだ。反撃の機会は二度と来ない。

 次にあの広範囲の杖の雨を喰らえば、全滅する。

 希望を抱いた分、アタシの中の絶望が色濃くなる。

 悔しくて涙が滲んでくる。

 諦めが過る、その寸前。

 

『負けないで、杏子ちゃん』

 

 ソウルジェムを通じ、まどかの声が脳内に伝わった。

 シルクハットが宙へ舞った。

 空高く、吹き飛ばされたそれには、桃色の矢が突き刺さっていた。

 同時にアタシの心に芽生えていた絶望も消し飛んだ。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 

 節昆状にした槍を元に戻し、奴のソウルジェムへと突き出す。

 全身全霊の刺突。速度を乗せた必殺の一撃。

 だが、ゴンべえもまた身体の重心をずらし、直撃を避けようとする。

 心臓が脈打つ、この場に居るすべての呼吸音が聞こえる。

 まるで時間が引き延ばされ、スローモーションで映った。

 この速度、この角度、この威力。

 当てられる。

 小さなソウルジェムだって、急所としてはかなりの大きさだ。

 この超近距離で外す訳がない。

 奴のソウルジェムを凝視しながら、槍を突き入れて、気付く。

 小さい……前に見た時よりも明らかに縮んでいる。

 直径五センチはあった黒いブローチ状のソウルジェムは、その半分以下に縮小していた。

 深々突き刺さった槍は、ソウルジェムの真横を通過し、奴の身体に差し込まれた。

 心臓の真上、肉を抉り、肋骨を砕く感触が柄を通して指先に届く。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ」

 

 荒い自分の呼吸音だけが耳に響いている。

 目の前の男は、黙ってその眼差しを向けていた。

 表情からは何を感じているのか分からない。

 攻撃を喰らった怒りも、自分が死ぬかもしれない恐怖も感じ取れない。

 口の端からは粘り気のある真っ黒い液体が流れ出す。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ」

 

 奴の目から視線を離せない。槍を握り締めた手に感触が戻って来る前に数秒かかった。

 言葉が出ない。

 ざまあみろ。散々馬鹿にしたアタシらにやられる気分はどうだ。

 そんな台詞を叩き付けてやるつもりだったのに。

 実感が湧かない。爽快感も勝利も感じない。

 あるのは不安。

 これで倒せたのか、これで終わりなのか分からない不安感。

 

「杏子!」

 

「杏子ちゃん!」

 

 視界の端でなぎさを抱えたさやかと、ほむらを()ぶったまどかが見える。

 すると、そこまで何も喋らなかったゴンべえが、ようやく口を開いた。

 

「これで……全員揃ったね」

 

「は……? それがどうしたって言うんだよ!?」

 

 語調が荒くなる。追い詰めたのはアタシたちの方だというのに、こっちの方が焦っている。

 何を言ったらいいか考えている内に、まどかが喋り始めた。

 

「ゴンべえ君。もういいんだよ。こんな事しなくても」

 

「………………」

 

「さっきほむらちゃんと話していて分かったんだ。何でゴンべえ君がこんな事をしているのか。ゴンべえ君もほむらちゃんと同じで私たちの……」

 

 まどかが何かを言い終わる前にゴンべえは刺さった槍を無理やり引き抜いた。

 黒い液体がどろりと零れて、地面を濡らす。

 その行動にここに居る魔法少女全員が硬直する。

 胸から流れ出る血を気にも留めずに、引き抜いた槍を下に転がした。

 

「そろそろ僕の方も抑えるのが限界なんでね。全力で行かせてもらうよ」

 

 その台詞を聞いて、アタシを含めた全員が臨戦態勢に入る。

 皆、各々の武器を奴へと向けた次の瞬間、この街にばら撒かれたすべての黒い布がここへと飛んできた。

 膨大な枚数の布が竜巻のようにアタシたちを弾き飛ばしながら、ゴンべえへと貼り付いていく。

 

「クソッ。今度は何をするつもりなんだ!」

 

 寄り集まり、膨れ上がり、一つの形を作り上げ、やがて見覚えのある姿へと変わった。

 黒い卵のような身体。そこから生えた手足。目鼻もないのにシルクハットとテイルコートを身に纏っている。

 滑稽ささえ感じさせる童話に出てきそうなその見た目は、この世界で初めて見た奴の姿。

 卵のナイトメア……いや、これこそ魔王か。

 その巨体は初めて見た時よりも遥かに巨大で、禍々しさを放っている。

 溢れ出る魔力は人の姿とは比べ物にならない。傍に居るだけで強烈な眩暈(めまい)がする。

 

『さあ、来い。魔法少女ども。お前たちの絶望(てき)はここに居る』

 

 ゴンべえ――いや、否定の魔王はそう宣言した。

  


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