「フフ。フフフフフフ…………」
思わず、笑いがこみ上げる。
今日は休日。安息日。学校がない。つまり、今度こそ本物のフリータイム!
「僕は自由だぁぁぁぁぁぁ!!」
一週間がここまで長く感じたのは初めてだ。見滝原に来てから、僕の心の休まる時はほとんどなかった。地味に命の危機に見舞われたことも何度かあった。
あれ?僕、アニメや漫画の不幸系主人公並みに不運なんじゃないだろうか?
まあ。今はそんなことは気にせず、ゆっくりしよう。
仲良くなった中沢君を含むクラスの男子を誘って、遊びに行こうかとも考えたが、やっぱり家で一人でゲームでもしよう。
今日は、どこかに行きたい気分でもないし、誰かと遊びたい気分でもない。
まだクリアしてなかったゲームの続きでもプレイしようか。
僕がゲーム機とコントローラーをリビングにあるテレビに繋いでいると、『誰もいないはずの』僕の部屋のドアが開き、中から黒髪の少女が現れた。
そんなホラー的登場の仕方で現れてくれたのは、暁美ほむらだった。……こいつ、また僕の部屋の窓から侵入しやがったな。そろそろ本気で警察に通報するぞ。
「お邪魔するわ。政夫」
「帰ってくれ、暁美さん。僕は今日はゆっくりしたいんだ」
ゴーホーム、ホムラアケミ。略してゴーホムホムだな。……だからどうしたというわけじゃないけど。
正直に言って今日一日くらいはこいつに会いたくなかった。
こいつはアリさん引越しセンターもびっくりするほど、大量の厄介(やっかい)事を運んできてくれるからな。
僕は暁美の方を見もせずに、ゲーム機にディスクを入れて、ゲームを起動させる。
軽快な音楽と共にオープニングムービーが流れ出す。だが、それを最後まで見ずに飛ばして、スタート画面の『つづきから』を選択した。
「真面目に聞いて。これは大事な事なのよ」
「僕も今、真面目にゲームがしたいところなんだ。暁美さんの話は明日聞くよ。だから、今日は帰って」
僕は無視して、ゲームを続ける。
テレビ画面の中では前回セーブした場所に主人公キャラが立っている。ステータス画面を開いて主人公の状態を見た。うーん、このレベルならボスもギリギリで倒せるかも。
行っちゃうか、ボス戦。
主人公で雑魚を蹴散らしながら、ボスの元を目指す。
だが、そろそろ終盤が近いので雑魚も雑魚で侮れない。
マジックポイントを可能な限り、使わずにボスの前にたどり着いた。このボスやたら強くて、しっかりレべリングしてから来ても全然倒せやしないんだよな。ゲームバランスちょっときつ過ぎやしませんか?
回復アイテムをほとんど使い切ってしまったのが、心残りだ。だが、贅沢は言ってられない。
『良くぞ来た。ゆ…』
長ったらしい台詞を吐こうとしてくるボスのイベントシーンをスキップで飛ばす。
ガタガタ言わずにさっさとバトれ。お前の演説を聞きに来たんじゃない。それは前に戦って負けた時、散々聞いたわ!
戦闘が始まると同時に、即効で今使える一番ダメージ量の多い技を選択する。
『
主人公のかけ声を上げると、主人公の
これは主人公が持つ特殊能力、『
ちなみに『アームドライオン』というのが主人公の召喚魔獣の名前だ。改めて見るとひねりのない名前だよな、これ。
『くはははははは!!死ねぃ、死んでしまえ!俺の前に立つなァ!』
やたら口の悪い主人公がボスに大ダメージを与える。
だが、ボスも高威力技を放ってくる。伊達にラスボスではないな。
何ターン過ぎたか分からない。主人公のヒットポイントも残り二桁。もうこれ異常ダメージを負えばゲームオーバーになってしまう。
『行けぇ。アームドライオン!!』
主人公の最後の一撃。これに耐えられたら、僕の負けだ。行ってくれ、頼む!
そして、ボスのグラフィックが画面からいなくなり、勝利の音楽が流れてきた。
「勝った……?よっしゃあああああ!ようやく倒せた!!」
僕は勝利の余韻に酔いしれていると、突然、画面が真っ暗になった。
「え……は?どういうこと?」
「私の話を聞きなさい」
見ると、暁美はゲーム機本体に繋がるコンセントを引き抜いていた。
こいつ……!絶対にやっちゃいけないことを平然と!まだセーブしてなかったんだぞ!?
僕は暁美の方に身体を向けた。
「……暁美ほむら。そこに座れ」
「やっと話を聞く気になったのね?それじゃ……」
暁美は僕が切れたことに気付かず、話を再び始めようとした。
だが、僕はそれを許さずにただ先ほどの言葉を繰り返す。
「座れ]
「え……」
「座れ、と言ってるいるのが聞こえないのか?」
「……わ、わかったわ」
暁美は僕の前に座った。
意図せず、僕の声のトーンが平淡になっていた。多分、顔から表情も消えていることだろう。
弾けるような怒りはなかった。だだ酷く、心が冷えていくのを感じる。
口調がいつもとは違う、威圧的なものになっていた。
「お前は今何をした?」
「……ゲームのコンセントを抜いたわ」
「なぜだ?」
「貴方が私の話を聞いてくれなかったから・・・」
「ほう。許可なく勝手に他人の住居に上がり込み、己の話を拝聴してもらえなければ、どんな暴挙も許される、と。素晴らしくお前にとって都合の良い意見ではないか、暁美。お前の両親や前の中学校の教師どもは、お前にそう教えた訳だな」
今の僕がどんな顔をしているか想像もできない。ひょっとしたら、笑っているのかもしれない。
「えと……、その、怒っているの?」
まるで怯えたように暁美は、僕に尋ねてくる。叱られた子供が大人に
ただ威張り散らすことが目的の人間ならば、それは効果的だっただろう。
だが、暁美にとっては残念なことに僕はそのような人間ではなかった。
「怒っている?……とんでもない。僕は褒めているのだよ。お前の受けてきた教養を。お前を育ててきた教育者達を。それらに惜しみない賛辞を送っているのだよ」
「……謝罪するわ。私は貴方がそんなに怒るとは思わなかったの」
「なぜ謝る?僕はお前を褒めているのだぞ?嬉しいだろう?笑え、暁美」
「ごめんなさい」
申し訳なさそうに暁美は目を
怒られたから謝る。よく分からないけど、頭を下げて、謝罪の台詞を吐き出せば、怒りは静まるだろう。
そんな程度の誠意のない子供じみた謝罪だ。
僕がなぜ怒っているかも理解していないだろう。
「笑え」
「本当にごめんなさい……」
「僕は笑えと、言っているんだ。聞こえないのか?それとも日本語が理解できないのか?」
「もう絶対にしないわ!金輪際、貴方を怒らせるような事は絶対にしない!約束するわ!」
「……その言葉ァ、永久に忘れるなよ」
僕は仕方なく、暁美を許すことにした。といっても暁美の謝罪の言葉を信じたわけじゃない。
なんかもう別にどうでもよくなってきたからというのが主な理由だ。
「それで何のようで来たの、暁美さん」
ようやくその言葉でほっとした表情で暁美が顔を上げる。誰もまだ『許した』なんて言ってないんだけどね。
「美樹さやかの件についての事よ」
「美樹さんがどうしたの?」
一応聞き返すが、大体の予想はついている。
「美樹さやかが上条恭介のために魔法少女になる。そして・・・」
「魔女になる。そんなところだろう?」
美樹の上条君への感情。上条君の治らない左手。そして、上条君から美樹への感情。
その三つから導き出される答えなんてこのくらいだ。
「察しがよくて助かるわ」
暁美は僕の答えに満足したように、ふっと笑った。
ようやく笑ったな、こいつ。初めて見た。
「何だ、暁美さん。笑うと案外かわいいじゃないか」
僕が軽口を叩くと、暁美は頬を紅潮させて、急に顔をまた伏せてしまった。
あれ?今度は僕が怒らせてしまったかな?
怒らせると、何しでかすか分からないのが政夫です。