魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第十九話 交差する想い

僕は暁美を連れて病院に来ていた。

目的は上条君に会うためだ。もっとも、会うのは僕ではなく、暁美の方だが。

僕は暁美に準備はできたかと尋ねる。

 

「暁美さん、段取りは覚えている?」

 

「ええ。私が上条恭介の病室に行って少し話をした後、偶然を(よそお)い美樹さやかと(はち)合わせする。そして、美樹さやかに私が上条恭介に好意を抱いてるような台詞を吐いて、美樹さやかを()きつける」

 

「そう。美樹さんは暁美さんのことを嫌っているからね。そんなことをすれば、上条君を取られまいと告白を急ぐだろう」

 

そして十中八九、振られる。上条君は美樹に異性としての好意を抱いていないのだから。

美樹は間違いなく傷付く。だが、上条君の手を治そうと魔法少女になることはしなくなるはずだ。

なぜなら、美樹が上条君の手を治そうとするのは、自分に好意を向けてほしいからだ。

 

暁美が体験した世界では、美樹が魔法少女になった後に上条君と志筑さんが交際して、その結果、美樹は絶望して魔女となったという。

もし、美樹が打算なしで、上条君の手を治したというなら絶望などしないはずだ。『自分が好きだった幼馴染』と『自分の親友』が付き合うことになった。それは辛いだろうが、悲しいだろうが、最終的には祝ってやるべき事柄のはずだろう。

 

だいたい、失恋のショックで絶望すること自体、僕から言わせればふざけてる。そんなものは大抵の人間なら、誰でも体験する程度のことだ。

本当に好きならば、ソウルジェムになったぐらいで諦めるなよ。暁美によれば、肉体だってちゃんと成長するらしいじゃないか。

 

実際のところ、美樹が告白できなかったのは純粋に振られるのが怖かっただけだろう。『魔法少女』だからなんてものはただの言い訳にすぎない。

 

「それじゃ、暁美さんは上条君の病室の近くで待機してて。美樹さんが病院に来たら、僕がメールして知らせるよ。そしたら、上条君の病室に入って、自己紹介と軽く会話をお願い」

 

本来は病院で電話はいけないのだが、この場合は仕方ない。ちなみに美樹が来てから、暁美を上条君に合わせるのは、会話を持たせるコミュニケーション能力がない暁美への配慮だ。

美樹の方には僕が、前以(まえも)って『一緒に上条君のお見舞いをしよう』と連絡をして、待ち合わせている。あと十分ほどで美樹は病院に着く手筈(てはず)になっている。準備は完璧だ。

 

「わかったわ」

 

暁美は短く答えるとエレベーターを使い、上条君の病室へ向かった。

僕は、待合室の椅子に座り、美樹を待つ。

 

 

 

少しして美樹が病院に現れた。

 

「ごめん、政夫。少し遅れちゃって」

 

「気にしないでよ。一時間も待ったわけじゃないんだから」

 

笑顔でそう言った。

このくらい大したことじゃない。何しろ、僕はもっと君に酷いことをしようとしているのだから。

美樹に気付かれないように、こっそりと暁美にメールを送った。

 

「それじゃ、行こうか」

 

「うん!」

 

威勢のよい美樹の返事が僕の罪悪感を叩いたが、黙殺した。

僕は美樹に上条君と会って友達になったことを話しながら、エレベーターで上条君の病室に向かった。

そうして、上条君の病室に前についた。

 

よし。あとはここで暁美が出てきてくれれば……。

僕は暁美に合図するためにドアを軽く、三回ノックする。

 

すると、いきなりドアが開き、暁美が弾けるように飛び出してきた。

そこまで慌てる必要はないのに。まったく暁美は演技が下手だな。

 

「な、あんた……転校生!?何でここに!?」

 

美樹が驚いて目を丸くする。声も若干、裏返っていた。

ここで暁美は美樹に自分が上条君に好意があるようなことを(ほの)めかす手筈になっている。

 

「……ちょっと来て」

 

「は?」

 

しかし、暁美は美樹には目もくれず、僕の腕をつかむと階段の方まで引っ張って連れて行こうとする。

何をしているんだ、暁美!?段取りと違いすぎる。

暁美が何をしているのか、さっぱりつかめないが仕方ない。

 

「美樹さん。暁美さんのことは僕に任せて、予定通り上条君にお見舞いして来なよ」

 

暁美に引きずられながらも、美樹にそう言った。

美樹は当たり前ながら、状況をよくわかっていないようだったが、取り合えず、頷いて上条君の病室へ入っていった。

今は美樹は後回しにせざるを得ない。問題はこいつの方だ。

 

「どういうこと?予定と違うよね?何がしたいの?暁美さん」

 

僕は暁美を咎めるように睨む。

もし、暁美の答えがふざけたようなものなら、僕は烈火の如く怒鳴りつけるだろう。

だが、暁美は僕に背を向けたまま、何も言わない。

 

「暁美さん!」

 

「……告白されたわ」

 

ぽつりと小さな声で僕に背を向けたまま、暁美は答えた。

 

告白?

はっきり言って意味が分からない。主語と修飾語が足りないので何が言いたいのか意図がつかめない。

 

「誰が誰に?」

 

「私が。上条恭介に」

 

「はいィ?」

 

暁美の言葉の意味は理解した。だが、今度は言っている言葉の内容自体が突拍子もなさすぎる。

少なくても、『この世界』では暁美と上条君に接点などなかったはずだ。

だとするなら、上条君はいきなり病室を訪ねてきた暁美に愛を(ささや)いたということか?

会って五分も経っていない相手に?よく知りもしない相手に?

軽薄過ぎだよ、上条君!?

 

「ど、どういうこと?詳しい経緯を聞かせてもらえる?」

 

「知らないわよッ!!私が聞きたいくらいだわ!!」

 

暁美は振り返ると、(つば)を飛ばさんばかりに僕に怒鳴った。

このままでは(らち)があかない。

暁美をなだめて、落ち着かせる。

 

「落ち着いて、暁美さん。大声を出したって何も変わらないよ。いつものクールな暁美さんに戻って」

 

「……はあ。そうね。私とした事が取り乱してしまったわ。ごめんなさい」

 

「それでもう一度聞くけど、経緯を教えて。できるだけ詳細に何があったのかを」

 

「まず、私は貴方のメールが来た後、すぐに上条恭介の病室へ入ったわ。それで挨拶をして、自己紹介をしたの。その間、上条恭介は私の事を見つめたまま、何も言わなかったわ。心配になって、近づいたら、いきなり手を握られて……」

 

「告白された、と」

 

こくりと暁美は頷いた。

なるほど。一目惚れというやつだろうか。

言われて見れば、暁美はどこに出しても恥ずかしくないほどの美少女だ。僕は悪印象しか抱いてないから、それほど魅力的には感じられないけれど、初見ならころりと恋に落ちるのも分からないでもない。

 

そういえば、上条君は髪の長い女性が好きとか言ってた気がする。

しかし、いきなり告白するとは普通思わないだろう。

 

「まあ、暁美さん。これは考えようによっては大チャンスだよ。よりスマートに美樹さんに上条君への想いを諦めさせることができるんだからさ」

 

「それは、どういう事かしら?」

 

「どういうことって君が上条君と交際関係になれば、美樹は上条君のことを、ひいては彼の左手を治すために魔法少女になることを諦める。上条君はバイオリンを弾けないままだけれど、恋人の恋愛がその傷を癒してくれる。君は同性愛という不毛な恋愛から目を覚ます。考えられる限り最大のハッピーエンドじゃないか!」

 

「貴方はまだ私がレズだと思っているの!?いい加減にしないと私も怒るわよ!!」

 

「分かってる」

 

女の子が好きなのではなく、鹿目さんが好きだと言いたいのだろう。惚れた相手がたまたま同性だったのだ、と。

しかし、真面目な話、暁美もそろそろ報われてもいいんじゃないだろうか。

今まで自業自得とはいえ、『鹿目まどか』のために頑張ってきたのだから、普通の恋愛でも楽しむくらいは許されるはずだ。

上条君は顔が整っているし、親が資産家の超玉の輿(こし)だ。片手が不自由というハンデがあったとしても、お釣りがくるほどの優良物件だろう。

 

ワルプルギスの夜と戦った後にでも、清らかな恋愛のある生活でも送ればいい。

うん。まさにハッピーエンドだ。

 

僕と暁美が階段付近で会話をしていると、上条君の病室から美樹が飛び出してきた。

美樹は僕らを見向きもしないでエレベーターの方に向かって走り去って行った。こちらを向かず、俯いてのでどんな表情を浮かべていたのかは正確にうかがえないが、頬に水滴が流れていた気がする。

 

「美樹さん!」

 

僕は声をかけるが、美樹は振り向きもしなかった。ちゃんと聞こえているかも怪しい。

後を追いたいが、まず何があったのかを上条君に聞く必要がある。

暁美を一先(ひとま)ず、上条君の病室の前に待機させて、僕は病室へ入室した。

 

「あ。夕田君じゃないか。また来てくれたのかい?」

 

「こんにちは、上条君。今、美樹さんがすごい勢いで出て行ったのを見たんだけど・・・何かあったの?」

 

取り合えず、それとなく自然に上条君に聞いてみよう。

いかにも不思議そうな顔で僕は上条君にそう聞いた。

 

「それがさ、僕にもよく分からないんだ。さやかに『今、僕の運命の人とすれ違わなかった?』って聞いたら質問攻めされて、正直に答えたら、急に飛び出して行っちゃったんだ」

 

うん。明らかにそれが原因だね。

幼馴染の少年に想いを寄せていた少女の乙女心を光の速さで切り裂いたわけだ。

そりゃ泣くでしょうよ。告白する前から、すでに詰んでるようなものだもん。

 

「……そ、そうなんだ。ちなみにどんな質問されたか聞いてもいい?」

 

「うーん……『今出て行った奴の事が好きなの!?』とかな」

 

どう答えたかは聞かなくても、美樹の態度で分かった。

まあ、これで美樹の魔法少女化、ひいては魔女化を未然に防ぐ事ができただろう。まさか、上条君の左手を治して、『恭介、アンタの手を治したのは私。だから転校生よりも私を好きになって』なんて言ってきたりはしないはずだ。

状況を知っている僕とかならともかく、普通の人に言ったらただの頭がおかしい子にしか思われないからな。

 

「そうだ。夕田君は見てない僕の運命の人」

 

上条君が目をキラキラさせて僕に尋ねてきた。多分、美樹に聞いたときもこんな感じの目をしていたのだろう。

想い人がこんな顔で自分以外の女性のことを語る。

さぞ辛かっただろうな。思わず美樹に同情してしまう。

 

「運命の人って……ああ。黒髪でクールな感じの女の子?」

 

知っていながら、白々しく聞き返す。

ここで普通に答えてしまったら、僕と暁美の関係を怪しまれてしまうからな。

 

「そうそう!その子だよ!彼女が病室に来てくれた時、これは運命だと感じたね。きっと僕と彼女は運命の赤い糸で結ばれているんだ!」

 

上条君は身振り手振りで自分の感情を表現している。

この前の鬱憤もそうだが、こういうところを見るとやはり上条君は人よりも感受性が強いのだろう。

音楽家の素質とでも言うべきか。

 

それにしてもテンション高いなー、上条君。本当に怪我人なのか疑わしく見えるよ。

 

「その子ならさっきすれ違ったよ。彼女は僕と同じ、見滝原中に転校して来た子だよ。たしか名前は暁美ほむら、だったかな?ちょうど僕と同じ日に転校してきたんだ。だから、学校に復帰すれば、簡単に会えるよ」

 

「え!それは本当!?なら、頑張ってリハビリして早く歩けるようにならないと」

 

上条君はとたんに元気な声で、そう言った。

現金な人だな。この前は『僕にはもう何もない』とか言っていたのに。

まあ。前向きに頑張ると言っているのだからこれでいいか。恐らく、上条君に足りなかったは生きるための目標だったのだろう。

 

だが、上条君がなぜそこまで暁美に対してそこまで好意を抱いているのかが分からない。

 

「上条君。暁美さんのどこに()かれたの?聞いたところ、ほとんど彼女のこと知らないみたいだけど?たしかに上条君の好きな女の子のタイプはロングヘアーだとは聞いたけど」

 

「そうそう。夕田君の好きな女の子のタイプはたしかテンプレートの委員長みたいなだったっけ?」

 

「うん。黒髪で、三つ編み。眼鏡をかけていたら、最高だね」

 

「ぶふッー!!げほッ!げほッ!」

 

僕が好きな女の子のタイプを語ると、廊下の方から噴き出したような声が聞こえた後、続いて()き込むような音が響いた。

多分、病室のドアの前にいる暁美だろう。何やってんだ、あいつは。

 

「廊下で何かあったのかな?」

 

上条君は気になったようで、病室のドアの方を見た。

やばい。ここで暁美が見つかったら、上条君に何て説明すればいいのか分からない。

 

「た、ただの(せき)をした患者さんが廊下を通っただけだよ。上条君が気にすることないよ。それよりも上条君が暁美さんに好意を抱いた理由が聞きたいな」

 

「ああ。ごめん。えっと、僕が暁美さんを運命の人だと思ったわけ、だったね。そうだね、彼女はまさに僕が思い描いていたような女の子だったんだ」

 

「思い描いていた女の子か……」

 

理想の女性像ってやつか。

僕にとっての絶滅してしまった『テンプレートのような委員長』みたいなものだろう。

それが上条君にとってはそれが暁美ほむらだったと。そういうわけか。

 

「うん。僕のバイオリンが擬人化したら、あんな女の子になるんだろうね」

 

はい?バイオリン?擬人化?

 

「えっと……どういうこと?」

 

上条君は先ほどよりも饒舌(じょうぜつ)に僕に語ってくれた。

その様は詩歌のようにも感じられた。

 

「つまりね、夕田君。僕は長年『自分のバイオリンが女の子にならないかなー』、とずっと思っていたんだよ。だから来る日も来る日もバイオリンを弾き続けた。僕の思いが伝わり、バイオリンが女の子になってくれる、そんな日を目指してね。しかし、僕は交通事故で左手が動かなくなってしまった。絶望したよ。僕の想いが終わってしまうような気がした」

 

そこで上条君は言葉を区切って、視線を僕から天井へと移す。そして、動く方の右手を伸ばし、虚空をぎゅっとつかんだ。

まるでミュージカルのような無意味な演出。上条君は完全に自己陶酔している。

 

「でも、神は僕を見捨てなかった。ずっとバイオリンを努力してきた僕の元に、彼女を送ってくれたんだ。彼女は、僕が自分のバイオリンに抱いてきたイメージそのものなのさ」

 

ごめんなさい。意味が分かりません。

思わず、そう声に出してしまいそうになるが、ぐっと(こら)えて上条君の言葉を解読する。

えっと、つまり暁美を好きになった理由は。

 

「……自分のバイオリンっぽい雰囲気をしていたから、で合ってる?」

 

「そう!!そうだよ、そう!さっすが夕田君。誰もこの事を理解してくれないと思ったけれど、やっぱり君だけは分かってくれるんだね!!」

 

嬉しそうに笑う上条君が遠くに感じられた。僕は何とか理解できたものの、とてもじゃないが常人にはついていけない思考回路だ。支那モンよりも複雑怪奇じゃないだろうか。

天才と馬鹿は紙一重というけれど……これは越えちゃいけない一線を軽々飛び越していないか。

 

「そ、そっか。じゃあ僕はそろそろ帰るよ。早く元気になってね」

 

月並みなお見舞いの言葉を吐くと、返事も聞かずに上条君の病室から出た。

これ以上あそこにいると脳の構造を侵食されてしまう気がした。

 

「ふー。と、いうことらしいよ。バイオリン子さん」

 

「……誰がバイオリン子なのよ、誰が」

 




この話の上条恭介君はちょっと一部おかしいところがありますが、どうかご了承ください。
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