美樹に魔法少女について僕が知っていることを教えた。
美樹は顔から、血の気が引いて呆然としている。頭の中で情報の処理が終わっていないのかもしれない。
もちろん、暁美のこと一切、言わなかった。信憑性などわざわざ口に出す必要もない。
なぜなら、当事者の支那モンが証明してくれるのだから。
「僕の言っているところに何か間違いはあった?『インキュベーター』君」
『取り立てて訂正するほどの間違いはないね。でも政夫。何故、君がそこまでの情報を知っているんだい?』
「ヒ・ミ・ツ☆」
ウインクと共に支那モンに
自分でやっといて何だが、非常に気持ち悪いな。鹿目さんあたりがやれば似合うのだろうが、僕じゃ無理だ。
『……ふざけてるのかい?政夫』
「どうしたの?ひょっとして怒ってる?感情ないって聞いたけど」
『誰かに聞いた?やはり誰かからボクらの事を教えてもらったんだね。それは一体誰だい?』
「おいおい。ごまかしはよくないよ、インキュベーター君。君……実は感情豊かなんじゃない?」
僕は前から思っていた。
こいつが感情がないわけがない。そんな事はありえない。なぜなら、感情がなければ、こいつらのやっている事は矛盾してしまうのだから。
『ボクらには感情なんて存在していないよ。感情なんて精神疾患の一種だよ』
「でも、君はこの星にエネルギーを求めてやって来たって、言ったよね?宇宙の寿命とやらを延ばすために」
『それがどうかしたのかい?』
「何で、そんなことする必要があるの?」
そう。まずそれがおかしい。
感情がないというなら、そんなことを気にする必要なんてないだろう。わざわざ、地球に来てまで、そんな面倒くさいことをする理由がない。
感情がないということは、生への執着も、死への恐怖もないということに他ならない。
親愛なる中沢君の言葉を借りるなら、『宇宙が寿命が尽きても、尽きなくても、どっちでもいい』と言ったところだ。
そもそも、感情がなかったら、文明なんて生まれないんじゃないだろうか。
必要は発明の母。『悩むこと』も『苦しむこと』もないのなら、何かを生み出すきっかけなどない。
「宇宙が寿命を迎えることが、ひいては自分達が消滅することが怖いの?感情ないのに?」
『……。言われてみれば、確かにおかしな事だね。今まで考えた事もなかったよ。でも、ボクらに感情は……』
「あるよ。絶対にある」
支那モンが言葉を言い切る前に僕は口を
断言できる。
こいつらは感情を忘れ去ろうとしてるだけ。表にはでなくても、確実に感情は眠っている。
「君らが嘘を吐かないなんてのもさ。案外、自分自身にすら吐いている嘘をごまかすためなんじゃない?」
ならば、揺さぶってやればいい。こいつらが、ごまかしている自分達のブラックボックスを大声で指摘してやればいい。
『……わけが分からないよ。ボクらには感情なんて』
「インキュベーター君。君らに感情は……あるよ」
支那モンの耳元に僕は口に近づけて、そっと
今だって、たかだか僕の軽口で揺らいでいるように見える。
僕には分かる。こいつらは、
「……政夫、私たち騙されてたの?」
ようやくフリーズしていた美樹が復活した。
「さあ?こいつらには騙していたなんて思ってないんじゃないかな?『聞かれなかったから、答えなかっただけ』とでもほざきながらさ」
ぽいっと支那モンをつかんでいて、軽く地面に放り投げた。
僕の言葉でダメージを受けていたのか、支那モンは受身も取れずにコロンと転がった。
「それで、まだ願いごと叶えたいと思ってる?まあ、何を願おうと間違いなく悲惨な末路をたどることになるだろうね」
『魔法』や『奇跡』があろうとも、そこに『救い』はないのだから。
代償がでかすぎて、『死ぬ覚悟をしてでも叶えたい』くらいの願いでもない限り、損をするだけだ。
「……うん。ありがとね、政夫。私もう少しで後悔するところだった」
美樹は僕に向かって、穏やかに笑った。
そういう顔もできるのか。思った以上にかわいいじゃないか。暁美にだって負けてはいない。
何せよ、これで美樹が魔法少女になることはなくなったな。
「それじゃ、僕はもう帰るよ。何だか疲れちゃった」
明日は間違いなく凄まじい筋肉痛に襲われることだろう。帰りに湿布でも買わないと。
美樹から離れて、屋上のドアに向かった。
僕はすっかり気が抜けていた。でも、やり遂げた達成感が胸の内にはあった。
「キュゥべえ」
だから……。
「願いごと、決まったよ」
その時、すぐに反応することができなかった。
「なッ……!」
一瞬、美樹が何を言ったのか分からなかった。
先ほど、上条君の想いを変えることを諦めたのではなかったか。
魔法少女の契約のデメリットを知って、契約を取りやめたのではなかったのか。
「美樹さん!!」
僕は美樹に向かって手を伸ばした。
実力行使でも、契約を
だが、身体は思うように動いてくれない。散々
僕の手は・・・美樹には届かなかった。
「恭介の手を治して。それが私の願いよ」
え?
美樹の言葉に僕の頭の中は真っ白になった。
その言葉はさっきの台詞よりも理解しがたいものだった。
『契約は成立だね。おめでとう。君の願いはエントロピーを
支那モンの耳から出ている毛のようなものが長く伸びて、先端の方が美樹の胸に吸い込まれた。
「うっ…」
美樹のうめきと一緒に胸から、青く光る小さな物体が引きずり出された。
それは紛れもなく美樹のソウルジェムだった。
結局、マジカルさやかちゃんの誕生は阻止できませんでした。