「おい。もう起きろ」
低い声が耳に響いて、僕の意識は覚醒した。
目を覚まして、僕の目に一番最初に飛び込んできた映像は、無表情の養護教諭の顔だった。
「おわっつ!」
「人の顔を見るなり奇声を上げるとは、随分だな?夕田」
養護教諭は心外そうな表情を僕に向ける。
いや、寝起きでその顔が近くにあったら、誰でも奇声を上げますって。
「あはは・・・すいません」
一応、善意で起こしてくれたようなのでこの場合は僕が悪いのだろう。謝罪をすぐにできない人間は、社会では嫌われる。言い訳せずに僕は養護教諭に謝った。
「そんな事はいい。それよりももう帰れ。帰りのホームルームも終わる時間だぞ?」
「え!?」
慌てて保健室の時計を見ると時刻は午後3時を回っていた。
嘘だろう?じゃあ、つまり僕は暁美にノックアウトされたまま六時間近く気絶してたのか。
大幅に授業をサボってしまった。試験の前に中沢君にノートを写させてもらわないといけない。
あー。これもそれも暁美のせいだ!あいつめ、図星を指されて切れるとは、とんでもない奴だ。あとで必ず謝罪をさせよう。
それに養護教諭もなぜ今まで起こしてくれなかったのか。別に文句をいうつもりはないが、起こさなかった理由を養護教諭に尋ねる。
「あの先生?起こしてくれても良かったんじゃ……」
「すまん。忘れていた。そこの保健委員が来てくれて、ようやくさっき思い出したところだ」
「保健委員?」
僕が聞くと、養護教諭は僕の方を向いたまま親指で後ろを指した。
見るとそこには鹿目さんが立っていた。養護教諭の存在が濃すぎて全然気が付かなかったが、どうやら僕が目を覚ました時から居たようだ。
「政夫くん、大丈夫?様子を見に行ったほむらちゃんは、政夫君はとっても疲れていたみたいでぐっすり寝てるって聞いたから、放課後までそっとしてたけど……」
鹿目さんは心配そうに聞いてくる。
あははは…………あの
暁美に対して怒りを覚えたもの、心配してくれた鹿目さんを安心させるために僕は笑った。
「大丈夫だよ。多分ちょっとした寝不足だよ心配かけてごめんね」
「ううん。政夫くんが元気でよかったよ」
鹿目さんは僕に合わせて微笑むが、そう言う鹿目さんの方がどこか元気がなかった。
こりゃ僕がいない間、確実に何かあったな。
「何か……あったんだね?」
僕がそう確信を持って聞くと、鹿目さんは驚いた顔をした後話し始めた。
「政夫くんは何でもお見通しなんだね。……お昼休みにね、いつもと同じようにみんなで屋上に集まって、お昼食べてたの」
でも政夫くんがいないからいつも通りじゃないんだけどね、と鹿目さんは付け足した。
いつもと同じね……。ということは志筑さんが参加していないのもいつもと同じってことか。そろそろ本格的に友情に亀裂が走っていないだろうか心配だ。
「そしたら、魅月さんが来て、マミさんと知り合いみたいだったけど険悪な感じになっちゃって。あ、魅月さんも魔法少女らしくて……」
えらく説明がたどたどしいな。
必死に言いたいことを伝えようとしている意志は伝わるけど、いまいち鹿目さんが何が言いたいのか分からない。
取り合えず、魅月さんと巴さんは魔法少女としての面識があり、かつ仲が良くないことは理解した。
「それで最終的にどうなったの?」
鹿目さんに結論を促す。
鹿目さんは言葉に詰まりながらも最後まで僕に伝えてくれた。
「えっと、放課後、二人だけで話があるから今日は魔法少女体験コースはお休みにしてって、マミさんが……」
暁美と巴さんが和解してからも魔法少女体験コースは続いていた。と言っても、あれから魔女は現れず、使い魔ばかりとの戦いだった。
そうなると当然グリーフシードはでないので、暁美は巴さんにできる限り魔力を使わせないように気を配って戦っていた。巴さんの方も無闇に必殺技である「ティロ・フィナーレ(なぜかイタリア語)」を使うことはほとんどなかった。恐らくは支那モンに魔女は、元は女の子だったと言われたせいで自分がやってきたことが正義だったのか疑問を持ち始めているからだろう。
両親を失った巴さんにとって『魔女退治』とは誇りであり、すべてだった。それに従事することによって生きがいを得ていたと言っても過言ではないはずだ。
もしも、魔法少女が魔女になると知ったら、間違いなく巴さんは壊れるだろう。自分がやってきたことが正義の所業ではなく、ただの同族殺しだと知ってしまうから。
だから、未だに巴さんにはそのことを教えられていない。これは推測だが、魅月さんも魔法少女の秘密については知らないのではないだろうか。
駄目だな。考えれば、考えるほど嫌な気分になっていく。
僕は気分を変えるために、鹿目さんに別のことを尋ねた。
「そうだ。暁美さんや美樹さんはどうしたの?少なくても美樹さんはいつも鹿目さんにべったりなのに」
そして暁美の方も暇さえあれば、鹿目をストーキングしているから、ある意味でこっちもべったりだが。
「さやかちゃんもほむらちゃんに何か話があるみたいで、放課後じっくりと話したいって言ってたよ」
あー。美樹の方は上条君についてだな。思いっきり三角関係だもんな。
まあ、そっちは部外者が首を突っ込むと余計に話がこじれそうだから、そっとして置こう。
「それじゃ、久しぶりに鹿目さん帰りにどこかに寄ってから帰ろうか」
僕が何気なく提案すると、鹿目は照れたように顔を朱色に染めた。
「え!?それって……もしかして、デ、デートのお誘い?」
「あー……。そう言われてみればそうだね」
確かに男女二人っきりでどこかに行くことをデートと呼ぶのなら、そうなるだろうな。
僕としては、鹿目さんのストレスを軽減するために気分転換のつもりで誘っただけなのだが、女子の目線と男子の目線では物の捕らえ方が大きく違うらしい。
「じゃあ止めようか?鹿目さんも変な
「ううん。行くよ!せっかく政夫くんが誘ってくれたんだもん」
「え、そう?ならよかった」
なぜか微妙に鹿目さんは
今日は鹿目さんに楽しんでもらおう。
連投です。