「カラオケ、楽しかったね」
「そうだね。鹿目さん、驚くほど歌上手かったから聴いてるこっちも楽しかったよ」
僕は鹿目さんと一緒にカラオケに行って遊んだ。最初は一時間だけのつもりが意外に盛り上がり、二時間も延長してしまった。
それに加えて、鹿目さんの歌がお世辞ぬきで上手かったのも要因の一つかもしれない。カラオケ評価で90点代をバンバン出していた。
「そんな事ないよ。政夫くんだって……あれ?仁美ちゃんだ」
「あ、本当だ」
前方に志筑さんがふらふらとした足取りで歩いているのが見えた。どこか虚空を見つめて歩むその様は、夢遊病患者のそれによく似ている。
飲酒、あるいは危ない薬にでも手を出したのか?
「仁美ちゃ~ん。今日はお稽古事……ぁ」
「……!これは」
僕と鹿目さんが志筑さんに近づくと、すぐにその原因が分かった。酒や薬なんかよりももっと性質(たち)が悪いもの、『魔女の口付け』が志筑さんの首元にくっきりと浮かんでいた。
僕らが至近距離まで近づいているのに、志筑さんはこちらに気付かない。
「仁美ちゃん。ね、仁美ちゃんってば」
「あら、鹿目さん、それに夕田さん、御機嫌よう」
鹿目さんが志筑さんの肩をつかんで揺さぶると、ようやく反応を示した。それでもまだ目が虚ろで、本当に僕らに目の焦点を合わせているのか微妙なところだった。
それよりも気になるのは今、志筑さんは僕らのことを『鹿目さん』、『夕田さん』と苗字で呼んだことについてだ。いつもなら名前で呼ぶのにも関わらずに。
これは完璧に魔女に操られているせいだろうか。それとも、もう志筑にとって、鹿目さんは苗字で呼ぶ程度の間柄になってしまったということだろうか。僕は後者ではないと信じたいな。
「ど、どうしちゃったの?ねえ、どこ行こうとしてたの?」
鹿目さんはそんな事には気にも留めず、心配そうに志筑さんに話しかける。
だが、志筑さんは虚ろに笑って楽しそうに答えた。
「どこって、それは……ここよりもずっといい場所、ですわ」
「ここよりもいい場所、ね。それはネバーランドか、どこかかい?」
皮肉がつい口をついて出たが、志筑さんは気にした様子はない。
「ああ、そうだ。お二方もぜひご一緒に。ええそうですわ、それが素晴らしいですわ」
名案でも思いついたかのように、一人で何度も頷くと僕らの答えも聞かずに勝手に歩みを再開する。
どうしたものか。とにかく、巴さんや暁美に電話をかけよう。
「ま、政夫くん……」
不安そうに僕を見る鹿目さん。どうしたらいいのか分からないのだろう。
「取り合えず、志筑さんを追いながら、美樹さんに電話をかけて。成り立てとはいえ、美樹さんは魔法少女だ。僕らと違って魔女と戦うことができる」
僕は鹿目さんにそう言うと、志筑さんを追いかけながら巴さんに電話をかけた。
プルル……と電話がつながる前に聞こえる音が途切れた。
「あ、もしもし。夕田ですが……」
『お掛けになった電話は現在電源が入っていないか、電波の届かないところにあります。番号をお確かめになるか、もう一度お掛け直し下さい』
無常にも電子音声が電話が繋がらないことを告げる。
クソッ。どういうことだよ。
この場合、希望的に観測を述べるなら、『もうすでに巴さんは魔女の結界の中にいるため電波が届かない』といったところだが、最悪の場合は『魅月さんと交戦するはめになって、携帯そのものを壊されている』というものだ。この場合は確実にこちらには来れない。
だが、こんな時のために僕は暁美の連絡先を交換してある。
備えあれば憂いなし。今度は暁美に電話をかける。
「もしもし。暁美さ……」
『お掛けになった電話番号は現在……』
「お前もかよ!!」
つい突っ込みを入れてしまった。
暁美。お前、一体何のためにいつも鹿目さんストーキングしてるんだよ!こういう時のためじゃないのか!?ええ!?どうなんだ、おい!
志筑さんはこちらに反応せずに前をふらふらと進むだけだったが、鹿目さんは携帯を片手に驚いた表情をしていた。
「ど、どうしたの?政夫くん」
「いや、携帯の意味をちょっと問いたくなっただけだよ。それより美樹さんには連絡取れた?」
「ごめん。さやかちゃん、携帯切ってるみたいで繋がらない」
そっちもか……。
あいつらは携帯を持っている意味あるのか?こういう緊急で連絡をとりたいと時のために携帯を持ってるんじゃないのか?そもそも魔法少女って、一応魔女と戦うのが仕事みたいなものじゃなかったか?
腹を立ててもしょうがないな。何か別の方法を考えなくてはいけない。
もういっそのこと志筑さんを無理やり連れ帰るというのはどうだろう。後ろを振り返って帰り道を確認すると、背後にぞろぞろと志筑さんと同じように『魔女の口付け』をされた人たちが集まっていた。
「げッ……」
しくじった。
退路を断たれた。
これじゃ志筑さんを連れて帰るのは無理そうだ。そんなことをして、この人たちが暴れだしたら、僕一人ではどうすることもできない。ましてや、鹿目さんがいる状況だ。
こいつらは志筑さんの言った『ここよりもずっといい場所』に行くために来たのだろう。
その人たちがこれだけ密度で進んでいる。つまりこれは目指している場所が近いということを表している。
「政夫くん……」
鹿目さんは僕に助けを求めるように見つめてくる。僕がどうにかしなくてはいけない。だけど、どうやって……?
ちょっと短めです。