番外編ではありますが、ストーリーには密接してます
~ほむら視点~
上条恭介の入院している病院。
その屋上で私、暁美ほむらは待たされていた。私を呼びつけた美樹さやかは一向に姿を見せない。
もしかしてからかわれたのかしら。もしそうなら頭にくるどころじゃ済まない。いくら私が嫌いだからってやっていい事とそうでない事の区別くらいあるでしょうに……。
帰ろう。時間の無駄だった。
そう思ってドアの方に向かうと、ドアが開いた。
「わあ……!暁美さん、本当に来てくれたんだね」
現れたのは、車椅子に乗った上条恭介。そしてその車椅子を押しているのは、私を散々待たせた美樹さやかだった。
「……どういう事なのか説明してくれるかしら?」
私は意味が分からず、美樹さやかに尋ねるが、彼女は何も答えない。
代わりに上条恭介が驚いたように聞いてきた。
「え?暁美さんは手の治った僕のヴァイオリンの演奏を聴きにきてくれたんじゃないの?」
ヴァイオリン?演奏?
見ると上条恭介の腕の中には高級そうなヴァイオリンがあった。
もしかして、それを聴かせるために美樹さやかは私を呼んだのだろうか。私は美樹さやかの顔を見つめると、懇願するような目で私を見つめ返された。
きっと恐らくはそうなのだろう。
最初からそう言えば、上条恭介の事を好意的に思っていない私は来なかったと思う。だからといって美樹さやかがやっただまし討ちのような事を肯定するつもりはさらさらないけれど。
こんな時、政夫ならどうするだろうか。きっと美樹さやかの意図をくんでこんな風に言うだろう。
「冗談よ。美樹さんに誘われて、貴方のヴァイオリンを聴きに来たわ。ぜひ演奏を聴かせてちょうだい」
「良かった。もしかしてさやかに何も聞かされてないのかと思ったよ」
できるだけ柔和な笑みを浮かべて言うと、上条恭介は安心したかのように笑った。
そして私は美樹さやかを見る。
彼女は驚いたように目をまるくしていた。私が気を使ったのがそんなに珍しいのだろう。
これは『貸し』よ。美樹さやか。貴女の力は『ワルプルギスの夜』との戦いで
私は演奏中に鳴らないように携帯の電源を切ってポケットに入れた。
それから上条恭介のヴァイオリンの演奏が始まった。
美樹さやかは私の隣にきて、彼の演奏を黙って聴いている。
夕焼けを背にしてヴァイオリンを弾く上条恭介は、それなりに格好良く見えた。少なくても、前よりは上条恭介に対してのイメージは良いものになった。
「何て曲なのかしら……」
「『亜麻色の髪の乙女』。ドビュッシーの曲よ。……恭介の好きな曲」
ぽつりと漏らした独り言に美樹さやかがそっと答えてくれた。
意外ね。クラシックなんて美樹さやかの柄じゃないのに。それとも上条恭介に話題を合わせられるように覚えたのかしら。
美樹さやかの瞳が少し
……夕日といえば、政夫は怒っているかしら。流石にあそこで右ストレートは我ながらなかったと思う。明日にでも謝ろう。
演奏が終わり、今まで閉じていた目を開いて上条恭介は私に聞いてきた。
「どうだったかな。僕の演奏。手が治って、一番最初に暁美さんに聴いてほしかったんだ」
その台詞を聞きたかったのは私ではなく、隣にいる美樹さやかだっただろう。
美樹さやかは相変わらず喋らない。上条恭介に気を使っているためだろうか。
「とても良かったわ。クラシックはあまり聴いた事はなかったけど、そんな私にもいい曲だとわかるほど」
これはお世辞ではなく私の本心。口のうまい政夫と違って、私はお世辞を言うのが苦手だ。
昔は身体が弱くて病院で寝てばかりいたし、魔法少女になってからは人付き合いどころではなかった。
今でも人付き合いが得意になったわけではないけれど、それでも少しは頑張れるようにはなった。
「そう言ってもらえると幸いだよ。本当は夕田君やショウさんにも聞いてほしかったけれど、それでも最初に暁美さんに聴いてもらえてすごく嬉しいよ。さやかもありがとうね」
「ううん。気にしないで。恭介が喜んでくれれば何よりだよ」
美樹は笑ってそう答えた。何故そんな風に笑顔でいられるのだろうか。もし私が美樹さやかの立場なら、とてもじゃないが笑ってなどいられそうにない。
美樹さやかは上条恭介を送ってくると、すぐに戻ってきた。
今度こそ本当に話ができるわね。
「私を呼んだ理由は上条恭介の演奏を聴かせるためだったのかしら」
「それだけじゃないわ。転校生……ううん、ほむら。頼みがあるの」
美樹さやかは初めて私の名前を呼んだ。ぎゅっと拳を握りしめている。
ゆっくりと私の方に近づいてきて、いきなり土下座をした。
「え?ど、どういう事」
予想外の美樹さやかの行動に思わず、どもってしまった。
美樹さやかはそんな事はお構いなしに、頭を屋上のコンクリートにつけたまま、私に話しかけてきた。
「恭介と付き合ってあげて!!」
美樹さやかが何を言っているのか分からなかった。
貴女は上条恭介が好きではなかったのか。魔法少女になってまで彼の手を治したのではなかったのか。
「……言っている意味が分からないわ」
「恭介はアンタの事が好きなの!だから……」
美樹さやかは顔を上げない。上げられないのだ。大嫌いな私に今している顔を見られたくないから。
それでも涙のにじんだ声は彼女がどんな顔をしているのか、他人の事を察するのが苦手な私にも容易に分かった。
美樹さやかは今、泣いているのだ。
どれだけ上条恭介を愛しているのかが伝わってくる。
「ごめんなさい、さやか。私には……好きな人がいるの」
それでも、私は彼女の言葉を踏みにじらなくてはいけない。ここで頷く事はそれこそ彼女への侮辱に他ならない。
「……本当に。本当にごめんなさい」
私は謝罪の言葉を吐きながら、屋上から去った。美樹さやかから逃げた。
…………私は卑怯者だ。