魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第二十八話 流れるような大ピンチ(中編)

僕と鹿目さんが着いた場所は薄暗い工場だった。

工場の中には先客と(おぼ)しき人たちが虚ろな表情をして待っていた。ちなみに入ってきた出口はシャッターが閉められ、早々に逃げ道を潰されていた。

 

「そうだよ、俺は、駄目なんだ。こんな小さな工場一つ、満足に切り盛りできなかった。今みたいな時代にさ、俺の居場所なんてあるわけねぇんだよな」

 

陰気な顔をした男の人が(うつむ)いて、ぼそっとつぶやいた。恐らくは、この工場の経営者だったのだろう。

……ご愁傷(しゅうしょう)様としか僕にはコメントできない。このご時世新しい職を見つけるのも難しいだろうし、借金なども背負っていたなら目も当てられない。

 

僕がヘビーな人生を歩んでいる男の人を同情していると、僕の隣にいた鹿目さんが僕の(そで)を引っ張った。

 

「どうしたの?鹿目さん」

 

「政夫くん、あれ……」

 

鹿目さんの視線の先には、バケツに洗剤をどぼどぼと惜しげもなく入れているおばさんが居た。

そのすぐ近くには、バケツに入れた洗剤とは別の種類の洗剤が置いてある。

確実に『さあ、お掃除しましょう』なんて雰囲気ではない。どうか考えても自殺の準備だ。

 

ああ、本当に参っちゃうなー。せめて僕らのような輝かしい未来ある子供達を巻き込まないでほしい。

切実にそう思う今日この頃。まあ、志筑さんにのこのこ付いて来たのは僕らなんだけどさ。

 

とにかく、無理やりにでも止めないと。

僕は洗剤をバケツに注いでいるおばさんを止めに入ろうとする。

 

「おい、待てよ。夕田ぁ」

 

だが、ふいに僕の前に誰かが僕の行動を阻止(そし)するように立ちふさがった。

その人物を見て、僕は目をまるくした。

 

「スターリン君……。何で君がここに」

 

「決まってんだろぉ。俺らはここで肉体を捨てて生まれ変わるんだよ……」

 

他の人たちにと同じく虚ろな目をしたスターリン君(本名 星凛太郎)。教室であった時とは、別のベクトルで狂っていた。

厨二病みたいなことを口走っている。いくら、実際に中学二年生といっても痛々しいことに変わりはない。

 

「アホみたいなこと言ってないで、早くそこを退()いて、スターリン君。生まれ変わりなんて存在しないよ。人間は死んだら、それで終わりだ。誰かに好きになってほしかったら、生きて努力すればいいだろう?」

 

スターリンを(さと)すが、彼はまるで僕の言うことを聞いていない。腕をだらりと垂れ下げて見つめる様は、顔色と(あい)まって映画やゲームにでてくるゾンビのように見えた。

 

「お前はさぁ、恵まれてるからそんな台詞が吐けるんだよ……。俺みたいにモテない男は一度死んで、神様に転生させてもらって、チートで美形な人間にならないとかわいい女の子たちと接点ができないんだよぉぉぉぉ!!」

 

フィクションと現実を混同しているようなことを口走りながら、僕に向かって襲い掛かってきた。

アニメか漫画の見すぎだろう。そんな都合の良いことなんか起こるわけないって気が付かないものかな。

なぜか周囲の人たち、特に男性はスターリン君の台詞に感動したらしく、パチパチと拍手をしていた。アホか、お前ら。

 

「政夫くんッ!」

 

「大丈夫、ちょっと離れてて」

 

鹿目さんは悲鳴に近い声を上げるが、僕はそっと彼女を離れさせて、スターリン君を迎え撃つ。

手を伸ばして僕につかみ掛かろうとするスターリン君の腕を逆につかみ返し、同時に彼の足に僕の足を引っ掛ける。

 

「おお!?」

 

重心を崩したスターリン君をそのまま背負い投げる……とこの硬い床では死んでしまう可能性があるので寝技に持ち込む。

マウントポジションの体勢をとり、相手の片腕と頭を抱え込むようにして腕をクラッチして締め上げる。

通称『肩固め』。英名はアームトライアングルチョークとも呼ばれている。

 

一見、関節を極める技に見られるが、実際は頚動脈を絞める技だ。

そのため、本来はかなりの危険な技であり、小学生では絶対に教えてもらえないのだが、この技を昔通っていた道場のアナーキーな師範代は平然と小学校低学年の僕に教えていた。

まさか今になって、あのむちゃくちゃな師範代から教わった技が役に立つとは思わなかったよ。

 

ほどなくして、スターリン君の身体が脱力する。完全に気を失っただろう。

腕を解いて、彼の口に手をかざす。

よし。息はある。これで命に別状はないだろう。

 

即座にスターリン君から離れると、僕は『混ぜると危険』のマークが書かれた洗剤を混ぜようとしているおばさんからバケツを奪う。

おばさんはぼんやりとした顔で僕を見るが、気にも留めなかった。

危険なネルネルネルネはもうお終いだ。

 

僕は入り口付近にある窓にガラスを無視して、力の限りバケツを放り投げる。

思いの他軽い音をたてて、窓ガラスが砕け、洗剤の入ったバケツは工場の外に飛んでいった。

 

いくら勢いをつけたと言っても、普通は頑丈にできてるはずの工場の窓ガラスが、バケツでこうもあっさりと割れるとは……。この工場、結構老朽化してる。これじゃ潰れるわけだよ。

 

「ま、政夫くん!」

 

この工場の(もろ)さに感謝と呆れを抱いていた僕に、鹿目さんの声が飛ぶ。

振り向けば、工場内にいた人たちが僕を生気のない顔で睨んでいる。いや、目の焦点が合っていないので、睨んでいるという表現は適切じゃないかもしれない。

 

まあ、こうなることは大体予想がついていた。だから、僕は数ある窓の中から、入り口付近の窓に近づいたのだ。

流石に高い位置に設置してある窓には脚立でもない限りは届きそうもない。仮に脱出できたとしても、鹿目さんを置いて行くはめになってしまうだろう。

 

でも、この場所の近くにはシャッターの開閉スイッチがある。さっきシャッターを閉めていた人がボタン押していたのを僕は確認していた。

僕は壁についているそのスイッチに目掛けて走った。工場内の人たちが鹿目さんがいる場所が離れるよう、うまく誘導する。

 

「鬼さんこちら~♪手の鳴る方へ~♪」

 

目の焦点がおかしい上、口を半開きにしている人たちに追われるのは途轍(とてつ)もなく恐ろしかった。そこには捕まったら何をされるか分からない怖さがある。

そのため僕も(なか)ばヤケクソになっていた。

 

ようやく、開閉スイッチにたどり着くとすぐさまボタンを押す。しかし、壁に(そな)え付けてある開閉スイッチの傍にいるということは、すなわち逃げ場を完全に失ったということだ。

 

津波の如(ごと)く迫ってくる人たちに成す(すべ)のない僕は無常にも飲まれていく。だが、ここにこれほど人数が密集しているなら、対角線上にいる鹿目さんの周りにはほとんど人がいないはずだ。

 

「政夫くんっ!!」

 

鹿目さんの泣きそうな声が聞こえたが、人間津波で彼女の顔を見ることは叶わなかった。それでも開閉スイッチだけは死守しながら、鹿目さんに呼びかける。

 

「今、わずかだけど入り口のシャッターが開いてる!そこから逃げて!!」

 

「そんな事できないよ!」

 

「勘違いしないで!巴さんたちを探して呼んで来てって言ってるんだよ!!」

 

「でも……!」

 

鹿目さんの煮え切らない態度のまま、一向に動く気配がない。彼女は優しいが、そこで割り切れないのはただの弱さだ。

 

「鹿目さん!」

 

僕は手足をつかまれ、床の上に無様に倒される。頭も押さえつけれるが、声だけは鹿目さんに届くよう、(のど)を振るわせた。

 

「これは!今!君にしか!できないことだッ!!」

 

「……!分かった。すぐに戻るからね!」

 

その声と共に走り出す足音が聞こえ、やがて遠ざかっていった。

冷たい床に押し付けられ、うつ伏せにされたまま僕は薄く笑った。

良かった。

取り合えず、鹿目さんだけは逃がせた……。

 

 




ちょっとぶつ切り間があります。
申し訳ありません。

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