魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第三十話 折れない心

「……………え。あ?どこ……ここ?」

 

不細工なデッサン人形たちに身体を解体されたはずの僕は、いつの間にかおかしな空間に浮いていた。

上と下に長細くなっている円柱形の空間。十中八九、魔女の結界の内部だろう。

空間の側面には遊園地のメリーゴーランドを模した絵が描かれていた。

心なしか僕の身体がグニャグニャしてるように見える。錯覚や、福本漫画に(はま)っているせいではない。

 

まだ、僕は生きているのか?

なぜだ。僕を殺そうと思えば殺せたはずだ。わざわざ躊躇する理由が見えない。

 

もっと深く考え込もうとした僕の思考は唐突に中断された。

上の方、この円柱の空間の上面から、羽根の生えたテレビとそれを支える天使もどきのデッサン人形が舞い降りてきた。

明らかにデッサン人形たちとは形が違う。あれがこの結界の魔女なのだろうか。薔薇の魔女とは違い、もはや見た目が生物ですらない。

 

羽根付きテレビは僕のすぐ近くへとやってくる。距離をとろうと身体を動かすが、すぐさまデッサン人形が僕の手足をつかんで逃がさしてくれない。

 

羽根付きテレビの画面が良く見えるほど、近い距離に来た。

画面の中には、女の子がステージの上に立っている影絵のような映像が映っている。影絵の女の子はツインテールの髪型をしていた。

 

そういえば魔女は元は魔法少女、つまり一番最初は普通の女の子だったんだよな。それが今じゃ電化製品の姿で人を殺している。非常に哀れだ。

 

羽根付きテレビの画面が突然切り替わり、今度は女の人が映った。

一瞬、脳がフリーズした。画面に映っている女性は僕のよく知っている人だった。

 

「お・・母・・・さん?」

 

夕田弓子。僕が幼稚園生だった時に病気で死んでしまった僕の母親。

身内の贔屓目(ひいきめ)なしでも、黒髪に眼鏡が似合う綺麗な人だった。

 

画面の中の母さんは、最初は元気そうな顔をしていたが、徐々(じょじょ)に痩せこけ目が落ち(くぼ)み、亡くなった時と同じ顔に変わっていく。

僕の心にかつての喪失感が広がる。

どうにもならない母の病気の悪化。それを見ていることしかできない無力感。

 

当時、幼稚園児だった僕はそれが耐えられなかった。

評判のいい神社に行って、少ないお小遣いを賽銭(さいせん)箱に入れて祈った。

来る日も、来る日も祈り続けた。遠足のお菓子を買うお金も『神様』にお願いするために使った。

その頃の僕は、心を込めて願い続ければ、いつか母さんの病気が治ると信じていた。

 

でも、世界は幼い僕に容赦ない現実を突きつけた。

母さんは、呆気なく死んだ。それを僕が知ったのはちょうど神社で『神様』に祈ってきた帰りだった。

『神様』なんて都合のいい存在は居なかった。どうにもならないことは、何をやっても変えられない。

それを僕は身をもって思い知った。

 

 

 

 

「…………それで?」

 

僕は、羽根付きテレビにそう聞いた。

 

「――――――――――――――――」

 

画面では再び、母さんの映像を巻き戻し、母さんが弱ってくる様子を見せてくる。

 

「いや、それを見せてどうするの?ひょっとして僕が絶望でもすると思ったの?」

 

くくっと馬鹿にするように僕は笑った。

多分、そうだろう。絶望して魔女になったこいつは、絶望しない僕が気に食わなかったのだ。

しかし、今更そんなものを見せられても絶望などするわけがない。

 

「そんな過去、とっくの昔に乗り越えたよ」

 

口元で笑いながら、目だけは羽根付きテレビを睨みつける。

確かにこの過去は僕にとって辛い過去だ。だが、大抵の人間が体験している、言ってしまえばどこにでもある不幸。

誰もが乗り越えて生きている、ありふれた過去だ。そんなものでは僕の心は揺らがない。

 

「―――――――――――ッ!」

 

羽根付きテレビは左右にその身体を揺らした。まるで小さな女の子が地団駄(じだんだ)を踏んでいる様を想像させる。

 

「もしかして怒った?そんな(なり)して、案外かわいいところもあるんだね」

 

僕は羽根付きテレビを挑発するように言った。にやにやと口元を歪める。

なるほど。ある程度は人間らしい感情もあるのか。

それに人の過去まで探って、その映像を見せるわけだからある程度知能があることは間違いないはずだ。

 

「――z――――zz――――――ッ!!」

 

画面が砂嵐に変わり、ズザザーと耳障りな雑音が鳴り響く。

その音に反応したのか、僕の手足をつかんでいたデッサン人形たちが力を込めて引っ張りだした。

 

「……ッあぐぁ!!」

 

強烈な痛みが僕の身体を襲う。

だが、それよりも僕の身体に起こった現象に目を(みは)る。

 

伸びたのだ。手足が。

まるでゴムか何かのように形状を変えて、僕の身体は伸び広がる。

 

「……うぇぐ」

 

自分の身体が何か別の物のようになって行くその様はおぞましさを感じざるを得ない。激しい痛みに加え、生理的嫌悪が僕の脳を(むしば)んでいく。

 

それでも、僕は羽根付きテレビを睨みつけることをやめない。

こんな相手に屈服するなんて、それこそ死んだ方がマシだ。

 

「……君に……どんな辛い過去があるかなんて知らない。……でもね。そんな風に絶望して……挙句の果てに無関係な他者にまで悪意をぶつけるような『負け犬』なんかには……僕は絶対に屈しない」

 

僕は痛みで引きつる顔にできる限り馬鹿にした笑みを浮かべてみせる。

 

「―――ズザザザザザ―――――――――!!」

 

羽根付きテレビの画面の砂嵐はより酷くなっていく。それに応じて、デッサン人形たちは引っ張る強さを上げた。

 

「ッぎぃッ……!あはは……本当に、怒りっぽいねぇ……きみ……」

 

恐らく、僕の身体を引きちぎり殺すつもりなのだろう。

痛みが脳を支配されて、思考もままならない。

 

ああ、まったく。どうせ両腕を引っ張られるなら、暁美と美樹の方がまだ良かったかも。

あの騒がしいタイプの真逆の馬鹿二人を思い浮かび、死ぬ寸前だというのに少し笑えた。

 

 

 

 

 

「使い魔ァ!今すぐその子を放せ!」

 

激痛で気が遠くなっていた僕の耳に男の声が響いた。

とうとう幻聴まで聞こえるようになってしまったか。そう思ったが、その声と共に痛みがなくなった。

 

「……え?」

 

何が起きたのか分からず、僕は周りを見回す。

そして痛みが引いた理由を理解した。デッサン人形たちが僕から手を離していたのだ。

 

なぜ魔女の忠実な使い魔であるこいつらが僕から手を離したんだ?さっきの声の命令を聞いたのか?いや、そもそもさっきの声の主は誰だ?

 

痛みから解放された僕の脳を、瞬時に疑問が埋め尽くす。

 

その時、上からさきほどと同じ声が降ってきた。

 

「スゲェ格好いい啖呵(たんか)だったぜ?さっきの台詞」

 

颯爽(さっそう)と一人の男が飛び降りてくる。

その男の顔には見覚えがあった。僕が上条君の病室の前であった美形の男性、魅月ショウさん。

 

「魅月……ショウさん?」

 

魅月さんだけだと、魅月杏子さんと混同してしまうので僕はフルネームで呼んだ。

ショウさんは僕のすぐそばまで来ると、ピタリと急停止した。

 

「おっ。誰かと思えば、あん時の坊主じゃねぇか」

 

「ど、どうやってここに?というか何で普通に浮かんで……」

 

そこまで言って、僕は気付いた。

まるで支えるようにデッサン人形たちがショウさんの身体にくっ付いている。

 

「そ、それ……」

 

僕がショウさんにくっ付いているデッサン人形を指差すと、ショウさんはそれに気付いたようで軽く苦笑いをした。

 

「ああ。こいつらね。取り合えず、俺が『命令』してる間は安全だぜ。ま、実際に襲われてたお前からしたら、信用できねぇかもしれねぇけどな」

 

『命令』?使い魔を完全な制御下に置いているのか?この人何者なんだ?

超展開すぎて、まったくと言っていいほど状況が飲み込めない。

 

ショウさんは混乱している僕の頭の上にポンと軽く手を置いた。

 

「わりぃな。いろいろワケ分かんねぇ事ばっかだとは思うけど、ちょっと待っててくれ。あのテレビ倒さねぇとこっから出られないからよ」

 

安心させるように力強くショウさんは僕に笑いかけてくれた。

危機的状況はそれほど変わっていないはずにも関わらず、僕の心に安堵(あんど)の色が広がる。

なんだこの安心感。下手をしたら涙が出るかもしれない。

 

ショウさんは僕の頭から手を離すと、羽根付きテレビの方へと向き直る。

口元には不敵な笑みを浮かべているが、その両目は鋭く、突き刺すようなものだった。

 

「てめぇがこの結界の魔女か。恭介のダチ、(いじ)めてくれやがって覚悟はできてんだろうな。ここはてめぇのテリトリーなんだろうが、こっからはてめぇが『(ゲスト)』で俺が『主人(ホスト)』だ。たっぷりサービスしてやるから感謝しな!」

 

 




この物語のヒーローのショウさんが登場しました。
今までは、この話のためのプロローグだったのです!





……ごめんなさい。それは流石に言い過ぎでした。

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