「仕事終わった~~!」
俺、魅月ショウは仕事場のホストクラブ『プレギエラ』から出て、店の前でぐっと背筋を伸ばした。
ソファとはいえ、ほとんど座りっぱなしだから、身体を伸ばすのが気持ちいい。
いつもより比較的早い時刻だが、オーナーが妹ができた俺を気遣って、帰してくれたのだ。本当にあの人には良くしてもらっている。
両親が死んだせいで高校を辞めて妹を養わなきゃいけなかった俺に、働く場所を与えてくれたのもオーナーだった。俺にとってオーナーはもう一人の父親と言ってもいい。
そうだ。今度、ちゃんとオーナーにも杏子を紹介してみよう。俺にできた新しい『妹』を。
せっかく早めに帰れるんだ。杏子に何か美味いもんでも食わせてやるか。
俺は携帯を操作して杏子に電話をかける。
プルルという音の後に電波が届いていない
今日は編入初日だから、仲良くなった友達とまだ遊んでいるから携帯を切っているのかもしれない。でも、電話を切るってのはおかしい。普通マナーモードぐらいにするだろう。
いかん。心配になってきた。
魔法少女なんていったところであいつの中身はまだ幼いガキだ。何かしらの不測の事態に陥ってる可能性もなくはない。
まあ、杏子に限ってはそんな事はないとは思うが一応探すか。ひょっとしたら、この町の魔女と戦っているのかもしれないし。
俺は杏子を探すために歩き始めた。
魔女と戦っているんだとしたら人通りの多い場所よりも、
俺は勘で魔女の居そうな寂れている場所を探す。『勘』といってもそれほどあやふやな物じゃなく、魔女の結界内に入り込んだ経験から、何となく魔女の結界の気配が分かるのだ。
流石に杏子のソウルジェムほど性能がいいわけじゃないが、手当たりしだいに探すよりはマシだろう。
勘に従って進むと、街灯の少ない狭い道に出た。
道の先には小さな工場が見える。その工場から、何か嫌な感じがしているが見ただけで伝わってきた。
間違いない。あそこだ。杏子と一緒に魔女の結界内に何度も入った俺には分かる。
うまい表現が見つからないが、その場所と周囲が何か『浮いてる』気がするのだ。例えるなら、白い画用紙の一点が黒く汚れているようなそんな感じだ。
俺は工場へ入ろうと近づくが、その時工場のシャッターが突然開き始めた。
とっさに俺は身を潜めた。魔女関係で油断したら、危険だという事は経験則から知っている。
さて、鬼が出るか、蛇が出るか。
だが、警戒していた俺の予想に反して、シャッターから出てきたのはピンク色の髪をした女の子だった。
ピンク色の髪の女の子は見滝原中学の制服を着ていた。
という事は杏子と同じ学校の生徒とになる。ひょっとしたら、同じクラスの子かもしれない。
それよりも彼女は今にも泣き出しそうな顔をしていた。妹を持つ兄としては同じ年頃ぐらいの女の子がそんな顔をしているのを見るのはかなり辛い。
とにかく、中の事情を聞くにしても、彼女に話しかけなければいけない。俺は彼女に近寄って言葉を投げかけようと口を開いた。
『お困りのようだね、まどか』
だが、俺よりも早く、まどかと呼ばれたピンク色の髪の女の子に話しかけたヤツがいた。
彼女はその声に反応して、俺と反対の方向に顔を向ける。
「……キュゥべえ」
魔法少女をサポートしてくれるマスコット、キュゥべえがそこにいた。
何であいつがここにいるんだ?いや、待て。何であの子キュゥべえが見える、というか知っているんだ?あの子も魔法少女……には見えないな。
ピンク色の髪の女の子改めまどかは、はっと何かに気付いた顔をした。
「そ、そうだ。キュゥべえは魔法少女に通信ができるんだよね?マミさん達を呼んでほしいの!」
『今は無理だよ。彼女たちは僕の通信が届く距離にいないからね』
「そ、そんな。だって、早くしないと政夫くんが……政夫くんが死んじゃうかもしれないのに……」
顔を手で押さえ、ぼろぼろとまどかは涙をこぼし始める。
しゃくり上げながら、その場に膝を付いて
『でもまどか。政夫を救う方法はあるよ』
「……え?」
泣くのをとめて、まどかはキュゥべえを見る。
キュゥべえはまるで何でもない事のように言った。
『君が魔法少女になって政夫を助ければいい。それが最も確実な方法だよ』
「……私が魔法少女になれば……政夫くんを助けられるの?」
『造作もない事だよ。ここに魔女も倒せるから、志筑仁美を含めた”魔女の口付け”を受けた人達も救う事ができる。まさに一石二鳥ってやつだね』
「だ、だったら私。あなたと契約して魔法少女に……」
まどかがそう言いかける前に、キュゥべえの元へと駆けつけると思い切り蹴り飛ばした。身体の軽いキュゥべえの身体は俺の蹴りで転がりながら遠くの方まで飛んで行った。
「馬鹿野郎がッ!!」
なんて事しようとしやがるんだ。明らかな誘導尋問みたいな真似しやがって。
こいつはまた杏子やカレンみたいな子を増やすつもりなのか。死と隣り合わせの危険な世界へ放り込むつもりなのか。
「キュ、キュゥべえ!?」
俺は蹴り飛ばした時に振り抜いた足を戻し、驚きのあまり呆然としているまどかへと向き直った。
「おい、お嬢ちゃん。まどかとか言ったか?」
俺が聞くとビクっと身体を震わせると、まどかはおどおどしつつも答えた。
「え!?あ、は、はい。あの……あなたは?」
「俺は魅月ショウ。通りすがりのナンバー1ホストだ」
「ほ、ホスト!!?お酒を飲むのが仕事のあのホストさん……?」
俺が急に登場した事にまだ頭がついてきておらず、ちぐはぐな事を言い出している。ま、無理もねえか。
何しろ俺だって今の状況があんまり飲み込めてるわけじゃねぇからな。
「俺の事は
「え、ななんでキュゥべえの事知って……あれ?そもそもキュゥべえって普通の人には見えないはずじゃ……」
『それはショウが普通の人間じゃないからだよ、まどか』
俺とまどかが会話をしていると、視界の外へ消えていったはずのキュゥべえがすぐ近くにやって来た。
結構強めに蹴ったつもりなのだが、キュゥべえの奴はピンピンしている。
「普通の人間じゃないって……どう言うことなの、キュゥべえ?まさかこの人も魔法少女なの!?男の人なのに!?ホストさんなのに!?」
「落ち着け。俺はそんなファンシーな存在じゃないから安心しろ」
キュゥべえの発言でますます混乱しているまどかをなだめ、話を再開させる。
たっく。キュゥべえの野郎は面倒くさい事にさせさがって。
「もう短刀直入に聞くぞ?さっきちょっと聴いたかぎりだと、お前はこの工場の中に大切な奴がいて、そいつを助けるために魔法少女になろうとしてた。合ってるか?」
「はい……」
「じゃあ、後は任せろ。俺がそいつを助け出してやる。だから魔法少女になろうなんて考えるな。ありゃお前が想像してるほど楽なモンじゃねぇ」
何度も杏子の魔女退治を手伝ったが、その俺ですら魔女退治は未だに慣れない。使い魔を操る俺の特性上、使い魔に襲われる事はないが、醜悪なイタズラ書きみたいな魔女を前にすると嫌悪と恐怖が心の奥から噴き出してくる。
気を抜けば死ぬかもしれない。そんな世界だ。
少なくても、まどかのような普通の女の子が入り込んでいい世界じゃない。本当なら杏子にだって止めてほしいくらいだ。
「あの……」
まどかが心配そうな顔を俺に向けてくる。まあ、俺みたいなのが『助けてやる』なんて言ったところで不安だろうな。どう見てもヒーローなんかには見えないだろうし。
「安心しろ。取り敢えずは俺は魔女と戦えるから」
つっても、魔女そのものが使い魔以上に戦闘能力が高い場合は完全にお手上げだがな。
だが、まどかは首を振る。
「そうじゃなくて、私を何で助けてくれるんですか?まだ会ったばっかりなのに」
言われてみればそうだな。仮にも命を懸けなきゃいけないのに、出会って三分も経ってない女の子を何の得もないのに助けるっていうのはちょっとおかしいかもしれない。少なくても、カレンを失って女に八つ当たりばかりしていた俺だったら絶対にしなかっただろう。
「格好つけてぇからだよ。俺はホストだからな」
きっと、俺のために死んでしまったカレンに見せたいからだ。お前のお兄ちゃんはこんなに格好いいぞって。
要するに単なる
俺はまどかと離れると工場の壁を触れながら、工場の周りを回る。
シャッターはまどかが出てきてからは閉まっており、そこから入る事は不可能だ。第一もし入れたとしても魔女の結界の中まで入る事はできないはずだ。
だから逆転の発想。
俺が中に入るのではなく、奴らに俺を結界の中に入れさせればいい。
「ここだ」
工場の側面のある一部。
そこだけ触っていると気持ちの悪い嫌な感覚がなだれ込んでくる。魔女の結界の中で感じる気分と同じものだ。
恐らく、魔女の結界内と繋がっているのだろう。
だったら話は早い。魔女の結界内は使い魔が結構な頻度で
「使い魔!!そこにいるなら、俺の前に出て来い!!」
俺が叫ぶと、壁から天使を模した人形が三体ほど
「よし出てきたな。それじゃあ俺を結界の中に連れて行け!」
政夫は視点として側面の主人公です。
ショウさんはヒーローとしての側面を持つ主人公です。