魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第三十一話 グンナイベイビー

凄い。

僕の目の前で起こっている状況への感想は、まさにその一言に集約する。

 

「魔女の羽根を抱えている使い魔!そいつの羽根を引きちぎれ!!」

 

ショウさんの声と共に、羽根付きテレビの両サイドの羽根を大事そうに持っていたデッサン人形達は、急に心変わりをしたようにその羽根を僕に対してやったようにゴムのように引っ張り、そして引き伸ばす。

 

魔女の下僕である使い魔を操っているのだ。それも魔法少女とは(えん)所縁(ゆかり)もなさそうなショウさんが、だ。

 

 

『――z――zaz―――zizaziuziaizuiauzza――――――ッ!!』

 

ザリザリと羽根付きテレビの画面いっぱいの砂嵐が一際(ひときわ)揺れた。

その様子は魔女の悲鳴そのものだ。身体をもがくかの様に暴れるが、移動に必要な羽根自体をつかまれているため身動きがまったく取れていない。

 

ぶちりっと安っぽい音がして、羽根付きテレビは唯一のチャームポイントだった羽根を失い、秋葉原で安売りしてそうなただのテレビと化した。

 

『――――――――ッ!!』

 

画面からは砂嵐すら消えて灰色をぼんやりと映し出しているのみ。引きちぎられた羽根と接合していた場所からは、絡まったケーブルのようなものがダラリと顔を出している。

僕が感じるのは明らかにお門違いだが、その無残な姿にどうしても哀れみを感じてしまう。

 

「まだ終わらせねぇよ。羽根をちぎった使い魔はそのまま魔女を押さえてろ!残りの使い魔は俺の周りに集まって、その後、俺の命令と共に魔女に突撃!!」

 

ショウさんの号令に従い、デッサン人形たちは軍隊然と機敏に動いて陣形をとる。陣形はちょうどショウさんを基点に円を描くかのように綺麗にまとまる。

その様は、どこか絵画めいていた。

 

もう羽根なしテレビに逃げ場はどこにもない。先ほどまで僕がそうであったように魔女は『王手詰み(チェックメイト)』。

この状況から、巻き返すなど不可能だ。

 

羽根のないテレビはただのテレビだ、というように、もがいていた魔女も今では微動だにしない。

自分の分身であり、忠実な手下でもあった使い魔に裏切られ、その使い魔の手により殺されようとしている。魔女にとって、それは一体どんな心境なのか。僕には僕には分からない。

 

「これで(とど)め……!?」

 

ショウさんが死刑執行の宣言をしようとした瞬間、魔女の灰色の画面に唐突に映像が映し出される。

ブラウンの肩まで伸びた髪に、あどけなさの残るかわいらしい顔をした僕と同じ中学生くらいの女の子。どこかショウさんに似ている気がするのは僕の気のせいだろうか。

 

「カ、カレ……ン……?何で……」

 

カレンというのが画面に映っている女の子の名前らしい。それを知っているということはつまり、ショウさんの知人、いや、顔立ちからして家族と見て間違いないだろう。ショウさんの『血の繋がった』妹かな。

 

「カレンが俺を責めてるのか?ごめん。カレン、俺が……俺が頼りなかったばっかりにお前を……」

 

ショウさんが画面に向かって何やら脈絡のない言葉を(つむ)ぎ出す。

まずい。これはあのテレビの魔女の十八番(おはこ)の過去のトラウマを呼び起こす能力だ。

ショウさんの言葉から察するにあのカレンっていう女の子はすでに他界しており、それをショウさんが気に病んでいるのだろう。魔女はそこにつけ込んだのだ。

 

ショウさんの周りに陣形を組んでいた使い魔が、身体をよじる様な仕草を始めた。

もしかして、ショウさんの気がそれたことで使い魔の操縦が緩み、再び魔女の支配下に置かれようとしているのか?

もし、そんなことになったら、形勢は一気に逆転してしまう。僕はもちろん、ショウさんまで使い魔に殺されるはめになってしまう。

 

僕はショウさんに向けて、大声で呼びかける。

 

「ショウさん!そいつらのそれはあくまでショウさんの記憶の一部を見せているに過ぎません。惑わされないでください」

 

ショウさんは僕の方へ顔を向ける。そこには明確な迷いが垣間見えた。

 

「だけど……カレンは俺の事をきっと恨んで……死んだはずだ」

 

「カレンさんがあなたにとってどんな人だったかは知りませんが、死んだ人間は何も語りません!『はず』なんて不確かな台詞で決め付けないでください!それは死んでいった人たちへの侮辱です!」

 

「お前にはカレンの事なんて分からねぇだろうが!知ったような口を……」

 

「なら、ショウさんには分かるんですか?死んだ人の気持ちが」

 

「それは……」

 

ショウさんは口ごもった。反論できないからだ。

 

誰も亡くなった人の気持ちなんて分かるわけがないのだ。死んだらそれで終わりだ。天国も極楽も三途の川もない。

だだ、人生という名の長い糸がぷっつり切れて終わり。途切れた先など存在しない。

 

「だったら、そんな風に決め付けて逃げないでください!カレンさんの死とちゃんと向き合って、受け止めなきゃいけないんです!」

 

そうでなければ、カレンという人が本当の意味で報われない。

ショウさんは(うつむ)いていて、僕の言葉が届いたかどうかは分からない。

突然、ショウさんの肩が小刻みに震え始めた。一瞬、泣いているのかと思ったが違った。

ショウさんは笑っていた。

 

「……くっ、ははは。まさか中学生のガキに諭されるとは……。俺も焼きが回ったかなァー。おい坊主。お前の名前は政夫でいいのか」

 

「え?何で僕の名前を……」

 

なぜショウさんが名乗ってもいない僕の名前を知っているのか疑問に思ったが、すぐに得心が行った。

そもそもショウさんがこのタイミングで魔女の結界内に来ている時点で気付くべきだった。きっとショウさんは鹿目さんに出会ったのだろう。そして彼女に頼まれてここに助けに来てくれた。

大体の筋書きはこんなところで合っているはずだ。

 

「政夫、お前の言う通りだ。カレンが俺を恨んでいるかなんて、誰にも分かんねぇ。勝手に俺が決め付けてただけだ。ありがとな、おかげで目が覚めたぜ」

 

ショウさんは僕から魔女に視線を移す。その横顔には迷いはもう見えず、どこかさっぱりとした表情をしていた。

 

「下らねぇ事考えてんのはもう終わりだ。大人ってのは子供に格好いいところを見せるのが仕事なんだから、もっとシャッキとしねぇとな」

 

魔女の画面には相変わらず、カレンさんの映像が流れている。

その画面をショウさんはまっすぐ見て、指を指す。

 

「使い魔ども、一斉突撃!!画面目掛けて、ぶちかませッ!!」

 

その命令を言うや否や、円陣を組んでいたデッサン人形たちは魔女目掛けて殺到する。

魔女の画面を数の暴力が襲うが、魔女に逃げ場はない。両サイドをがっちりと抱えているデッサン人形がいるため、魔女は吹き飛ぶことすら許されない。

 

『――――――――!!』

 

「Good Night, Baby」

 

ショウさんのその台詞を最後に魔女は爆発した。

 

周囲のメリーゴーランドの模様がかき消え、元の工場に戻った。

魔女の口付けで操られていた人たちは電池が切れたように倒れている。傍に寄って、脈を確認したが大丈夫だった。

 

凄く疲れた。身体から力が抜けて、僕はその場に座り込んでしまう。

何で友達とカラオケに行った帰りにこんな体験しなくちゃいけないんだ。

 

「おいおい。情けない格好すんなよ。ほれ、お前の彼女(ハニー)がお待ちだぜ?」

 

僕が脱力していると、ショウさんが笑いながら入り口付近の壁に近寄って、シャッターの開閉スイッチを押した。

開いたシャッターから入ってきたのは、鹿目さん……そして、暁美。

 

「政夫くん!その顔……ごめんね。私のせいで」

 

鹿目さんは申し訳なさそう顔で僕に駆け寄ってきた。

よく見ると泣いた跡が目の周りにある。たくさん心配をかけてしまったんだろう。

僕の顔が()れて、鼻や口元から血を流しているせいで、さらに心配させてしまってるのだろう。

 

「心配かけてごめんね。でも大丈夫だよ。僕こう見えて結構頑丈だから。それより、鹿目さん凄いじゃないか。ショウさんを連れて来てくれたのは君だろう?」

 

「ううん、私は何もできなかったの。あそこにホストさんが駆けつけてくれたのは偶然なの」

 

鹿目さんは所在(しょざい)無さ()にしょんぼりと肩を落とした。

だが、そこでショウさんがポンっと鹿目さんの肩に手を置いた。

 

「そうでもないぜ?俺がここに魔女がいるって完全に確信できたのはこの子のおかげだ。あそこでまどかに出会わなかったら、ひょっとしたら帰っちまったかもしれねぇ」

 

「そんなのただの偶然ですよ……私は結局何も」

 

それでも自信なさそうに落ち込む鹿目さん。

そんな彼女に僕は笑い掛けた。

 

「でも、その偶然を引き寄せたのは間違いなく鹿目さんなわけだろう?」

 

「え?」

 

「自分にとって都合の良い偶然を、人は『奇跡』って呼ぶんだよ。鹿目さんは奇跡を起こしたんだ。支那モンに頼らずにね。自信を持って」

 

鹿目さんは最初、僕の言っていることが分からなかったようだったが、少しづつ理解したようで最後には笑みを浮かべてくれた。

 

「ありがとう。政夫くん」

 

「お礼を言うのは僕の方だよ。ありがとう、鹿目さん」

 

二人ともお礼を言い合うその姿はちょっとおかしかった。自然とお互いに顔が(ほころ)ぶ。

その様子にショウさんは口笛を吹いて茶化した。

 

「ヒュー。いいねぇ、中学生の恋愛は。初々しくて」

 

「れ、恋愛とか、そんなのじゃないですよ、ホストさん!」

 

茶化されたのが余程恥ずかしかったのか、鹿目さんは顔を真っ赤にした。何にしても和やか雰囲気だ。

さて、僕は鹿目さんと一緒に入ってきた『付属品』を見た。

 

「今更、のこのこ何しに来たの?暁美さん。ピクニックか何かかな?」

 

笑顔の僕の口からさらっと嫌味がこぼれる。

この短い間に僕は二回、いや、最初の洗剤自殺も(あわ)せると三回も死に掛けたんだ。

というか、現在進行中で結構死にそうだ。

このくらいの嫌味は許されるだろう。

 

「……仕方なかったのよ」

 

「ほう。君の愛する鹿目さんまで生命の危機にさらしても申し開きのある理由があると。それはぜひぜひ聞いてみたいね」

 

じっくりとこいつから何があったのか聞くとしよう。

まあ、何があろうと学校でされたアッパーの件は許すつもりはさらさらない。僕を気絶させてくれた報いを受けてもらおう。小学校時代、粘着質の政夫と恐れられた僕のしつこさは収まるところを知らない。

 

 




身体がボドボドでも報復を優先する政夫。
こいつ、かなりタフですね。

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