僕らのピンチに
ゆっくりとしたこちらに近づいてくるその姿に敵意は感じられない。助けてもらったのだから、取りあえず今は味方だろう。というかここまでやって、もしもいきなり化け物に姿を変えて襲いかかってきたら、もう何も信じられない。
「あら、キュゥべえを助けてくれたのね。ありがとう」
金髪ドリルの女性、長いので仮にドリ子さんとしておこう。そのドリ子さんが鹿目さんの腕の中を見て、微笑んだ。
キュゥべえ?何だそれ?
「私、呼ばれたんです。頭の中に直接この子の声が」
鹿目さんもそれに答える。
この人や鹿目さんには一体何が見えているのだろうか。
ただ一つ僕が言えることは、何もない空間にあたかも何かが存在しているように話しているその姿は、酷く気持ちが悪いということだけだ。まるで精神錯乱者同士が『おままごと』でもしているようだった。
「ふぅん・・なるほどね。その制服、あなたたちも見滝原の生徒みたいね。2年生?」
鹿目さんを見て何かに気付いたように納得するドリ子さん。
「え?あなたたち『も』ってことは、あなたも中学生なんですか?!」
体つき(主にバスト)からして高校生ぐらいだと思ったのだが。言われてみればドリ子さんも見滝原中学の制服を着ていた。
「その言い方ちょっとに引っかかるけど、まあ、いいわ。自己紹介しないとね。でも、その前に」
ドリ子さんが手に持っていた用途不明の卵型の黄色い宝石をかざす。
「ちょっと一仕事、片付けちゃっていいかしら」
これまた意味不明の片足で円を描くような奇怪なステップを踏む。思わず何やってんですかと軽く問い詰めたくなるのをぐっと
「ハッ!」
これで何も起きなかったら、僕も「ハッ」と嘲笑したのだが、実際はそうはならなかった。
ドリ子さんはやたらと胸を強調する、ちょっとお洒落なファミレスの制服みたいな格好に一瞬で変わると虚空からマスケット銃を取り出して、周りにいたポテチおじさんを
「す……すごい」
鹿目さんは
怖い。素直にそう感じた。おれほど恐ろしかったポテチおじさんをああも
とてもじゃないけど同じ『人間』には見えなかった。
「も、戻った!」
ポテチおじさんが全て倒されると周囲の空間が元に戻り、今まで一言も喋らなかった美樹が声を上げた。
こいつ、鹿目さんよりメンタル弱いな。普段の開けっぴろげなテンションは弱い自分を隠すためのものだったんだな。
「魔女は逃げたわ。仕留めたいなら、すぐに追いかけなさい。今回はあなたに譲ってあげる」
急に後ろを振り返ったドリ子さんが僕ら以外の誰かに向けて話し始めた。
ドリ子さんのやや上を向いた視線の先には先ほど美樹に消火器をぶちまけられた暁美がいた。
「私が用があるのは・・・・・」
「飲み込みが悪いのね。見逃してあげるって言ってるの。お互い、余計なトラブルとは無縁でいたいとは思わない?」
まったくですね。美樹には数百回ぐらい聞かせてやりたい言葉だ。
暁美は鹿目さんの方を未練があるように見ていたが、乗っていた足場から飛び降りてどこかに行ってしまった。
明日教室で腹いせに僕が襲われたりしないかが心配だ。
ドリ子は鹿目さんが抱えていた僕には何も見えない何かを預かると、床に置いて、黄色い宝石を近づけた。
淡い黄色の光が床を照らすが、やはり僕には何も見えなかった。
「お礼はこの子たちに。私は通りかかっただけだから」
「あなたが、私を呼んだの?」
「何で、私たちの名前を?」
三人の女子中学生が何もない床に話しかけている。どう見ても怪しい儀式か何かにしか見えない。
「……あのさ、君ら何と話してるの?」
疑問に耐え切れず、思いきって聞いてみる。
すると、ドリ子さんはうっかりしていたというように、自分の額を軽く叩くと、再び床に話しかけた。
「ごめんなさい。普通の人には、キュゥべえの姿は見えなかったのを忘れていたわ。キュゥべえ、この子にも見えるようにしてくれないかしら」
『わかったよ、マミ。これでその少年にもボクの姿が見えるようになったよ』
突然、床の上に白いウサギと猫を混ぜて、デフォルメしたような生き物が現れた。
こ、こいつは……。
僕はその謎生物を
「『シナモロール』の主役キャラ、シナモン!……じゃない。よく見るとシナモンより全然可愛くない」
何だ、こいつ。パクリか?劣化シナモンか?中国製なのか?むしろ『シナモン』じゃなくて『支那モン』だな。サ〇リオに訴えられるぞ。
『酷い言い様だね。ボクの名前はシナモンじゃなくて、キュゥべえだよ』
そう言うわりに支那モンは完全な無表情だった。まったく表情が変化しないのでかなり不気味だ。
「ごめんごめん。僕が知っているキャラクターに君の特徴が
『別に気にしてないよ』
だろうね。まったくそんなそぶりを見せていないし。
「ありがとう。君は心が広いね」
取りあえず、お礼を言っておく。この生き物は何を考えているか分からない。得体の知れなさなら、暁美ほむらやポテチおじさん以上だ。用心しないといけない。
そう考えていた時、座っていたドリ子さんがスクッと立ち上がった。
「私も自己紹介しておかないとね。私は巴マミ。あなたたちと同じ、見滝原中の3年生。そして・・・」
ドリ子改め巴先輩は、なぜかそこで
「キュゥべえと契約した、魔法少女よ」
そして、言葉と共にドヤッという効果音が似合いそうな笑みを浮かべた。
恥ずかしくはないのだろうか。ないのだろうな。そうじゃないとあんな事は胸を張って言えないだろう。
僕らをピンチから救ってくれた巴マミ先輩。
僕が彼女についてわかったことは、
「一人暮らしだから遠慮しないで。ろくにおもてなしの準備もないんだけど」
あれからいろいろあって、そのまま巴先輩の家に行くことになった。
僕としては帰りたかったのだが、鹿目さんと主に美樹に強引に連れて来れられてしまった。
「うわ……」
「素敵なお部屋……」
鹿目さんが巴先輩の部屋を見て感想を漏らす。
だが、物が少ないというわけでもないのに、妙に空々しい印象を受けた。
一言で言い表すのなら、生活感がない。モデルルームです、と言われればそれで納得してしまいそうな程だ。
座って待ってて、と言われたので三人で座ろうと思ったのだが、テーブルが三角形なのでこのまま座ると、巴先輩が座れなくなってしまう。
どうしようかと思っていると、鹿目さんが僕の方を見て隣に少しスペースを作って座ってくれたので、好意に甘えて、そこに腰を下ろした。
何て優しくて気遣いのできる子なのだろう。ちなみに美樹は平然と一番最初に座っていた。
そんなことをしていると巴先輩がケーキと紅茶を持ってやってきた。
……巴先輩。先ほどおもてなしの用意はないと自分で言っていたはずじゃなかったでしょうか。
ひょっとして友達がよくここに遊びに来たりするのだろうか?
「美味しそうなケーキが四つも。いいんですか?巴先輩が友達のために用意したものでしょう?」
そう僕が聞くと、巴先輩はちょっと苦笑いをしながら答えた。
「家に招いたりしたのはあなたたちが初めてよ。だから気にしないで食べて」
待て。
それは、つまり一人暮らしで友達も招くわけでもないのに、家にケーキをいくつも買い揃えているということか。
悲しすぎる!いくらなんでも悲しすぎるだろう、それは。
じゃあ何か、誰も来ないにも関わらず、いくつかケーキを店で買うのか?最低でも四つも。
「んー、めちゃうまっすよ」
そんな僕の同情を他所に美樹は美味しそうにケーキを食べていた。こいつはもう駄目だ。人を気遣うという機能をそもそも持っていない。
「マミさん。すっごく美味しいです」
君もか、鹿目さん。しかしこっちはなぜか許せる。不思議!日頃の行いって大事だね。
「ほら、夕田君もどうぞ。美味しいわよ」
巴先輩は僕にケーキを差し出してくれる。確かにここで食べないのは失礼だろう。
フォークで一口大に切って口に運ぶ。
美味しい。しかし、このケーキを巴先輩が一人で買って、一人で食べていたのを想像すると素直に喜べない。
「……すごく、美味しいです」
「ありがとう」
ああ、巴先輩の笑顔が痛々しく見える。