魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第三十三話 魔法少女の秘密

「ソウルジェムが魔法少女の本体だと……?そんな馬鹿な事があるか!」

 

がたっと音をたてショウさんは椅子から立ち上がった。周囲の人の目も気にしていないあたり、完璧に冷静さを欠いている。そして、その顔は怒りを隠そうともしていなかった。

 

「う、嘘だよね……政夫くん」

 

鹿目さんは悲痛に表情を歪め、今にも泣き出しそうだ。自分自身のことではないのにも関わらず、ここまで悲しめるのはやはり彼女の優しさゆえだろう。あるいは支那モンに騙されかけていたことにも少なからずショックを受けているのかもしれない。

 

だが、二人へ僕は嘘を吐くわけにはいかない。心苦しいがはっきりと彼らに言った。

 

「ところがどっこい真実です。これが真実。(うそ)(いつわ)りは一切語っていません」

 

「なら証拠は、証拠はどこにあるんだよ!」

 

信じられない。いや、信じたくはないと言ったようにショウさんが僕に問い詰める。

やはりそう簡単には信じてもらえないか。

仕方ない。できればやりたくなかったが直接証拠を見てもらおう。

 

「それはこれから実演しようかと思います。……暁美さん」

 

「嫌よ」

 

暁美は僕が言葉を(つむ)ぐ前に拒絶の意志を表す。

(さと)いこいつは僕が何を言いたいのか、すでに理解したのだろう。

ぎゅっと指輪状になったソウルジェムを、もう一方の手で覆い隠す。絶対に渡さないと言わんばかりのポーズだ。

 

「ソウルジェムを貸せ、と言いたいのでしょう?これを私から百メートル離して、本当に心臓が止まるか実演する気なのね」

 

「暁美さん、時には命を懸けなければ信頼を勝ち得ないことだってあるんだよ。僕を信じてソウルジェムを託して」

 

「これは私の魂そのものなのよ。おいそれと誰かに預けられるわけないじゃない。それとも逆の立場だったら、簡単に命を預けられるとでもいうの?」

 

「うん」

 

暁美の問いに僕は一言で返した。

当然のことだ。

それはもちろん疑うことは大事だが、信じることを恐れていたら何もできやしない。

身体を張ることを渋る相手に一体誰が心を開くというのだろう。

 

「な……!貴方は質問の意図を理解していないの?それとも口先だけの言葉で私を言い包めようとしているのかしら?」

 

「だって逆の立場ってことは、僕が君に命を預けるってことだろう?それなら信用できる。君は理由もなく僕の命を奪うようなことは絶対にしない」

 

まあ、僕の命と鹿目さんを天秤に掛けるような状況なら間違いなく、こいつは僕を裏切るだろうが、逆に言えばそんな状況にでも(おちい)らない限りは安全だろう。

今のところ、僕は暁美を『信頼』してこそいないが『信用』している。役には立っていないものの、進んで害を与えてくる存在ではない。それは確実だ。

 

「僕はこんなにも君を信用しているのに、君は僕を少しも信用してくれていなかったの?」

 

「そ、そういうわけじゃないけれど……」

 

「暁美さん」

 

僕は正面に座っている彼女の手を優しく包み込むように両手で握った。

 

「あ……」

 

暁美は僕が触れると小さな声を出した。

そうやって僕が悪意の欠片もない、無害な存在だとアピールする。

自分の体温を相手に感じさせることによって、親近感をわかせるカウンセリングの初歩的なテクニック。

 

「大丈夫。僕に任せて。きっと悪いようにはならないから、ね」

 

笑顔と共に優しく、でもはっきりとした声で(ささや)いた。幼子に教職の人間がよくやるようなパフォーマンス。相手の目を見ながら、間を()けつつ、ゆっくり言葉を発するのがポイントだ。

 

「わかったわ。あなたにわたしのソウルジェムをあずける」

 

ようやく折れてくれた暁美は()めていた指輪を抜き取ると、卵状のソウルジェムに変えて僕に手渡した。

暁美はなんか少しぽやぽやとした幼い口調になっていた気がするがきっと平気だろう。

 

僕は暁美の手から自分の手を退かすと、まるで詐欺師を見るような目で僕を見ていたショウさんの方を向く。

 

「さて、実演を始めるに当たってですが、まずはお互いに電話番号を交換しておきましょう。今、暁美さんが言ったように僕はこのソウルジェムを持ってファミレスから離れますので、ショウさんは暁美さんの脈拍を測っていてください。鹿目さんはそのサポートをお願い。脈拍が完全に消えたら電話をください。そしたらすぐに戻ってきますので」

 

「オーケー。分かったぜ」

 

「……うん。できるだけがんばるね」

 

一応、暁美は女の子だから、男のショウさんに身体をベタベタ触られるのは嫌だろう。これは僕から暁美への最低限の配慮だ。

愛する鹿目さんに身体を合法的に触ってもらえるのだ。さぞ嬉しいだろう。

 

僕はショウさんと電話番号を交換し終えた。実はよく考えれば分かることなのだが、暁美の携帯には僕の電話番号がすでに登録されているので、ショウさんと電話番号を交換する必要はないのだ。

これは今後ショウさん、そして杏子さんと連絡を取り合うためのものだ。あれだけ警戒心のあったショウさんから合法的に且つさりげなく連絡先を聞き出すタイミングを探すのは大変だった。

 

ファミレスを出て、表通りを少し歩く。これで2,30メートルくらい離れただろうか。

手に持った薄紫色の宝石、暁美のソウルジェムを見つめる。

本当に綺麗な色合いをしているな。質屋に持ち込めば、かなりの額になるだろう。そんなことをするつもりは毛頭ないけど。

 

ファミレスからおよそ50メートルぐらいの地点。当然ながら電話はかかってこない。

そのままずんずん突き進む。

大体自己計測で100メートル程度の地点に到達すると、ショウさんから電話がかかってきた。

 

『おい!本当に脈も心臓も呼吸も止まっちまってる。やばいぞ!』

 

「瞳孔も開いていると思いますよ。それで信じてもらえましたか?」

 

『ああ。信じる信じる!てか何でお前、そんなに平然としてんの!?大事な友達なんだろ?まどかは泣きそうだっていうのに!』

 

「暁美さんが僕に言ったことが本当ならソウルジェムさえ戻せば蘇生するはずです。僕は彼女の言ったことを信用しています」

 

そう言って通話を切った。

今来た道を逆行し、急いでファミレスに戻る。

ショウさんには冷静に言ったけれど、やはり知り合いがそんな状態なのは僕の精神衛生上よろしくないようだ。どうにも気持ちが落ち着かない。

 

息を切らしてファミレスのドアを開くと、思った以上に強く引いてしまったようでウエイトレスが驚いたように僕を見ていた。

 

「一名です。席はすでに知り合いが取っているので」

 

早口に言うと、ウエイトレスの返答も聞かず、暁美たちがいる席に向かう。

席に行くと、暁美はぐったりとして横になっていた。それを鹿目さんが支えている。

とっくに100メートル圏内に入っているのに暁美は目覚める気配がない。最悪の状況が脳裏に過ぎるが、思考停止するには早すぎる。

 

ソウルジェムをだらりと弛緩した暁美の手のひらに握らせた。すると暁美は眠っていただけみたいに起き上がる。

どうやら、ソウルジェムと魔法少女の肉体は見えない糸のような物でリンクしているようだ。100メートル離れるとその糸がちぎれ、再び結び付けるには直接肉体に触れさせなければならない。

 

僕は席に座ると何事もなかったかのように話し出す。

 

「それでソウルジェムが魔法少女の本体ということは分かってもらえたと思います。それではもう一つの秘密についてお教えしようかと」

 

「おいおい、まだあるのかよ。これも俺はかなりショック受けてんだけど」

 

「そうですね。面倒な前置きもなしに言っちゃいましょう。ソウルジェムに穢れが溜まりすぎると魔女になります」

 

さらりと勿体付けずに言うと、シーンとした静寂が舞い降りた。

ショウさんも鹿目さんも何も言わない。暁美はただことの成り行きを見ているといった風情だった。

きっと恐らくはこれ以上ショッキングなことは言わないだろうと思っていたのだ。さっきの話はほんの前座でしかなかった。

 

「これは流石に実演は無理です。でも僕がこの期に及んで嘘を吐いていると思うのなら、どうぞ信じなくても結構です。ただし、その結果は当然自己責任ですが」

 

 


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