魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第三十四話 信用を勝ち得る誠意

僕が全てを語り終えた後、ファミレスに集まったみんなは解散となった。

ショウさんの顔色は蒼白どころか土気色になり、傍から見ても大丈夫そうではなかった。

やりすぎたような気がしないでもないが、これは魔法少女である杏子さんと一緒に暮らしていく上で、絶対に避けては通れないことだ。衝撃的すぎる話だが、きちんと受け入れて欲しい。

 

鹿目さんの方もかなり辛そうで、ふらふらと覚束(おぼつか)ない足取りをしていた。そのため、暁美に家まで送って行ってもらうよう(すす)めた。

男である僕が送って行くと、鹿目さんのご両親が妙な勘繰(かんぐ)りをしかねない。ただでさえでもいっぱいいっぱいの彼女にこれ以上いざこざの種をまくのは(こく)すぎる。

 

帰り際、僕が暁美と鹿目さんと別れる時に、暁美は僕だけに聞こえる程度の小さな声でぼそりと話した。

 

「政夫。まどかに話すのは急過ぎたんじゃないかしら?」

 

「辛いからと言って先延ばしにしたって最終的には知るはめになるよ。それに苦しいことから逃げているだけじゃ、前へは進めない」

 

「それは……あくまで貴方の自論でしょう」

 

「経験論だよ。誰にでも当てはまる話さ」

 

嫌なことでも、衝撃的なことでも逃げてるだけじゃ、いつか必ず破綻してしまう。ならば、立ち向かわなければいけない。

目を()らし続けても、目の前に立ち(ふさ)がる現実は消えてはくれないのだから。

 

二人に別れを告げて、僕は家へと帰った。

余談だが、またあのファミレスで何も注文せず、帰ってしまった。店のブラックリストに()せられてても文句は言えない。

 

 

 

制服は汚れている上に、顔は怪我だらけなので、父さんに何を言われるかと思ったが、父さんは僕の顔を見た後、困ったように笑った。

内心、怒られるだろうなと思っていたので、拍子抜けしてしまった。

別に怒られたかったわけではないが、息子がこんな格好で帰ってきた理由ぐらい聞いてもいいのではないだろうか。

 

「えっと……怒ったり、何があったか聞いたりしないの?」

 

「息子が男の顔をして帰ってきたんだ。きっとそれなりの理由があったんだろう。だったら、怒れないよ」

 

何もかも見透かされたような言い方に、少し冷や汗をかきながら突っ立ていると、父さんは風呂に入ってすぐ寝るように促した。

実の父親ながら、どこまでも読めない人だ。魔法少女や魔女のことを知っているとしても僕は驚かない。

 

父さんは放任主義にも見えるが、純粋に僕のことを大人扱いしている。

自由とは自分以外、誰も守ってくれないことを言うのだと、僕に教えてくれたのは去年中学生になった時だった。

そのおかげで自主性のある人間に育ったのだから、感謝してもしきれないな。

 

 

 

 

 

 

次の日の朝、顔の腫れも大分収まった僕はいつものメンバーたちと登校せずに、一人早めに学校に来ていた。

目的は一つ。巴さんと会うためだ。

僕はポケットの中にある、グリーフシードを触る。これは昨日、ショウさんが倒した羽根付きテレビの魔女が落とした物。

 

もちろん、勝手にショウさんから奪ったものではなく、ちゃんと断りを入れて頂いた物だ。あの話をした後に知り合いの魔法少女のソウルジェムの穢れが溜まっているという旨を何気なく言ったら、あっさりと譲ってくれた。

 

義妹の杏子さんのことを考えると簡単には渡してもらえないかと思ったが、簡単にくれたのは意外だった。そのために用意していた罪悪感をくすぐる台詞や、話した情報料としてグリーフシードをもらう作戦を使わずにすんだのは僥倖(ぎょうこう)と言える。

 

三年の教室の前に来ると、廊下を歩いていた女子生徒のグループを呼び止めた。

 

「あの、巴マミさんがいる教室がどこだか知っていたら教えてもらえませんか?」

 

「ああ。巴さんなら私達と同じ教室だから、ちょうどそこの教室よ。君は……ひょっとして彼氏?」

 

「いえ。違います。ちょっと巴先輩にお世話になった後輩ですよ。それではありがとうございました」

 

変な誤解をされないようきっぱりと言った後、軽く頭を下げて、三年の女子グループから離れた。

僕が少し離れた後、女子グループが会話をしているのが聞こえた。

 

「巴さん、この学校にちゃんと知り合いいたんだ」

 

「歩美、それヒドすぎ……」

 

「でも、クラスでかなり浮いてるから心配してたけど良かったわ」

 

普通、孤立している人間は総じてからかいの対象になることが多いが、それを凌駕(りょうが)して哀れまれてるあたり、どれだけ巴さんがボッチなのが分かる。

聞いてると涙腺(るいせん)にくるので、早足で教室の扉を開く。

 

「失礼します。巴マミさんはいらっしゃ……」

 

「ゆ、夕田君!何!も、もしかして私に会いに来てくれたの!?」

 

僕が言葉は、テンションの高い巴さんの声に途中でかき消される。

教室の中央あたりの席にぽつんと一人で座っていた巴さんは凄い勢いでこちらにやってきた。

参考書や過去問題集を広げていた少数の真面目な三年の先輩たちが、ジロっと僕の方を睨む。本当にすいません……。

 

「何かしら!ひょっとしてどこかに遊びのお誘い?」

 

目をキラキラと輝かせ、大きな声で僕に尋ねてくる。あれー巴さん、あなた、受験生じゃなかったでしたっけ?

何というかクラスで浮いているというのは、こういう空気の読めない行動が原因なんじゃないだろうか。

 

「巴さん」

 

「何かしら!」

 

「……場所を変えましょうか」

 

これ以上真面目な先輩方の勉強を邪魔するのも何なので、常時開放されている屋上に場所を移す。この時、なぜか巴さんは楽しそうだった。

屋上につくと、中央に設置されている変わった形のベンチに腰掛けた。巴さんも僕の隣に着席する。

 

「それで何の用件かしら」

 

「これです」

 

制服のポケットから、グリーフシードを取り出して、巴さんに手渡す。

 

「グリーフシード!?なんで夕田君が?」

 

「暁美さんが昨日魔女と戦って得たものです。自分が渡すと巴さんが遠慮するからって」

 

さらっと巴さんに嘘を吐く。

理由は二つある。一つはショウさんのことを知られると芋蔓(いもづる)式に魔法少女の秘密が巴さんに伝わりかねないから。二つ目は巴さんの暁美への好感度を上げることで信頼を強めるため。

これは暁美自身にやらせた方が効果的なのだがあいつは嘘が苦手そうなので、逆に不信感を抱かせてしまう可能性があった。

 

「そうだったの。じゃあ暁美さんにお礼を言っておかないと」

 

「僕が言っておきますよ。同じクラスですし、巴さんに直接言われると素直になれないかもしれないですから」

 

「そうね。それじゃ夕田君、お願いね」

 

「はい。任されました」

 

和やかに笑い合った後、巴さんはソウルジェムをグリーフシードで浄化した。黄色い宝石は、みるみる内に元の輝きを取り戻す。

ふー。これで一番の懸念事項は消化したな。

 

『ボクの出番だね』

 

聞きたくもない頭に響く声が聞こえたかと思うと、支那モンがどこからともなく現れる。

暁美の話じゃ思った通り、僕をダシにして鹿目さんに契約を迫ったらしい。どこまでも抜け目のないケダモノだ。

 

支那モンは背中に付いている口で今しがた使い終えたグリーフシードを飲み込む。

クソ。こいつらの役に立っていると思うと虫唾(むしず)が走る。

 

「やあ。支那モン君。お腹がいっぱいになったなら、ちょっと席を外してくれないかな?」

 

『だからボクの名前はキュゥべえだよ、政夫。別にボクらは食欲を満たすためにグリーフシードを回収しているわけじゃないからその発言は不適切だね』

 

そんなことは知ってるよ。お前と会った時にご大層な理由とやらを語ってくれたのはちゃんと覚えている。

宇宙のためだと寝言をほざきやがって。最初から自分のためだと答えればまだ可愛げあったものを。

 

「知ってるよ。じゃあ悪いけど、どこかに行ってくれない?君がいると不快だから」

 

『酷い言われようだね。ボクが政夫に何かしたとでも言うのかい?』

 

「分かった分かった。じゃあ君のインキュベーター脳にも解る台詞で言ってあげるね。……『いいから、とっとと失せろ』」

 

『…………』

 

支那モンを追い払うと、巴さんは目をぱちくりさせ驚いていた。

いけない。普段は見せない一面が出てしまった。だが、大丈夫。まだ巻き返せるはず。

こほんとわざとらしく咳払いをして、場の空気を無理やり()える。

 

「それで鹿目さんから聞いたんですけど、魅月杏子さんからどこかに呼び出されたって本当ですか?」

 

途端に巴さんの顔に影が差す。巴さんにとってあまり好ましい話題ではないようだ。

 

「……ええ。本当よ」

 

「良ければお話を聞かせてもらえませんか?巴さんも自分一人で抱えているより『友達』に話した方がすっきりすると思いますよ」

 

「……そう。そうよね。じゃあ夕田君聞いてもらえるかしら」

 

あえて『友達』という単語を強調したのだが、思ったより反応が(かんば)しくない。

それでも、話してくれるようだから良しとしよう。

 

 

 

巴さんの話によると、杏子さんとは少し前まで一緒にコンビを組んでいた魔法少女だったらしい。

彼女とはそれなりにうまく関係を築けていたが、グリーフシードを持たない使い魔まで狩っていく巴さんの正義の味方じみたやり方が杏子さんには受け入れられなくなり、やがて決別した。

 

そして昨日、杏子さんがこの中学に編入してきたことにより、再び合い間見えることとなったそうだ。

巴さんは和解を望んでいたが、杏子さんの考え方は昔と変わっておらず、結果戦うことになった。

勝敗はうやむやのまま終わり、杏子さんには逃げられて和解はできないまま終わった。

 

 

 

まとめるとこんなところか。

気になるところがあるとすれば、杏子さんのグリーフシードへの執着だ。魔女化の危険を知っているのならともかく、ただの魔力の保持のためにそこまでこだわる理由が分からない。

ひょっとして、『誰かのために何かする』という考え方そのものが嫌になっただけ、とかはないだろうか。

 

しかし、彼女をどうにかするのは僕じゃなく、ショウさんの仕事だろう。僕は僕がなるべく後悔しないようにやるべきことをするだけだ。

僕は話を終えて心なしかすっきりしているような巴さんを見る。

 

巴さんにも伝えるべきか……否か……。この判断が恐らく今後を決める。

恐らくは教えればパニック状態に(おちい)ることは間違いない。巴マミという人間のアイデンティティを根本的に破壊しかねない事実だ。

彼女は両親を失った痛みを『正義の味方の魔法少女』でいることで納得していた。それを丸ごと奪うようなものだ。

 

「巴さん、ありがとうございました」

 

「いえ、私こそこんなことを語っちゃって、ごめんね」

 

少し照れた笑みを見せる巴さん。

この笑顔を粉砕するようなことを僕はこれから、しなければならない。

 

「ところで巴さん、マスケット銃って、変身しなくても出せますか?」

 

「え?ええ、それほど大量でなければできるけど……」

 

「じゃあ出してください、一丁で構いませんので」

 

巴さんは理解ができないといった顔をするが、それでも頼む込む。

怪訝(けげん)そうな表情を浮かべるが、巴さんはソウルジェムから一丁のマスケット銃を取り出してくれた。

 

「はい。でも下手に扱っちゃ駄目よ?危険なものだから」

 

巴さんが僕にマスケット銃を渡そうとするが、僕は首を振った。

 

「いつでも撃てるように構えてください。でもトリガーは引かないでくださいね」

 

そう言って、僕は巴さんの構えているマスケット銃の銃口を僕の心臓へと押し当てた。

 

「なッ!!何をしているの夕田君!?」

 

「落ち着いてください。これからちょっとお話を聞いてもらうだけです。ただ・・・・『何があっても冷静』でいてください。じゃないと僕が死にます」

 

命を懸けなければ信用を勝ち得ない時、今がまさにそれだ。

 

 




死にたくないのに、必要ならば平然と命を懸ける。
主人公の覚悟。

ちょっと前まで普通の中学生していたのに、人って成長するものなのですね。


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