学校の屋上で男女が二人仲良くベンチに座っていると言い表せば、さぞ穏やかな情景が浮かぶことだろう。あるいは、恋愛物のドラマの一シーンのようにロマンチックで甘酸っぱい気分が起きるかもしれない。
だが、残念なことに僕と巴さんの周りにある雰囲気はそんなものとは程遠い緊迫したものだった。
黄色と白のおしゃれなデザインのマスケット銃。そんな物騒な小道具がこの舞台をぶち壊しているからだ。
そのマスケット銃を構え、指を引き金に掛けているのは巴さん。銃口がぴったりと心臓のあたりに押し付けられているのが僕。
ここだけ説明すれば、巴さんが加害者で、僕が被害者に聞こえてしまうが、それは大きな間違いだ。
「……ねえ、夕田君。……意味が分からないわ。もうこんな事やめましょう?」
「意味ならありますよ、巴さん。これから話すことについて、あなたの心が僕の言葉から逃げ出さないための必要な
彼女のわけが分からないという顔を見れば理解できる通り、この状況を強要しているのは僕の方だ。むしろちゃんと説明もされておらず、こんなことをさせられている巴さんは被害者と言っても過言ではない。
だが、この行為には意味がある。こうして僕の心臓に銃を当てさせていることで、巴さんをパニックにさせる余裕をなくしているのだ。
言ってしまえば『人質』だ。
「お話するのは『あなたが聞かされていなかった』魔法少女の秘密についてです」
「魔法少女の……秘密?」
「そのマスケット銃を取り出した『ソウルジェム』。それは魔力の源とおっしゃっていましたね?」
「ええ、キュゥべえはそう私に言っていたわ……」
キュゥべえがそう言った、ね。
この人はあの似非マスコットのことを一度も疑わなかったのだろう。目的すら教えてもらっていなかったのにも関わらずだ。
ただ支那モンが言ったから絶対にそうなのだ、と思考を停止したわけだ。
ならば、そこから攻めて行くとしよう。そうしないと僕が何を言っても、『キュゥべえが私に嘘を吐くわけがないわ』の一言で封殺されてしまう。
「巴さんはキュゥべえと事故で死にかけていたところを『
巴さんは話が
「……そうよ。それが何かしら?」
「おかしいとは思いませんでしたか?そんなまるで仕組まれていたかのような偶然」
「一体……何が言いたいの?夕田君」
一気に表情が
でも、巴さんは疑うことができなかった。あんな不思議生物でも、両親を失った巴さんには掛け替えのない存在だったってことか。
ああ、またこの人を傷つけなきゃいけない台詞が増えちゃったな。
「キュゥべえは任意で魔法少女や魔法少女候補の少女以外にも姿を見せることができます。ちょうど僕がそうなように。……もしも運転していた巴さんのお父さんの目の前に『見たこともない小動物』が『突然』現れたなら、驚いて事故を起こしてしまってもおかしくありませんよね」
「そんな……だって?キュゥべえは……」
巴さんの手に持ったマスケット銃が震える。その表情にも悲壮の色が見え始めた。
「落ち着いてください。引き金を引かないで。僕が死にます。それとこれはあくまで推論です」
と言っても、まず間違いないと僕は睨んでいる。瀕死の重傷を負った少女が魔法少女の素養をたまたま持っていた、なんてどう考えてもできすぎだ。
「話を戻しましょう。ソウルジェムは……実はあなたの魂です。それが魔法少女の本体とも言えます。そのソウルジェムが肉体から100メートル離れると、魔法少女は絶命します。逆に言えばソウルジェムが砕かれない限りは魔法少女は死にません」
「う……嘘よね。さっきから夕田君は
目尻に涙を浮かべ、巴さんは激昂した。
思った通りの反応。だが、こうなることを予想して僕はこの状況を作り上げた。
「本当にそう思いますか……?命を張ってまで、あなたを悲しませる冗談を僕が言っていると、本当にそう思うんですか?」
マスケット銃の銃口をより一層、自分の胸に押し付ける。
これで巴さんが引き金を引いたらと思うと恐怖が身体の中から
心臓の音が銃を通して巴さんの腕に届くかも、なんて下らないことを想像してしまう。
恐怖で銃に目を落としそうになるけれど、目線はもちろん巴さんの目だけに向け続けている。
巴さんと真正面から逃げずに向き合う。これが僕にできる最大限の誠意だ。
「……思わないわ。本当に夕田君が嘘を吐いているなら、そんな目はできるわけないもの」
巴さんもまた僕の瞳をまっすぐ見据えてそう言ってくれた。
今までそんなことを気にする暇なんてなかったので、改めて思うがこの人、本当に顔が整っている。同じ美少女でも暁美とは違い、少しも鋭いイメージがない穏やかな可愛らしい顔立ちだ。
そんな人に見つめられて、僕は少し照れてしまいそうになる。
「ありがとうございます。それではキュゥべえが隠していた、もう一つの重大な秘密について話します。準備はいいですか?」
「わざわざ聞くって事は、さっきの話よりもショックが大きいって事ね?……わかったわ。続きをお願い」
巴さんが覚悟を決めたように顔を引き締める。それでもやや幼い顔立ちの巴さんはには似合わない。
心臓に銃弾が打ち込まれるかどうかの瀬戸際で、緊張で冷や汗がじんわりと背中に
「ソウルジェムに
「ッ……!それって……」
「魔女は」
これを言ったら、僕、死ぬかもしれない。
覚悟はしてたとはいえ、死にたくはないな。せめて結婚して、子供を作って、老後に年金もらってから死にたい。
「魔法少女のなれの果てだったんです」
「―――――ッ!!」
マスケット銃の引き金にかかった巴さんの指が震えている。いつ限界を迎えて、僕の胸に押し当てられた銃口から弾丸が飛び出してもおかしくない。
「気をしっかり持ってください!!あなたは今、僕の命を握っています!」
「だって……だってそれじゃあ私が今まで倒してきた魔女は――――みんな私と同じ魔法少女だったの!?」
もはや、巴さんは涙を
しゃくり上げながら、僕に違うとでも言ってほしいように、縋るような瞳で見つめている。
けれど、僕は彼女の望む答えをあげることはできない。
都合のいい優しい
きっぱりと、はっきりと、僕は巴さんに告げる。巴マミを支えていた『人々を影から守る正義の味方』という肩書きを奪い取る台詞を。
「はい、そうです。あなたが殺してきた魔女は、みんなあなたと同じ、キュゥべえに願いを叶えてもらったただの女の子だったものです」
「じゃあ私も魔女になるの……? ソウルジェムさえ
「死ぬしかない、とでも言うつもりですか?」
巴さんの言葉の先を予想して、彼女より先に言った。
「それはただの『逃げ』です。仮にあなたを含めた魔法少女を皆殺しにして自殺しようとも、『キュゥべえ』はまた新しい少女を魔法少女に作り変えるだけですよ。何にも知らない少女たちがあいつの語る『奇跡』に
「だったら!私はどうしたらいいのよ!?」
「生きたらいいじゃないですか」
「え?」
先ほどの恐慌が嘘のように、巴さんは止まった。呆けた顔で僕を見る。本当に年上なのか疑問に思ってしまう。
普通じゃない境遇だから仕方ないとはいえ、手間のかかる先輩だ。
「『死にたくない』と願ったんでしょう?だったら生きればいい。魔女になるその時まで、魔法少女として、あなたの思うがまま生きていけばいい」
「でも、私は……魔法少女は人間じゃないじゃない。絶望を
「今まで通りに生きていればいいじゃないですか。それに、巴さん」
銃口を押し当てさせていた手の反対の手で、巴さんの顔に触れる。
親指で巴さんの涙をピッと弾くように払った。
「人間ではなかったとしても、僕は巴さんの友達です。それじゃ、足りませんか?」
「夕、田君……。本当?私とまだお友達でいてくれるの?」
もうマスケット銃は必要ないようだ。巴さんの手から、銃を引き剥がして脇に置いた。すると、マスケット銃は自分の役目は終えたというように静かに消滅した。
僕は両手で巴さんの手を握る。マスケット銃を握り締めていた手には、その跡がくっきりとついていた。
「言わないとわかりませんか?」
「夕田君、ありがとう」
泣き虫な先輩は笑いながら、また泣いた。
マミさんが事故った時にあまりにキュゥべえがタイミングが良すぎたので、こんな風に書きましたが、……これって独自解釈ですかね?