魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第三十八話 ストーキング・ザ・デート

中学生の恋愛というのは結局のところ、思い込みのようなものだと僕は思う。

本当に異性が好きだというよりも、『誰かを好きになっている感覚』に酔っているだけだ。『恋に恋するお年頃』という奴だ。

 

かく言う僕も見滝原中に転校する前の中学校で女の子と付き合っていた。告白してきたのは向こうからだったが、僕はそれに応えて恋人同士になった。自分で言うのも何だが彼女とはうまくやっていたと思う。

僕が転校するため、仕方なく別れることになったのだが、本当に彼女のことが好きだったなら遠距離恋愛もできたはずだ。事実、付き合っていた彼女はそれを望んでいた。

しかし、僕は遠距離恋愛はお互いに何かと大変だからと説得して、最後には彼女ときっぱり別れてしまった。

 

まあ、何が言いたいかというと、だ。

わざわざ長年好意を抱いていた相手とはいえ、そこまで必死になれる美樹のことがよく分からないって話だ。

 

「政夫。アンタ、ちゃんと真面目に見てるの?」

 

美樹が少し遠い目をしていた僕に、小さく(しぼ)った声で(ささや)く。

 

「見てるよ。上条君と暁美さんが一緒に下校しているところを余すことなく、しっかり見てる」

 

僕と美樹は今現在、上条君と暁美の二人を尾行している。

なぜこんなことをするはめになったのかというと、話は昼休みにまで(さかのぼ)る。

 

 

 

鹿目さん、美樹、巴さん、暁美そして僕という明らかに男女比率がおかしいいつものメンバーで屋上にてランチをしていた。

ちなみにあまり関係ない話だが、杏子さんは今日学校に来なかった。巴さんに負けたことがショックで休んだのか、それとも……。

まあ、彼女のことはショウさんに任せよう。外野がごちゃごちゃ言うことじゃない。

 

「はい。夕田君。召し上がれ」

 

巴さんが僕に唐揚げを(はし)(つま)んで差し出してくる。

 

「ど、どうもありがとうございます。それじゃここに・・」

 

僕は弁当箱の(ふた)を出して、そこに乗せてくれるように頼むが、巴さんは不思議そうな顔で僕を見返す。

 

「何言ってるの?夕田君。さあ、『あ~ん』て口開けて」

 

「え!?何でですか?」

 

意味が分からない。僕と巴さんはそんなことをする間柄ではなし、巴さんがそんなことをするのは今回が初めてのことだ。

そして何より、僕は誰かに食べさせてもらうのがあまり好きではない。鳥のヒナみたいでなんか嫌だった。付き合っていた彼女ともそれが原因で喧嘩になったことがあるくらいだ。

だが、巴さんはにこにこと笑顔で箸を差し出してくる。

 

「はい。あ~ん」

 

仕方ない。ここは後輩として先輩からの好意を素直にもらおう。

 

「あ、あ~ん」

 

「どう?おいしい?」

 

「は、はい。おいしいです。とっても」

 

「そう!それは良かったわ!」

 

物凄く嬉しそうな表情で僕に笑いかける巴さん。

そこには、いつもどこか先輩として気を張っている姿は完全に消滅していた。

朝の会話が巴さんにここまで影響を与えるとは正直予想していなかった。いや、今までは我慢をしていただけで本来の巴さんはこんな性格の人間だったのかもしれない。

 

「……いい身分ね。鼻の下まで伸ばして」

 

暁美が脇から嫌味を飛ばしてくる。

上条君のことで気が立っているのかもしれないが、それは完璧にお前の自業自得だ。僕に当たるんじゃない。

 

「物を食べていたんだから、顔面の構造的に鼻の下なんか伸びないよ。それよりも上条君とのデートのために君も『あ~ん』を練習しておいた方がいいんじゃない?」

 

わざと美樹がいるこの場で言った。

鹿目さんは昨日のファミレスの話が衝撃的すぎて、未だにどこか暗かった。美樹も美樹で上条君の件で元気がなく、会話に入ってこようとはしなかったが、今の言葉で急にこちらの話に入ってきた。

 

「恭介とほむらがデートってどういう事!?」

 

ほむら……?

いつの間に名前で呼ぶようになったんだ?ついこの前までは『転校生』で固定されていたのに。

まあ、いい。良い感じに反応してくれた。僕は内心ほくそ笑みながら、美樹に詳しい説明をする。

 

「どうもこうもそのままの意味に決まってるだろう。今日放課後、上条君と暁美さんがデートするだよ」

 

「ちょ、ちょっと政夫!」

 

暁美が僕に咎めるように語調を強めて、睨みつけた。それで美樹が魔女化したらどうする気だと言外に責める。

しかし、こんなことぐらいで魔女になるなら美樹に未来はない。

上条君への想いを諦められるかがが、美樹の分岐点だ。だったら、そうそうにけじめを着けなくてはいけないだろう。

 

僕は美樹をじっくりと観察する。どういう反応を示すかで、今後のしなければいけない行動が百八十度変わってくるからだ。

 

「そ、そうなんだ。じゃあ、ほむら。恭介を今日は楽しませてあげてよ。あいつ、ずっと入院生活で退屈だったと思うし……」

 

ぎこちない笑顔。

上ずった声。

(はた)から見てもやせ我慢で言っていることが分かる。

やはり、上条君のことは諦めきれていないようだった。これでよく『暁美に上条君と付き合ってあげて』なんて言えたものだ。もし、暁美がそれに頷いていたら、美樹は魔女になっていたかもしれない。

 

「さやかちゃん……。無理してない?」

 

隣にいた鹿目さんが心配そうに美樹の顔を覗き込む。

魔法少女の真実を知ってしまった鹿目さんには、今の美樹の状態が非常に危ういものだということが分かっている。親友としては、さぞ辛いだろう。

 

「大丈夫だよ。まどかは心配性だなあ」

 

あはは、と美樹は笑うもそこには力はなく、空気が抜けたようなタイヤのようだった。

 

「美樹さん」

 

巴さんが美樹の名前を静かに呼んだ。

そこには僕に『あ~ん』をしていたぽやぽやした巴さんではなく、先輩の威厳が漂うきりっとした女性がいた。

 

「今日の魔女退治はお休みしていいわ。本当は魔法少女としての戦い方をしっかりと教えてあげたかったけれど、今のあなたは少し休養が必要みたいね」

 

「え、でも、マミさん。私……」

 

「美樹さん。先輩の忠告はちゃんと聞くものよ?」

 

柔らかく微笑む巴さん。まさに年上の女性としての貫禄だ。

僕が間違っていた。あの甘えてくる巴さんも、今の先輩然とした巴さんもみんな『本来の巴さん』だったもだ。別に気張っていたのでなく、こういった一面もまた巴さんのごく自然な一部だった。

 

「はい……。分かりました」

 

「良かったわ。美樹さんが聞き分けの良い子で」

 

そう巴さんは言った後、僕の方に向き直り、再びお弁当のおかずを箸で摘んで僕に差し出す。

 

「夕田君。はい、『あ~ん』」

 

オンオフ切り替え早いな!

頼れる先輩モードは早々に終了し、またぽやぽやお姉さんモードへと巴さんは移行していた。

 

 

 

 

まあ、そんなことがあって、今僕と美樹はデートしている上条君と暁美を追跡していた。

なぜ、僕までこうなったかというと、こいつの強引さに押され、しぶしぶ付き合うことになった。じゃあ鹿目さんは一緒じゃないのかと美樹に聞くと、「こんな事にまどかにさせるわけにいかないでしょ!」と怒られた。

じゃあ、僕はいいのかよ!

 

「政夫、さっきから集中力ないよ?ちゃんとしてないと見つかっちゃうから、もっと真面目にやってよ」

 

僕の横で美樹がそう僕に文句をつける。

だが、残念ながら暁美の方には最初から僕らに気付いている。さりげなく、横目でこちらを何度も見ていた。

あいつはストーキングのプロなのだ。素人の追跡など、暁美の前では児戯(じぎ)に等しい。

 

それにしても、松葉杖を突きながら、暁美と談笑している上条君はどこかシュールだ。好きな人と早く話がしたいという心理は分かるが、デートは足が治ってからにするべきだったと思う。

 

「あ、二人が喫茶店に入っていくわ。追うわよ!」

 

「はいはい」

 

どこまでも追いかけていくその根性は認めよう。将来、マスコミ関係の仕事にでも就いたらいかがですか?

 

窓から上条君と暁美が店内の奥の方の席に座ったのを見計らい、僕らも店に入った。

店員に声をかけられる前に上条君たちの死角になる席に座った。

そして、彼らの話に美樹と僕は耳を傾ける。

 

「こうやってじっくり話すのはこれが初めてだよね?」

 

「ええ。初対面ではいきなり……その……告白されたから……」

 

戸惑いと照れの混じった暁美の声に、上条君が謝罪した。

 

「ごめん。それはちょっと気が動転しちゃってて、いきなり告白を……。あ、でも、もちろん冗談でもないよ。こういうの一目惚れっていうのかな?」

 

ナチュラルに口説く上条君。

やっぱりショウさんの影響か、台詞にはホスト臭がする。

 

「……私に聞かれても困るわ」

 

暁美は、本当に困ってるようなトーンの声で返した。

まあ、一目惚れと言っても、『自分がバイオリンに対するイメージした女性像』という常人ならまず意味の分からない惚れ方だ。しかも、暁美はそれを聞いてしまっている。素直に喜べないのも理解できる。

 

「く~!恭介があそこまで言ってるんだから、ちゃんと返してあげなさいよ!ほむらのヤツ……」

 

そんなことを知らない美樹は暁美の対応に不満のようだった。

というか、こいつは二人にはうまくいってほしいのか?

この機会に聞いてみるか。

 

「ねえ、美樹さん。君は上条君に本当に暁美さんと付き合ってほしいの?」

 

「え!?そりゃ……まあ、恭介が幸せなら私は」

 

「じゃあ二人が抱き合ってたり、キスし合ってても平気なの?」

 

そう僕が言うと、美樹の顔色が変わった。いきなり頭に冷たい水でもかけられたような顔。今初めてそんな想像しましたと書いてあるようだった。

結局のところ、こいつは覚悟したつもりになっていただけで、何一つ深くまで考えていなかった。何もかもが中途半端。本人は至って本気になっていたと思い込んでいるのが致命的だ。

 

「それは……」

 

「答えられないの?でも彼は君のこと親友だと思っているから、暁美さんと恋人になったら、嬉しそうに報告してくると思うよ。『聞いてよ、さやか!僕、暁美さんと付き合うことになったんだ!』ってね」

 

僕は上条君の声真似をして、美樹に聞かせた。恐らく、上条君ならこんな感じで答えるだろう。彼にとっては美樹はあくまで『幼馴染』の『親友』なのだから。それ故に自分に好意を抱いているなんて欠片も考えていない。

 

「嫌……そんなの……そんなの聞きたくない!」

 

美樹のヒステリックな声が静かな喫茶店の中に響き渡る。

当然ながら、それは近くにいる上条君の耳にも入った。音楽家の耳っていうのはわずかな物音にも反応してしまうらしいから、なおのことだろう。

 

「さやか?君もこの店に来ていたの?」

 

上条君がこちらに気付き、話しかけてくる。

だが、

 

「……ッ」

 

そんな上条君を無視して美樹はかばんをつかむと、逃げるように店から出て行ってしまった。

 

暁美は席を立ち、僕の方までやってくる。

 

「政夫。……さやかに何をしたの?」

 

その目は明らかに非難の色がこもっていた。この状況下じゃ無理ないが、僕より美樹の味方らしい。名前で呼び合うようになるとは、お互いにかなり仲良くなっていたのか。

僕が思うことではないけれど、ちょっと嬉しいな。

 

「ちょと現実を突きつけてみただけだよ」

 

「そう」

 

次の瞬間、思い切り暁美に顔を(はた)かれた。

頬に異常な熱さにも似た痛みが同時に訪れる。

 

「追いなさい」

 

「言われなくてもそのつもりだよ」

 

とは、言うものの僕が行ってどうにかなるものなのだろうか?しかし、放っていくわけにもいかないのもまた事実だ。

 

「上条君。デート邪魔しちゃってごめんね」

 

僕は呆然としている上条君に謝った後、美樹と同じようにかばんを拾い、店から出て行く。

周囲の他のお客様の目線が頬の痛みの同じくらい痛い。きっと僕が二股でもかけた最低な男とでも思われているのだろう。暁美に引っ叩かれたせいだ。

けれど、僕は暁美に対しては、恨みは少しも感じない。むしろ、美樹のために怒ったことについて、感動すら覚えている。

 

それにしても、何も頼まず飲食店を出て行くのがデフォルトになりつつあるな、僕。

 

 




恭介×ほむら、は個人的に有りだと思います。

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