魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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話はそんなに進んでいません。

ゴメンナサイ。


第四十話 ファミレスデビュー

「『とろふわ卵のオムライス』。一つお願いします」

 

僕は『初めて』、このファミレスで料理を注文した。

そう『初めて』。来店三回目に初注文だ。これで店のブラックリストからの除名をされることを願うが、たった一回の注文でそこまで要求するのは虫が良すぎるだろう。

 

「ショウさんは何注文します?」

 

僕と顔を合わせるように反対の席に座っているショウさんに尋ねる。

だが、ショウさんは首を横に振った。

 

「俺はいい。さっきも言ったが、飯なんか食ってる場合じゃ……」

 

「それじゃあ、ウェイトレスさん。この『あっさり野菜チャーハン』ていうのを一つお願いします」

 

「おい、政夫!」

 

ショウさんの制止を無視して、僕はウェイトレスに注文を頼むんだ。ウェイトレスも素晴らしい営業スマイルを浮かべつつ、さっさと厨房の方に行ってしまった。

流石だ。きっとこれが接客業のプロって奴か。

 

「俺は杏子を見つけるまでは何も食わないって、さっき言っただろ!」

 

ショウさんは周りの客も気にせずに、僕に怒鳴った。

顔が驚くほど整っているせいで、不良なんかよりも余程怖い。こんな状況でもなければ、すぐにでも謝ってしまいたくなるほどだ。

僕はその怒りで釣りあがった目を見返しながら、ショウさんに(さと)すように言った。

 

「駄目ですよ。それじゃ身体が持ちません。こう言っては何ですが、そんなことをしてもショウさんの自己満足にしかなりません」

 

テーブル越しにショウさんの腕が伸びてきて、僕の制服の胸倉をつかんで、ショウさんの方に引き寄せられた。

ズルッと僕の上半身がテーブルの上に引っ張り出される。

 

「政夫……。お前、舐めた口利いてんじゃねぇぞ?」

 

「冷静さを欠いたままの今のあなたが杏子さんに会ったところで、何を言ってあげられるんですか?何をしてあげられるんですか?僕を殴って多少落ち着いてもらえるのであれば、好きなだけどうぞ」

 

一瞬たりとも、ショウさんの目から視線を離さない。まっすぐに見つめ返す。

杏子さんと何があったのかは詳しくは分からないが、大体の見当はつく。今のショウさんじゃ、杏子さんに伝えたいことも、うまくまとめられていないだろう。そんな状態なら、(あせ)るだけ空回りをするだけだ。

 

「…ッ!お前に何が!」

 

「分かりません。だから、話して下さい。杏子さんと何があったのかを。そしたら、僕も何かショウさんの力になれると思いますけど?」

 

暁美にも同じようなことを言ったなあ、と思いつつも、ショウさんの顔を見ながら、返答を待つ。

ショウさんはしばらく僕を睨んでいたが、やがて手を離した。

 

「お前、ホント根性ある奴だな。それでいて落ち着きがありやがる。どういう人生歩めば、中坊でそんなになるんだか……。分かったよ。俺の負けだ」

 

呆れたようにため息を一つ吐くと、それから、昨日の話をし始めた。

話をまとめると、ショウさんが昨日僕らと別れて、自宅に帰った後、杏子さんが魔法少女の格好のまま、玄関の前で力尽きたように倒れていた。

杏子さんの身体には傷がいくつかあったが、家の中に入れてベッドで寝かせていると見る見る内に傷口が(ふさ)がっていったらしい。それを見たショウさんは、杏子さんが人間でないことを改めて思い知らされてしまう。

杏子さんが目を覚ますと、何があったのか聞いたが、結局何も答えてくれなかった。

しょうがなく、その話を後回しにして、ショウさんは杏子さんに『魔法少女の秘密』を話した。

 

「あいつは何度も嘘だと(わめ)いたよ。俺は杏子を抱きしめて、『お前が例え人間じゃなくても、俺の妹であることに変わりはない』って何度も叫んだ。そんな理由であいつに苦しんでほしくなかったから」

 

視線を何も乗っていないテーブルの上に落とし、ショウさんはどこか自嘲(じちょう)気味に笑った。

分からないな。どこに杏子さんが家から飛び出す理由があるんだ。少なくても、魔法少女に対して、理解ある最上級の対応だと思うんだけれど。

 

ショウさんは、そんな僕の思考を態度で読み取ったらしく、自嘲の色をより濃くして笑う。

 

「杏子は俺に……『アンタは、アタシを本当の妹の代わりにしてるだけだ。アタシの事は少しも見てない』って突っ放されたよ」

 

「はあ!?そんなの言いがかりもいいところじゃないですか!?」

 

杏子さんのその行為は、ただの八つ当たり以外の何物でもない。うまくいかない幼児が駄々をこねてるのと大差ない。

 

だが、ショウさんは、首を左右に振った。

 

「俺はその時、否定できなかった。少なくても、杏子を拾ったのは間違いなく妹の、カレンへの贖罪(しょくざい)のためだった。あの工場の魔女に見せられた映像で気付いたんだ。…………俺は、カレンが自分のせいで死んだ事を、杏子に優しく接することで帳消しにしようとしていた屑野郎だって。俺がしていたのはただの『兄妹ごっこ』だったんだ」

 

 

ショウさんの万感の詰まった言葉。きっとその言葉に、『杏子さんをカレンさんの代わりにしたていた』ということに嘘はないのだろう。

打算があって、杏子さんの面倒を見ていたと言えなくもない。

 

でも。

 

「それでもあなたは今、『杏子さん』のためだけにヘトヘトになりながらも、杏子さんを探している。この事実にも、何の(うそ)(いつわ)りもないでしょう」

 

僕がそう言うと、ショウさんは顔を上げた。その表情は驚きに満ちていた。何でそんなことを自分は今まで気付かなかったんだというように。

 

「あの工場で僕はショウさんに言いましたよね?『カレンさんの死とちゃんと向き合って、受け止めなきゃいけない』って。『今』のあなたが探している『妹』は、誰ですか?」

 

「杏子だ!魅月杏子!決まってるだろ!!」

 

ショウさんの顔に活力が戻る。

目元の隈や、ボサついた髪は相変わらずだが、その目の輝きはいつもの頼り甲斐(がい)のある大人の瞳だった。

 

「じゃあ、杏子さんを見つけ出して、言ってあげてください」

 

「ああ。てか、お前マジですげぇ奴だわ」

 

「褒めても何もでませんよ。僕が調子に乗るだけです」

 

僕らの会話が終わるや否や、すぐにウェイトレスさんが注文した料理をテーブルの上に置いていく。

この人、聞いてたな。いや、空気を読んで待っていてくれたのか。律儀な人だ。美樹にも見習わせたいくいらいだ。

 

「そうと決まれば飯だ、飯。これから馬鹿な妹連れ戻しに行かないといけねぇからな」

 

そう言いながら、『あっさり野菜のチャーハン』を数十秒で食べ終えた。

余程お腹が空いていたのだろう。一応、胃に何も入れてなかったから、胃が(いた)んでいる可能性も考慮して、あっさりしたものを選んだのに。どうやら、余計なお世話だったらしい。

 

「それもくれ!!」

 

ショウさんの食べっぷりに目を奪われていると、チャーハンに付いてきたレンゲを僕のオムライスにまで手を伸ばす。

冗談抜きで、あっという間に、ショウさんは僕の注文した『とろふわ卵のオムライス』までぺろりと(たい)らげた。

……少し元気になりすぎた気が否めない。

 

自分だけ満腹になるとショウさんは伝票をつかんで、会計をするためにカウンターへ向かう。

 

「何ぼうっとしてんだ。政夫。飯を食ったら、杏子の捜索を開始するぞ」

 

僕は何も食べてないんですけど!、という抗議の叫びも無視され、無情にも僕のファミレスデビューは果たされることはなかった。

 

 


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