「さてと、それじゃあ魔法少女について話しましょうか。キュゥべえに選ばれた以上、あなたたちにとっても他人事じゃないものね」
巴先輩は魔法少女について頼んでもないのに話し始めた。
いや、僕は支那モンに選ばれたわけじゃなくて、純粋に巻き込まれただけなんですけど。めちゃくちゃ他人事なんですけど。
だけど、悲しい巴先輩の一面を
テーブルの上に乗っていたキュゥべえが、ずいっと身を乗り出す。
『ボクは、君たちの願いごとを何でも一つ叶えてあげる』
「願いごとって・・・」
鹿目さんが興味深そうに聞き返す。
『何だってかまわない。どんな奇跡だって起こしてあげられるよ』
胡散臭いことを無表情で言う支那モン。
いくらなんでも怪しすぎるだろう。
こちらにとって
「え!ホントに?」
いた。残念ながらすぐ近くに。
『でも、それと引き換えに出来上がるのがソウルジェム』
「これがそのソウルジェム。キュゥべえに選ばれた女の子が、契約によって生み出す宝石よ。魔力の源であり、魔法少女であることの証でもあるの」
そう言って、巴先輩はいつも持ち歩いている黄色の宝石をテーブルに乗せる。
まるで3分クッキングみたいなノリだね。QP3分クッキングならぬ、QB3分クッキングと言ったところか。
「最初見たときも思ったですけど綺麗ですね。一体どんな材質でできてるんですか?」
オパールに似ているが多分違うだろう。大きさもでかいし、売ったら、かなりの値段にはなりそうだな。
「私にも分からないわ。キュゥべえは知ってる?」
『そんなことよりマミ、大事なことを説明し忘れてるよ。この石を手にした者は、魔女と戦う使命を課されるんだ』
巴先輩は、支那モンに聞くが、支那モンはそれには答えず別の話題を持ち出した。
あまりにも露骨すぎる。ここにきて支那モンの不信感がぐっと高まった。
「魔女?」
「魔女って何なの?魔法少女とは違うの?」
鹿目さんも美樹も、まるでそれに気がついていない。『魔女』という新しい単語に興味が行ってしまっている。騙されやすい人間の見本みたいな二人だ。
対照的に巴先輩も支那モンの不自然な話題のそらし方に疑問をもっているようだった。
『願いから産まれるのが魔法少女だとすれば、魔女は呪いから産まれた存在なんだ。魔法少女が希望を振りまくように、魔女は絶望をまき散らす。ね、マミ』
支那モンは、何一つ伝わらない抽象的でふわっとした説明をした後、黙って考えこんでいた巴先輩を再び会話に巻き込む。
「……え?ええ。理由のはっきりしない自殺や殺人事件は、かなりの確率で魔女の呪いが原因なのよ」
ソウルジェムについて余程知られたくないことがあるらしい。ひっとしたら、それを聞いたら鹿目さんたちが魔法少女になることを止めるほどの事かもしれない。
「そんなヤバイ奴らがいるのに、どうして誰も気付かないの?」
美樹はそんなことには一切気がつかない。アホみたいに支那モンの話を正直に聞いている。
『魔女は常に結界の奥に隠れ潜んで、決して人前には姿を現さないからね』
結界……?あの迷路のようになった倉庫みたいな場所のことか。
「結構、危ないところだったのよ。あれに飲み込まれら普通は生きて帰れないから」
「巴先輩は、何でそんなことしてられるんですか?」
僕なら、絶対に嫌だ。あんな所にはもう二度と行きたくない。
「そう、命懸けよ。確かにキュゥべえに選ばれたあなたたちには、どんな願いでも叶えられるチャンスがある。でもそれは、死と隣り合わせなの」
巴先輩は、鹿目さんと美樹に厳しく言い放った。
二人はそれを聞いて考え込む。
なるほど、話を聞いて分かったが、やはり巴先輩は馬鹿ではない。だが、それならなぜこんな胡散臭い契約をしたのだろうか。
まあ、僕にはまったく関係ないが、最後に一つだけ一番気になったことを支那モンに聞いてみよう。
「ねえ、支那モン。魔法少女側のメリットはわかったけど、君自身のメリットは?」
僕にはとてもじゃないが、この生き物が人間のために慈善事業をしてくれるようには見えなかった。
『ボクの名前はキュゥべえだよ。そんなことを聞いてどうするんだい?君は魔法少女になれないんだよ』
また、はぐらかした。だが、僕もここで食い下がらない。
「聞いてみたいだけさ。……それともそんなに隠し通さなきゃいけないようなことなの?」
僕の言葉により、周囲に不穏な雰囲気が
「夕田君、何を……」
『いいよ、マミ。答えてあげるよ、夕田政夫。君はエントロピーという言葉を知っているかい?』
僕をたしなめるように巴先輩が口を開いたが、支那モンは意外にも僕の質問に答えてくれるようようだ。
これ以上
『・・・ということなんだ』
「つまり、支那モン君は宇宙のエネルギー不足を解消するためにソウルジェムを作ったり、グリーフシードっていうのを集めてるわけなんだ」
魔法少女のマスコットは実はエネルギーを求めて地球に飛来した宇宙人でした。
なんか急にファンタジーからSFにジャンルが変わっちゃったよ。
「そ、そんなの、私聞いてなかったわよ!」
何より巴先輩も相方の世知辛い正体を知らなかったらしく、ショックを受けていた。長年一緒にいたのに知らなかったのか。
『聞かれなかったからね』
キュゥべえはそれにシレっと答える。いや、それくらい聞かれなくても言うべきだろう、常識的に考えて。
これじゃ魔法少女についても『聞かれなかった』秘密が他にもたくさんありそうだ。
鹿目さんも美樹も、やっとこの生き物の怪しさに気付いたのか
『じゃあ、まどか、さやか。ボクと契約する気になったら、いつでも呼んでね』
さらに僕は支那モンから情報を聞き出そうと思ったが、支那モンはこれ以上不都合なことを喋らないようにするためか、そそくさとベランダから外に出て行ってしまった。
残された僕ら四人はしばらくの間、無言だった。
しかたなく僕は最初に口を開く。
「巴先輩・・・友達は選んだ方がいいですよ」
「だ、大丈夫ですよ、マミさん。キュゥべえだって宇宙の寿命を延ばすとか言ってましたし、別に悪い奴ってわけじゃないと思いますよ!」
次に美樹が無責任に巴先輩を勇気付ける。
いや~、他にも絶対魔法少女について不利益なことを隠してるだろう、じゃなかったら逃げるように去った理由がない。
巴先輩は無言で下を向いたままで、僕や美樹の言葉にも反応しなかった。
ショックがまだ抜け切っていないのだろう。命をかけて戦っているわりにメンタルが弱すぎないか?
とにかく、僕にできることは何もない。魔法少女とやらにもなれないし、なる気もさらさらない。
家に帰ろうと、立ち上がった時、今まで黙っていた鹿目さんが急に口を開いた。
「マミさん。私も魔法少女になります。そうすれば、マミさんは一人ぼっちじゃなくなります」
え!?何を言い出すんだ、この子は。
魔女の危険性も支那モンの怪しさも自分の目で見たはずなのに、よくそんな軽率なまねができるな。美樹ですら、そこまでしないぞ。
そして、会って間もない先輩をボッチと明言するのは流石に酷くないか!?
「何を言ってるの?! 鹿目さん! ちゃんと私の話を聞いてたの?
巴先輩も慌てたように鹿目さんを説得するが、見た目によらず鹿目さんの頑固でそれに応じようとしない。
「わかったわ。でもしばらく私の魔女退治に付き合ってみてからにして。魔女との戦いがどういうものか、その目で確かめた上で魔法少女になるか、じっくり考えてみるべきだと思うの」
最終的には巴先輩が折れて、鹿目さんを魔女退治を見学させることに
「まどかだけじゃ心配です。マミさん、私達も連れて行ってください」
親友が一人で危険な場所へ行くのが見過ごせなかったのか、危険を冒してまで叶えたい願いがあるのか、美樹も魔女退治見学会に参加を申し込む。
待て待て。
『達』?僕まで入ってるのか?それは本気で嫌だぞ。
「ちょっと待って。なぜ僕までナチュラルに巻き込まれてんの。おかしくない?」
「男だったら、細かいこと言わないの。それともアンタ、危険な場所にこんなか弱い女の子たちだけで行けっていうの?」
「いや、巴先輩がいれば平気でしょ。というか君らはいざとなったら、魔法少女になって戦えるけど、僕は何もできないぞ?」
そうなったら、この中で一番早く死ぬのは僕じゃないか。
大体、『契約』ができない僕にはそんなことするメリットがない。美樹が僕に言ってるのは『無意味に命をさらせ』と同じ意味だ。
「大丈夫よ。夕田君」
巴先輩が、僕と美樹の会話に入ってくる。
そうです、巴先輩。この馬鹿に言ってあげてください。
「あなたたちの命は私が必ず守るわ。保証してあげる」
急にやる気になった巴先輩は僕に自信たっぷりにそう言い放った。
……えっと、あの、お気持ちは嬉しいですが、僕が聞きたかった台詞はそれじゃないです。
あと、その自信はどこからやって来たんですか?そしてさっきまでの落ち込みっぷりはどこへ消えたんですか?
逆に不安になりつつあった僕だが、やる気になった巴先輩には馬耳東風らしく、僕の話は一切聞いてもらえず、