さて、どうしたものだろうか。
現状をまとめると、ショウさんと一緒に杏子さんを探すために、僕たちはこの朽ちた教会へとやって来た。そして、探していた杏子さんを見つけることができたものの、そこには美樹も居た。
と、こんなところだ。
「それで、美樹さんはこんなところで何してるの?コスプレ大会か何か?」
僕は美樹の方を見ながら、からかうような調子で聞く。
にしても何て格好してるんだ、こいつ。
肩やお腹を露出させて、胸元を強調するようなデザインの衣装。マントを
魔法少女というか『魔法痴女』だな。羞恥心とかないんだろうか?両親が見たら泣くぞ。
「……そんなわけないでしょ。アンタこそ何でこんなとこにいるのよ?私を追いかけて来たってわけじゃないんでしょ」
「そんな格好で凄まれてもシュールなだけだよ、美樹さん。ちなみに僕は君を探してここに来たんじゃないよ。そこの人の手伝いってところかな」
僕を睨みながら、低いトーンの声で聞く美樹を適当にあしらいつつ、ショウさんの方を親指で指差した。
嘘を吐いて『君を追ってきたんだ』と歯の浮くような台詞を
何よりこいつは変なところで勘が鋭い。下手なことを言ってもすぐにばれるだろう。
まったく美樹を探すつもりがなかったわけではないが、この教会まで来たのは美樹を探すためじゃなかったのは変わりようのない事実だ。
「手伝い?……あ。恭介にお見舞いに来てた人」
「ああ!お前は恭介の幼馴染の子!」
美樹はショウさんに目を向けると、冷めた顔にほんの僅かに驚いたような表情を浮かべた。ショウさんも美樹と面識があるらしく、驚いていている。
そういえば、二人とも上条君のお見舞いに来ていた。顔を合わせていてもおかしくはない。
それが吉と出るか、凶と出るかは分からないが。
「ショウさん。取り合えず、こっちは僕に任せて、杏子さんの方に専念してください。そのためにここまで来たんでしょう?」
二人に面識があろうとなかろうと、今、ショウさんは美樹に構ってる場合じゃない。
余計な懸念などせずに自分のしなければいけないことをしてもらわないと。
「……そうだな。何だかそっちはそっちで因縁がありそうだし、その言葉に甘えさせてもらうぞ」
そう言うと、ショウさんは杏子さんの方へ駆け寄って行った。
向こうは任せておけばいいだろう。どうせ僕は杏子さんのことは詳しくない。それに、彼女のために何かするほど親しいわけでもない。
僕は睨みつけるような冷たい表情をした美樹を見る。
僕がどうにかしなきゃいけないのは、こいつの方だ。美樹の方へとゆっくりと近づく。
「政夫……いきなり割り込んできて邪魔しないでよ!あたしは今あいつと戦ってんの!!」
美樹の一人称が「私」から「あたし」に変わった。
一人称を変えるという行為は、自分を奮い立たせるため、もしくは、嫌な現状からの逃避するために使われるものだ。この場合は、恐らくは両方だろう。
杏子さんと争っていたのは、巴さんのことを侮辱された辺りだろうか。いや、ひょっとしたら八つ当たりに近いものかもしれない。
まあ、とにかく、ショウさんと杏子さんの会話を邪魔されるのは困る。注意を僕に集めさせないといけない。
僕は美樹のことを馬鹿にするような声音で、美樹に言葉を返す。
「戦う?実に勇ましい物言いだね、美樹さん。とても自分の本心から目を背けて、逃げ出した人の口から出た台詞とは思えない」
「……ッ!」
その言葉を聞いて、美樹の顔が一気に歪む。苦虫を噛み潰したような表情になり、視線も僕から自分の足元に泳ぐ。
本当にメンタル弱いな。攻撃的な性格のわりに打たれ弱い。というか、いつもの強気な性格は、こういう弱さを隠すためのものなのだろう。
この隙に、僕はズボンのポケットの中にある携帯を操作して、GPS機能を使い、現在地情報を出す。そして、その現在地情報をメールに添付して巴さんに送る。件名は『この場所に来てください』。
廃工場の一件から巴さんには携帯は切らないでくださいと言い含めているので魔女の結界内に居なければ多分届くはず。
これで『最悪の最悪』の状況は回避できると思う。それにこの際に、できるなら巴さんと杏子さんとの不和も解消しておきたい。
ちなみにこの間、僕は美樹から一瞬たりとも目を離していない。ポケットの中で操作していることにも気付かせないように最大限の指の動きで文字を打っている。
送信完了!これでよし。
後は、美樹との対話で僕がどこまでやれるかだ。
流石に巴さんに頼るのは最後の手段にしておきたい。仮にも僕は美樹の友達なんだから。
美樹さやかという人物に対する僕の感想はすこぶる悪い。
初対面からいきなり馴れ馴れしかった上に、やたらと僕を巻き込みたがる。直情的でよく考えもしないで突っ走り、周囲の人に迷惑をかける。そもそも、僕が『魔法少女』なんてものに関わりを持つはめになったのは、こいつが原因だ。
僕が転校して来たあの日、もし美樹にCD屋に誘わなかったら、もし美樹に立ち入り禁止の場所に連れて行かれなかったら、もし美樹に魔法少女体験コースに参加させられなかったら、僕は平穏な学園生活を送れていただろう。
さらに美樹は、僕が魔法少女になることのデメリットを教え、散々説得したにも関わらず、契約して予想通りに魔女への道のりを進んで行こうとしている。
こいつは一体何を考えているんだ。馬鹿か?馬鹿なのか?……馬鹿なんだろうな、きっと。
「ねえ。美樹さん。君は一体何がしたいの?いや、結局何がしたかったの?」
僕は目の前にいる美樹に尋ねる。
僕が聞きたいのは美樹が杏子さんと戦っている理由じゃない。美樹が自分に振り向いてくれない上条君の腕を治し、上条君と暁美をくっ付けようとしていることについてだ。
美樹は片刃の西洋刀を構えているが、顔は
本当にただのどこにでもいる中学生そのものだ。
「それは……恭介の事について?」
「そうだよ」
美樹は僕が何を聞いているのか分かったようだ。相変わらず、考えが致命的に足りないだけで頭自体は悪くない。
「あたしはただ恭介に幸せになってほしいだけだよ。ただそれだけ」
顔を上げて僕を見る美樹の顔には、それ相応の覚悟の色が見て取れた。
だが、僕はそれを見た上で、なお言い切れる。
「それは嘘だよ。美樹さん」
取り繕ったところで、何の意味もない。美樹の本心はそれじゃない。
誰かのためだけに頑張ると言えば聞こえがいいかもしれないが、そんなことは普通の人間には無理だ。何の得もなく、損をするだけのことを自ら進んでするのなんてのは、まともな精神をしていたらとてもじゃないが耐えられない。
「嘘じゃない!あたしは……恭介が幸せならそれでいいんだ!自分が不幸でもいい!だってあたしは、マミさんと同じ正義の魔法少女なんだから!!」
まくし立てるような早口で美樹は僕に叫んだ。まるで自分にそう言い聞かせるように。そう言うことで納得させるように。
自分の心が壊れてしまわぬように。
でも、僕はその悲痛な心の防壁を崩す。
そんな脆弱な壁に寄りかかっていたら、そう遠くない内に美樹は破綻するだろう。
だから、崩す。
まだ取り返しの付く内に、僕がなんとかできる内に、完膚なきまでにその防壁を崩壊させる。
「じゃあ、何であの時喫茶店から逃げたの?」
「そ、それは……」
「見たくなかったからだよね。上条君が暁美さんと恋人同士になるところが。そして、それを嬉々として自分に報告してくる上条君が」
「ちがッ……そうじゃ、なくて……」
僕の言葉に押されて、美樹は顔を歪めながら一歩ずつ後退していく。僕はそれに合わせて、美樹の方に近づいていった。
逃がさない。距離を取らせない。自分の殻に閉じこもらせない。
僕は美樹のすぐ近くに接近していく。
後ろに下がっていく美樹の背中が教会の壁に当たった。これ以上は下がれない。
僕は美樹の腕をつかみ、まっすぐ彼女の目を覗き込むように見て言った。
「君が望んでいたのは上条君の幸せじゃない。君自身の幸せだ。良い子でいれば、ご褒美がもらえると期待していたんだろう。我慢していれば、幸福の方から来てくれると、そう思っていたんだろう」
「あたしは……わたしは……」
美樹は嫌々をするように首を振る。目をつむり、西洋刀を捨てて、両手で耳を塞いでいる。
美樹にとって自分の正義が、善意が、まがい物だったことが、それほどまで耐えられないことなんだろう。
はあ。まったくもって、こいつは馬鹿だ。ここまで来ると呆れてくる。
「美樹!!よく聞け!それが普通なんだ!」
「……え?」
「頑張ったら、頑張った分だけ褒めてほしいと思うのは当然だ!誰かに親切にするの下心があるのは当たり前なんだ!むしろ、思わない方がおかしい!僕が通っていた柔道の道場の師範代は、こう言ってたよ。『『人の為の善』と書いて、『偽善』と読む。所詮、どこまで人のためだと言っても、それは結局自分のためだ。だが、それの何が悪い?何かも他人のためじゃなくて何が悪いというのだ。自己満足?大いに結構じゃないか。自分一人満足にできない人間が一体誰を満足できるんだ』ってね」
要するに美樹は潔癖すぎるんだ。人間っていうものは、そんなに綺麗じゃない。自分の嫌なところや、悪いところもちゃんと認めてなくちゃならない。
友達の成功を祝福しながらも、心の中で嫉妬することくらい誰しもある。肝心なのは、自分の中のそういった汚くて嫌な部分と向き合えるかどうかだ。
「でもッ、私は……そんなの嫌。嫌われちゃう。恭介にも、まどかにも、仁美にも、マミさんにも、誰にも……」
「だから、それは美樹だけに限ったことじゃないって。みんな、そうなんだよ。『人のため』って言いながら、自分のためにもなることをやってるんだ。少なくとも、今お前が挙げた人たちは、自分のことを棚に上げて、お前を糾弾するような人たちじゃない。それくらいお前の方が分かるだろう。巴さんはともかく、他の人は僕よりも美樹の方が付き合い長いんだから」
「……政夫も?政夫も私の事、嫌いにならない?」
消え入りそうなか細い声で、美樹は僕に目の端に涙を溜めた上目遣いで聞いてくる。
しおらしすぎて、一瞬どこの美少女かと思った。
「この程度で嫌いになるくらいなら、そもそもお前の友達やってないよ」
力強く断言してやると、美樹は僕に抱きついてポロポロと涙をこぼし始めた。
「わたし……馬鹿だよ」
「知ってる」
「迷惑とか……たくさん掛けるよ」
「もう散々掛けられてる」
「それでも……友達で居てくれるの?」
「今更すぎる発言だね、それ」
僕は、制服を涙で汚してくるこの馬鹿を頭を軽く叩いた。
まったく、こいつは本当に馬鹿だ。
「大体『友達』って、そもそもそういうものだろう。むしろ、何で鹿目さんたちに相談しなかったの?」
自分が無能だと理解しているなら、素直に周りの人間に助力を求めればいいことだ。
能力が足りないなら、その分誰かに補ってもらえばいい。それでこその友達だろう。
美樹は
「だって……仁美には魔法少女の事……隠してるし。まどかには心配かけたく……なかったし」
志筑さんのことに関しては分かるが、鹿目さんのことはそれが一番理由ではないな。
美樹と鹿目さんの関係は一見互いに立場が同じに見えるが、気の強い美樹が鹿目さんを
つまり、美樹は鹿目さんのことを妹分扱いしている
溜息を吐きつつ、僕は呆れた。
「鹿目さんの前では格好いい『頼れる親友』でいたいの?」
「…………うん」
ほんの少しの沈黙の後に美樹は頷いた。
まったく。どうしてこいつは馬鹿のくせに格好付けたがりなんだ。
「じゃあ、次から僕に相談して。少なくても、一人勝手に暴走してわけ分からないことし出すより有意義だと思うよ」
「……わかった」
美樹は僕の制服に顔を埋めたまま、小さく答えた。
美樹にしては殊勝な態度だ。普段からこうならば楽なんだけど、それじゃ美樹らしさに欠けるな。
早く元の元気で陽気なこいつに戻ってほしい。
「……政夫」
「ん?」
「……ありがと」
「どういたしまして」
さやかに関する設定
この小説では、杏子とさやかの一人称を分けるために、さやかは普段人と話したりする時は『私』で、激昂したりすると『あたし』になります。