魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

53 / 201
第四十四話 だから彼女は人助けができない

今、僕は教会の座席の一つに座っている。

右隣の座席にはショウさん、左隣には美樹が僕と同じように座って壇上の方を向いている。ちなみにショウさんは胸に刺し傷(ショウさんは誤魔化していたが恐らく杏子さんの槍によるものだと思われる)があったが、巴さんがソウルジェムを(かざ)して治療してくれた。

 

そして、壇上に立っているのは巴さんと杏子さんの二人。互いに緊張した面持ちで向き合っていた。

だが、二人とも複雑そうな表情をしているものの険しい顔はしていない。一触即発という状況にはならないだろう。

 

巴さんと杏子さんが二人で腹を割って話し合いをし、僕ら外野はその成り行きを見守るという形になった。もし、二人が戦いを始めた場合、仲裁に入れるようにこのようにしたのだが…………何処かシュールだ。

 

 

 

「……マミ」

 

最初に口を開いたのは以外にも杏子さんの方だった。

 

「ショウの傷を治してもらった事は取り合えず感謝しとく。アタシはああ言う風に魔力を使うのは苦手だから、その……ありがとな。で、でも、それでアンタのやっている事全部認める理由にはならないからなっ」

 

素直に巴さんに感謝した後に、ちょっと恥ずかしくなったようでテンプレートのツンデレめいた発言をした。

巴さんが屋上で言っていた利己的で凶暴な人物というよりは、教室で見たような普通の女の子にしか見えない。むしろ、社交性がある分、暁美よりも良い子に見える。

 

「……驚いたわ。まさか、あなたが他人のためにお礼を言うなんて。ふふっ、それほどあのショウって人が大切なのね」

 

巴さん自身も杏子さんの対応は意外だったらしく、驚いているものの、そんな杏子さんの態度を好ましそうに微笑んだ。昔は仲が良かったそうだし、杏子さんを心のどこかでは信じていたのかもしれない。

 

きっと、巴さんの知っている利己的な杏子さんもまったくの間違いというわけではないのだろう。

でも、それはあくまで一面でしかなかったのだ。そして、一面しか持たない人間なんてこの世にはいない。好感を抱く一面もあれば、嫌悪感を抱かせる一面もある。

漫画のキャラクターとは違う現実の人間には、善人や悪人なんて言葉では測れない。

 

僕も暁美のことを一面でしか(とら)えられていなかった。

巴さんのことをただの戦力としか見なしていない心ない人間かと思えば、美樹のことをきつい言葉で傷つけた僕を美樹のために引っ叩いた。

暁美は感情をひた隠しているだけで、本来は誰かのために怒ったりできる優しい女の子だった。

本当に情けない。

自分で思っているよりも、僕は視野が狭かった。暁美の第一印象に(とら)われすぎていた。

これからは暁美にもう少し親切に接しよう。

 

 

杏子さんの方を見ると、さらに恥ずかしくなったようで、顔が髪と同じように紅くなっていた。

 

「わ、わりぃかよ!」

 

「いいえ、とっても素敵な事だと思うわ」

 

二人の間には最初にあったわだかまりのようなものはすでに影も形もなく、ただ普通の女の子同士のおしゃべりのような(なご)やかさだけがあった。

 

隣に座っているショウさんが、僕にこっそりと耳打ちする。

 

「これ、俺ら居なくても良かったんじゃねぇか?杏子も何か楽しそうだし」

 

「そうですね。思ったよりも簡単に済みそうです」

 

元々、ちょっとしたボタンの掛け間違いだったのだろう。お互い、仲直りの機会がなかなか見つからなかったり、時が経ちすぎたせいで妥協点を見失ってしまっただけで歩み寄れなかった。

 

美樹も和やかな二人を見て、ぽつりと呟いた。

 

「マミさん、私たちと一緒にいる時よりも楽しそう」

 

いや、流石にそれは気にしすぎじゃないか?最初の頃はともかく、今じゃ結構はっちゃけているよ、あの人。

 

「う~ん、そうかな?まあ、昔、仲が良かったって巴さんも言ってたから、気心の知れた間柄なんじゃないかな」

 

「そう、なんだ。あいつ、マミさんを馬鹿にしたよう事ばっか言ってたのに……」

 

あまりこの状況に納得していないといった表情の美樹。

今の言動から察するにやはり杏子さんと戦っていたのは、巴さんを馬鹿にされたかららしい。こいつは巴さんのことを妄信(もうしん)している節があるから、分からなくもない。

だが、半分くらいは上条君の件の八つ当たりが原因だろう。

 

「とにかく、今は成り行きを見守ろうよ。後に禍根が残らないことに越したことはないんだからさ」

 

「うん。……分かってる」

 

妙に素直になっているのが逆に怖い。嵐の前の静けさみたいなものを感じるが、美樹もこの場をめちゃくちゃにしようと考えるほど愚かではないはずだ。

 

 

 

「魅月さん。……この呼び方慣れないわね」

 

「だったら、杏子で構わねーよ。で、何だよ。改まって」

 

巴さんは今までしていた穏やかな顔を引き締めて、神妙な顔つきで杏子さんを見つめる。

ベテランの魔法少女たる所以(ゆえん)か、巴さんはこういった切り替えが非常に早い。微笑を瞬時に消して、きりっとした真面目な表情を浮かべている。

 

「あなたが急に人助けに対して否定的になった理由を聞かせてほしいの。私とあなたが対立するようになってしまった原因を」

 

その言葉を聞いた杏子さんはあからさまに目を背けた。(はた)から見ても、何か後ろめたいことを隠していることが分かる素振(そぶ)りだ。

 

「……別に理由なんて――――」

 

「杏子!!」

 

否定しようとしていた杏子さんの言葉を(さえぎ)り、座っていったショウさんが声を上げて立ち上がる。

 

「俺も聞きたい。お前に辛い過去があるなら、俺が全部一緒に背負ってやる。だから、隠し事はなしにしようぜ」

 

「ショウ……」

 

杏子さんは不安そうな顔をショウさんに向ける。

巴さんに言うのが嫌というよりも、ショウさんに聞かれるのが嫌なのだろう。

だが、ショウさんはそんなことは構わず、力強い笑みを浮かべながら、ドンと自分の胸を叩く。その時、胸の傷は内側までは完全に治っていなかったようで顔をわずかに(しか)めた。

 

(つう)ッ……安心しろよ、杏子。お前のお兄ちゃんはお前のためなら結構無敵だぜ?」

 

台詞と共に白い歯を見せ付けて、ショウさんは不敵な笑みをした。元々、顔が整っているせいもあり、驚くほど絵になった。

 

僕とは違い、打算しているわけでも、相手の反応を見ながら分析をしているわけでもない。ただストレートで裏のない本心をさらけ出すその様は、とても美しいものに感じられた。

とてもじゃないが真似できない。杏子さんを心の底から信頼しているからこそできる芸当だ。

それを見つめる杏子さんも覚悟を決めたように大きく頷く。

 

「……分かった。ううん、聞いてくれ、アタシの過去を」

 

そして、杏子さんは自分の過去を語り始めた。

 

 

 

 

「ここまで探しに来てくれたショウ達ならもう分かってるかもしれないけど、ここはアタシの親父の教会だった。親父は正直過ぎて、優し過ぎる人だった。毎朝新聞を読む度に涙を浮かべて、真剣に悩んでるような人でさ。 新しい時代を救うには、新しい信仰が必要だって、それが親父の言い分だった」

 

何かちょっと怖い人だな、杏子さんのお父さん。

新聞の内容を読んで涙を流すなんて、年齢の割りに感受性が強すぎないか。僕は感受性はそれほど高くない方だが、ちょっと杏子さんのお父さんの感受性は異常だと思う。

どのくらい前か知らないけど、娘の杏子さんが物心ついているなら、若くても三十台半ば程度ぐらいだろう。その年でそこまでいくと情緒不安定と言っても過言ではない。少なくとも、僕の父さんが新聞記事を読む度に涙ぐんでいたら、かなり嫌だ。

それに、情報社会において、新聞に書いてあることを何でもかんでも鵜呑みにするのはメディアリテラシーの観点からいっても(あや)うい気がする。わざと悲劇を脚色して彩る記事や、スポンサーの意向によって都合よく書かれている記事なんてよくあるものだ。

 

「だからある時、教義にないことまで信者に説教するようになった」

 

ええぇ!?

 

「もちろん、信者の足はパッタリ途絶えたよ。本部からも破門された。誰も親父の話を聞こうとしなかった。当然だよね。傍から見れば胡散臭い新興宗教さ。どんなに正しいこと、当たり前のことを話そうとしても、世間じゃただの鼻つまみ者さ」

 

そうでしょうね。

そもそも、教会にわざわざ足を運ぶような信者は、親や祖父母の代からその宗派に属している人達や、生活の基盤として何かを絶対的に信じていないと生きていけない人達ばかりだろう。

要は、背中を支えてくれる柱が欲しいのだ。教義を守ることによって、大規模な宗教に『正しい人間』という太鼓判を押して欲しいわけだ。

にもかかわらず神父自らがそれを曲げるようなことをすれば、信者は離れていくのは当然だ。

お金を出している以上は、正しい、正しくないは信者が決めることであり、求めていたものと違うものを寄越(よこ)されれば怒って当たり前だろう。

 

「アタシたちは一家揃って、食う物にも事欠く有様だった。納得できなかったよ。親父は間違ったことなんて言ってなかった。ただ、人と違うことを話しただけだ。5分でいい、ちゃんと耳を傾けてくれれば、正しいこと言ってるって誰にでもわかったはずなんだ。なのに、誰も相手をしてくれなかった。悔しかった、許せなかった。誰もあの人のことわかってくれないのが、アタシには我慢できなかった」

 

飽食の時代で食べ物に困るって、相当やばいな。

もうそこまで貧困を極めていたなら、生活保護を受けても良かったんじゃないだろうか。信者にどうこう言う前に市役所に行く方がずっと建設的な気がする。

 

「だから、キュゥべえに頼んだんだよ。みんなが親父の話を、真面目に聞いてくれますように、って」

 

そこで杏子さんは言葉を区切った。振り返って、教会の砕けたステンドグラスを仰ぎ見ている。

その時、支那モンに願った自分を思い出しているのだろう。携帯で調べたあの心中事件がこの話の結果なのだから、どう転んでもハッピーエンドにはなるはずがない。この話をすること自体、杏子さんの心の古傷を自ら(えぐ)り返しているようなものだ。

こちらに向き直ると、杏子さんは再び話を再開する。

 

「翌朝には、親父の教会は押しかける人でごった返してたよ。毎日おっかなくなるほどの勢いで信者は増えていった。アタシはアタシで、晴れて魔法少女の仲間入りさ。いくら親父の説法が正しくったって、それで魔女が退治できるわけじゃない。だからそこはアタシの出番だって、バカみたいに意気込んでいたよ。アタシと親父で、表と裏からこの世界を救うんだって」

 

杏子さんは自嘲気味な笑みを浮かべる。夢破れた大人が夢を追っていた子供頃の自分を(さげす)むような、そんな顔。

 

「……でもね、ある時カラクリが親父にバレた。大勢の信者が、ただ信仰のためじゃなく、魔法の力で集まってきたんだと知った時、親父はブチ切れたよ。娘のアタシを、人の心を惑わす魔女だって罵った。笑っちゃうよね。アタシは毎晩、本物の魔女と戦い続けてたってのに」

 

まあ、杏子さんの気持ちも分からなくもない。自分がやってきたことが、訳の分からない力による洗脳だと知れば、どんな温厚な人間でも切れる。

宗教家としての誇りも、家庭を支える大黒柱としての誇りも、同時に失ってしまったのだ。感受性が強すぎたのも、原因の一つだろう。

 

「それで親父は壊れちまった。最後は惨めだったよ。酒に溺れて、頭がイカれて。とうとう家族を道連れに、無理心中さ。アタシ一人を、置き去りにしてね。アタシの祈りが、家族を壊しちまったんだ。他人の都合を知りもせず、勝手な願いごとをしたせいで、結局誰もが不幸になった。その時心に誓ったんだよ。もう二度と他人のために魔法を使ったりしない、この力は、全て自分のためだけに使い切るって。……これがアタシが人助けが嫌いな理由だよ」

 

なるほどね。誰かを助けようとして手酷く失敗したから、自分で責任を背負えない『人助け』はもうしないということか。

利己的なのではなく、経験則から来る失敗を恐れての回避行動。これを責めるのは流石に(こく)だ。

 




またも更新が遅くなってしまいました。まだ読んでくださる方がいるのか分かりませんが、頑張って書かせて頂きます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。