皆で教会から出て、並木林を抜けると、ショウさんは改まって僕や巴さんにお礼を言った。
「政夫、お前には世話になったな。多分、俺一人じゃ杏子を見つけられなかったと思う。ありがとな。マミだっけ?胸の傷治してくれて助かったぜ。何かあったら、今度は俺が力貸すからな。んじゃ、俺らはそろそろ帰るぜ……ほら、杏子も別れの挨拶ぐらいしろよ」
教会からずっとショウさんに手を握られながら、照れくさそうにそっぽを向いていた杏子さんはショウさんに促されて喋りだす。
「分かってるよ。マミと、えーと……」
「学校では話さなかったし、まともに会話する前に戦いになっちゃったから、自己紹介まだだったね。私は美樹さやか。さやかでいいよ」
美樹も杏子さんの過去を知って、完全に打ち解けたのか、持ち前の人懐っこさで杏子さんを受け入れている。
こいつも結構コミュニケーション能力高いよな。そういえば、転校したての僕に一番最初に自発的に話しかけてきたのは美樹だったか。
「分かった、さやかだな。アタシの事も杏子でいいぜ。そっちのアンタは?」
「僕?」
「アンタ以外に誰がいんだよ。それでアンタの名前は?」
急に僕に話が回って来たせいでちょっと戸惑ったが、よく考えれば僕も杏子さんと会話したのはこれが最初だ。僕の方は、ショウさんや巴さん、暁美からある程度のパーソナリティを聞いて知っていたために一方的に知っているだけだ。
「ああ、ごめん。僕は夕田政夫。よろしく」
「ていうかアンタは何者なんだ?見たとこ、魔法少女でもないし……ひょっとして、ショウみたいに魔法少女の奇跡の恩恵を受けた人間か?」
「いやいや、違うよ。僕はただの何の変哲もない中学生だよ。しいて言うなら、偶然巻き込まれただけの一般人だ」
実際、それが僕の実状だ。
本当に何の因縁もなく、たまたま見滝原に引っ越して来たら、魔法少女や魔女なんていう訳の分からないものに巻き込まれた被害者でしかない。改めて考えると、結構可哀想な状況にいるんじゃないか、僕。
「はあ!?じゃあ、アンタ、魔法少女に何の関係もないのに魔法少女とつるんでるのかよ?」
「う~ん……、ちょっとそれも違うかな」
まったく何の関係もないのなら、僕はこんなにも深入りなんかしやしない。
正直に言わせてもらえるなら、僕は魔法少女関係のことには関わり合いになりたくはない。
過酷な運命を背負っている魔法少女には同情はするが、それだけで自分の平穏な日常を捨てて非日常に飛び込むほど、ウェットな性格もしていないし、自分が可哀想な彼女たちを助けてあげたいなんてヒーロー願望も持ちあわせてもいない。
「美樹さんや巴さんが僕の友達だからだよ。友達として、最低限やってあげられることをしてたら、ここまで付き合うはめになっちゃったんだ」
僕がこうして訳の分からない非日常に関わっている
友達になったから、最低限、僕が友達としてするべき義務を行ってるだけ。
鹿目さんを命懸けで魔女の結界から逃がしたのも、巴さんを命を張って説得したのも、友達としての義務感からやったことだ。
感動的な理由も、格好の良いヒロイズムもない、ただただ一人の人間として恥ずかしくない生き方をするために、学んだ倫理に沿って行動しているだけだ。
「要するに自分が納得できる行動とっていたら、こうなった、ってことかな」
「……よく分かんねーけど、アンタが納得してやってる事だってのは分かったよ」
「そこさえ、分かってもらえれば十分さ」
やや
まあ、こればっかりは僕の個人的な主義みたいなものだから、完全に理解してもらうことは不可能に近いだろうな。
「じゃあ、マミ、さやか、政夫。またな」
「ええ、さようなら。今度は家に紅茶でも飲みに来てね」
「うん、じゃあね」
「また明日、学校でね」
僕との会話を終えると、ショウさんに手を引かれて、帰って行った。
本当に仲の良い二人だ。あの調子なら、杏子さんは当分平気だろう。
「私も今日は取り合えず、パトロールを切り上げて家に帰る事にするわ。雨で身体も冷えちゃったから、お風呂に入って温まりたいし」
そうだ。巴さんは雨の中、傘も差さずに駆けつけてくれたため、濡れ
すっかり失念していた。
相当不快な思いをしただろうに、巴さんはそんなことは一言も口に出さず、我慢していたのだ。
僕は巴さんに頭を深々と頭を下げて謝罪をした。本当に申し訳ないことをしてしまった。
「
「ううん、いいの。おかげで大切な友達と仲直りができたから。じゃあね、夕田君、美樹さん」
軽く手を振って、巴さんは颯爽と
最近はお茶目な行動が目につくが、実は巴さんって相当格好良い人なんじゃないだろうか。
「さて、僕らも帰ろうか。そろそろ夕飯も近い時間だ」
今日は僕が夕飯の当番なのに結構な時間を浪費してしまった。今から、お米
僕が夕飯のことで頭を悩ませていると、美樹は真面目な顔で僕に話しかけてきた。
「ねえ、政夫」
「何?」
「私さ、ショウさんって人の叫びを聞いて、自分の想いがどれだけ軽いものか気付いたよ」
「もう少し詳しく話してもらえる?」
それだけじゃ、いまいち美樹の言いたいことがよく分からない。
まず、美樹の抱いていた想いがどういうものなのか教えてもらわないと、文字通り話にならない。
「私は例え、恭介が私に振り向かなくても、恭介がバイオリンをまた弾けるならそれでいいと思ってた……私は無償でもいいって、思い込んでた」
だが、それは思い込みでしかなかった。
僕が美樹に言った通り、無償の愛なんて中学生には無理だ。それは夢見がちな女の子の地に足の着いていない故に生まれた空想のようなもの。
余程の人格者でもなければ、無償の愛は抱けないだろう。
「政夫に否定された通り、私の想いはそんな立派なものじゃなかった。見返りがない事にあたしは耐えられなかった」
美樹の一人称が『あたし』に変わった。これはかなり精神にキてるな。
「でも、ショウさんのは違った。あの人の杏子への想いは……無償の愛は本物だよ。あたしなんかじゃ、絶対にあんな風になれない」
まあ、そうだろうな。あんな人はそうはいない。
ショウさんのは正真正銘の無償の愛だった。あそこまで人を愛せる人間は現実では見たことがない。フィクションの世界から飛び出して来たような人だ。
「それに比べて、あたしの想いは薄っぺらくて軽いものだった」
自嘲の笑みを浮かべて、自分の想いをちっぽけなものだと吐き捨てる。
「それはおかしいだろう。ショウさんと君を比べる理由がどこにあるの?」
「え?」
美樹は
こいつは、良くも悪くも繊細でメンタルが実に中学生的だ。ネガティブな自分だけの世界にすぐ没頭したがる。表面的には明るく振舞っていても、鬱屈としたものを溜め込むのはもうくせみたいになっている。
間違いなく、見滝原にいる魔法少女の中で一番最初に魔女になるだろう。この調子じゃ、暁美が言っていたワルプルギスの夜とかいうド級魔女を抜きにしても、中学を卒業する前には魔女になってしまう。
だから、あれだけ魔法少女になることを止めたんだ。こうなるだろうことが簡単に予測できたから。
「君は君で、ショウさんはショウさんだ。薄っぺらだろうと、軽かろうと、そんなことは関係ない。それは君の、君による、君だけの想いだ。他人と比較してどうなるの?何の意味も持たないよ、そんなこと」
「でも、それでもあたしはあたしが情けないよ……。こんな気持ちで恭介の事、好きだなんて思ってたなんて」
情けなく呟く美樹。
ショウさんの無償の愛を見せ付けられたせいで、卑屈になっている。さっきまで平気だったのに、躁鬱が激しすぎる。
今、こいつを家に帰すのは危険だ。きっと確実に一人でうじうじ悩むことは目に見えている。
仕方ない。かなりの荒療治になるが、ここは腹を
僕は覚悟を決めて、美樹に言った。
「美樹さん。君には今日中に上条君に告白してもらう」
「……は?ど、どういう事?」
僕の発言が美樹の中で認識されるまで数テンポかかったようで、遅れてリアクションが返ってきた。
その反応は予想した通りのものだった。
だが、分かりきったことを言うなというような態度で押し通す。
「どういうことって、そのままの意味に決まってるじゃないか」
「告白したって……恭介の気持ちはほむらに向いてるの!!今さら、あたしが告白したって意味ないじゃない!」
「意味ならあるよ。決着をつけるためさ。君の中にある『片想い』と決着をね」
今回は早く、書き終わりました。
いえ、というより、書いている内に書こうとしていた話の内容とは異なり、私の構想を外れる話となってしまいました。
一体どこを目指しているんだ、この小説は……。