魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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第四十七話 踏み出す勇気

「ちょっ、ちょっと政夫!」

 

僕は美樹を手を引いて、上条君と暁美がいた喫茶店に向かっていた。

まだ店に残っているか分からないが、一応行ってみて、居なかった場合は上条君の家の前で待たせてもらうつもりだ。

 

理由は美樹の中の上条君への想いに何らかの決着を着けてもらうためだ。ずっと不安定な躁鬱(そううつ)状態のままだと、いつ魔女化するか分かったもんじゃない。地面に埋まった不発弾のようなものだ。

 

「私まだ……告白するなんて言ってないよ。勝手に決めないで!」

 

僕の手を振り払うようにして、美樹は立ち止まった。

睨みつけるように僕を見るが、まったく覇気のない表情なので少しも怖くない。むしろ、心配になってきさえする。

 

「じゃあ、いつまでも解消できない片想いを続けていきたいの?それとも『もしも告白してれば、振り向いてくれたかもしれなかった』なんていう仮定に(おぼ)れていたいの?」

 

「そんな事っ!……そんな事しないよ。ただ――――」

 

「ただ?」

 

自信の無さそうな不安げの顔を手で覆い、美樹は悲痛な声を出す。

 

「本当に私が好きだったのは『恭介』だったのか、もう分からないの……」

 

相変わらず言葉が足りていないせいで何を言いたいのか掴めない。

音楽家の少年に惚れただけあってか、美樹の発言には詩的な表現が多すぎる。生憎(あいにく)と僕は芸術性が皆無なので美樹の発言の意図を読み取ってあげることはできそうになかった。

 

「頼むから、僕にも分かるような言い方で言ってくれない?」

 

「恭介はさ、ほむらと会ってすごく元気になってた。もうバイオリンの事を口に出さなくなるくらいに」

 

美樹が語り出した事は、僕の質問に沿っていないように感じられたが、僕はそのまま口出しせずにいた。

自分の中に(こも)るための言葉ではなく、僕に何かを伝えようとしている美樹の意思を感じたからだ。

 

「あの時、私はもの凄くいやだった。恭介がほむらの事を楽しそうに話す事だけじゃない……恭介がバイオリンから離れていくのが嫌だった。憧れだった恭介が普通の中学生になるのが嫌だったんだよ。……政夫。私、ショウさんの叫びを聞いて気付いちゃった。私は『ただの恭介』じゃなくて、『天才バイオリニストの恭介』が好きだったんだって」

 

なるほどね……。

だから、あれだけ止めても美樹は魔法少女になったのか。

美樹は上条君がバイオリニストじゃなくなることに耐えられなかった。

だったら、僕が当初予定していた上条君と美樹をくっ付けて、奇跡なんかに頼らずに二人で支え合って、生きていってほしいという未来は元からあり得なかったってわけだ。

 

実に笑えるな。

ピエロだったのは美樹ではなく、この僕だった。

それじゃあ、うまく行くわけもない。絵空事を追いかけていたようなものだ。

 

「だからさ、政夫。私に恭介に告白する資格なんてないんだよ。私の想いは『薄っぺら』なものだったんだから…………」

 

「じゃあ、何もせず諦められる?」

 

「うん……大丈夫だか、ら……」

 

「嘘だね。だって君、今にも泣き出しそうだよ」

 

「っう……うう……」

 

ポロポロと涙腺から水の玉が押し出され、瞳の淵に溜まっている。

それは美樹が胸の内に抑え付けている感情を表しているかのようだった。

 

美樹は、自分の想いが単なるエゴによるものだと言った。

でも、やっぱりそれだけじゃないはずだ。

そんな薄っぺらなものだけでは、人は動けない。

美樹の言っていることに嘘はないだろう。だが、他にも表に出していない真実が絶対に隠れている。

 

「美樹さん。君が上条君を好きだって気持ちは、本物だと思う。君が上条君を好きになったのは、バイオリンが上手に弾けるからだけじゃない」

 

「なんっ……で、何で、そう……言い切れるの?」

 

言葉を詰まらせながらも、美樹は僕に問う。

嗚咽(おえつ)を堪えた声は、僕に助けを求めるようにも聞こえた。

 

「『恭介が私から離れて行っちゃうのが嫌で嫌でしかたがない』。君は病院の屋上で、そう僕に言ったよね。あの時の言葉にだって嘘はなかったはずだよ。それなりに大勢の人間を見てきた僕が太鼓判を押してあげたっていい」

 

記憶力には僕は自信がある。

あの時、美樹の剣幕も叫びもしっかりと覚えている。だからこそ、僕も柄にもなく熱くなって口論してしまったのだ。

あの言葉に含まれた想いはエゴだけではなかったと断言できる。

 

「………………うう……」

 

「さて、もう一度だけ聞くよ。君は上条恭介君のことをどう思っているの?」

 

「す……き……だよ。大好きだよおおおおぉぉぉぉっ!!」

 

今まで必死に抑えてきた感情が涙と共に溢れ出したかの如く、美樹は号泣した。

決壊したダムのように、涙腺から次から次へと涙が噴き出す。

今まで言えなかった悲しさや悔しさ、それ以外にも沢山の感情がない交ぜになっているのだろう。

ただのその感情の群れは、すべて上条君への好意に起因するもののはずだ。

 

街中で大声で泣き喚く美樹は、夕暮れ時という時間帯もあり、酷く目立っていた。うるさそうにこちらを睨む人もいたが、僕は彼女を泣き止ませる気はなかった。

美樹にとって、この涙はとても重要な涙だと思ったからだ。

 

 

 

美樹が自然に泣き止むまで僕は、何もせずにずっと傍に居続けた。

眼球を紅くさせ、泣き()らし、しゃくり上げる美樹の顔を僕はオレンジ色のレースのハンカチで拭いた。少し前に雨に濡れた巴さんの顔を拭いたのでハンカチはまだ少し湿っていたが、それでも涙でグショグショのままよりは幾分マシだ。

 

うーむ。本当はずるずると引き延ばしにならないように今日中に()き付けて告白させようと思っていたのだが、流石にこの泣き腫らした顔で告白させるのは少々(こく)か。

鉄は熱い内に打つべきなのだろうが、少しだけ時間を取ることにしよう。

 

「美樹さん、今日中になんて言った手前、アレだけど告白は少し延期しようか」

 

「ううん、ダメ。ようやく覚悟が決まったんだもん。私、今日、恭介に告白する」

 

「でも……」

 

そんなに涙で腫れた目の顔で良いの、と言おうとしたが、美樹はその前に首を振り、そして、笑顔を作った。

今までの吹っ切れたような爽やかさを秘めた、美樹らしい微笑み。その笑みは、かつて病院の屋上で見せたものよりも、大人っぽく、深みがあり、何よりずっと美しいものだった。

 

「大丈夫。こういう顔の方が私らしいよ。それに今じゃなかったら、私、また泣いちゃうと思う」

 

「そっか……。じゃあ行こうか」

 

「うん」

 

 

 

 

 

 

喫茶店に入ると六時過ぎにもかかわらず、喫茶店には暁美と上条君は未だに居てくれた。というか、僕らが出て行ってから、いつまで喫茶店で喋ってたのだろうか。彼是(かれこれ)(ゆう)に二時間ほど経っているのだが……。

まあ、こちらとしては好都合なので早速、接触させてもらおう。

 

上条君を前にして、美樹が怖気づくかと思ったが、本気で告白する覚悟を決めたらしく、僕に促させる必要もなく自ら進んで上条君たちの方へ近づいて行く。

 

い、勇ましい。

これがあの女々しいことを言いつつ泣いて逃げた美樹なのか……。

杏子さんの過去を聞いたり、ショウさんの叫びが美樹を短期間でこうも成長させたのだろう。傍で見ていた者としては非常に感慨深い。

 

このまま、すべて美樹自身に任せて、僕は静かになりゆきを見守るべきかとも考えたが、ここまで付き合ったのだから責任を持って関わろう。

 

上条君たちは、僕らが近づいていくと、こちらに気付き、手を振ってくれた。

 

「あ……さやか!さっきは急に飛び出して行ったから心配したよ。やっぱり、夕田君は連れ戻してきてくれたんだね。ありがとう」

 

「『やっぱり』?」

 

上条君の発言がいまいちよく分からなかったので聞き返す。

追いかけるとは言ったが、まるで美樹を僕が連れ戻すことを確信していたかのような物言いだ。

 

「暁美さんが夕田君がさやかを追いかけて行ったから大丈夫だって――――」

 

「よ、余計な事は言わなくて良いわ!!」

 

上条君の台詞を(さえぎ)るように暁美は上擦(うわず)った声を上げた。

暁美は頬を僅かに紅潮させ、僕と目が会うと、とっさに顔を背けた。何だ、こいつ。

 

どうやら、二人は僕が美樹を連れ戻すまでここで待っていたらしい。上条君の今の発言によると暁美が僕が連れ帰るから、美樹は絶対平気だと吹き込んでいたようだ。

信用してくれるのは良いが、根拠のない期待をされるのはあまり好きじゃない。度が過ぎた期待や信頼はたやすく妄信へと変わる。人を信じすぎると足元を(すく)われる。

今の暁美は、ちょっと危ういな。必要以上僕を頼るようにならないといいが……。

 

「恭介。……大事な話があるんだけど、いい?」

 

真剣な表情で美樹が静かにそう言った。

美樹の瞳には、もう迷いはなかった。クラスの男子なんかよりも男らしさを感じる。

 

「え?良いけど、急にどうしたの?さやか」

 

一方、相対する上条君は美樹がどんな話をこれからしようとしているのか、少しも分かっていないようだ。心底不思議そうな顔で美樹に返事をしている。

今まで、僕は真っ向から告白しようとしない美樹に呆れていたが、上条君の鈍感さも美樹に踏ん切りが着かなかった理由の一つだったのだろう。まるで恋愛アニメかギャルゲーの主人公だ。

 

「という訳なそうなので、僕と暁美さんは席を外そうか。良いよね、暁美さん?」

 

「……まさか、貴方、さやかに――――」

 

勘のいい暁美は、美樹がこれからしようとしていることに気付いたようだ。

だが、そこから先は言わせない。それは美樹だけが言う資格のある台詞だ。

椅子に座っている暁美をこの場から引き離すように、強引に腕を掴んで立ち上がらせる。

 

「じゃあ、僕達は店から出てくよ」

 

「ま、待ちなさい。いきなり何を……」

 

ぶつくさと文句を垂れる暁美を、ここに来るまでの美樹と同じように手を引いて、喫茶店から退出した。

美樹の告白まで居合わせるのは流石に野暮すぎる。今の美樹ならば、上条君の答えがどんなものでも受け入れられるはずだ。

 

外に出ると、暁美の手を離して、彼女と向き合った。

暁美は無表情ながら、瞳に怒りを(とも)して、僕を睨み付けている。凄い剣幕だ。

 

「政夫。貴方、自分がさやかに何をさせているのか分かっているの?」

 

「もちろん」

 

「……信じられない。貴方がこんな軽率な行動を取るなんて。それとも、さやかがどうなろうと構わないとでも思ってるの!?」

 

声を荒げて僕を糾弾する暁美を見て、僕は思わず笑みがこぼれた。

そのせいで、さらに暁美は僕に詰め寄って、怒りを(あらわ)にする。

 

「何がおかしいの!?」

 

「違うよ。嬉しいんだ。鹿目さんさえ無事ならそれでいいと言っていた君が、美樹さんのためだけに怒ってる。それがたまらなく微笑ましいんだよ」

 

「………………」

 

僕のその言葉で冷静になったのか、暁美は恥ずかしそうに目を逸らした。

照れと戸惑いがない交ぜになった複雑な面持ちの暁美を見ながら、僕はやはりこいつが心の優しい女の子であることを再確認した。

そして、僕が暁美を嫌いだった理由をはっきりと理解した。

 

『シャドウの法則』。父さんに教わった心理学の用語の一つだ。

これは、自分自身の嫌いな性格と同じ性格をしている他人を嫌いになるというものだ。

人は自分の中で認めたくない部分を他人に見出すと、その相手を嫌いになる。早い話が同属嫌悪だ。

僕は自分が、どこまでも冷酷になれる人間だということが嫌いだった。だから、同じように冷酷に見えた暁美のことが嫌いだったのだ。

 

「暁美さん」

 

「な、何よ」

 

「君は優しいね」

 

「……っ。私はたださやかが魔女になられると困るから言っただけよ。ワルプルギスの夜と戦うための貴重な戦力なんだから、こんなところで死なれると困るのよ」

 

僕が暁美を褒めると、突然、暁美はツンデレめいたことを言い出した。

さらにそれが墓穴を掘っている気がするが、面白いので話に乗る。

 

「じゃあ、その『貴重な戦力』を信じてあげなよ」

 

そう言って暁美に、にまっと笑いかける。

 

「くっ……、貴方って本当に性格悪いわね」

 

「そうだね。心優しい暁美さんと違ってね」

 

不機嫌そうにそっぽを向く暁美は、出合ったばかりの頃とはまったく違う印象しかなかった。

 

 




ようやく長かったさやか編も終わりそうです。

ですが、私はこれから大学のサークル活動が忙しくなるので、投稿が遅れてしまいます。
できれば気長に待って頂けると嬉しいです。

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