~さやか視点~
私、美樹さやかは今好きな人の前に座っている。
理由はただ一つ。その私の一番好きな人に……恭介に告白するためだ。
心臓が高鳴る。指先が
覚悟を決めて、ここまで来たはずなのにどうしても不安な気持ちは消えてくれない。
「それでさやか、話って何だい?」
恭介はそんな私の態度にも気付かず、いつものように落ち着いて様子で私に尋ねる。
まあ、恭介が敏感だったら、私もここまで苦労はしてないか。
ふう、と息をゆっくりと吐いて、気を落ち着ける。そして、私は口を開いた。
「恭介………………ほむらとはどんな事話したの?」
くぅっ……。何でそこでヘタれるのよ、私!
本来なら、告白の台詞が出るはずだったのに、私の口から出たのは、ほむらとの会話の事についてだった。
「え?暁美さんと?」
恭介にとっても私の台詞は意外だったのか、面食らったように聞き返す。
でも、これは逆にファインプレーだったかもしれない。
ほむらとどこまで話したかを聞けば、少しは安心して告白ができると思う。
「……さやかならいいか。実はね、暁美さんに告白したんだ」
……………………聞かなければ良かった。
これで私の告白へのモチベーションはガクッと下がった。正直に言えば、この喫茶店から駆け出てしまいたいくらいだ。
だけど、政夫の前で
私にだって、プライドがある。ここで逃げ出したら、格好悪いどころじゃない。背中を押してくれた政夫に顔向けできなくなる。
「へ、へえ、そうなんだ。それでほむらの返事はどうだったの?」
顔に出ないように心がけて、恭介の言葉を促す。
この程度で
「見事に振られたよ。彼女には、もうすでに好きな人が居たんだ」
そう言った恭介の顔は、言葉とは違ってどこかすっきりした顔をしていた。
それが気になって、ついわざわざ聞かなくてもいい事を聞いてしまう。
「なんで、なんでそんな顔してられるの?!ほむらの事好きだったんじゃないの?!」
「好きだよ。告白して、振られた今でさえ、僕は暁美さんの事が好きだ」
「っぅ……」
私にとって、一番聞きたくない言葉を恭介は
心が痛い。
痛くて、痛くて、死んでしまいたいとすら思えた。
でも、胸元を強く握り締めて、その痛みにじっと耐える。
これはツケだ。ずっと幼馴染という位置に居て、何もしようとしていなかった私の大きなツケ。
恭介は、何処か遠くを見つめるような目で言う。とても悲しげな笑顔をしながら。
「でもね。僕は暁美さんが幸せなら、それで良いんだ。彼女の隣に居るのが僕じゃなくても、彼女が笑顔で居さえすれば、僕はそれで構わない」
「あたしは!……あたしは嫌だよ!!そんな風に思えない!ううん、思えなかったよ!!」
「さ、さやか?」
恭介は突然私が声を荒げた事に驚いて、遠い目を止めて、呆然と私を見る。
私も一度は身を引いて、恭介とほむらの仲を取り持とうと思った。自分の幸せを我慢して、恭介の幸せを願えると思った。
でも、できなかった。
政夫に、恭介がほむらが付き合ったりしても平然としてられるのかと聞かれた時、答える事ができなかった。実際に、抱き合って、キスをしている二人を想像したら、胸が張り裂けそうになった。
結局、私は考えないようにしてただけ。現実から目を背けてた、ただの馬鹿だった。
だから、もう後悔したくない。
例え、振られるとしても、最後まで自分を突き通したい。
「恭介!あたしはアンタの事が好き!あたしと、あたしと付き合って!!」
「あ、出てきた。おーい、美樹さん」
「さやか……」
暁美と一緒にすぐそばのバス停のベンチに腰かけていた僕は、一人で喫茶店から出てきた美樹に声をかける。
僕の隣で缶コーヒーをちびちびと飲んでいた暁美も、美樹に何かを言おうとしたが、言葉が続かず、複雑そうな顔を浮かべただけだった。まあ、君からしたら、何言ったらいいか分からないよな。下手なこと言って余計に美樹を傷付けるかもしれないわけだし。
「政夫……ほむらも、ひょっとして待っててくれたの?」
「うん。僕は帰ろうかと思ったんだけど、暁美さんがどうしても美樹さんを待ちたいって言うもんだから」
「さらっと捏造しないでくれるかしら!私はそんな事は一言も言ってないわ!」
事実をありのまま美樹に伝えたところ、暁美が不機嫌そうに僕に怒鳴った。
どこまで不器用なんだか……。そんなだから、コミュニケーション能力がいつまで経っても身につかないんだよ。
「はあ……。暁美さん、もうそういうツンデレいいよ。要りません。お腹いっぱいです」
「ツンデレじゃないわよ!大体政夫、貴方ねぇ……」
どうしても、クールを気取りたいツンデレがごちゃごちゃと言っていたが、それらを全て聞き流し、美樹に聞く。
「それで『決着』は着いたの?」
「うん。一応、ね」
美樹は泣きそうではなかったものの、嬉しそうな表情とは、とてもじゃないが言えたものではなかった。上条君からの返事を察するのは難しくない。それに一人で喫茶店を出てきた時点で予想はついていた。
それでも、美樹の中では何かが片付いたようで、前までは顕著だった張り詰めたものがなくなっていた。
「そう、でも後悔してない?」
「それはしてないかな。踏ん切りがついたって感じ」
「なら良かった」
受け答えもしっかりしていて、まるで陰を感じさせない美樹。無理に取り繕うとせず、自然体のままだ。本当に一皮向けたというか、成長したなあ。
今の美樹には失恋を乗り越えたからか、どこか大人びて見える。
「……綺麗になったね、美樹さん」
しみじみとした感想が思わず声に出してしまった。
美樹はビックリしたような目をした後、軽く笑った。
「なら、政夫が私と付き合ってくれる?」
「僕じゃ役者不足だよ。とても今の君にはつり合わない」
「そんな事ないと思うけど……」
「政夫、さやか。さっきから私を無視して二人だけで話さないでくれるかしら?……」
美樹が何かを言い掛けたが、話に入ってきた暁美に邪魔をされて最後まで聞くことは叶わなかった。
まったく最近はかなりアグレッシブになってきたな、こいつ。いや、ひょっとしたら今まで自分を抑え、我慢してきただけなのかもしれない。
暁美の過去をよくよく考えれば、抑圧されて生きてきたのだから、無理もないな。
「ごめんごめん。じゃあ、二人は仲良くガールズトークでもしながら、先に帰っててよ。そろそろ、お家の人が心配する時間帯だからね」
「貴方は?」
「ちょっとね」
「……何となく読めたわ。貴方は本当にお節介焼きね」
暁美には僕が何しようとしているか、分かったようで呆れている。少し腹が立ったが、暁美の予想は多分合っているので、何とも口惜しいが、言い返せなかった。
二人と別れた後もしばらく待つと、松葉杖を突いて上条君が店から退出して来た。
上条君と目が合うと、すぐさま僕は話しかける。
「やあ、上条君。良かったら一緒に帰らない?」
「僕を殴るために待ってたのかと思ったよ」
川の近くの道を上条君と一緒に歩いていると、ぽつり上条君がそんなことを漏らした。
「あはは、どんな野蛮人だよ。僕は」
小さく笑いながら手を振って僕は否定する。けれど、上条君は真顔で続けた。
「いや真面目な話だよ。僕が暁美さんに振られた事とさやかを振った事は聞いてるだろう?」
「本人の口から聞いていないよ。多分そうなったかなとは思ってたけど」
やっぱり暁美は上条君を振っていたようだ。
暁美に直接聞く時間は合ったが、面白半分聞くような話題でもなかったのであえて気かなったのだが……もったいないな、こんな将来有望なイケメンを振るとは。だが、あいつはレズだからそもそも相手が男の時点でアウトだろう。
「暁美さんは好きな人が居るらしくてね」
「へー」
上条君には悪いが、正直心底どうでもいい話なので自分でも驚くほど適当な返事をしてしまった。
「気にならないの?」
「うん、まあ」
そんなの鹿目さんに決まってるだろうしね。
あいつは鹿目さんを救うために並行世界を渡り歩いている。言わば、世界を越えたストーカーだ。鹿目さん一筋の女だ。
暁美が鹿目さん以外の人間に恋愛感情を抱く光景は想像できない。
「そんなことより、上条君。僕が何を聞きたいのか本当はもう分かるだろう?」
お互いに目を合わせずに僕と上条君は並んで歩く。もっとも、上条君は松葉杖なので僕が上条君のペースに意図的に合わせているのだが。
「『何で暁美さんに振られたのに、さやかの告白を受けなかったか』という事かな?」
「そうだよ。だからこそ、最初は僕に殴られるかと思ったんだよね」
僕が上条君を待ったのは、そこを尋ねるためだ。
だが、別に好きな女の子に振られたからといって、自分を好きだと言ってくれる女の子に
そんなものはむちゃくちゃだ。体育の授業で組む二人組みじゃないんだ。誰でも良いってわけじゃないことぐらいは理解している。
「上条君。ぶっちゃけると美樹さんに告白された時、
ただ上条君が美樹のことを振るほど嫌いだとは、どうしても思えなかった。恋愛感情ではなかったとはいえ、それなりに好意を持っていたことは間違いない。
上条君が病院に入院していた頃、美樹がCDを持ってきて自分に聞かせてくることが苦痛で仕方がなかったのに、それでも美樹を気遣って耐えていた。
美樹にある程度好意がなければできないことだろう。
「……そうだね。夕田君の言うとおりだよ。もし暁美さんに出会う前だったら、喜んで受け入れたかもしれない」
上条君は足を止めると、暗くなった空を仰いだ。
僕も彼に合わせて、立ち止まる。
ほんの
「さやかの事は好きだよ。もちろん、友人としてだけど、恋人になっても良いと思えるくらいには好きだ。でもね、それ以上に僕は暁美さんが好きになってしまったんだ。もしも、さやかと付き合っても僕は暁美さんの事が諦められるか分からない。そんな気持ちでさやかとは付き合えない。……他ならない、大切な幼馴染だからこそ、そんなことはしたくないんだ」
美樹のことが大切だから、なおさら付き合えないか……。
何と言うか、不器用なところも含めて、上条君は美樹と似ている。まっすぐで律儀で、楽に生きられないところなんかそっくりだ。
でも、その実直さは人間として立派だと感じられた。
「本当にもったいないことしたね、暁美さんは」
ここまで自分を本気で愛してくれる人を振るとは、愚かとしか言いようがない。これを機会にノーマルになるチャンスを
「え?」
「こんな格好良い男を振ってしまったことがもったいないってことだよ。美樹さんじゃないけど、大抵の女の子だったら放っとかないのに。絶対いつか後悔するだろうね、逃がした魚はでかかった、って」
「夕田君……。君にそう言ってもらえると嬉しいよ。否定されるかと思ったから」
上条君は僕の方を向くと
「そんなことしないよ。君が本気で美樹さんを大事にしていたから振ったことに関しては、むしろ、男として君を尊敬するよ」
上条君。君は男の中の男だ。
美樹が彼を好きになったもバイオリンだけではないだろう。もしも、僕が女性だったら上条君に惚れていた自信がある。
「だから、君が負い目を感じる必要なんかないからね」
「……もしかして、夕田君、その言葉を僕にかけるためにわざわざ付いて来てくれたの?」
上条君の問いにどう答えようか迷ったが、正直な彼には正直に答えるのが一番いいだろう。変に気を使うのはむしろ失礼に当たる。
「……うん。実はそうなんだ。そのままだったら、上条君だけが誰にも打ちあけられずに、悪者みたいな扱いになっちゃうんじゃないかと思って」
自分のお節介ぶりを声に出して再確認すると、かなり恥ずかしい。それほど上条君とは親交が厚いわけでもないのに、流石に差し
「夕田君……。今さ、僕が暁美さんに振られた理由が本当の意味でやっと分かったよ」
ええ!?つまり、暁美が女の子にしか興味がない人間だということが分かっちゃったということか!?一体どの件で?そしてなぜこのタイミングで言うんだ?まるでわけが分からない。
僕が上条君の『謎はすべて解けた』的発言に愕然としていると、上条君は優しげに微笑むと左手を差し出してきた。
「握手、してもらってもいいかな?」
「うん?いいけど、急にどうしたの?」
いきなり握手を求めてきた上条君に、取り合えず従い、僕も左手を差し出す。
ぎゅっと僕の手を握った上条君は目を
数秒ほどした後、上条君は目を開けて、手を離した。
「うん。これでよし」
「何が?」
「この僕の左手って、本当はもう動かないはずだったんだ。でも奇跡が起きて急に治った。だから、不思議な力が宿ってる気がしてね。それを夕田君にもお
魔法少女のことについて何も知らない上条君にとっては、『奇跡』というものが都合の良いもののように思っているのだろう。
聞いていて、少しだけやるせない気分になったが、顔に出ないように気をつけて上条君にお礼を言った。
「ありがとう。奇跡を分けてもらえたかは分からないけど、上条君の優しさは伝わって来たよ」
彼が善意で僕にそうしてくれたのは確かだ。それに関しては素直に嬉しい。
でも、僕は奇跡なんていらないと思うし、ない方がいいと思う。そんな都合のよいものは受け入れられそうにはなかった。
何ということでしょうか。レポートの期限もぎりぎりだというのになぜか投稿をしている自分がいました。
そんなことは置いておいて、今回でようやくさやか編が終了しました。
長かった~。
上条君とさやかはこの物語ではくっ付きませんでした。
しかし、報われない恋と決着を着けたさやかは、登場人物の中で成長することができました。