魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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マミ編
第五十一話 とあるコンビニにて


 今日は本当に穏やかなまま一日を過ごせそうだ。はあ、何て安心できる気分だろう。この街に来て、少しも休まることはなかった僕の心が今こんなに安らいでいる。

 魔法少女の皆さんはお互いにそれなりにうまく行っている。もう、遺書の必要があるデンジャラスな非日常は遠退(とおの)いた。というか、僕みたいに何の力もないごく平凡な男子中学生が関わってこと自体が既におかしかった。

 これぞ、本来あるべき日常なんだ!

 

 だが、僕の隣を歩いている鹿目さんは、(うつむ)いて、後ろめたそうな表情をしている。十中八九、考えていることは分かる。

 『自分だけ何もせず、こうしていて良いのだろうか』とでも思っているのだろう。親友の美樹が魔女との戦いに足を踏み入れることになったのだから、理解できなくもない。

 

「鹿目さん、どうしたの?具合でも悪いの?」

 

 自分でも白々しいと思うが一応念のために鹿目さんに直接聞く。万が一だが、純粋に体調が悪いという可能性もある。

 

「大丈夫、平気だよ。心配してくれてありがと、政夫くん。ただね……」

 

「みんな魔法少女になって魔女と戦うのに自分だけは何もしなくて良いんだろうか、ってことかな?」

 

 目を一瞬だけ大きくさせて、驚いたように鹿目に言った。

 

「すごいね、政夫くんは。私の考えてる事何でも分かっちゃうんだ」

 

「何でも、は流石に無理だけどね。大体のことは顔を見れば分かるよ。特に鹿目さんは顔に出やすいしね」

 

 人間観察は僕のちょっとした特技だ。昔……といっても小学校低学年の頃だが、人の悪意というものに触れてから人間不信になった僕は、信用できる人間かどうかをよく観察して(はか)るようになった。それが今ではどんなことを考えているかまで読み取れるように成長した。

 一言で言えば『環境』に適応したのだ。人が悪意を隠して、笑顔で詰め寄ってくるような『環境』に。

 

 そうなんだ、と鹿目さんは少し恥ずかしそうに小さく笑った。

 こういう育ちの良さを感じさせるような態度を見ると、自分がどれだけ汚れてしまった人間かを改めて思い知らされる。

 

 僕は鹿目さんのように綺麗には笑えない。

 自分がどの程度の笑みを、どんなタイミングで、見せればどういう反応が返ってくるのか常に頭の隅で考えてしまう。

 すべての行動は打算へと繋がるばかり。可愛げのない薄汚い所作だ。そして、そんな自分の所作を僕は受け入れてしまっているから性質が悪い。

 

「鹿目さん。取り合えずさ、魔女のことは巴さんたちに任せて、他のことを考えた方がいいんじゃない?」

 

「他の事?」

 

 首を傾げる鹿目さんに僕は続けて言う。

 

「やりたいこととか何かない?例えば……ほら。恋愛とかだよ」

 

 具体的なものに何を挙げるべきか悩んだが、恋愛関係なら鹿目さんも興味があるだろう。むしろ、女子中学生で恋愛に興味がなかったら、かなり不健全だ。

 

「ええ!?そ、そんなの急に言われても、まだ分かんないよ。私、初恋だって、まだした事ないもん」

 

 鹿目さんは恥ずかしそうに、わたわたと慌てる。

 視線が(せわ)しなく動き、挙動が少しおかしくなっている。

 

「そうなの?でも、鹿目さん可愛いから、結構男子にモテそうだけどな」

 

 僕がそう言うと、顔の前で手をぱたぱた振りながら、鹿目さんはちょっと大げさに見えるほど否定した。

 

「可愛いなんて、そ、そんな事ないよ!私は、マミさんやほむらちゃんや仁美ちゃんみたく美人じゃないし、地味だから……」

 

 …………地味?

 あれ、おかしいな。少なくとも『地味』という言葉は、ピンク色の髪の女の子を形容する言葉ではなかったと思う。

 あと、さり気なく美樹が(ハブ)かれている。鹿目さん的には美樹は美人のカテゴリーには含まれないらしい。

 

「それはないよ。鹿目さん(の髪)は地味なんかじゃない。それどころか目立つくらいさ」

 

 この街はカラフルなヘアカラーの人間が数多く居るが、ピンク色の髪の人間は未だ鹿目さん以外見たことがない。もし居たとしても、大した数じゃないはずだ。というか、そんなにピンク色の髪の人間が大量に居るとこなんか想像したくない。

 

「そ、そうかな……?でも、私なんて」

 

 鹿目さんは自分に容姿に自身がないのか、いまいち納得していない様子だ。

 大丈夫だよ、鹿目さん。君は、君が思っている以上にファンキーで反社会的なヘアカラーしてるから。まあ、色も薄くて淡いし、色としてのインパクトとしては杏子さんの赤髪の方が断然上だけど。 

 

「鹿目さんにとって、僕の言葉はそんなに信用できないものなんだね……。そうだよね、まだ知り合って日も浅いし……。何か、今までなれなれしくしちゃってごめんね……」

 

 寂しそうな表情と声色を即座に作って、僕は(うつむ)く。人が泣き出す一歩手前のような独特の雰囲気を意図的に(まと)わせる。

 暁美辺りなら冷たく「そうね」とか言いそうだが、心の優しい鹿目さんなら確実に否定してくれるだろう。

 

 案の定、鹿目さんは慌てて、近づいて慰めようとしてくれる。

 

「違うよ!そんな事ないよ!私、政夫くんの事、すっごく信頼してるよ!」

 

 ……背中を優しく撫でながら、そんなことを言ってくれてもらえると、冗談でやったと言い出しずらくなるので、止めてもらって良いでしょうか、鹿目さん。

 

「じゃあ、もう『私なんて』って言うのは止めて……。鹿目さんが自分のこと卑下するたびに僕は悲しくなってくるから……」

 

 さり気なく、鹿目さんにネガティブな発言をしないように釘を刺す。

 普通なら、話が微妙に繋がっていないことに気付くと思うが、僕を元気付けることに必死な鹿目さんはそれに気が付いていない。

 

「うん。もう言わないから、政夫くんも元気出して!」

 

「そっか。それは良かった」

 

 声のトーンを戻して、あっけらかんと鹿目さんに言うと彼女は無言で固まった。

 そして、その直後自分がからかわれていたことに気付いたらしく、怒って頬を膨らませる。

 けれど、性格上怒るということが苦手なようで、その表情から僕が本気で落ち込んでいないことへの安堵が見てとれた。

 

「政夫くん、酷いよ。私は本気で心配したのに……」

 

「ごめんね。ちょっとした悪戯(いたずら)だったんだよ。まさか、鹿目さんがそこまで心配してくれるとは思わなくて」

 

「ふんっ」

 

 そっぽを向かれてしまった。それにしても仕草(しぐさ)がいちいち可愛いな。暁美が夢中になるのも頷ける。

 しかし、怒らせてしまったのは僕の落ち度だ。どうにかご機嫌を取らねばなるまい。

 ふと、近くを見るとコンビニを見つけた。

 ここで何か鹿目さんに(おご)ろう。別にファミレスや喫茶店でもいいのだが、なぜかこの街に来て飲食店に入ると僕は何も口にできないというジンクスができてしまっているので、今回は避ける。

 

「お詫びに そこのコンビニで何か奢るから許してよ」

 

「え?それは何か悪いよ」

 

「いや、いいよ。コンビニにそこまで値が張るようなもの置いてないだろうし」

 

 鹿目さんを連れてコンビニに入る。

 自動ドアが開き、お馴染みの音楽が流れる。

 思考を魔法少女関連のことから、()らすことには成功したな。正直、僕はこのことに関して、鹿目さんはできれば蚊帳(かや)の外にいてほしいのだ。

 暁美が言っていた『魔女になった鹿目まどか』は世界を滅ぼすほどに脅威的で恐ろしいらしいので、魔法少女にはなってもらうわけにはいかない。

 

 いや、本当にこの街を護ることだけなら、鹿目さんに魔法少女になってもらい、あと二週間と少しの後に来るワルプルギスの夜とかいう巨大な魔女を倒してもらってから、ソウルジェムを砕いて死んでもらうのが一番被害の少なくて済む方法なのだろう。最大多数の最大幸福というヤツだ。暁美も『他の世界の鹿目まどか』は簡単にワルプルギスの夜を倒したと言っていた。

 

 だが、そんなことをすれば、僕は支那モンと変わらない。いや、それ以下の犬畜生に成り下がるだろう。何より、鹿目さんと仲良くなってしまった僕には到底選べない選択肢だ。

 

「どうしたの?政夫くん」

 

 少し思考に浸っていたため、コンビニの入り口付近でぼうっとしていたようだ。

 何でもない風を装って、軽く笑う。

 

「いや、何を買おうかな~と思ってさ」

 

 いけないな。僕の方が鹿目さんよりも魔法少女関連のことを考えるとは本末転倒だ。取り合えず、鹿目さんと一緒にジュースでも選ぼう。

 

 そう思って口を開こうとした時、チャリーンと小銭が落ちる音がすぐ(そば)で聞こえた。

 見ると、この街ではかなり珍しい黒髪で短髪の女の子が、レジの前で財布の中身をぶちまけてしまったようで、落としたお札と小銭を拾い集めていた。

 

 この時間帯は僕らのように学校帰りの生徒が多いらしく、レジには中高生くらいの男女の列ができていた。「おせーよ」とか「ふざけんなよ」などの小声で悪口が聞こえてくる。

 その人たちを擁護するつもりはないが、お金を落とした女の子はのろのろとした緩慢な動きでまるで急いでいない。正直言って、見ててイライラするレベルだ。

 

  別に僕は困ってる人を見過ごせないほどお人好しな人格はしていないが、それほど急いでいるわけでもない時に困っている人を無視するほど冷たい人間でもない。

 仕方ない。同じ黒髪の人間のよしみとして手伝うか。

 

「鹿目さん。ジュースとかお菓子とか先に選んどいてよ」

 

「あの人の手伝いするんでしょ?私も手伝うよ」

 

 鹿目さんはそう言ってにっこりと優しく微笑んだ。流石は元祖お人好しと言ったところか。本当に優しい性格をしている。

 

 二人でレジの前に散乱したお札と小銭を集めている女の子に近づくと、無言で一緒にしゃがんで彼女を手伝う。

 意外にも鹿目さんはテキパキしていて、思ったよりも簡単に片付けることができた。

 

「これで全部かな?」

 

「レジの下の隙間に挟まってた小銭も取り出したから多分そうだと思うよ。はい、どうぞ」

 

 鹿目さんが拾ったもまとめて、僕の分と合わせて女の子に渡す。

 なぜか僕らを見て呆然としていたが、お金を渡す時に僕の指先が僅かに彼女の指に触れるとビクっと動いた。

 

「あの、えっと……ありがとう」

 

 しどろもどろで小さな声だったが、女の子は僕らにお礼を言った。

 

「どういたしまして」

 

 近づいた時に気付いたが、この女の子も見滝原中の制服を着ている。同じ見滝原中の生徒のみたいだ。仕草が幼かったから『女の子』と表現したが、ひょっとしたら先輩かもしれない。まあ、そんなことはどうでもいいか。

 

 立ち上がって膝の汚れを落とすと、女の子はまだこちらを見たままぼうっとしている。

 何だ?僕の顔に何か付いてるのか?

 

「えっと、取り合えずは会計早く済ませた方がいいんじゃないですか?」

 

「え?あ、うん。そう、だね」

 

 レジで精算が始まり、やっと僕から女の子の視線が外れた。

 にしても、何で僕を見て呆然としたのか、いまいちよく分からない。親切されたことがなかったから、びっくりしたとか?いや、ないだろう、そんなこと。

 

「鹿目さん、僕の顔になんか変な物付いてる?」

 

「別に付いてないけど、どうしたの?」

 

「いや、ならいいんだ。じゃあ、何を買おうか?」

 

 多分、僕の顔が知り合いにでも似てたとか、そんな下らない理由だろう。

 そう言って僕は短い黒髪の女の子のことを思考の外に追いやり、買い物に気を向けた。

 




短い黒髪の女の子……一体誰なんだ!?
多分、大体の人は察しがついたと思いますが、ネタバレはしないで下さると幸いです。

よろしければ、感想とか書いて頂けると嬉しいです。

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