魔法少女まどか?ナノカ   作:唐揚ちきん

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主人公の政夫は今回出てきません。ほむら視点です。


第五十二話 不安の萌芽

~ほむら視点~

 

 暗く、どこまでも陰気臭い世界。

 白と黒しか存在しないのではないかと思うほどに色彩の欠いた場所。

 まるで影絵のようなこの場所は当然ながら、普通の場所ではない。魔女の結界の中だ。

 

 魔女の結界は基本的にカラフルなものが多い。きっと、魔女になった魔法少女の意識が反映しているのだろう。

 だとしたら、この気が滅入(めい)るようなモノクロームな結界を作った魔法少女はどんな女の子だったのか。そして、私がもし魔女になったとしたら、どんな結界を作るのだろうか。

 ……一人でこんな暗いところに居ると、次から次へとマイナス思考が浮かんできそうだわ。

 

 そう。いつものように一人(・・)だったら。

 

「おい。ほむらっつったか?お前、一人で先行くんじゃねーよ。危ないだろうが!」

 

「まあまあ、杏子さん。落ち着いて。暁美さんはそれなりに経験を積んでるようだから、そんなに心配しなくても平気よ」

 

「し、心配なんかしてねーって」

 

 私の後ろから、魅月杏子が文句を言いつつ現れた。彼女を(たしな)めるように巴マミもやって来る。

 一人じゃなく、自分と一緒に戦ってくれる仲間がいる。まるで魔法少女の秘密さえ知らなかった昔のようだ。

 でも、その頃とは決定的に違う事が一つ。それは彼女達二人はすでに魔法少女の秘密を知っている事だ。秘密を知って、なおも協力し合えている。

 

「……ごめんなさいね、魅月杏子さん。前はいつも一人で魔女と戦っていたから」

 

「ま、まあ、分かればいいんだよ。……アタシも一人で戦ってたからその気持ちも分かるしな。あと、呼ぶときは杏子でいいぞ」

 

 少し照れたようにそっぽを向き、頬をかく杏子。

 

「そうよ。暁美さんたら、いつもフルネームで呼ぶんですもの。私の事もマミでいいわ。本当は先輩だから『さん』付けで呼んでほしけどね」

 

 本当は『さん』付けしてほしいのか、ちらっと私に期待した視線を向けるマミ。

 

「分かったわ。これからはそう呼ばせてもらうわね」

 

 和気藹々(わきあいあい)とした会話。魔女の結界の中だから用心しなければいけないのだけれど、自分を押し殺して戦っていた時と比べてずっと心地が良かった。

 不思議な気持ちだ。どうしても届かなかったものが今当たり前のように手元にあるような、そんな感覚がある。

 

 これも政夫のお(かげ)ね。本人に言ったら絶対に否定するだろうけれど、マミと杏子の仲を取り持ったのは間違いなく彼の功績によるものだと思う。ううん、それだけじゃない。私が彼女達にこうして心を開けている事も政夫が居たからだ。

 

 今まで私はまどかに執着するあまり、まどか以外の人間の事を考えていなかった。でも、それではまどかを救える訳がない。

 まどかの周囲の人間も護らなければ、まどかは救われない。人間は一人だけでは生きている訳ではないのだから。

 結局のところ、私がしてきた事はまどかのためなんかじゃなく、全部自分の都合のためだった。私もさやかと同じように、『他人のため』って言い訳して現実から目を背けていたのだ。

 最近、政夫達と一緒に過ごして、その事がようやく理解する事ができた。

 何時の間にか人の心に土足で上がり込んで、現実を突きつけて、そして、当たり前のように解決してくれる。……本当にずるい男。

 

 

「それじゃあ、そろそろ気を取り直して奥に行きましょうか」

 

 マミがこの中では最年長らしく、場を仕切り、私達は結界の奥へと進んで行く。

 薄暗い結界内で不定形の影でできた蛇のような使い魔が道中私達に襲い掛かって来るが、魔法少女が三人も居るとそれほど脅威ではなかった。

 まず杏子が先陣を切って、槍で影の蛇の使い魔を粗方(あらかた)切り裂き、マミと私で生き残った使い魔を銃で打ち抜く。

 

 もしも、これが私一人なら、墨汁で満たしたような地面に巧妙にカモフラージュされた黒い影の蛇の使い魔は厄介な存在だった。

 けれど、私達は三人、つまり都合三対の目がある。誰かが地面に擬態した使い魔を見落としたとしても、他の二人がそれをカバーして対処する事ができる。特に杏子とマミのコンビネーションは素晴らしく息が合っていた。

 

 杏子の槍を避けるために身をくねらせて、迂回して飛び掛って来る影の蛇の使い魔をマミが狙い済ましたかのように打ち抜いていく。杏子はマミの援護射撃を疑いもせずに、さらに使い魔が密集しているところに突撃する。お互いにお互いを信頼しているから成せる技だ。

 杏子はマミが取りこぼした使い魔を倒してくれると信じているから、振り返らずに前へと進む事ができ、マミは杏子が大多数の使い魔を切り裂いてくれると信じているから、落ち着いて敵へ狙いを定めて撃つ事ができる。

 

 私も負けてられない。自然と胸の中が熱くなっていくのを感じる。意識が高揚しているのが分かる。

 まどかの事だけを考えて一人ぼっちで戦ってきた時にはなかったものだ。これが『仲間』がいる喜びなのだろう。

 私はマミの隣に並び、拳銃を構えて、使い魔を迎え撃つ。

 

 

 

 

 時間にして、十分もかからなかっただろう。

 この結界の最深部、魔女が居る場所まで私達は辿(たど)り着いた。

 

 相変わらず暗くて陰気なところだが、今まで黒と白しかなかった世界に一色だけ違う色が目に映った。

 太陽を模したような赤いオブジェ。それだけがこの空間で文字通り異彩を放っていた。

 

「あれがこの結界の魔女か……」

 

「まるで祈りを捧げている女の子みたいね」

 

 その太陽のオブジェのすぐ下に、こちらに背を向けて膝を突き、マミの言う通りオブジェに祈りを捧げる黒い女の子のような存在がいた。この場所の主、(すなわ)ち魔女だ。

 

「早いところ片付けましょう。いつまでもこんな場所に長居はしたくないわ」

 

「そう、だな……」

 

「……ええ。暁美さんの言う通りね」

 

 二人とも、ここまで来る時と違い、どこか歯切れが悪かった。どうしたのだろう?

 

 どこか疑問を感じつつも、先ほどと同じように近距離格闘が主体の杏子がフォワード、私とマミがバックアップで魔女の元へ詰め寄っていく。

 魔女の居る場所は、やや坂道のようになっており、近付くと影の蛇の使い魔が行く手を(さえぎ)るように地面から現れる。

 

 攻めづらい。使い魔がカーテンのように規律正しく並び、直接狙撃する事ができない。

 まるで凄まじい鉄壁の布陣だ。

 魔女自身は動く気がないのか、それとも動けないのか微動だせずに祈るように留まっている。

 

「くっ……こいつら、次から次へと。キリがねぇ」

 

 杏子が影の蛇の使い魔を切り飛ばし、隙間を作って少しずつ足を進めるものの、その隙間を補うように地面から使い魔が這い出してくる。

 驚くほどに防御に特化した魔女だ。

 

「杏子さん!暁美さん!一瞬だけでいいから、使い魔の壁をこじ開けてもらえないかしら。直接、魔女に『ティロ・フィナーレ』を当てるわ」

 

「分かった!」

 

「ええ、分かったわ」

 

 私は右手に付いている盾からサブマシンガンを取り出し、同時に時間を停止させる。動きの止まった影の蛇の使い魔の壁目掛けて乱射する。もちろん、杏子が射程圏内に入らないように使い魔に近付いてだけれど。

 近距離で乱射したサブマシンガンの威力は凄まじく、氷柱をへし折っていくように使い魔を打ち砕いていく。

 十分、一掃できた事を確認すると、盾を(いじく)り、再び時間を動かす。

 

「ん?え!?おい、これどうなってんだ!いつの間に使い魔が……」

 

 時間を止めた事を知らない杏子は一瞬の間もなく倒された使い魔を見て、何が起きた分からず混乱していた。

 停止した時間を知覚できるのは、私が触れているものだけだ。今の杏子やマミなら私の手札を見せても構わないが、お互いに手を繋いでいたら杏子は槍を満足に振るえず、私もサブマシンガンを撃てない。

 今度、さやかも一緒の時にワルプルギスの夜対策も兼ねて、(みんな)に話す事にしよう。

 

「マミ!使い魔が復活する前に早く決めて!」

 

「わ、分かったわ」

 

 杏子ほどじゃなくとも、混乱していたマミだが、流石といるべきかすぐさま正気に返り、黄色いリボンを(まと)めてあげて巨大な銃を作り出す。

 マミが持つ一撃必殺の魔法。本来ならセットでリボンの拘束が必要だが、あの動かない影の魔女なら問題はないだろう。

 

「ティロ…………ッ」

 

 だが、何故かマミは『ティロ・フィナーレ』を放とうとしない。

 辛そうな表情を浮かべるばかりで、銃を構えたまま硬直している。

 

「どうしたの!何故早く撃たないと――」

 

「……彼女も魔法少女だったのよね」

 

 ぽつりとマミが言った。

 

「あの子も私達と同じ魔法少女だったのよね?私達と同じように魔女と戦って、そして……魔女になった魔法少女」

 

 苦悶(くもん)に歪むマミの表情。

 それを見て、私は理解してしまった。マミはあの魔女に同情しているのだ。最初にこの場所に足を踏み入れた時からずっと。

 

「ええ、そうよ!でも、あれは魔女よ。もう魔法少女ではない、ただの化け物なのよ!」

 

 駄目だ。いけない。それは踏み込んではいけない思考だ。

 

「私達だって、彼女と同じようになるかもしれないのに、そんな事が言えるの?私達のやっている事は……」

 

 私ですら、いつも考えないにしていた禁忌。マミは自分がやってきた事を全否定するような台詞を吐こうとしている。

 止めさせなければ。それだけは言わせてはならない。

 だけど、マミに対して何を言ったらいいのか、まったく浮かび上がってこない。

 

「ただの人殺し(・・・)なんじゃないの?」

 

「だったら……。だったら、どうすれば良いの!?どうすれば良かったの!?」

 

 怒りと悲しみが(のど)の奥から()り上がって、声になった。

 今までずっと一人で溜め込んできた言いようのない負の感情が抑え切れなくなっていた。

 

「魔法少女が人殺しだと言うなら、皆そうよ!貴女も私も!皆……!」

 

「おいッ!お前ら、話してる状況じゃねーぞ!!」

 

 杏子の声でハッと我に返り、魔女の方を向くと黒い地面から、使い魔とは違う影の津波がこちらに向かって押し寄せて来る。

 

 しまった!これじゃあ、避けられない!

 時間を止めたところで、あの黒い津波から逃げる場所がない。攻撃の手段がない魔女だと侮っていた付けがきた。

 使い魔に気を取られている間に向こうは虎視眈々(こしたんたん)と魔力を溜めていたのだ。

 

「ッちぃ!しゃあねーなぁ!!」

 

 杏子が魔力で柵のような防壁を作り上げる。

 だが、これだけで巨大な津波を防ぎ切る事は不可能だ。実際に勢いは()がれたものの防壁を圧迫して、(ひび)が入り始めている。

 

「マミ!アタシの防壁が砕ける前に『ティロ・フィナーレ』を使え!そうすれば、押し返せるかもしれねー!」

 

「……でも」

 

「早くしなさい!このままじゃ、三人とも死ぬ事になるわよ!」

 

「……分かったわ。『ティロ……フィナーレ』!」

 

 マミの抱える巨大な銃の銃口から、白黒の世界を破壊するかのように輝く黄色い閃光が(ほとばし)る。

 杏子の防壁が砕け散り、影の津波が押し返された。影の魔女が居る崖のような場所まで到達する。

 しかし、影の魔女は無傷ではないもの、まだ健在だった。

 

 私は再び、時間を止めて、影の魔女の元に近付いていく。

 影の津波を放ったからか、周りには魔女を守護する使い魔は一匹も居ない。

 

 今まで『魔女退治』と言ってやってきた事が、殺人のように思えてきた。いや、正確にはまどかを免罪符代わりにして、誤魔化してきた事を初めて意識しただけなのだろう。

 

 私はサブマシンガンをしまって、普通の拳銃を取り出した。弾の無駄遣いがしたくなかったのか、それともこのボロボロの魔女を蜂の巣にして殺す事に罪悪感を感じたのか自分でも分からなかった。

 

 

「…………死んでもらうわ」

 

 止まった時間の中で私は何を言っているのだろう。聞こえたところでもう意味など理解できるとは到底思えない。

 二、三発、弾丸を撃った後、時を再始動させる。

 

「魔女は、私が倒したわ」

 

 結界が消滅して、周囲の光景が元の見滝原市に戻っていく。

 二人は私がグリーフシードを拾うのを無言で見ていたが、やがてマミの方が口を開いた。

 

「……何でそんな簡単に殺せるの?」

 

「おい!マミいい加減にしろよ!やらなきゃアタシらが死んでたんだ!」

 

 杏子が私を擁護してくれるが、マミは杏子に視線だけを向けて言った。

 

「杏子さんだって、あの魔女に同情してたんじゃないの?」

 

「ッ、それは……」

 

 図星を指されたみたいに杏子は言葉に詰まる。

 そういえば、杏子の父親は神父だった事を思い出した。同情してたのはマミだけではなかったのだ。

 

「……ごめんなさい、酷い事言ったわ。先輩失格ね。少し頭を冷やすわ」

 

 マミはそう言い残すと、背中を向けて去って行った。私はマミに何も言えずにただ(うつむ)(ほか)なかった。

 

「ほむら。マミも別に本気でお前の事責めてるんじゃないんだよ。うまく言えねーけど、ただあいつには……正義だけが全てだったから」

 

「分かってるわ。大丈夫、ありがとう」

 

「そうか……。アタシももう帰る。じゃあな」

 

 杏子も私の事を心配そうに見ていたが掛ける言葉が見つからなかったようで、複雑な表情で帰って行った。

 

 どうして……。どうして、こうなるの?

 いつもこうやって、皆離れていく。この世界ならうまく行くと思ったのに。

 心細くて、どうしようもない。不安が思考を覆い尽くす。

 

 こんな時に、彼が傍に居てくれたら。飄々(ひょうひょう)とした笑顔でどうにかしてくれるのに。

 

「政夫……」

 

 




折角、うまく行きそうだった時間軸。しかし、物事はそううまくは行かない。
主人公の知らないところで不和が起こると、対処の使用がありません。

ほむらは政夫のおかげでうまく行っていると思っているで、ちょっと依存度が高くなっています。政夫もそれを危惧していましたが……。
本人からしたら、「別に僕はヒーローでも特別な人間でもないからね!」って言いそうです。

というか、やはりバトルのある展開は難しいですね。
これから、二月の六日までにサークルで書いている小説に取り掛からなくてはいけないので次に投稿できるのは、早くても二月くらいになりそうです。

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